【父視点】第一章:王は眠りから目覚める
目を覚ました瞬間、私は死を覚悟した。
静かな寝室。やわらかな天蓋。香の匂い。
……だが、身体が軽すぎる。いや、若すぎる。視界も鮮明だ。老眼鏡がなくても本が読めそうなほどに。
手を握る。関節が痛まない。
腹に触れる。だらしない中年腹が消えている。
鏡を見れば、そこに映っていたのは——
「……これは、随分と威厳のある顔だな」
声も若く、低く響く。そして、後頭部のあたりにかすかな重みがある。
触れてみると、そこには王冠があった。
「……成る程。これはそういうことか」
目の前の状況から導き出せる事実は、たった一つ。
私は、“異世界の王”として転生したのだ。
* * *
驚きがなかったわけではない。
しかし、最初に感じたのは戸惑いでも恐怖でもなく、“好機”だった。
(国を変えるには、権力が足りなかった——)
議員としての私は、政治の中心にいた。それでも、法案一つ通すのに何十人もの根回しが必要だった。
裏で握られる不透明な金。手のひらを返す支持者たち。野党の足の引っ張り合い。
正義だけでは、世界は変わらないと知った。
(だが、“王”であれば……話は別だ)
私は、すぐに情報を集めた。
この国——カリスティア王国は、現在滅亡寸前。
国家財政は赤字を重ね、貴族の腐敗は極限に達し、軍は私兵化、民は疲弊しきっている。
しかも、国王は長年“傀儡”として扱われ、実質の統治は“宰相”と呼ばれる老獪な男によって行われていた。
(王という地位を得ながら、権限を失った存在……これでは、私の前世と変わらん)
だが——今の“中身”は私だ。
「全権限の回復を図る。そうでなければ、この国に未来はない」
私は最初の命令を下した。
「クラウスを呼べ」
* * *
クラウスはすぐに来た。
年の頃は五十代。無表情で、感情を見せず、しかし態度は誠実そのもの。
すでに“何か”を察しているようだった。
「……あなたは、この国の王ではない」
クラウスは静かに言った。
だがその声音には、非難も疑念もなかった。ただ、“理解しようとする意志”があった。
「私が、別の世界の者だと?」
「はい。“魔力の波長”が変わったのを、私は感じました。この城の中で、同じ波を持った者があと四人——おそらく、ご家族でしょう」
私は無言でうなずいた。
この男は信頼できる。観察力、判断力、感情の制御。何より、目が濁っていない。
「クラウス。君はこれから、私の“側近”としてすべての情報を私に上げてくれ。嘘偽りなく。私はこの国を変える。君の協力が不可欠だ」
「……畏まりました、陛下」
* * *
家族の安否は、すぐに確認できた。
妻は皇后に、長男は第一王子に、次男は第二王子に、そして娘は第一王女に転生していた。
奇跡としか言いようがない一致。
だが、それがこの世界にとって“運命”だというのなら——受けて立とう。
「みこと……無事であればいいが」
私は、娘の部屋にクラウスを向かわせた。
最も庶民に近く、最も弱い立場である“王女”に生まれた娘は、私にとって一番の心配だった。
政治の経験もない、ただの大学生の娘。
それでも——
(お前がこの世界で、“希望”になるのかもしれない)
私は今、この国の“王”だ。
だが同時に、“父”でもある。
それだけは、絶対に変わらない。