第四節:たった一人の謝罪から、すべてが動き出す
目の前に並ぶ人々は、みんな無表情だった。
貴族、廷臣、側近、侍女——
この国の“上流階級”たちは、私の姿を見て、どこか冷めた目を向けていた。
(うわ……これが“反省の場”か)
クラウスに案内されてやってきたのは、王城内の一角にある小さなホール。
装飾は豪華だけど、空気は冷え切っている。
中央には一人用の椅子。私が立たされている位置は、その椅子の前。
つまり、“見せしめ”のポジション。
「第一王女殿下。先月の“舞踏会での婚約者侮辱発言”に関する件について、釈明を」
冷たい声が響く。
その男——枢密院の議長らしいけど、こっちを見下すような視線が、正直ムカつく。
(たぶん、前の“私”はここでテキトーに謝ってたんだろうな……)
でも、私は違う。
私は、前の彼女とは違う人生を歩んできた人間で、
でも今は“この王女として”生きていく覚悟を決めた人間だから。
「……改めて、まず謝罪させてください」
会場が、微かにざわついた。
まさか“ちゃんと謝る”と思っていなかったのだろう。目の前の議長の眉がピクリと動いた。
「今まで、私が多くの人を傷つけてきたこと、深く反省しています。
婚約者の方に対しての軽率な言動、侍女たちへの無礼、社交界での傲慢な振る舞い——
どれも、“王家の一員として”恥ずかしいものでした」
ざわ……という音が、会場に広がる。
まるで、「脚本にないセリフが来た」とでも言いたげな空気。
でも私は続けた。
「今日のこの場を、ただの“儀式”として済ませるつもりはありません。
私は、本気で自分の行動を見直し、改めようとしています。
だから、どうか……これからの私の行動を見て判断してください」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
冷たい目をしていた貴族たちが、ほんの少しだけ視線を揺らしている。
使用人たちが、信じられないものを見るような顔をしている。
(……あー、もう。恥ずかしいなぁ……でも、これでいい)
私は深く一礼した。
会場にはまだ冷たい空気が漂っているけど、どこかで確かに“何か”が変わり始めたような気がした。
反省の場が終わったあと、クラウスが隣で小さく拍手をしていた。
「……素晴らしかったです、貴女様」
「ちょっと恥ずかしかったけどね……でも、うそじゃないから」
「はい。その誠実さが、必ず伝わっていきます」
そうだといいな、と思った。
まだ、誰も私を信じていない。
でも、“信じる価値がある”って思ってもらえるように、生きていきたい。
だって、私は——
この世界で、“本当に生きよう”って決めたんだから。