第三節:悪役令嬢という名の業
家族との再会を果たして、私はようやく一息つくことができた。
生きていてくれた。みんな、ちゃんと“そのまま”だった。
姿は違っても、声も、雰囲気も、目の奥にあるあたたかさも。
けれど。
安心するのも束の間、現実はじわじわと押し寄せてくる。
私は今、“腹黒で有名な第一王女”として、この国で生きているらしい。
そして、その悪名は想像以上だった。
* * *
「……つまり、私、城内でもだいぶ嫌われてるってことだよね?」
自室に戻った私は、クラウスに問いかける。
「はい、残念ながら。ですが、それは……“かつての貴女様”の話でございます」
「かつての……?」
クラウスの目は、いつものように穏やかだった。けれど、そこには確かな“理解”があった。
「この世界に目を覚まされた貴女様が、これまでの王女殿下とは明らかに違う。そのことを、私はすぐに察しました」
「……じゃあ、気づいてたの? 転生したってこと」
クラウスは一礼した。
「はい。貴女様が目を覚まされたその日——陛下より、真実を打ち明けられました。
この世界とは別の人生を持つご一家が、“王家”として再び歩み始めたことを」
思わず私は目を丸くした。
「えっ、パパ……もう話してたの?」
「ええ。陛下は冷静にして大胆な方でいらっしゃいます。
“まず正確な情報共有が必要だ”と仰って、私にすべてを打ち明けられました」
さすが父さん。ぶれないな……。
私は布団の上に座り込み、ようやくほっと息をついた。
「じゃあ、他の家族も……?」
「皆様、大体同じ時期に目を覚まされております。体調や混乱の度合いには多少の差がありましたが……。
お互いに“中身が同じ”と気づかれるのも早かったようですね」
「……だろうね。兄ちゃんの中二病とか隠しきれるわけないし」
クラウスはクスリと微笑んだ。微妙に笑いのツボが同じっぽいのがちょっと面白い。
「クラウスさんって……この国の人、だよね?」
「ええ。私は生まれも育ちもこの地ですが、“魔法”を通じて異変を感じておりました。
貴女様方が目覚められた時……魔力の波長が、一斉に変化したのです。明らかに“この世界のものではない感触”でした」
私はごくりと息を呑んだ。
「魔力……つまり、魔法があるんだ、この世界」
「はい。一般的な生活魔法から、戦闘用の魔法、さらには“術式”と呼ばれる高度な応用体系まで存在します。
ただし、その本質に触れられる者は、ごくわずか……」
私は窓の外を見た。
どこまでも広がる空と、まるで物語の世界みたいな街並み。
「……ねえクラウス。私、全然すごい人じゃないんだよ。
パパもママも、兄ちゃんも一樹も、前世から超優秀だった。みんな転生してすぐ“この世界をどう変えるか”って動き始めててさ」
「貴女様は“普通”だと、そう思われますか?」
「うん。勉強も普通、特別な才能もなし。ただの大学生。……悪役令嬢なんて、私に務まるわけないよ」
クラウスは少しだけ首を振った。
「……私には、貴女様が“王家で最も恐れられる存在”となる未来が見えております」
「えっ、なんで!? なんでホラーみたいな予言!?」
「誤解なさらぬよう。貴女様は“恐れられる”のではなく、“敬意と畏怖をもって見上げられる存在”となるでしょう。
それは、“普通”であるがゆえに、民の心を知り、触れ、寄り添えるからです」
……びっくりした。
こんなにまっすぐ言われたの、久しぶりかもしれない。
「……クラウスさんって、もしかしてずっとこんな感じで支えてくれるの?」
「はい。私は、貴女様に“お仕えしている”のではありません。
“貴女様の選ぶ道に、共に在りたい”と願っているのです」
……あれ? これなんか、ラノベの執事ってこんな感じじゃなかったっけ。
「……ありがとう。ほんとに、ありがとう」
そのとき。
窓の外、夜空にふわりと火の粉のような光が舞った。
クラウスがふと目を細める。
「魔法の気流……。どうやら、王子殿下が“魔術式の感応試験”を始められたようです」
「え? 兄ちゃん、もう魔法の研究してんの!?」
「ええ。応用はまだ先ですが……興味を持たれたようで。第一王子殿下と第二王子殿下は、特に“魔力適性”が高いようですね」
(あのふたり……どこまで行くんだろ)
私はため息をつきながら、少しだけ笑った。
まだ何も始まっていないけど、きっと大変なことになる。
でもそれでも。
“家族と一緒なら、どうにかなる”って、私は信じてる。
「クラウスさん……そういえば、今朝あなた言ってたよね? “反省の場”がどうとかって」
「ええ。第一王女殿下が、宮廷内外で引き起こしてきた騒動について、正式に釈明・反省を促すための場でございます」
「……なんか、ヤバい匂いしかしないんだけど」
クラウスは、表情を変えずに静かにうなずいた。
「過去に貴女様が関与した“問題行為”の数々……貴族同士の婚約破棄の捏造や、侍女への不当な処罰、社交界での侮辱発言、さらには、国家財政からの過剰な私的支出まで——」
「えっ、待って待って、どれもやばすぎない!? 重罪じゃん!?」
「すべて“前任の第一王女殿下”によるものと認識しております」
「いやいや、今の私が責任取らされるんでしょ!? 身に覚えないのに!?」
「民衆の視線も、貴族の疑念も、それらすべてを“今の貴女様”が背負う形になります。
……逃げることは、叶いません」
はっきり言われて、思わず目をそらしたくなった。
でも、私が黙っていると、クラウスはふっとやさしい声で続けた。
「けれど——」
「……けれど?」
「私は、今の貴女様がそれに“向き合える方”だと、信じております」
そう言って、深く一礼してくれた。
「……そっか。全部、私のせいじゃないけど……でも“今の私”がこの体にいるってことは、もう逃げちゃダメなんだね」
「はい。それが、この世界で生きるということです」
なんだか、ラノベで読む“悪役令嬢ざまぁ展開”の前触れみたいだなと思った。
でも、私がやらなきゃ、何も始まらない。
「……わかった。出るよ、“反省の場”ってやつに。やってやるよ」
声が少し震えていたのは、自分でもわかったけど——
それでも、クラウスは穏やかにうなずいてくれた。
「貴女様のその決意が、きっと未来を変えます」