第二節:再会、でもどこか様子がおかしい家族たち
「第一王女殿下、皆様がお待ちです。謁見の間へどうぞ」
クラウスの声に背中を押されるように、私は宮殿の広い廊下を歩く。
美しい絨毯と豪華な装飾。……なのに、すれ違う使用人たちは私を見ようとしない。頭を下げては逃げるように去っていく。
(あー、これは嫌われてるなー……)
そう思いながらも、足は止まらない。早く会いたい。家族に。
少なくとも、あの事故で誰かが欠けていなければ、それだけでいい——。
重い扉が静かに開いた。
中にいたのは、三人。豪華な衣装に身を包み、明らかに“王族”らしい風格を纏っていた。
だけど、そのうちの一人が私の姿を見た瞬間、走り寄ってきた。
「みことっ!!」
金髪碧眼の美しき皇后。その顔は——まぎれもなく母だった。
「ママっ……!」
抱き合う。涙がこぼれそうになる。温かさは、確かに知っているそれだった。
「よかった、本当に……! 目を覚ましてくれて……!」
「私も……ママが無事でよかった……!」
ぎゅっと抱きしめ合っていたそのとき、後ろから、低く、重みのある声が響いた。
「みこと」
その一言に、私の背筋がぴんと伸びた。
ゆっくり振り向くと、そこには——
王冠を戴き、深紅のマントを羽織った“王”が立っていた。
鋭い目、重厚な雰囲気。けれど、その目の奥には見慣れた穏やかさがあった。
「父さん……!」
「ああ。無事で何よりだ」
春野昭一。前世では国会議員だった父は、今やこの国の王となっていた。
「……まさか、本当に全員ここに来てるなんて……事故のあと、私……」
私の言葉に、父はうなずいて答えた。
「事故のあと……気がついたら、この“王”の身体で目を覚ました。混乱はしたが、状況を把握するまでに時間はかからなかった」
「いや、冷静すぎじゃない……?」
「当然だ。これが現実であるならば、即座に“国の運営状況”を確認するのが最優先だろう」
「それより家族の安否が先じゃないの!?」
「それはすぐに確認した。クラウスに頼んでな」
「……お父さん、変わってないなあ……」
母がくすっと笑う。父は照れもせず、堂々としたままだった。
「だが、問題は山積みだ。この国の政治は腐敗しきっている。王が“傀儡”として扱われ、実権はすべて宰相に握られている。議会は形だけ、貴族は好き放題、軍はバラバラ」
「お父さん……ここ“異世界”だよ? もうちょっと現実逃避してもいいんだよ?」
「現実から目を逸らす者に、国を変える資格はない」
「か、かっこいいけど! 今はもうちょっとフランクでいいんじゃないかな……?」
そんな会話をしていたら、奥の扉からもう一人現れた。
「……みこと、無事だったか」
第一王子の装いをした青年が、私の姿を見て安堵の表情を浮かべる。
中身はもちろん——
「兄ちゃん!」
「ああ、予想はしていたが……その反応で確信した。やはりお前も来ていたか」
「ていうか、兄ちゃん……女たらし設定の王子になってたって噂だけど」
「不本意だ。やたら距離の近い女性陣に囲まれて困惑した」
「その困惑顔、絶対“いつも通りの兄ちゃん”だったろうね……」
「このままでは誤解が拡大する。対応を考えねば……いや、“影の諜報組織”を——」
「出た出た! また中二病再発してる!!」
「中二病ではない。現実的な手段だ」
父と母が「また始まったな」と目配せし、私はちょっと安心した。
そして最後に、厳しい足音が鳴った。
「姉貴」
姿を現したのは、黒い軍服に身を包んだ、屈強な青年。弟の一樹だった。
「一樹……!」
「全員、揃ったな」
その言葉に、全員が一瞬黙った。事故の直後、目を覚ましたとき、みんなきっと同じことを思ったはずだ。**「全員が生きていてくれたら」**と。
「姉貴……この国、軍が完全に崩れてる。士官は私兵化してるし、戦力の配置も滅茶苦茶だ。正直、敵が攻めてきたらすぐ落ちる」
「軍人視点の初手がそれってどうなの!?」
「オレの任務は“守ること”だ。姉貴を含めてな」
「えっ……えっ……!?」
「みこと、照れてるの? あら~青春ねえ~」←母、ノリノリ
「青春じゃなくて家族愛でしょ!? 変な方向で盛り上がらないで!!」
「ふふ、でも……家族って、ほんといいわね」
母がそうつぶやく。
「そうだな」
父が続ける。「この“王家”が何をしようと、俺たちはまず“春野家”だ。それを忘れるな」
「うん。うん、私……なんか、やっと安心した……」
涙が出そうになるのを堪えて、私は笑った。
「家族がいれば、どんな異世界だってやっていけるよね」