第二章⑤:再会は舞踏の前に。〜噂と視線と、もう一人の私〜
舞踏会の会場――“翠星館”。
大理石の広間に、貴族たちのドレスが花のように咲き乱れ、
水晶のシャンデリアが夜空の星を模した光を降らせていた。
「……すごい。これが社交界……」
思わず、ぽつりと声が漏れた。
何度か“来たことがある”場所のはずなのに、景色が違って見える。
いや、違うのは景色じゃない。
“私の見え方”が、変わったのだ。
ドレスの裾を持ち直し、一歩を踏み出すと――
その足音と同時に、場の空気が微かにざわついた。
「……あれ、あの子……第一王女じゃない?」
「ほんとだ……え、でも“もう出てこない”って話じゃなかったっけ?」
「なにあのドレス。えらく地味になってない? 前はもっとこう、ギラッギラだったのに」
「でも……雰囲気、違うわよね。なんか……柔らかい?」
「いやいやいや、騙されちゃダメ。あの子、前に令嬢泣かせた張本人でしょ?」
「“涙の三姉妹事件”でしょ? うちの従姉、あれで今でも舞踏会怖がってるって……」
(……あれ、ほんとにやったの? 私?)
思わず心の中でツッコみたくなる噂話が、ざくざく刺さってくる。
でも、それが“前の私の過去”なら――ちゃんと、向き合わなきゃ。
「――おやおや。まさか“あなた”が、また顔を出すなんてね」
刺すような声が、背中から響いた。
振り返れば、そこにいたのは――
「カミラ……」
「その呼び方、懐かしいわね。……随分と“大人しそう”になったじゃない?」
ベルンシュタイン侯爵令嬢、カミラ。
金色のカールヘアに紫のドレス、挑発的な目。
かつての“腹黒時代の相棒”であり、私と一緒に傲慢街道を走ってたお嬢様だ。
「今日来るなんて、正直思わなかったわよ。
あんた、前回の“ピアノ椅子引き抜き事件”で社交界凍結されてたじゃない」
「そ、それ私がやったの!?!?」
「やったのよ。“偶然”って言い張ってたけど、どう見てもタイミング完璧だったし」
「ひえええ……記憶ないけど、ごめんなさい……」
「……“ごめんなさい”?」
カミラが目を丸くする。
「ちょ、ちょっと……何それ。そんな台詞、あんた昔、口が裂けても言わなかったじゃない」
「今は……言えるようになった、かな。
っていうか、言わなきゃいけないって思ってるの。あの時のこと、ちゃんと受け止めたくて」
「……なんか、気持ち悪いわね」
「ひどっ」
その時だった。
カミラの背後から、三人の令嬢が現れる。
「あら……やっぱり来てたのね、姫様」
「随分とお久しぶり。“上から紅茶をかけてくださった”こと、今でも覚えてるわよ?」
「私なんて、踊りの最中に“間違って”背中蹴られたわ。あの時のあざ、しばらく消えなかったの」
(……うわぁ……これは確実に“やらかしの過去”)
カミラが私をチラッと見る。
「ほらね? 覚えてる人は、ちゃんと覚えてるわよ。さて――どう出る?」
私は、一歩前に出て、きちんと腰を折った。
「――申し訳ありませんでした。
あの時の私は、間違っていました。
無礼を働いたこと、心からお詫びいたします」
三人の令嬢が、目を見開く。
「……なっ……」
「本当に……謝った……?」
「まさか、貴女が……?」
「はい。……本当に、申し訳ありません」
頭を下げたまま、私はしっかり言葉を続けた。
「たとえ“変わった”としても、過去のことが消えるわけじゃありません。
だからこそ……今日、こうして皆様にお会いできたことは、私にとって、償いの機会でもあります」
沈黙が落ちる。
ざわ……ざわ……という周囲の視線の波が、静かに変わっていくのがわかった。
「……ふん。芝居が上手くなったわね。
でも、まあ……“言えるようになった”だけ、少しは進歩したのかもね」
カミラが、ポツリと呟く。
「私も、ちょっとは“付き合ってみようかな”って気になったわ。
あんたが今後どう変わっていくか、見届けるのも面白そうだし」
それはたぶん、カミラなりの――“また会おう”の言葉。
私は、にっこりと笑って、うなずいた。
「……ありがとう」
そして気づけば、あれだけ刺さっていた周囲の視線が、
ほんの少しだけ――柔らかくなっていた。




