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第一章16:言葉と矜持と、父の背中

王城・謁見応接室。

 高窓から差し込む午後の陽が、白と金の調度を柔らかく照らしている。


 


 テーブルを挟んで向かい合うのは――私と、クラウスティン侯爵。


 


 “議場の鉄面”と称される、冷徹な中立派の象徴。

 彼の視線は突き刺すように鋭い、けれどその言葉は、驚くほど静かで丁寧だった。


 


「姫君。まずは、私の無礼をお許し願いたい。

 突然の訪問、そして一介の議員である私が直に対面を申し出たこと、その礼を欠いたことを認めます」


 


「い、いえ……こちらこそ、お忙しい中……わざわざ……」


 


 だめだ、緊張が抜けない。

 でも、逃げたくない。この手の冷たい空気は、私が一番苦手なもの。

 でも、今は――“今の私”で、ちゃんと向き合いたい。


 


 クラウスティン侯爵は、紅茶に一口だけ口をつけ、ゆっくりと話し始めた。


 


「先日、街の一角での出来事――私は、それを複数の筋から聞き及んでいます。

 第一王女殿下が、混乱する現場で冷静に状況を整理し、暴力に頼らず言葉で解決へ導いたと。

 そして、民の反応も……“本物だった”と」


 


「……恐縮です」


 


「いえ、恐れる必要はありません。私はあなたを“疑って”いるわけではない。

 ただ、私はこの目で確かめに来た。“言葉だけ”では判断しない。

 それは、前王に仕えた者としての責任だと、私は思っております」


 


 私は、かすかに息をのんだ。


 


(……“前王の忠臣”)


 


 その重みは、想像以上だった。

 私たちが転生したこの王族の歴史、その“本物の時代”を知る人――その視線の重み。


 


「姫君。……では一つ、問わせていただきたい」


 


「……はい」


 


「なぜ、あなたは――変わったのですか?」


 


 


 部屋の中が、一瞬だけ凍りついたような錯覚を覚えた。


 


 心臓がドクン、と音を立てる。

 指先が微かに震えた。


 


(……やっぱり聞かれた)


 


 言えない。

 “本当は別人だからです”なんて、絶対に言えない。


 けれど、今の自分を偽りたくない。

 でも、でも――答えが、出てこない。


 


「…………」


 


 私が何も言えずに沈黙していた、その瞬間だった。


 


 扉が、音もなく開かれた。


 


 低く、深く、落ち着いた声が部屋に響く。


 


「――話の途中、失礼する」


 


 入ってきたのは、父だった。

 王の装いを纏い、まっすぐに私たちへと歩み寄る姿。

 その足取りには、ためらいも迷いもなかった。


 


「陛下……」


 


「続けてくれて構わない。だが、“彼女の言葉に詰まりが見えた”その時点で、

 父であり王である私が、一度は答えるべきだと判断した」


 


 そう言って、私の横に立つ父を、クラウスティン侯爵は真っ直ぐ見つめた。


 


「……王よ。

 私は、姫君の“変化”が、あまりに急であることに懸念を抱いています。

 その理由が“育ち”ではなく、“何かを失った結果”であるならば……国にとって、その存在は“不安”にもなりうる」


 


 父は、ゆっくりとうなずいた。


 


「当然の懸念だ。私自身も、その“あまりに急な変化”を最初に感じたのは、他でもない、我が身だった」


 


 クラウスティンが、目を細める。


 


「……どういう意味でしょう」


 


 父は、ためらいも誤魔化しもなく、はっきりと告げた。


 


「私は、この肉体に生まれた時の記憶を、持ってはいない。

 この“今の私”は、以前の王とは、別の魂が宿っている。

 だが、それでも私は、この国の王として、王家として、この世界の未来に責任を負って立っている」


 


 


 室内の空気が、静かに震えた。


 


 クラウスティンは言葉を発さず、ただ、じっと父の目を見つめ続ける。


 


「……我ら家族は、皆、変わった。いや、あまりにも変わりすぎた。

 だが私は、それを“偽物”と切り捨てることはしなかった。

 私自身もまた、“かつての王”とは異なる存在だ。

 だからこそ、私は問うのではなく、見極める道を選んだ。

 “今の彼ら”が、どれほど誠実に、この国に向き合おうとしているかを」


「それは王としての責務でもあるが……同時に、父としての願いでもある」



「…………」


 


「変化がどこから来たのか、過去が何であったのか。

 ――それが大事ではないとは言わない。だが、それ以上に私は、“今、どう生きているか”を信じてやりたい」


 


 父の言葉に、私は胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。


 


 (……お父様……)


 


 クラウスティンは、数秒の沈黙の後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


 


 その動作は、驚くほど丁寧で、ゆるやかだった。


 


「……私の疑問に、これ以上の答えはありません。

 “真実を語った者”には、“信義を持って向き合う”のが私の矜持です」


 


 そして、彼は深く一礼した。


 


「陛下。姫君。どうか、私にも見せていただきたい。

 あなたがたが紡ぐ“新たな王家の形”を。

 その歩みの証人として、私は中立を超えたところから、もう一度国を見つめ直したいと思います」


 


 


 静かに、けれど確かに、空気が変わった。


 私の目の前の“壁”が、一枚、音もなく崩れていったような気がした。


 


 父はわずかに頷きながら言った。


 


「……ようやく、再び共に国を語れる相手が戻ってきてくれた。

 歓迎する、クラウスティン侯爵」


 


 その言葉に、侯爵もまた、柔らかな笑みを返した。


 


 私はと言えば、まだ胸の鼓動が落ち着かなくて――でも、なんだか少し、肩の力が抜けていた。


 


(……よかった。ちゃんと、伝わった)


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