第一章⑪:焼き菓子と小物と、過保護な護衛
「見て弟! あれ、見て! めっちゃ可愛くない!?」
「……見た。視認済み。脅威なし」
「いや、そういうことじゃない! 可愛いって言ってんの!」
パン騒動を一件落着させた私たちは、再び城下町をふらふらと歩いていた。
手にはちょっとした焼き菓子、目の前には可愛い雑貨屋さん。
私にとっては観光のハイライト、**“可愛いもの探索タイム”**である。
「このガラスの髪飾り、繊細でめちゃくちゃ好み……! 魔法の光加工とかあるのかな……?」
「不規則な反射がある。夜間に装備すれば狙撃リスクが上がる。夜の外出時には避けるべき」
「……買ってもいい?」
「……好きにしろ」
なんだろう、すっごく冷たいようでいて、なんか許可出た!
私は嬉々として髪飾りをひとつ選び、屋台の店主さんにお金を渡した。
「可愛いものって、見てるだけで楽しくなるよね」
「……理解はできないが、感情的にはそういうものらしいな」
「じゃあ弟も、何か買ってみたら?」
「……必要な装備は軍で支給されている」
「装備じゃなくて、雑貨だよ!? 何!? 誰!?“必要な装備”って返してくる弟って!!」
通りすがりの人たちがくすくす笑っていた。
私たちのやりとりは、どうやらちょっと目立っているらしい。
「姫様、さっきのパン屋の件、すごかったですよ」
「あ、さっきのお兄さん……」
道端にいた青年が、頭を下げてきた。
「姫様が言ってくれなきゃ、誰も何も言えなかった。……ありがとうございました」
「そんな大げさな。私はただ、パンが食べたかっただけだから!」
笑いながらそう答えると、周囲の人たちも柔らかく笑った。
その場を離れたあと、私は弟にこそっと言った。
「ねぇ、ちょっとだけ……嬉しいかも」
「何がだ?」
「なんか、ちゃんとこの世界で“自分”として何かできた、って感じがした」
弟は一瞬だけ黙って、それからぽつりと言った。
「……お前は、普通にしてても誰かの役に立ってる。気づいてないだけだ」
「え? なに? 今、名言だった? 今の、名言だったよね?」
「撤回する」
「やめてー!? 今ので私のHPめっちゃ回復したのにー!?」
観光は、まだ終わらない。
この町は思った以上に奥が深いし、まだまだ面白そうなものがたくさんある。
私はローブの裾を握りながら、弟に笑いかけた。
「ねぇ、次はあっちの通り行ってみよ?」
「了解。警戒レベルは維持する」
「うん。……でも、今日は笑顔のままでいてくれると嬉しいな」
弟は何も言わなかったけれど、ほんの少しだけ、口元が緩んだ気がした。