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【弟視点】第一章⑦:剣より速く、弾より強く

目を開けた瞬間、空気の匂いが違うと感じた。


 


 金属と薬品と汗の混じった、基地の空気じゃない。

 それでも整えられた寝具、清潔な室内、静かな足音と規律ある環境がそこにあった。


 


 次に、感覚が異常だと気づいた。


 


 腕が軽い。背中に痛みがない。反応速度が異常なほど早い。

 目に映る景色が、明らかに前よりも解像度高く、脳が瞬時に処理できてしまう。


 


(……転生か)


 


 理解した。事故の後、死んだ。そして今、別の体に宿っている。


 それは不安でも恐怖でもなかった。

 むしろ、感情として最も近いのは——**「助かった」**という安堵だった。


 


 私は起き上がり、まず身体のチェックを始めた。


 筋肉の付き方、関節の可動域、柔軟性。反射的に行う動作の中に、プロの訓練を積んだ兵士のクセが出る。


 拳を握る。脚を上げる。軽くジャンプして着地する。


 


「……こいつ、相当鍛えてあるな」


 


 声に出すと、確信が強まる。

 この身体は“素体”として完璧だ。筋力・耐久・瞬発、すべてが実戦レベルで仕上がっている。


 だがそれだけではなかった。


 


 立ち上がったとき、背筋に何かが走った。


 流れるような力。だが筋肉でも血流でもない。

 空気が揺れて、身体の奥に響いてきた。


 


 私は息を深く吸い、目を閉じて集中する。


 


(……これが、“魔力”か)


 


 感知、集中、操作。流れを身体の一点に集める。

 すると、手のひらから風がふっと舞った。指先に圧力が生まれ、空気が震える。


 


 もう一度、今度は背中に流す。すると、足腰の爆発力が一気に上がるのが分かった。


 


 私は一歩、走り出す。


 わずか3メートルの距離を、視界の中で“遅く”感じるほどの速度で踏み込んだ。


 


 壁に手をかけて跳躍。着地。無音。

 反動がほぼない。体重と魔力の収束が綺麗に噛み合っている。


 


「……すごい」


 


 自然と呟いていた。


 軍人として鍛えた自分の身体。その“限界”を、今のこの身体は軽く超えていた。


 しかも、それを操作する自分の意志はブレていない。

 これなら戦える。前以上に。もっと正確に、もっと強く。


 


 


「……お目覚めですね、第二王子殿下」


 


 静かに後ろから声がした。


 振り返ると、深緑の目をした端正な男が立っていた。年齢は五十前後、執事服。姿勢が一分の隙もない。


 


「クラウスと申します。目覚められた皆様の確認と対応を任されております」


 


 弟視点として、私は彼の言葉にすぐ反応する。


 


「軍歴は?」


 


「直接の戦場経験はありませんが、軍事情報局にて任務歴あり。現王の指示で動いております」


 


「父さんか……」


 


 私はうなずいた。なら話は早い。


 


「この身体、使える。魔力の適応も悪くない。訓練次第では、戦場で十分通用する。

 このまま軍部を確認しに行く」


 


「……ご自身で、ですか?」


 


「俺にとっては、情報より現場の空気が優先だ」


 


 クラウスは何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。


 


「では、軍務局の位置をご案内いたします」


 


 


* * *


 


 王都・王城軍務局。

 その本棟に足を踏み入れた瞬間、私は予想以上の光景に出くわした。


 


 廊下で私語。装備を持ち込んだまま訓練場を離れる兵。帳簿は散乱。命令系統は曖昧。


 


 だが、そのどれもが“表面的”だと私はすぐに見抜いた。


 


 ——体は鍛えてある。足腰の動き、視線の鋭さ、歩き方。

 基礎戦闘訓練は受けている。問題は“士気”と“統制”だ。


 


 そのまま黙って中央訓練棟に足を踏み入れると、数人の男たちが私を見て眉をひそめた。


 


「……あ? お前誰だ」


 


「訓練を見に来た。邪魔はしない。少しだけ、確認したいことがある」


 


「どこの部隊の奴だよ? 身なりも見ねぇ。まさか王城で迷った坊主か?」


 


 からかうように笑いながら、男たちは私を取り囲むように動いた。


 


 私は肩をすくめた。だが、目線だけは動かさず、全員を一瞥する。


 


「俺は王族だ。命令で来たわけじゃない。現状を自分の目で見たくて来ただけだ」


 


 一拍置いて、周囲がざわついた。


 


「……王族? おいおい、冗談だろ。王子サマが一人でふらっと見学?」


 


「本気みたいだぜ……顔、似てる。第二王子らしい」


 


「はっ……だったらちょうどいい。“訓練見学”って言うなら、模擬戦でもやってみりゃあいい」


 


「腕っぷしで語ってもらおうじゃねぇか、王子サマよ」


 


 


 私は一歩前に出て、静かに言った。


 


「……いいだろ。ルールは任せる。手加減はしない」


 


 その場にいた兵士たちの口元が歪む。

 面白がっているのか、試してやろうという気持ちなのか、それはどうでもよかった。


 


 私はただ、この軍の“芯”を探している。


 


 そして、殴り合いの中でしか見えない“何か”を、見つけようとしていた。

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