再会
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今日は一花の命日だ。今日は早起きをして家を出た。
「今日で5年か。」
5年前、一花は不審な死を遂げた。家族と旅行に行くと出かけた旅行先で亡くなったのだ。交通事故だったと聞いている。葬儀は家族葬だったそうだが家族に「あなたは来てはダメ」と電話で言われたばかり音信不通となった。一花は元々実家の場所を教えてくれず、何もできず仕舞いだった。今思ってもあの時のやるせなさが身にしみる。
「着いた。」
そこは一花とよく行っていた公園だった。また一花と出会った思い出の場所でもあった。一花の命日にはこの公園に行くことにしていた。いつものベンチを見つけ腰を下ろす。
「なんでいきなり。」
そう独り言を残し公園を後にした。
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家に向かって歩いているとおしゃれなカフェを見つけた。
「ここ、 一花と来たかったんだよなあ」
そう思い眺めていると店の中の女性と目が合った。見覚えがあった、いや見覚えしかなかった。まさしく一花がきょとんとして自分を見ていた。
「ッ?!」
頭が混乱した。目には涙が溢れ出した。がそんなことは気にならなかった。慌てたように一花が店を出てきた。
「大丈夫ですか?!どうされたんですか?」
「なんで、なんで、、」
「なんでって、どういうことですか?大丈夫なんですか?」
「なんでいるの、一花、」
「すいません、分からないです。」
「分からない?」
「私、なぜか記憶がなくて、今なんでここにいるのかも、 一花さんのこともさっぱりで、」
一花がそう答えた途端、カランと音が鳴ってカフェから店員らしき男の人が出できた。
「ちょっと、お姉さん、お会計まだ済んでないですよね。」
「あっ、はい。」
一花はポケットに手を突っ込み財布を取り出す動作をしたが、一向に財布を出す気配はない。
「もしかして財布ない?」
「落としたのかも、」
「じゃあこれで。」
僕は千円札を店員に渡し会計を済ませた。一花の方をみると一花はモゾモゾしていた。
「すみません、初めて会ったのに払わせてしまって。ほんとありがとうございます。また返しますので。」
「ちょっと待って。君は本当に一花じゃないの?覚えてない?颯太だよ。」
颯太、と聞いた途端、一花が急にこっちを見た。
「颯太さん、、、すいませんはっきりとは思い出せません。でも何か聞き覚えがあります、何も思い出せないけど」
「お姉さん名前は?」
「、、分からないです。」
「身分証とか、って思ったけど財布がないもんね。」
申し訳なさそうに彼女は頷く。少し考えた後、こう提案した。
「お姉さん、記憶喪失なんだよね。君は前に僕と住んでいたんだ。家に来ない?何か思い出せるかも。」
「ぜひそうさせてください。」
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「お邪魔します。」
「どう?見覚えある?」
彼女は必死に思い出そうとしていたが
「見覚えはないです。」
としか言わなかった。僕はクローゼットの奥にしまっていた一花の服や化粧品などを引っ張ってきて見せた。捨てようか迷ったが捨てれなかった。クローゼットにしまったのもやっとだった。
「これは一花のものなんだけど、これはどうかな。」
彼女は丁寧に一着一着見ていたが見覚えはなさそうだった。そして「ひとつ聞いていいですか」と言った。
「私って颯太さんとどういう関係だったんですか。」
「一花は僕の彼女だよ。」
「私は颯太さんの元を離れたんですか。」
「一花は、亡くなったんだ。」
ここが問題だった。一花は死んだのだ。もう帰ってこない。でも目の前の彼女は一花だった。何かの間違いで一花は死んでいなくて、記憶喪失になって帰ってきた。そう思うしかなかった。
「でも君は一花だ。そうなんだよ。」
自分に言い聞かせるようだった。
「私がんばって思い出します。そうしたら、何か謎が解けるかも。」
少しの沈黙が流れ、彼女の腹の音でその沈黙は裂かれた。
「お姉さん、帰る場所あるの?」
「ないです。でも駅前のネットカフェに、、そうだ財布が、。」
彼女はあたふたしていたがそれも微笑ましかった。
「お姉さん、ちょっと待っててね、ご飯出すから。」
「一花でいいです。」
一花はにっこりと笑った。その顔はまさに一花だった。
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目覚ましの音で目覚め、目を擦りながらリビングに向かうと人影があった。
「おはようございます。」
5年前にタイムスリップしたのかと頭がフリーズしたが昨日のことを思い出し我にかえる。
「おはよう。あとタメ語でいいよ。」
「そ、そう?」
一花がくすくすと笑う。僕もつられて笑った。
「今日は僕たちの思い出の場所に行って記憶が戻るか試してみたいんだ。」
正直昨日の反応からするとそう簡単には記憶は戻らないだろうとは思っていた。でも少しの可能性に縋りたかった。
「なうおお。」
一花は口いっぱいにご飯を詰めていた。またリビングは笑いに包まれた。
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「わあ」
僕たちは水族館に来た。ここは初めてのデートで訪れた場所だった。水族館は初めてだったらしく子供のようにはしゃいでいたのが懐かしい。
「もしかして水族館初めて?」
一花は強く首を縦に振った。初めての水族館に釘付けのようだった。この水族館はそんなに広いものではなく、さらっと一周できるような場所だが通常の倍の時間をかけて一周し、ようやく休憩スペースに腰掛けた。
「やっぱり何も?」
一花はハッと思い出す素振りを見せた。そして今までのテンションとは真逆の口調で
「残念だけど何も。ごめん。」
「落ち込まないで。でも楽しそうでよかったよ。」
一花は小さくうんと言った。少しして水族館を後にした。
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水族館の後、僕らはショッピングモールに向かった。もちろんここも一花と訪れたところではあった。
「少し調査は休憩にしようか。ショッピングしよう。服、5年も前のだからよれよれでしょ。」
「えっ、いいの?」
一花は笑顔でこっちを向いた。もちろん、と言わんばかりに頷いた。
4つほど服の入った紙袋を横に置き、フードコートで一花はハンバーグを頬張っていた。でも何か悲しげな表情であった。
「やっぱり何も思い出せない。なんの力にもなってない。」
「そんなに気にしないで。一花は悪くないんだから。」
僕が慰めの言葉を言っても一花はまだ気にしているようだった。思い出さないといけない責任感と、でも何もできないやるせなさがこちらにも伝わってきた。
「食べ終わったら帰ろう。」
やはり記憶を取り戻すのは難しいのだろうか。それとも本当は、、。
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帰り道、一花とはほとんど無言だった。足音だけが二人の間に響いた。ふとあることに気づく。
「この公園、一花と初めてあった場所だよ。」
*
あの夜、眠れずに散歩に出かけ公園のベンチに腰掛けていた。すると隣のベンチに女性が座っていることに気づいた。時間も遅く、なぜ女性が夜遅くにいるのか不審に思えた。
「お姉さん、こんな夜遅くに何してるんですか?」
深夜テンションで咄嗟に言ってしまい、これじゃこっちが不審だと後悔した。
「ね、眠れなくて。」
「僕もです。疲れでむしろ眠れないんですよね。でもそろそろ帰ろうかな。お姉さんは?」
「私、帰るところなくて。」
「え。」
「あの、初対面でほんと失礼なんですけど、泊まらせてもらえませんか。」
*
一花と二人でベンチに座った。今まで薄々気づきかけていたことを勇気を出して打ち明けた。
「もしかしたら、君は一花じゃないのかもしれない。やっぱり一花は死んだんだし僕が身勝手に君に一花の幻像を見ていたんだ。本当に、なんて迷惑を、。」
「でも、それは私が思い出せないだけで、そんなわけは。」
続きを言おうとしていたが口ごもっていた。
「私じゃダメなんですか。」
反射的に彼女を見る。
「私、颯太といて楽しくて。私が記憶喪失で、それでも優しく助けてくれて。私は颯太と一緒にいたい。」
頬に一筋の涙が流れる。この涙はカフェで会った時とは違った。
「ありがとう。」
「颯太、帰ろう。」
二人で立ち上がり、帰途につく。あっ、と彼女が言う。
「あれ、この財布。」
草むらにある茶色の財布を彼女は拾った。
「私の財布!なんでここに。」
彼女が財布を広げる。幸い何も盗られてないようだ。するとポロッとカードが落ちる。
「保険証だ。佐藤二葉 ◯県◯市、。もしかしてこれ本名?これは家?」
「そうかも。」
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次の日僕たちはレンタカーを借りて○県に向かっていた。助手席の二葉はすやすやと寝ていた。昨日のこともあり寝れなかったのだろう。と二葉は目を覚ました。
「もうそろそろ着くよ。」
二葉の家に着けば二葉は記憶を取り戻すかもしれない。これが最後の望みだった。僕は強くハンドルを握る。
保険証の住所には古い作りの一軒家があった。玄関のチャイムはなく引き戸に手をかけると鍵はかかってないようですっと開いた。家の奥から若い女性が出てくる。二葉がハッと言う。その女性には自分も見覚えが、いや見覚えしかなかった。まさしく一花だった。
「二葉!?ようやく帰ってきたね、どこ行ってた、の、え、颯太?」
「おねえちゃん、」
二葉がそう言って倒れる。寄りかかってきた二葉を抱き抱える。
二葉を居間に移動させ横にさせる。
「本当に一花、なの?」
「うん」
「死んだって言うのは?何があったのか教えて欲しい。」
「全部いうよ。私の家は昔から貧乏で小さい時に父が消えてから母が一人で私たちを育ててくれてたの。母は気性が荒くて虐待気質だから特に私はよく殴られた。それが嫌で私は二葉を置いて逃げた。颯太にあったのはその時だった。母には内緒で行ったからちょっとしたら母に居場所がバレて帰ってこいって。母はもう狂ってるから颯太には巻き込まれてほしくなかった。家に帰ってきたら私はずっと殴られて。颯太に私は死んだことに母がして働かされてた。逃げたかったけど私がいない間に 二葉には痣がいっぱいできてて、逃げたら母の標的が二葉になると思うとできなかった。」
一花は終始泣いていた。
「お母さんは?」
「母は、もういない。デリの客に薬づけにされてそのあと暴行振るわれて死んだって。母らしい最期だと思うけどね。」
一花はぎこちなく笑う。一花に二葉のことを聞かれことの顛末を伝えた。
「一つ気になってたんだけど 二葉はなんで記憶喪失に?」
「母が死んでから私がストレスで二葉を虐待してた。二葉を一人で養ってあげなきゃと思ってストレスが溜まってて颯太、颯太、って言いながら殴っちゃってた。 二葉が記憶を失ったのは机の角に頭がぶつかって、そのまま家を飛び出したの。」
いろんな謎が解き明かされていくと同時に衝撃的な事実を押し付けられて胸がいっぱいだった。
「二葉が目を覚ます前に連れてってあげて。」
「一花は?」
「私は、あの子を虐待してた。幸せにはなれない。二葉もどうせ颯太が好きなんでしょう。あの子の願いを叶えてあげて。」
「でも、」
「私の未練が抑えきれなくなる前に早く行って。」
一花の目には涙が溢れていた。
僕は二葉を背負い助手席に乗せた。一花は見送りにはきていなかったし振り返ることもなかった。あえてしなかった。少し車を走らせると、二葉が起きた。
「一花から話を聞いた。これが一花の選択だったんだ。だから、一緒に帰ろう。」
そういうと二葉は答えた。
「うん。」