6. はちみつレモンもどきをいただきました
誤字修正しました。
人の名前って難しい…
きれいな青空だ。気持ちのいい風が吹いてくる。
目の前に広がる草原では子どもたちが歓声をあげながら走り回っていて、親だと思われる大人たちや、その祖父母かもしれない老人たちが、それをニコニコしながら見守っている。
(僕もそっちへ行きたいな)
僕はどうやら陽の光の当たらない木陰に座っているみたい。立ちあがろうとしたけれど、どういうことなのか体が動かない。
身の回りでざわざわと音がする。あまり心地のよくない音だ。まるでたくさんの小さな生き物がひしめき合っているような音、いや、何人かの人たちが悪意をもってこそこそ話をしている声かもしれない。
気になるけれど、そちらに目を向ける勇気はない。しばらくして、その音がすぐ近くで聞こえることに気づいた。
足元だ。
足元に何かがまとわりつく。それが段々と上に登ってきて、足だけでなく腕も絡め取られる。
今度は正体を確認するために目を向けようとするけれど、なぜか体が動かない。
そうこうしているうちに、体にまとわりつく何かは、じりじりと上に這い上ってくる。このままだと首も、顔も、頭の先まで、この何か嫌なものに覆われてしまう。捕えられてしまう。
(そうだ、助けを呼べばいい)
そう気づいたけれど、声が、出ない。声を出しているつもりなのに、胸だけが痛くなって、声が、出ない。
助けて。誰か、助けて。
「カナタさま」
ユクリトさんの低く、静けさを宿した呼びかけに意識が浮上した。状況がよくわからなくて目をぱちぱちと瞬く。
「こちらをお召し上がりください」
差し出されたのは湯気の立つ丼。両手でちょうど持てるくらいの大きさだ。
どうやら横になっていたらしい僕を、ユクリトさんは器用に片手で助け起こすと、目の前に丼を差し出した。
艶のある深緑色のそれを受け取ると、器の暖かさにほっと息が漏れる。
「まずは口をつけて一口だけでもお召し上がりください」
重ねて言い聞かされ、素直に器を持ち上げて、熱さに用心しながら口に含む。
(はちみつレモンみたいだ・・・)
実際にはレモンではないかもしれないけれど、何か柑橘の爽やかな香りがして、はちみつのようなほのかな甘みがある。
どうやら冷え切っていたらしい体に、はちみつレモンもどきがとてもおいしい。その甘酸っぱくて温かい飲み物をすっかり飲み干すと、丼の中を覗き込みながら、ほうっと息を吐き出した。
「僕・・・どうしちゃったんだろう」
「少しお疲れが出たご様子だったので、勝手ながらこちらに横になっていただいたのです」
「疲れるって!・・・僕、何もしていないのに・・・」
一瞬大きな声を出しかけたけれど、ぐっと堪えて、それでも疑問を口にする。思わずユクリトさんの方を向くと、先ほどとは違ってすぐに視線が合った。
深い茶色の瞳。思っていたよりも冷たくはなかった。むしろ、労わるような、気遣うような色が見える。
「先ほどオクナが申しましたように、神子さまは、こちらにおわしますだけで穢れを祓っておいでなのです。穢れを祓うには、神子さまのお身内にある清らかな気が必要となります」
「それって、僕はここにいるだけで、自然と力を使ってしまうとか、そういう感じ?」
「はい。・・・ただ、いまはまだお渡りいただいて間もないためにお力の使い方の加減が上手くいかないのだと思われます。こちらに馴染まれたならその時には、このようなこともなくなるかと思います」
こちらに馴染むって・・・すぐには帰れないってことなのかな・・・。