神さま、ダンジョンの性質を知る。
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可視光の最大99.965%を吸収するベンタブラックよりも黒い物質は存在した。
光吸収率99.995%を誇るその物質を発見した、某工科大学教授の研究チームと、とある芸術家が何百万ドルもするイエローダイヤモンドに塗りたくったとされる文章を見た時には目眩がしたよ。
ダイヤモンドを含めた鉱物全般が、施設では値段が付けられない程の希少品だったから。
それに売買されていた証である値段が付いていたこと。
しかもそれを芸術と称してその輝きを黒く覆ってしまったこと。
その両方に頭痛が痛いするほどショックを受けた。
芸術家のすることって理解できない。
希少とはいえ、全く宝石の類がなかったわけではないけど。
階級ごとに色や模様の違った襟章に、とっても偉かったりとっても功績がある人だと〇.〇五カラット程のジルコニアなのか、ダイヤモンドなのかがはめられていた。
俺ではパッと見じゃ判断付けられなかったんだよね。
息を吹きかけたり、水を垂らしたりすれば見分けもつくけど。
わざわざ上官に覆いかぶさって襟元引きちぎってまで確かめようとは思わなかったのでどっちかは知らない。
永遠の謎だ。
あ、テルモに聞けば分かるか。
そういうことに興味無さそうだから、聞いても答えは分からず終いになりそうだが。
肉眼ではおおよそ十倍もの差があるはずだが、ふたつの黒い物質の黒さの違いは分からない。
ダイヤとジルコ同様、興味さえ沸けば見分ける術を学選択肢もあったのだろうが。
俺にはそんな情熱を両者に傾ける熱苦しいハートは持ち合わせていなかった。
どっちみち見事なまでに黒いな! という感想しか出てこない。
それさえ分かれば充分だし。
その光をほぼ反射しない黒が、自分の背丈よりも大きな入口として待ち構えている。
ぶっちゃけ、えも知れぬ恐怖を覚える。
え、マジで怖いよ?
この先に進むの??
ダンジョン自体には興味はあるよ。
だけどさ、目の前のこの黒いの、超絶怖いよ???
アルベルトは片手ほど。
カノンに至っては数え切れぬ程中に入り、無事生還を果たしている。
ものによっては踏破までしている。
なのでこの入口に違和感を覚えることもないのだろう。
足がすくんでいるのは俺一人だ。
「あれだけ大量の魔物を屠っておきながら、何故たかが入口ごときを恐れる?」
「ほらほら、手ぇつないでやるから」
「待った!
待って!!
まだ心構え出来てないからっ!!!」
問答無用で左右の手を捕まれ、さながらロズウェル事件の宇宙人ヨロシク、ダンジョンの中に引きずられて行った。
閉鎖的空間というだけならば、施設で慣れているから何とも思わない。
光熱費節約のために、基本廊下の高さは日本の建築基準法に則った最低限必要とされる高さである二.一mだった。
運動場や演習場は高かったが。
一般的な体育館と同じくらいかな。
一二m程だったと思う。
だがダンジョンの中は、瘴気は見えないのに、あのまとわりつくような重く湿ったような空気が漂っている。
外からは想像もつかない程、剣を振り回しても問題無さそうな、広々とした通路が続いている。
天井も見上げるほどの高さがあるに。
それにも関わらず、妙な圧迫感がハンパない。
空気も薄く感じるし、呼吸がしづらい。
標高の高い山に上ったらこんな感じなのかな。
この空気に慣れるまでは聖水で濡らしたタオルでも口に当てておけ、と言われた。
なに?
瘴気って有毒物質を含む黒煙かなにかなの??
ココって火事の現場だったのか。
イヤ、実際には一酸化炭素などの有毒物質を含む煙の除去率は、濡らしたタオルと乾いたタオルではたいして変わらない。
煤の除去率は確かに上がるが、濡らしている暇があれば一刻も早く逃げた方が良いし、一秒でも早く乾いたままのタオルで口と鼻を覆うべきとされている。
濡れていると呼吸がしにくくなるからね。
時間の経過とともに、どうやったって息苦しさは増すのだ。
濡れてて息がしにくいからとタオルを口から離してしまったら、そしてその際に大きく空気を吸い込んでしまったら。
気絶をするか肺を火傷するかのどちらかの被害が出る可能性が高い。
ならば火事の現場に遭遇した時は、タオルを濡らすヒマがあるなら身を低くして逃げる。
タオルを探す手間をかけるくらいなら、服でも何でもいいから布製品をなるべく厚く重ねて鼻と口に当てる。
それが基本とされている。
火事に遭遇したことはないのであくまで「知識」として知っているだけだが。
ちなみに、口マスクだっけ?
不織布とか布のマスクする時に鼻を覆わないの。
アレ、マスクの意味を成さないから。
咳による唾が他者に飛び散らないって効果は確かにあるけど。
あの要領で口だけ覆って逃げようとしたら、鼻から入ってきた有害物質で命の危険に陥る可能性が高いから。
常日頃から正しい使い方をしてないと、万が一の時に大変だからね。
聖水で濡らしたタオルで覆うといっても、避難訓練をする時のようなスタイルではなく、お掃除をする時みたいに布を三角に折って口元を覆い、後頭部でキュッと結ぶ方式だった。
片手を塞いでいたら、戦闘の時大変だもんね。
聖水による浄化作用で呼吸がしやすくなったのだろう。
確かに楽だ。
ただそれなら、布そのものに霊力をぶち込むなり、自分の周囲を遮断してその範囲内を霊力で充たせば良いのではなかろうか。
ダンジョンが地下何階まで育っているのか分からないし、霊力の無駄な消費は抑えるべきだと諭されてしまったが。
『こんな陰気な中で過ごすのヤぁよ』
ずっと服の中にいたらしいルーメンがピョコリと顔を出し、ジメジメしてて気持ち悪いと文句を言いながら、羽をピコピコ動かした。
『ココのフロア、魔物いないし。
とりあえず全部浄化したわよ』
しつこい油汚れのごとく隅にシミのようにこびれついていた瘴気溜りも、キレイさっぱり無くなった。
おぉ、一瞬で浄化してしまうなんて。
精霊の親玉っぽいぞ。
「なんでこの階には魔物いないんだろうね」
「ルーメン様がそう仰ったのか?」
「うん」
カノンは多少英語が喋れて聞き取りも出来る。
そうアリアは言っていたが、日常会話もおぼつかない程度なのかな。
俺、ついうっかり初対面の時名乗ってしまっているんだけど、なーんもツッコミなかったもんね。
ルーメンも、通訳するのとか、今みたいにツッコミがいちいち入るのとか面倒だから、日本語で話してくれれば良いのに。
むしろアナタ英語全然喋れなかったよね。
わざわざ勉強したのだろうか。
六〇の手習いと言うから、何を始めるにも遅いということはないが、脳ミソ的には辛かったろうに。
見た目と同じく頭も若返ったのか?
数秒、どこに焦点を当てるでもなく彼方を見つめたカノンが「確かにいないな」とルーメンの言葉を肯定する。
え!?
この階のスキャン全部終わったの!!?
早すぎない???
言うと「慣れだ」と短く返された。
うぅ、チクショウ。
俺だって、隠し部屋っぽいところに気を取られていなかったら今頃終わってたもん。
ダンジョンの中はかなり広く入り組んだ迷路のようになっていることが分かった。
ただ、本来なら色んな種類の魔物が闊歩しているだろうに、魔物の巣がひとつも見つけられなかったんだよね。
魔物も地球の動物と同様、卵生や胎生によって繁殖する。
中にどんな魔物がいるのかは知らないが、巣がひとつもないっておかしくない?
だって放っておくと洞窟から溢れ出るくらいに増殖するんでしょ。
ダンジョンの魔物は、外の魔物を通常繁殖の基準とするなら、かなり特異な増え方をするそうだ。
原生生物や細菌のような分裂ではなく、棘皮動物のようにクローン分裂をすると考えられているようだ。
ナマコとかヒトデが代表的だね。
それでも雌雄異体でちゃんと体外受精して個体を増やしていく正当な方法で繁殖する術を持つ棘皮動物とは違い、ダンジョン生物は完全に分裂増殖オンリー。
外にいる魔物と同型に見えても、生殖機能のことごとくが発現しない。
乳房や陰茎のような外性器もない。
植物のようなオシベやメシベ、造精器の類もない。
鳥型の魔物に総排出腔も見られない。
つまり、侵入者である人を襲い、噛みつきその肉を食らうクセに、排泄器官の一切がない。
消化器官の類は残念ながら不明だそうだ。
ダンジョンの魔物は絶命すると、溶けてダンジョンに吸収されるから。
なので、分裂やクローン体による増殖でないのなら、成体がポコン、とある日突然現れる可能性も捨てきれないという。
時間さえあれば、ダンジョンで寝泊まりするのに。
その瞬間さえ見ることが叶えば定説として発表できるのだが……とブチブチ文句を言うカノンは、やはり研究バカだ。
強い魔物がいると言うのに、そんな中で寝泊まりしようとか考えるなよ。
中にはプラナリアのように、切れば切っただけ増殖するような厄介な魔物もいるそうだ。
闇雲に切るだけでは倒せない。
燃やすのが一番手っ取り早いが、酸素が乏しくなればコチラの命が危うくなる。
見た目が似ているクセに殖えるタイプと切断箇所が爆発するタイプと、あとすんなり倒されてくれるタイプが同時に出てきたことが過去にあったとか。
それはとても大変だ。
ダンジョンは基本、地下に進めば進むほど魔物が強くなる。
なのでアルベルトはダンジョンの一階部分しか立ち入ったことはないそうだ。
一階部分でも、外にいる魔物より少しは強いし、攻略は大変なものなのだと弁明されたが、いくつかのダンジョンを一人で踏破しているカノンと比べたら、「イヤ、ダッサぁ……」って感想しか出てこないよ。
その一階だけでも、余程若いダンジョンでもない限り、キチンと宝箱が最低一個は見つかると言うのだから、ダンジョンというのはよく分からない。
瘴気が物質化して魔物や宝物を形成しているのなら、魔物ではなく全部宝物にしてくれれば、皆漏れなくハッピーになれるのに。
ただ、さすが瘴気で作られているのであろう物品なだけあって、ダンジョン産の武具も貴金属も基本呪われている。
手に入れたらサッサと浄化しないと不審死の危険性が跳ね上がる。
余程腕に自信があるのならともかく、アルベルトのダンジョン利用方法は間違っていないと、カノンがフォローした。
俺やカノンみたいに浄化効力の高い水を精霊術で出せるならともかく、普通はそんな芸当は出来ないんだって。
不便だね。
それに、一階部分だけでも魔物の数を減らしてくれるだけでも充分、管理をするのに助かっているのだそうだ。
世界にはまだ、カノンが把握しているだけでも十数個あるダンジョンを、一人で見て回るのはムリな話だ。
だからといって、ダンジョンを破壊すればそのうち瘴気がどこからともなく集まり、溜まり、また別の場所にダンジョンが人知れず出現する。
その場所を前もって把握出来れば良いが、大抵は人が寄り付かない所、争いの真っ只中で寄りつけない所に形成される。
そのため発見が遅れ、ダンジョン産の魔物が外に出てきてしまうことが過去には多かった。
無性生殖で、ヘタをしたら無限に増えていくような魔物が、だ。
絶命すれば溶けてなくなるため後処理は楽だが、その分素材を剥ぎ取ることは出来ないし食料の調達も出来ない。
ダンジョン産の魔物は、外で遭遇したら強いだけでなんの旨みもない。
強いクセにガッカリ度がハンパないので、討伐者のメンタルケアのためにも外に出すべきではない。
ならば場所が分かるぶん管理がしやすいのだからと、結果ダンジョンは破壊されることなく、たまに国が討伐隊を組んだり、カノンが単独で突入したりして間引きをするのである。
今回は破壊目的だけどね。
ただ、人の往来が増えて瘴気が溜まりにくくなる上、冒険者も多く集まる予定なのだから、依頼を出して一階部分のお掃除を定期的にして貰えるようにすれば、破壊する必要はないのでは。
そう思うが、俺とカノンは散歩気分で中に入れるが、この辺の魔物は外ですら、かなり強い魔物が多い。
……と、されている。
ダンジョンの魔物となればその比ではないくらいに凶悪だと考えられるし、一般的な冒険者には荷が重すぎる。
再形成の心配がほとんど必要ないのなら、破壊してしまうのが一番だ。
一般冒険者代表のアルベルトが言う。
それを聞くと、冒険者の質の向上もしないとだよな、と強く思う。
この辺の、俺らからしたらザコとすら思う魔物が強いと言われてしまうと困るよね。
そんなに弱いと“水晶球の白滝“付近の森に行ったら、一歩踏み出した時点で植物に擬態したり土中に埋まって身を潜めているローパー種に捕食されて、人生終わってしまう。
そこを庭のように扱っているカノンですら「強い」「厄介だ」と称する魔物がいる場所がたくさんあるのだ。
そういう魔物を相手取れるくらいまでは強くなってもらわなきゃ。
せっかく冒険者の待遇を良くして社会的立場を確立しようとしているのに。
直ぐに死んでしまったら意味がない。
カノンの日々のお役目の、ほんの一部でも肩代わりさせようと考えているのだから。
だって今コイツが抱えている仕事量って物凄い量なんだよ。
それをこなすだけで一年経過してしまったら、皆の肉体作りが遅々として進まないじゃないか。
どこまでいっても自分本位だよ、俺は。




