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神さま、防具を作る。


自分専用の道具、という物に対し特に思い入れを感じたことはなかったんだけどな。

なんだろ?

手作りと言うのが重要なのだろうか。

動きやすさと大きさに問題がないか確認をするのにバンザイをしたり身体を捻ったりしながら考える。

そうは思えど、今まで過ごしてきた中で使っていたものだって見知らぬ誰かが作ってくれたものなんだけれどね。

心がむず痒くなるような嬉しさを感じたことはなかったなぁ。

『俺だけのためのもの』と言う部分がポイントのだろうか。


脇の部分やウエスト部分をもう少し詰めた方が良いと、カノンがまち針のようなものを刺す時「身を刺したらスマン」「ヤメロお願いします」という会話が繰り広げられた。

まち針も当然ジムヌラ種の体毛を使った、刺されば神経に直接響くような鋭い痛みが走るシロモノだ。

時間がかかってもいいので辞めて頂きたい。


素の喋り方が粗暴だとバレはしたが、さすがにすぐタメ口で喋れるようになる訳もなく。

中途半端に敬語が混ざる、なんとも違和感のある会話が成されている。

年上の、親しくもない人にタメ口きくのってはばかられない?

慇懃無礼なまでの敬語ばっかり喋っていたから丁寧語苦手なんよ。

良くして貰っているから、その人が堅苦しい喋り方を辞めろと言うのならそうしたいのは山々なんだけど、向こうが気を使ってくれているだけかもしれないじゃん!

全力で乗っかってドン引かれたら悲しすぎる。


せっかく気をつけてまち針を固定してくれたのに針が刺さるといけないし脱ぐ時も慎重にならねばならない、とそっと背後に回り脱がせてくれた。

至れり尽くせりである。


残念ながら紋様具にミシンのようなものはないのでコレ全部手縫いになる。

しかしパンツみたいな縫い目が直線ばかりの単純なものですら失敗するド素人が最初からこんな大物を縫うのは至難の業である。

と言うか、無理。

ミスをして糸を無駄にするまではまだ許容できたとしても、失敗すれば針の跡が当然布に残る。

そこから裂けたりローパー種の粘液が染み込んだりしたら一大事だ。

溶解液だったらそこから腐蝕されて中身だけ溶けて消えてなくなるなんてことがあるかもしれない。

こわ〜。


実際、縫い目が粗すぎるとそういう事が往々にしてあると言うことなので、数をこなすまではカノンに防御力の高さが必要な衣服の制作をお願いすることになった。

命に関わるからね。


俺の裁縫練習は室内着で行うことにする。

あと、どの生地に対してどのような縫い方が向いているのか教えて貰った。

伸縮性のある布なら半返し縫い、とか。

縫い目を見せたくなければまつり縫い、とか。

字面で名前は知っていてもどんな手さばきが必要なのかは分からないし、この世界の素材に地球で行われてきた縫い方が適しているのかも判断できない。


なので強度の違う素材を合わせて縫う時、ほつれにくくしたい部位を縫う時、と先程脱いだジャケットで実践しながら教えてくれた。

教えてくれる時は針をどこに置くか、糸はどこに垂らせば絡まりにくくなるか手元を見せながらゆっくりした動作で実演してくれたが、分かったかどうか確認した後は布の上を針が泳ぐようにササッと一気に素早く縫い上げてしまう。

比較対象がいないから何とも言えないけど、あまりの早さにその道のプロの人ですか? と聞きたくなる。

薬師が本職じゃないなら裁縫師がそうなのかなと。


聞いたら笑いながら否定された。

これくらいのスキルは長年冒険者を務めてる者なら結構な割合で持っているし、本職はもっと凄いそうだ。

また知らない言葉が出てきた。



冒険者とは、街の生活から溢れてしまった粗暴者がなることが多い、職業のようなものらしい。

正式に国から職業と認められている訳ではないので、あくまで職業‘’のようなもの‘’。

血の気が有り余ってる暴れん坊かつ街でのルールが守れない人は自警団になることも出来ないし、店に雇って貰うことも自分で店を開くことも難しい。

騒ぎや犯罪を起こし街から追い出された人が、別の街に無事たどり着けた時に「オレはあの街から流れ着いた者だ!」と強さをアピールしてその街の警備兵として雇って貰えることも稀あるが、大抵はやはりそこでも騒ぎを起こしてしまうので金があったとしても定住権利を購入出来ない。

だが、そういう生活を長い間することになれば自然と強くなる。


と言うか、強くないと生きていけない。

弱いと魔物や同じような処遇の人間によって殺されるし、知識がなければ毒を持っている野草や果実によって命を落とすから。

器用じゃなければ防具が作れず怪我をしやすくなり傷が化膿して死に至るし、裁縫技術は意外とだれでも身に付けているものだそうだ。


商人のように街から街にたまにしか移動したいような人達は常に強い私兵を雇い続けるのは金銭的に厳しい。

能力が高い人は引く手数多だ。

当然賃金を多く支払ってくれたり、待遇が良い方へと流れていく。

国や自治体が雇っている憲兵の類は、直接取引があるような大店なら都合さえ合えば一時的に借り受けることが出来るが、仲介料も日当も高い。

そこで冒険者をその都度雇って金品を渡したり、余程気に入れば食客として迎え入れたりする店もあるそうだ。

大半は根無し草の冒険者なので普段は街の外壁近くに野宿をしていることが多い。

商人は必要になったら門番に希望に見合う冒険者の仲介を願い出て、お眼鏡に適う比較的品行方正かつ実力のある冒険者を雇い、安全な旅路が約束されるという訳だ。


とは言っても、金銭トラブルで商人が旅の途中で置き去りにされたり、商品を奪われて逃走されるような事件もしばしば起こるということだが。

安全がちっとも約束されてねぇ。

無法地帯かよ。


明日も知れない身だからこそ、そうやって自暴自棄な短期的快楽思考になるんだろうな。

信頼関係を結べた方が長期的に見れば絶対自分の利になるのに。

因みに、冒険者にもならないのに無駄に強く悪運が強いと盗賊になるパターンもあるそうだ。

当然、賞金をかけられた討伐対象になるそうだが。


定住権利とは市民権みたいなもので、この国に所属していますよ。

だから税金おさめますよ。

その代わり国が管理している安全な土地に家建てさせて下さいね。

長期的に雇用約束して下さいね。

街の出入り自由にさせて下さいね。

って国との間の契約みたいなものだ。

過去にいた英雄を神格化している風潮があるため、またその英雄の子孫である王も生き神的存在であり絶対であると言う考え以外は認めていないそうで、思想の自由はないようだ。


そこはまぁ、うまく政治が出来ているならいいんじゃないですかね。

冒険者と言うならず者のような存在がいる時点でダメだと思うけど。

それは俺の育ってきた環境と掛け離れているから感じるものだし、この世界の人間が良しとしているなら良いのだ。

何にも縛られないその日暮らしがサイコー! という人も中にはいるだろうからな。



延々縫い続けるカノンと話をしながら俺は何をしていたかと言うと、防具作りです。

使えそうだから、と言って魔物から引っぺがして放置されていた皮だとか、魚の鱗だとかが奥に積まれていたのだ。

皮はなめされておらず毛が付いたままだったが、聖水で浄化したお陰なのか腐ってもカビてもいなかった。

聖水すごい。

万能だ。

魚の鱗は手のひらサイズの大きなもので、叩くと金属のようにキンと高い音で鳴った。

ヌメッたロープのようなものは、多分、ローパー種のものなんだろうな。

粘液そのまま放置するとか、他のものに付いたらどうするんだ。

……虫がくっついているので蝿取り紙にもなりそうだね。


所狭しと棚に並べて、というか詰め込まれているがどれも加工が大変そうである。

だから放置されていたのか。


鑑定眼とでも呼べばいいのか、手に取った希望した物の説明文のみを表示するようにした眼を凝らし、どれが軽くて丈夫なのか、また加工が比較的し易いのかを見て使えそうな物を見繕う。

いくつか見たが、正直ピンとは来ない。

なにせ魔物と対峙したことがないから、防御力を上げるためと言われても、どの程度耐久力があれば良いのかが分からないのだ。

勿論、首や心臓部のような急所はどれだけ頑丈にしても良いだろう。

動きに制限が出なければ。


どちらかと言えば身軽な方だし、人間相手だが戦闘経験も哀しいかな、あるので自分の戦闘スタイルとしては、重装備で攻撃を受けても死ににくいが動きが制限されるより、毒物に対する耐性さえあれば攻撃なんて避ければいいんだ! スピードこそが正義だ!! と言う気持ちでいたい。

毒もね、ある程度は慣れているけどこの世界のもの相手だとどうなるか分からないからね。

安全を期すなら防毒は必要だよね。


それにしても、魔物の素材って面白い。

精霊術の効果をくっつけることが出来るものがあって、魚の鱗に水精霊の力を込めると焔の攻撃を防いだり、火山帯や砂漠での灼熱感を軽減してくれるんだって。

その、効果をくっつける方法と言うのは一般的なのだろうか。

それならカノンに教わって移動速度上げる脛当てとか、防寒・防熱効果のあるマントとか作りたい。


母衣(ホロ)は革よりも織物の方がいいぞ」


ワクワクしながら素材を両手に抱えて持って来たら開口一発水をさされた。

やる気削ぐなよぅ。

メソメソしてたらちゃんと理由があるから聞けと言われた。


1番外側に身につけることになる外套の類は雨風に晒されることが多く劣化が激しい。

それに身体の熱が外に逃げないようにする防寒具として、また荷物を減らしたい時は掛布団代わりに使用することもある。

革だと手入れが大変だし劣化して穴が空いた時の修復が困難だから拘りがないなら革は避けるべきなのだそうだ。

それに付与がし易いから外套には織物が適しているんだって。


んで、付与って言うのが先程説明文に書かれていた精霊の力を物質に込める技術のことで、最初から防具作りに付与は欠かせないから教えるつもりだったと言われた。

先走りすぎてしまったようだ。

針を置いて選んだ素材を見たカノンに「鑑識眼に優れているんだな」と褒められた。

やったね。

実際目に鑑識眼と言うべきか、鑑定眼と言うべきかが実装されているのだから当然の話なのだけれどね。



指の動きが制限されるのは嫌なので篭手は腕と甲を覆う形のものにした。

手袋は蜘蛛の糸ででも編む。

もしくは編んでもらう!

他力本願ここに極まれり。

脛当てはいるとして、膝当てって必要かな?

あと胴部分はカノンが作ってくれているジャケットで充分なのか、更に防御力を高めるための胸当てが必要なのか。


戦国時代の鎧甲冑や薔薇戦争時代の西洋甲冑を思い浮かべるが、いずれも俺の戦闘スタイルに合わないんだよね。

それなら特殊部隊が着ていた迷彩服のような装備の方が余程合う。

つまり。

パッと見ちゃんと最低限の防具を着けてますよ、この世界に馴染んでますよ、とアピール出来る程度身につければ充分すぎる。

靴は……履いていたのが1番いいな。

馴染んでいるし釘踏んでも銃で撃たれても貫通しないし。

この世界でも通用する防御力の高さだろう。


糸鋸で切ったり錐で穴開けたり。

火であぶってカーブつけたりトンカチで形整えたり。

うん、DIYしている気分。

身に着けるもの作っているとは思えない工程と力技。

繋ぎ目自体の強度も必要だから、針と糸で縫う、よりも紐で結んでいくように部品をとめていった。

セリスパイダーは属性付与が通りやすいから防具造りにも向いているんだって。

蜘蛛が有能すぎる。


あ、だから織物は付与がしやすいのか。

なるほど、納得。


鎧牛や兜猪のように交配して家畜化出来れば良いのだけれど、セリスパイダーは知能が低く餌の確保も難しいから現状では難しいそうだ。

牧草とか穀物みたいな飼料を育てるのは人間の得意技だから草食系の魔物は家畜化もし易いが、セリスパイダーは蜘蛛だから、肉食だそうで。

昆虫系の魔物は勿論、大きい個体になると人間も食べる。

そりゃアカン。

兜猪は雑食だから人間も時には食べるけど、大人しい近縁種を交配させることにより襲われにくくなったんだって。

あ、被害がゼロになった訳じゃないのね。

遺伝子組換え技術が進んでないと、時間をかけて地道に交配させなきゃいけないから大変なんだな。


まぁ、遺伝子組換えだと想定外のリスクも生じるし、地道なのが1番なのか?

仲間に遺伝子学の研究者がいたけど、遺伝子組換えも結局は「こうなったらもっと良いのにな」と思ったものを早送りなり時間短縮なりして作り上げる分野だ。

必要とされていたから予算が組まれて人員も確保されていた分野なのだろうし、アイツの生きた証をこの世界に伝えるなら、遺伝子学に興味がある人を探してみてもいいかもしれない。

ほら、メンデルの法則とか、そういう触りの部分でもさ。

知識として提供するくらいならアリなんじゃないかな〜って思うんだけど。

どうなんだろ? ダメなのかな??


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