神さま、治世を考える。
この国の王座につく見た目少女は、長い艶やかな兄に似た黒髪をなびかせ、儚げでたおやかな体躯を持ちながらも、その清廉な所作と威風堂々とした黒曜石を思わせる眼差しから、誰もが膝を折り頭を垂れる存在だ。
身にまとう雰囲気からして、絶対王者と思わせるだけの説得力があった。
だがしかし、その王すら疑問を持つこともなく、畏れ敬い低頭平身の姿勢をとる相手がいる。
それこそが、自然界の力、その全てを統べる万物の頂点に存在する精霊王である。
しかし過去、三英雄と共に在ったとされる四大精霊の王は長らくその姿を人の前に現していなかった。
その姿を消す前『隣人を愛し、清き心で善き行いをしなさい。そうすれば、あなたたちを私たちの住む天の国へ迎えに来るため、再び姿を現すでしょう』そう言い残したとされている。
そんな善良なことを言うヤツが思い浮かばないのだけれど。
外面を取り繕いすぎた故の言葉なのかな?
人々はその人智を超える力を振るう存在が、また姿を見せてくれる日を待ち、信仰によりその存在と望みが忘れ去られないようにした。
精霊の王が再び姿を現した時に、その神々しい存在に、己が身を見せるに相応しいと思ってもらうため。
そして彼の方々から恩恵を享受できるように。
《忠実に勉学に励み、質実を重んじよ。
博愛の心を持ち、万人に誠実であれ。》
そう教えを掲げる精霊信仰の教会を興した。
総本山と呼ぶべき霊峰は人の住まう土地ではない。
また、その霊峰は人の身では立ち入ることは許されず、どこにあるのかも分かって居ないという。
ソレは本当に存在するのか? と疑いたくなるが、教徒は盲信しているそうで、そんなツッコミはされたことがないそうだ。
疑り深くてゴメンなさい。
信仰が集まるのは最も歴史の長い、教皇が御座す聖公国。
次点で王都の中心にそびえ立つ、聖公国以外に唯一四精霊全てを祀ることを許された大教会。
国王と同等の権力を有するとさえ言われる、その機関の主教。
「……それが、なんで戦争なんて起こそうとしてるわけ?」
戦争なんてし出したら、隣人貶めて穢れた心で悪行の限りを尽くすことになるぞ。
守って広げるべき教えはどうした。
「過去精霊王が姿を現したのが世界大戦の起こった時期だったので、神々が再び降臨させるためには大きな争いが必要だと思ったようですよ」
困ったものです、と言う割には、その主教と同じくらい偉いはずの王様は、ちっとも困った様子は見せず、呆れたようにため息をついた。
確かに呆れるしかないな。
降臨‘’させる‘’って言葉使ってる時点で全然ダメ。
自分の意のままに操りたい感じがぷんぷん漂ってる。
あまりの薄汚さに、近寄ったら悪臭が漂ってきそうだ。
汚水が体内を流れているんじゃなかろうか。
そんなヤツ引きずり下ろせ。
教皇がそれを容認しているのだとしたら、教会全体が腐ってるな。
燃やし尽くして消毒した方がいいんじゃない?
精霊王とも呼ばれる神々が降臨しなくなって幾星霜。
神の御業である精霊術を行使出来る者も極わずか。
しかも目に見えないが故に、精霊という存在自体を訝しみ、信仰心の薄れる者も出てきている。
そんな不敬かつ不届き者共は始末されるべきだ。
一回底辺まで人間の評価を突き詰めて落とさなければ、これ以上は信仰心も善行もプラスにカウントされない。
トコトン基準値を落とさなければ。
ならばいっそ争いを起こしてしまえば良いんじゃね!?
そうすれば神様が降臨するかもしれないし、要らんヤツ駆逐出来るし一石二鳥だ!!
やったね!!!
……なんて短絡的な考えを起こして、ホントに神が降臨するならば地球では誰も苦労しなかったぞ。
なにせ規模を問わないなら万年どこででも戦争が起きていたのだし。
あ、でも俺もさっき是正するために燃やしてしまえって考えてた!
自分を棚上げしてはいけないな。
いけない、いけない。
そんなおバカと一緒になりたくないもんね。
反省せねば。
国王手許金会計廷臣は、国庫の管理をする以上は身元がしっかりと保証された者でなければ勤めることはできない。
本来ならば王の血族。
実際、過去その任に就いていた者は王、もしくは三英雄の血族に限られていた。
だが、王と同等の地位を主張する主教が、アリアが王となって暫く後――この二人の感覚でなので結構な歳月が経ってからだろうが――出しゃばってきた。
大昔は国王と教皇が同等であるとされていたのに、いつの間に王の地位が下がったのだろう。
もしくは主教の地位が上がったのだろうか。
そんなことを考えていたら、やれ実務を集中させている現状では、第三者の目を入れなければならない。
やれ横領の温床になっているとあらぬ噂が立っているぞ、とかなんとか。
難癖を付けられて、あれよこれよという間に新しい国王手許金会計廷臣が任命されていた。
実際は、なんの問題もなかった所に、その悪い芽を植え付けられてしまっただけなのだが。
精霊信仰は国の垣根を越えて全世界に教徒がいる。
だから巡礼と称して頻繁に国を行き来していても、誰も怪しむことはない。
路銀も必要だし、御布施の少ない教会や孤児の多い経営難の教会に持って行くんだと言われたら、多額の金貨を持ち歩いていても納得されてしまう。
隣国にお金を流すのにとっても適した立場だったんだね。
この世界の人達は、もう少し危機感を持った方が良いと思うよ。
作為的とは言え、隣国との戦争がガチで始まるかもしれない、と国民の間で噂されるくらいには緊張感が高まっている。
精霊の皆が姿を現したタイミングは間違っていないんだよね。
姿を現した理由としてカノンに説明していた世界の危機云々はテルモの口八丁でしかない。
だが、戦争が引き金っていうのは実際そうなのかもしれない。
地球が亡びることになった原因の一端も戦争だったのだし。
戦争を遠因として不自由な生活を強いられたこと。
この世界の神様の遺志を継いでいること。
皆が世界が亡びる危険性を孕む争いを止めようとするのは当たり前、か。
『ワタシたちが顕現したのは、別に戦争関係ないケドね〜』
世界の人を救うため、なんて殊勝な考え方、少なくともこの人が持っているわけがなかった。
「……毎回突然現れんの、辞めてくれない?」
白い黒鳳雀、とでも言えばいいのか。
アルビノの黒鳳雀のオスがいるならこんな見た目なのだろうな、と思わせる長い尾羽根を優美にはためかせたその鳥は、重さを感じさせることなく俺の肩にとまり羽を休めた。
声からしてルーメンだ。
いくら自由自在に姿を変えることが出来るとはいえ、何でわざわざオスの鳥の姿を選んだんだ?
格好いいからか??
なら仕方ない。
トットと膝の上に移動して、鳥らしからぬ表情豊かな仕草で、油断していたら俺とシオンがさっさと森を抜けてしまったから王都で待っていたのに、全然来ないからつまらなかった、と文句を言われた。
油断をしたヤツが悪いんじゃないですかね、ソレは。
痛くもないだろうに、デコピンで膝から落とせば、ヒドイだのレディに対して失礼だの、口うるさくまくし立ててくる。
レディって歳かよ。
イヤ、年齢ではないか。
自分の子供に対してソレを求めるな。
ムスコンと勘違いされるぞ。
香料の原料ではなく。
イオカステーコンプレックスの方ね。
「貴殿は本当に英傑王の言葉を操れるのですね」
かしずき頭を机に突っ伏し、椅子に座ったままのカノンのスネをドツきながらアリアが言った。
とてもシュールである。
気が散って話にならないので恐縮したままではあるが、椅子に座り直してもらった。
他ならぬルーメンがドン引きしているし。
三英雄が有名ではあるが、先の世界大戦で活躍した人達が使用されていたとされる言語を、英傑王の言葉と呼んでいるそうだ。
精霊が話す言語でもあるので精霊語とも呼ばれている。
英傑たちは後世にその言語を伝えようとしてはくれず、今ではその言語を操れる人はほぼいない。
精霊との意思疎通のためにも語学研究は一応されているのだが、そもそも意志を持つ高位の精霊を召喚できる人が少ないので研究サンプルが少なく、必要なのに全く進んでいない研究分野になっている。
なので予算も少ない。
なにせ文法も発音も何もかもが違いすぎて理解不能なのだそうだ。
まぁ、日本語と英語では語順からして違うから、学ぶのが大変だとされているな。
日本語が主語+目的語+動詞に対し、英語は主語+動詞+目的語の並びだし。
日本語は結論があとから来るから回りくどいよね。
主語も単語も省略されがちだし。
ひとつの言葉に色んな意味が集約されているし。
コミュニケーションをとる時の言語としてかなりハードルが高い。
それが公用語になっている事実の方が、俺としては驚きだ。
なんでそんなことをしたんだ、地球からの移民組よ。
お前ら普段使っていたの、英語だろうが。
ふと疑問に思ったのだが、精霊を信仰しているのだから、教会の連中は英語を話せるのではないのか。
そうじゃなければ、神託が下された時に理解出来ずに苦労するのではなかろうか。
だが残念ながら、言語の壁は信仰心ではどうにもならなかったらしい。
理解しようという意欲も、欲だもんね。
欲望が薄いと学ぶ姿勢も及び腰になるのか。
教会にいるような人たちは、昔はどうだったか知らないが、現在では信仰心よりも救われたくて、すがりつく先として精霊を選んでいる人が多い。
どうしても神託を自分の都合の良いように解釈したり、空耳で拾った単語から勝手に推察したりしてしまい、ねじ曲がった言葉が広められることが多かったとか。
なので神託の方法は最近では取られることはない。
夢の中で御告をすることなら稀にある。
勝手に言語変換されるし。
お告げ程度ならするとテルモが言っていたが……ほほぅ、夢は翻訳機能付きなのか。
便利で良いね。
ただ、夢だとどうしても忘れられたり記憶が曖昧になりやすいから、どっちみち、あまり意味をなさないのだが。
皆日本語喋れるんだから、普通に共通言語話せばいいのに。
そう言ったら鳥目をクワッと見開き『イメージ戦略ってもんがあるデショ!』と怒られた。
鳥の姿になるのはえぇんか。
「見事なものですね」
英語でベラベラ応酬していたら感嘆のため息を漏らされた。
元常用言語ですから。
内容はろくでもないことが多いので感心されるようなことは微塵たりともないんだけどね。
なんで内政の腐敗を俺にも暴露したのか。
答えは単純。
その腐敗が教会主導の元で進められたから。
教会との関係を是正しない限り、教会の発言力が強くなり得る‘’学校‘’というシステムを導入することは許可出来ない。
そういうことだ。
主教が国王手許金会計廷臣に推薦したのは彼の母方の実家と繋がりのある、多くの貴族に出資をしている大きな商家の者だった。
恩があるからと推薦状に署名した人物は二桁にのぼる。
それだけの人間から推されれば無碍には出来ないと、ろくに背後関係も調べずに雇用したせいで戦争にまで至りそうになっているのだから笑えない。
国の中枢機関に入れる人物を、面倒臭がって繋がりもろくに調べないまま雇い入れるってどんな神経だ。
そうは思うが、今まで親族血族で固められていたのだ。
背後関係もなにも調べることなく大臣の子が次期大臣ね、とスライド式で任命されていた。
嫡子云々よりも優秀か否か程度は考慮してきたと言うが、選別の手段が限られてしまうのは致し方のないことなのかもしれない。
今までお財布係をしていた人はどうなったの? と言えば、仕事がひとつ減ったと喜んでいる宰相さんの御役目だったそうだ。
此度のことで、真面目な彼は酷く落ち込んでしまっているとか。
こんな厄介事になるなら全部自分でやれば良かったと思うよね。
後続を育てるつもりでやったことが仇となったとなれば、二人の叔父さんは人に任せられるような仕事まで一人で抱え込むようになるのだろうな。
お気の毒に。
しかし、そんなことを言われても、宗教が関わってくることに口出ししたら、戦争に巻き込まれるの待ったナシじゃん。
戦争が起きる理由のスリートップなんだし。
宗教・政治・領土の問題が大半の理由とされている。
政治にはそこに住む民族間同士の内戦、領土にはそこの土地に眠る鉱物資源や自然エネルギーを巡った争いも含まれることとする。
このままいくとこの国は、外国から攻め込まれる領土争いと、独裁政権の不満による内戦の両板挟みになる。
その後ろで糸を引いているのが宗教家という、とてもタチの悪いものだ。
戦争の押し売りなんていらないよ。
心の底からリコールさせて欲しい。
そんなの一発、精霊のみんなが胸に手を当てて「私のために争わないで!」ってしてくれれば止まりそうだけど。
……絵面が面白いしやってくんないかな。
だが残念ながら、人間の争いごとのために動くのはイヤ、とルーメンに先手を打たれてしまったので却下だね。
そんなガバガバな君主制にするくらいなら、共和制に移行すれば良いのに。
民主共和制が最も優れた政治体制であるとは言わないが、大戦後の大抵の国家は君主制を廃止している。
共和制国家は選挙により国のトップを決める。
選挙とは、数の暴力という名の多数決だね。
選挙が公正に行われる限り特定の人物に権力が集まることはない。
悪政を強いれば有権者により解職される可能性があるし、議会の解散要求をされる恐れがある。
真摯に政治と向き合わなければ長くその椅子に座り続けることは叶わない。
逆に有識者の支持を得られる政策を掲げ、それを遂行すれば人気と共に任期は延び、長く国の中心人物として、権力を有することが出来る。
まぁ、勿論共和制にもデメリットもあるけどね。
トップがコロコロ代わると政策も不安定になるし、情勢だって安定しない。
自分の意に反した悪政を強いるような輩が当選した時、自分たちの正義のためと闇討ち・暗殺といった暴挙に出る者も一定数いるし。
そんなリスクを負ってでも、自分の苦労よりも人のために尽くしたい、人を導きたいと、リーダー気質の人には適しているだろう。
あぁ、あとは責任が重い分給与が大きかったから、金持ち願望強い人にも向いているのかな。
アリアもカノンも、金銭に執着するようなタイプには見えない。
どちらかと言うと面倒臭がりだし自分の興味がある持てないことに労力を使うのを惜しむタイプのようにみえる。
自分こそが国のトップに立つに相応しいと思っていないのなら、誰かに明け渡してしまえば良いのに。
中途半端な状態で投げ出せば、無責任だと責められてしまうか。
ままならないものだね。
この世界の住民が皆、自由と権利を求める欲求の強い人間ならば民主政治もありなのだろう。
しかし、神様もビックリする位の我欲の少ない人々の集まりだ。
国の行く末について議論する場で、互いに意見をぶつけ合い、適度な落とし所を模索するのなら良い。
だが、この世界の人達の場合は意見を譲り合って落とし所が下の下の策になる可能性が限りなく高い。
平和主義なのは結構だが、議論をする意味が無くなるどころか、そうなればマイナスでしかない。
国民のための正当な判断を下せる者が国の頂点に居続けるのには相応の理由がある。
そういうことなのだろう。
「大変だね」
「そう思うのならこれ以上苦労をかけるな」
間髪入れずにツッコミが襲ってきたがスルーした。
だって掛けようと想って掛けてるわけじゃないしぃ。
アリアを労っただけですし〜。
「そう思われるのでしたら、是非愚兄をこちらに置いていって頂きたいです」
それも約束出来ませぬ。




