神さま、謁見する。
純和邸宅、とまでは言わないが和モダンな雰囲気漂う木の質感が生かされた内装。
漆喰が塗られた壁には、和風の室内に不似合いな荘厳な絵が描かれている。
湿式法かな。
乾式法かな。
シュケイがいるのだから、卵テンペラが使えるが……この発色の良さは湿式法かな。
この家屋が建てられたのが何年前家にもよるが、これだけ見事な絵画の、どこにも経年劣化による剥がれも退色も見られないし。
書棚が置いてあるので日焼け防止のためか、全ての窓に薄手のカーテンがつけられている。
それもあってこの素晴らしい作品は守られているのだろう。
「あら、どなた?」
惚けて見とれていたら、奥から声をかけられた。
ここの家主だろうか。
振り返るが、視線の先には誰もうつらない。
まさかの心霊現象!?
……と思ったら、下から「ここですよ」と声が聞こえる。
いつの間に接近したのだろう。
音もなく、半歩の距離まで迫られていた。
俺、一応、気配察知が常時出来ように訓練中なのだけど。
改めて意識を集中させても、目の前にいるのに、ココにはいないような、妙な感覚。
やはり、オバケ!!?
足も影も確認したが、両方しっかりあった。
一安心だね。
見た目はちんまい女の子に誘われるまま、奥の部屋でお茶を頂くことになった。
少女が手ずから淹れてくれたお茶は、カノンが家で淹れてくれたものと同じだった。
この国の特産品なのかな。
飲み慣れた味にホッと一息ついて部屋を見渡す。
この家、とにかく本が多い。
放り込まれた玄関からこの部屋まで、本棚のない部屋がなかった。
漆喰は湿度の調整に優れているし、耐火性も高い。
羊皮紙のような獣の皮を使用して作られている本はカビやすい。
本の管理をする場所としては適しているのだろう。
「てっきり、カノン様がいらっしゃると思ったのですが……」
お茶請けまで用意してくれた少女が、残念そうに睫毛を伏せる。
カノンをご存知のようだ。
様付けで呼ぶ人は沢山居るが、ホントにアイツ、偉い人なんだな。
どうぞと勧められ紹介されたお菓子は、椿餅と呼ばれた。
アレだ!
日本の源氏物語に出てくる平安時代の甘味!!
確かに椿の葉のような形をした葉っぱに挟まれている。
和菓子と言えば餡子だろうに、残念ながら中身は入っていなかった。
乳白色のコレは、上新粉が使われているのかな。
見た目に反して少々固く、むっちりしていて、歯切れが良い。
この味付けなら白玉粉の方がモチモチしていて美味しいだろうに。
もしくは上新粉を使うにしても、お湯でしっかり練ればもう少し食感も改善されると思うんだけど。
そこは好みの差か。
砂糖のような尖った甘さとも違う。
ハチミツのように目眩がするようなものでもないし、人工甘味料のように後味がずっと口に残り続けることもない。
雑味も感じないし、とても丁寧に下処理がされているのだろう。
素朴ながら、上品でとても美味しい。
久しぶりの甘味にテンションが上がる。
堪能させて貰うだけでは申し訳ないので、カノンは王様に謁見しに行ったと伝えたら、コテンと首を傾げて「カノン……?」と指摘されて気付いた。
そうだ、アイツお貴族様だった。
すぐ頭の中から抜け落ちるな。
自分の中でどうでもいいことだと判断してしまっているせいだろう。
油性マジックで直接脳ミソに書き込みたくなる。
慌てて「カノン様は〜」と言い直したが、からかう意味ではなく“様“付けで呼ぶと、なんだからモニョモニョするな。
「私はカノン……様から、本でも読んでココで待っていろと言われたのです」
「まぁ。
あのお方が拙家に人をお呼びするなんて初めてではないかしら」
……ん?
なんか、今違和感があったような気が。
「コチラの御宅はカノン様が所有されていらっしゃるのですか」
「そうねぇ。
私はこの家に限らず、王宮全てカノン様の物と言っても過言ではないと思っているけれど」
おっと、爆弾発言。
現国王よりもカノンの方が王様に相応しいと思っている反乱分子か、この子。
お貴族って腹芸するものなんじゃないんですか!?
なんでこんな直球ストレートに表明しちゃっているの!!?
今すぐこの場から逃げ出したい。
ココが王宮のどこかも分からないし、カノンがいつ戻ってくるかの判断もつかないから、大人しくココに留まる以外の選択肢が俺にはない訳ですが。
パッと移動をするにも、目印になるようなものを明確に思い浮かべられないと座標の指定が出来ない。
この家の中で鮮明に記憶に残せるようなものと言えば壁画なのだが、どの部屋も似たような、でも微妙に違う紋様が描かれているせいで“明確に“思い起こすことが不可能である。
目印となるものは、唯一無二でなければならない。
なので、一応人でも可能である。
だが、この場から逃げ出すために座標をカノンの元へ指定したとしよう。
だが突如カノンの背後に俺が現れた時、無事で済む確約がない。
どちらかと言うと、突発的に抹殺されかねない。
辞めておくのが吉だ。
だってアイツ、俺が足音忍ばせて「だ〜れだ」って定番のアレを悪戯心でやろうとしたら、間合いに入った途端、問答無用で精霊術ブッ放して来たんだぞ。
確実にヤられる。
せっかくの美味しいお茶の味が薄く感じられる。
場を誤魔化すために、無作法だがズズズと音を立てて飲みたくなる。
無音がシンドい。
首を傾げるクセでもあるのだろうか。
少女はコチラの様子を窺い、同じようにお茶を飲みながらも首を傾けている。
肩凝り、首凝りに注意してね。
「……カノン様から読書をしているように命じられたのでしょう?
どのような内容かご希望が御座いましたら、用意させて頂きます」
見事な社交場の笑みを浮かべるその様子は、幼いながらも、この子も貴族であることを示している。
こういう時って遠慮をするべきなのだろうか。
甘えた方が良いのだろうか。
俺がアクセスできる「知識」というのは、地球の書物が、内容の取捨選択もされずにデータとして全部ぶち込んであるものだ。
欲しい知識を抜き出すためにはある程度の予備知識が必要だし、それを読み解くための最低限の知能も必要である。
その中でもマナーというのはとても厄介で、時代の移ろいと共に一八〇度意味が替わるものがある。
同一の時代に生まれた作法だろうに、主張の全く異なるものすらある。
派閥のようなものがあったのだろう。
お辞儀の角度なんて気持ちがこもっていれば何度でも良いではないかと思ってしまう。
なのだが、その気持ちが相手に伝わりやすいように「謝罪の気持ちを表すならば九〇度!」とか「ファストイン・スローアウトが基本!」とか書かれましても。
当時の人達は当たり前のようにコレをやっていたのだろうか。
すんげぇなぁ。
良くも悪くも、施設では敬礼だったので、上位には四五度、それ以外には一〇度の挙手敬礼しかなかったため、何も考えなくて済むので楽だった。
記章の色で相手の地位はすぐ分かるし。
お貴族様のお作法やしきたりって、お辞儀の角度と同様、堅苦しい上に細かいルールが多く、なんの意味があるのか分からない理解不能なものが多過ぎる。
見栄を張らねば生きられないのかと言いたくなる。
それに見合うような、装飾華美な装いにしても、どうにかならないのかと物申したくなる。
イヤ、まぁそれは、あくまで地球の歴史上の貴族の話だ。
そういう人たちも平民への雇用を増やすための措置として、絢爛豪華な衣装を仕立てた部分が少なからずあったという話なのだが。
目の前のこの子は、幼いからなのか、それともこの世界の貴族の基準がこうなのか。
布の質感はキメ細かく上等なものではあるが、かなり大人しいデザインだ。
目がチカチカするようなドレスじゃなくて良かった。
サングラス欲しくなるじゃん。
「マナー……とは違うか。
この世界の成り立ちが分かる、歴史書の類は御座いますか?」
謎マナーやトンデモルールのことを考えていたら口が滑った。
常識を学べ、と言うのはつまり、この世界の基本知識を身につけろ、と言う意味だろう。
カノンも大概、世間一般とズレていることが、他の人たちと交流を持つことで分かった。
決してアレを基準にしてはいけないと。
どれだけの時間が掛かるかは分からないが、俺が知っているこの世界の事実と、語り継がれてきた人間目線の事実の差を埋めるのは大事だろう。
そう思い、お言葉に甘えて歴史書を用意してもらうことにした。
「少々お待ちくださいませ」と言い席を立った少女は数分後、自身の背よりも高く積み上げた書籍を両手に抱えて持ってきた。
一言声を掛けてくれれば持ったのに。
見た目に似合わず、とっても力持ちさんなんだな。
その姿を見て慌てて駆け寄り、数冊手元に残して、他全ての本を自分で机まで運んだ。
全部取り上げたら持つ、持たないの押し問答が始まる可能性があるからね。
こういう時は相手に少しだけ持ってもらうのがポイントだ。
それにしても重いな。
その細腕でよく持てたな。
「ありがとうございます」
ふんわりと柔らかく笑う顔は、その見た目と反して、華麗さと絢爛さを兼ね備えた皇嘉門を思い起こさせた。
それは牡丹らしい、凛とした佇まいの幾重にも重なる花弁が印象的な、無二無双と言える優美な一輪花だ。
見てくれに騙されてはいけないって本能で察したのだろうか。
日本美人を例える言葉にもあったよな。
‘’立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花‘’ってね。
元々の言葉は薬の使い方を意味したのだが。
……百花の‘’王‘’を、俺は、なぜ連想した?
「ア”〜リア〜〜っっっ!!!!!」
勢い良く開け放たれた扉は、ガラスが割れんばかりの――もしかしたら欠けるくらいはしたかもしれない――けたたましい音を立てた。
もちろん、般若の形相で飛び込んで来たのはカノンである。
「あら、お兄様。
ごきげんよう」
ニッコリ微笑んだ少女は、鬼の形相を浮かべる兄に反して、とても楽しそうに弾んだ声で相手を迎えた。
「……王様って聞いていたけど、女王陛下だったのか」
「あら、性別で治世の手腕が変わらないのであれば、呼び方に男女で差を付けるのはおかしいのではなくて?」
全くだ。
あの上に立つ者特有の雰囲気は、王様だったら持っていて当然ってことか。
兄をからかうことに心血を注ぐような、カワイクない系の妹らしい。
見目は非常に愛らしいのに。
勿体ないと思うべきなのか、むしろご馳走様ですと頭を下げるべきなのか。
イヤ、俺には妹属性はないのだが。
カノンは王様に会いに行ったと言っても知らんぷり。
どこまで自分のことを話しているか判断がつかなかったから、本来ならばなのる場面でも、カノンの妹とバレたら、イコール国王だとバレる可能性があったから自分の名前も立場も明かさなかった。
性格が悪い、と言うよりはイタズラが好きなのかな。
良くあることのようで、カノンも怒った素振りこそ見せるが、俺に対する時のように眉間にシワを刻んでいない。
眉間をグリグリしているが、じゃれ合ってるようにしか見えない。
アリアも笑っているし。
つまり、アレだ。
俺は普段、心の底から怒られているのだな!
謁見の間で、待てど暮らせど王は来ず。
家臣に尋ねても歯切れの悪い返事しか帰って来ず。
溜まっていた自分が片付けるべき仕事が終わっても、一向に現れる気配がない。
なので宰相の叔父を脅し、アリアの居場所を聞き出し、こうして馳せ参じたそうだ。
やっぱり身内で上層部固めてるんだ。
叔父がいるのなら、わざわざ女の子に王様をさせる必要は無いと思うんだけど……
悪政をしているのが実は叔父の方で、この妹は傀儡でしかない、とか?
かと思えば決してそうではなく。
叔父に関してはただ単に自由奔放な甥姪のせいで苦労している可哀想な人だから勘違いしてやるなとクギを刺された。
分かっているなら自重してやれ。
悪政になっていることは自覚しているのだが、現在悪さをしている犯人を炙り出すためにしていることなので、国民には悪いがもう暫くはこのままになると、アリアは肩を竦めた。
全くの第三者、しかも設定・記憶喪失の不審者なオレが聞いて良い話なのだろうか。
謁見の間だと、あけっぴろげに話は出来ないし、どこに耳があるのかも分からないので、絶対安全と言えるこの家で話がしたかったのだとアリアが言えば、致し方ないと了承したのか、カノンは席に着いた。
ついでに、机の上にあったお菓子とお茶を平らげた。
しかも俺の分を!
アリアの前にも同じお菓子並んでるのに!!
テメェ、食い物の恨みは怖いのだと思い知らせてやろうか。
握りこぶしでグヌヌとしていたら、チラリとコチラに視線を向けたアリアが不敵に微笑んだ。
「貴方が、お兄様に保護された、精霊王様達の言葉を操るレイムさん?」
「申し遅れました。
カノン……様に保護をされた、他称レイムです。」
引き続き様付けで呼んだらとてもカノンが愉快な顔になった。
それを見たアリアがコロコロと楽しそうに笑う。
「お兄様のそんな崩れた御顔が見られるなんて。
それだけでも貴方をお招きした甲斐がありますわ」
へぇ、そりゃあ良かった。
だが、他ならぬカノンに「怖気が走るから辞めろ」と言われてしまったので様付けは厳禁になった。
他の人の目があったら付けなければいけないだろうけどね。




