神さま、登城する。
一の鐘が鳴る頃。
日が昇るよりもほんの少し前の時刻。
英雄たちの石像とやらを観光客に混ざって見に行こうと、音もなく起き上がった。
“賢者“の像も城郭の上から見られるならば、カノンがいたら確実に見せてもらえない。
連れて行ってくれなんてワガママは言わない。
行くのを阻まないでくれ。
そう言ってもどうせ聞き入れてなんて、くれるわけがない。
照れ屋さんはコレだからいかん。
なのでパッと見てパパっと帰ってくれば良いだろうと判断し、こうやってめずらしく早起きしているのだ。
アルベルトと商人のオジサンは隣の、もともと商人のオジサンが寝室として確保していた部屋で寝ている。
いざとなれば返り討ちに出来るし、俺は貞操の危機なんて微塵も感じていない。
だが万が一のことがあると保護者失格の烙印を精霊の皆に押されてしまうということで、億が一も有り得ないようにしたい。
そう言い、アルベルトは隣の部屋に追いやられた。
俺としては、部屋を抜け出すならアルベルトか商人のオジサンの方が都合が良かったのに。
もしかしたら、勘づかれていたのかも。
そうは思うが、当のカノンは現在、スヤスヤ穏やかな寝息を立てている。
この調子であれば、しっかり夢の世界の住民となってくれていることだろう。
隠密行動なら散々仕込まれたし得意なのだ。
精霊術をつかえば霊力の放出や大気の揺らぎで察知され起こしてしまう可能性がある。
だが「スキル」ならば周囲に影響を及ぼさずに俺の意のままに事象を引き起こすことが出来る。
誰にも気付かれずに宿を抜け出すことなんて、俺には朝飯前なのだ。
踏みしめればギギッと鳴く木の床に足を置かなくても立つことが出来る。
建付けが悪く不協和音を奏でる扉だって、鳴る先から逆位相の音波を生成して打ち消してしまえば響かない。
ノイズキャンセリング機能の仕組みと同じだね。
さぁ、いざゆかん!
薄っぺらい布団を退かして一歩踏み出した。
その途端。
ずべたーん!!
足に括り付けられていた紐に気付かず思いっきりコケて、床に寝ていたカノンの上に顔面ダイブしてしまった。
いたい。
カノンはマントを布団代わりにしていた。
当然、それは俺のものと同様、もしくはそれ以上の防御力を誇る頑丈なものだ。
つまずいた勢いと俺の体重が、顔面、とりわけ飛び出している鼻に集中した。
とても痛い。
鼻血、出てないだろうか。
この偏差値の高い顔面には似合わないぞ。
さすさすと鼻を労わって顔を上げたら、バッチリ、寝起きの悪さも相まって不機嫌そうなタレ目と目が合う。
世界でも滅ぼせそうなポテンシャルを秘めている極悪人顔だ。
「…………おはよう、カノン!
良い朝だね!!」
「……金属線張られなかっただけ有難いと思え」
あ、ハイ。
さすがに細いピアノ線張られてたら怪我してたと思うのでありがとうございます。
とは言え、コレだけしっかりロープを結び付けられているのに気付かず寝ていた俺って、自分で自覚している以上に寝起きが悪いのだろうか。
滅茶苦茶不機嫌そうに眉間にシワを刻みつけているカノンは、もう浅い眠りしか取らないだろう。
さすがにその状態の彼を起こすことなく、気取られることなくお出掛けするのは不可能だ。
なので、大人しく二度寝することにした。
ちえっ。
登城するためにはなにをすれば良いのか。
異世界人の俺は当然だが、なぜかついてくる気満々のアルベルトも、元貴族のくせに知らなかった。
幼い頃に一度だけ訪れたことがあるそうだが、その時の諸々の手続きは全て周りがしてくれたし、昔過ぎて何も覚えていないそうだ。
馬車に長い時間揺られて、気付いたら王城で下ろされ、同年代の子供たちとお茶会でうふふアハハし、案内されるままにデカい部屋で着替え、だだっ広いホールで食事をして、またデカい部屋に戻って寝て、普段はまだ起きない時間に叩き起され、寝ぼけたまま馬車に乗せられ帰路についた。
……と説明されたので「逐一覚えてんじゃねぇか」ツッコミを入れたくなったが。
今は二度寝特有の、あの妙な倦怠感が肉体を支配しているのでその気力がない。
当然カノンは知っているのだろうと窺えば、さも当然のように頷いた。
「そもそも城内に俺の屋敷がある」
と言われた時には後頭部に日頃のチョップの恨みも込めて平手打ちをかましたが。
王城の敷地内にお屋敷!?
ならこんな安宿泊まる必要なかったじゃん!!?
ってかお前も貴族なのかよ!!!??
ツッコミが間に合わない。
褒賞に領地を貰ったり、地位を貰うなんて話は確かに聞くよ。
言われてみれば、知らない人がいないレベルの有名人で、国の中心に石像建てられちゃうレベルの偉人だもんね。
そりゃ一代限りの名誉男爵くらいの地位は最低持っていてもおかしくないか。
「ちなみに、地位は?」
「公爵」
「バリッバリの王位継承権所有者じゃねぇか」
デュークなのかプランスなのか、はたまたプリンスなのかで継承権の第何位なのかは別れるだろうが、公爵となれば君主の血族だ。
お貴族様の中でもかなり偉い。
かなりというか、ダントツで偉い。
本来なら一発平手でシバこうものなら、頭と胴体がおサラバしてしまう案件である。
今更ながらアバババしてしまう。
あ〜、だから“権能“なのか。
王様と同等の権力を持つ身内。
ってことは、継承権もかなり上位だろう。
「役職は」
「大宰相……なんで尋問みたいになっているんだ」
実務は全部宰相に丸投げしている、と言うが、地位は王様の次か。
しかも、その地位から引きずり下ろすことは、王にしか出来ない。
そしてその王に、直接意見を出来る数少ない役職である。
そのレベルの権力者だ。
それが、なんで辺境のド田舎でフラスコやビーカーを片手に家庭菜園やっているんだよ。
自分のお屋敷があるなら、そこで薬草を従僕にでも育てさせれば、手間が減って実験の時間が多く取れるようになるだろうに。
家庭菜園含めて、趣味なのか。
趣味なら仕方ない。
……とはならんだろう。
名ばかりで通るような地位ではない。
今の内政の悪さを鑑みても、王にダメ出しが可能な大宰相という立場の人間、しかもカノンみたいなごくごく普通の感覚の持ち主がこの国には必要だろう。
実務を投げ出していい、安定した平和な世の中なら誰も文句は言わないが、現状、魔物の被害により国有地の確保ができていない。
税金で国民が疲弊している。
食糧難で口減らしが横行している。
問題だらけなのだから、どうにかしなきゃならんでしょうに。
それよりも優先すべきことがあるのだと言うが、人命が掛かっている切羽詰まった状況に、他に優先すべきことなんてあるのか?
それこそ、俺がそう判断を下した時のように、世界の危機でも迫っているとでも言うのか。
……ん?
精霊たちがその言葉を口にした時、カノンはイヤにアッサリ聞き入れていたよな。
“ギンヌンガの裂け目“がどうとか。
この世界の神様が、精霊の皆を神様代理に置いたことで、世界の危機は数百年前に解決されているはず。
ダンジョンが出没するような不安定になる場所こそあるが、世界規模で見れば霊力の循環は安定しており、世界が破滅するような未来は当分の間訪れない。
だが、実際人間の営みには影響が既に出ている。
だから霊力の滞りを解消するため、この世界に直接干渉出来るようにするため、皆の肉体を作るための素材収集に協力するという体だったな。
うんうん、忘れてた。
だけど晴れてこうやって思い出したし、良いよね。
現状の悪政はホントにヤバいとは思うが、通常入手困難な聖水を使わずに浄化する方法や、治癒術を使えなくても重傷や致命傷になり得る傷を癒すことができる回復薬の製造は急務だそうだ。
どの国も同じような状態なので、戦争でも始まるのではないかと噂が流れている街さえある。
火のないところに煙は立たない。
本当にそうなってしまった時のためにも、一人一人の戦力を上げるために精霊術を使える者を増やすのもまた、急ぐべき事案である。
それこそ、政治は頭さえ回れば他の人間でもできるが、ベースの能力が高いカノンじゃなければ出来ないことは多い。
精霊の力を借り世界のアチコチに短時間で移動出来、王とも密に連絡が取れ、その道の造詣も深い人間は彼しか居ないと、信頼され重責がその肩に乗っている。
それを聞いてしまうと、本来、俺のお守りをしていて良いような人間ではないのだと痛感する。
「……今からでも、皆の素材集め、俺だけでやろうか?」
そう進言したが、俺の保護者役をすることで、神々に協力して貰えるこの状況は手放すべきではないと考えている。
だから、非常識さに頭痛がしようが頭を悩ませようが、余程のことがない限りその立場を降りるつもりは無いと断言された。
それに、街を作ったことで、住民の分散は約束されたようなものだ。
人の行き来が安全にできる街道を無料で俺がすれば、経済の滞りも少しずつ解消される。
あの広さの畑と、三バカによる魔物の討伐により、食糧難の解消も徐々にされる。
まだ確証は持てないが、精霊術を扱える人も増えるかもしれない。
やることは無茶苦茶ではあるが、この国が抱える問題を一気に解決出来る可能性を、俺が無自覚にだが示した。
皆のことがなくても協力したい。
そう思っているのは事実だと言われた。
うん、嫌々されてたら心苦しいなぁと思ったけれど、カノンに利がちゃんとあるなら良いのだよ。
カノンの、ではなく国の、な気がするが。
それで、どうやって謁見するの? という話だが、既にシルフィード――伝書鳩ならぬ伝書風精霊を昨日の時点で飛ばしてあるから、向こうの場が整ったら呼び出されるし、その時に応じれば良いそうだ。
無断で泊まってしまったし、宿屋の女将さんにバレないように窓から外に出て、適当な所で朝ごはんを食べて待つことにする。
確実に街道整備の許可と、新たな街の認知はもぎ取るから、商人のオジサンには、街に納品する皮や羊毛は、宿の一室に全部押し込んで宿泊延長の手続きをするか、馬車に積み込んで一旦トルモ町に持ち帰るための支度をするか選んで行動するように伝えた。
午前のうちに話は終わるし、午後から早速動けるようにして欲しいと。
時は金なり、という格言はどの世界の商人にも通ずる所があるのだろう。
かなり早い時間に起こされているにも関わらず、商人のオジサンは「お任せ下さい」と胸を張って快諾してくれた。
アルベルトはどうするのだろう。
もともと、王都までは共に行動すると言っていたが。
冒険者ギルドのシステムは、国からの金銭的な援助を不要とするのであれば、魔物被害の減少の一助になるし、許可も取りやすいだろう、と言うのがカノンの言だ。
可能ならば、王都内に支部を起きたかったのだが、この街の現状を鑑みるに、ソレは難しいだろう。
街に移り住む人が出てくれば少しずつ解消はされていくだろうが、今現在、住民が住む土地すら確保出来ていないと言うのに、なんの実績もないポッと出の集団に貸し出せるような土地や店舗は無いだろう。
カノンがバックについているから、王様は良しとするかもしれない。
だが、こういうことは他のお偉いさんがたもOKを出さずに強行するのは良くない。
依頼人が貴族になることだって有り得るのだ。
確執を生むのは良くない。
行動の許可だけ貰えれば御の字だ。
欲を言うなら、そのうち余裕が出た時で良いから建築許可が欲しいけどね。
王から直接許可を貰った、とお触れが出来た方が行動がしやすいので、ぜひその場に同席したい、とアルベルトが申し出たが、さて。
どう答えるのかカノンに判断を仰げば、俺とカノンの二人ならば武器も含めた装備品を誤魔化すことは出来るし、王様も許可を出すだろうけど、元貴族だろうが、身元の保証人がいない、今はただの冒険者でしかないアルベルトを王城に招き入れるのは厳しいと言われた。
ガックリと肩を落としているが、まぁ、仕方ないよね。
俺が大丈夫だと言う方がビックリだよ。
とは言え、俺も直接は王様に謁見することは少々難しいそうだ。
出来なくはないけれど、カノン一人の方が色々諸々楽なのだと言われた。
手間を掛けさせてしまうのもなんだし、それならアルベルトと一生に街をブラブラしているか。
カノンの石像指さして笑ったりしてれば時間も潰せるだろ。
だが、残念ながら俺は王城までは引きずられて連れて行かれるそうだ。
身元不明者を城に入れてでも自分の石像を見られたくないのか。
王さまの安全よりも、自分の羞恥回避を優先させるとは、家臣として間違っているぞ。
二人でブーイングをしていたら、王城内に図書館があるから、文字が読めるようになったのならソコで常識を学んでいろと言われた。
まぁ、それはそれで楽しそうだから良いけどさ。
手のひらを返したらアルベルトがずっこけた。
じゃあ、俺はここで解散? と情けない顔ですがりついてくる。
冒険者ギルドの認否は知りたいから、勧誘を出来るだけして、適当な時間になったら王都の出入口に向かうから、まだ暫くは一緒にいようと、酒を飲んだわけでもないのに絡んできた。
ココで別れるのが寂しいんか。
鳥じゃあるまいに。
美味しいとはお世辞にも言えない、カロリーだけは摂取出来そうな炭水化物マシマシな朝ごはんを食べてる最中、一頭の蝶々が飛んできた。
やたら人懐こい虫だと思っていたら、カノンの差し出した指にとまる。
「お呼び出しだ」
言って腕を掴まれたと思ったら、その蝶々が発光する。
光が収束し目を開いたら、どこの御殿庭園だと言いたくなるような、景色が広がっていた。
様々な大きさの石や岩が積み重ねられた小さな滝が流れ落ちた先のせせらぎ流れる池には雅に彩られた魚が泳ぎ、その周りを通る小路には苔がむしている。
枯山水や竹林の向こう、どこからともなく聞こえるのは、ししおどしの音ではなかろうか。
コレぞ、ジャパニーズ・トラディショナル!
城下町を見た時以上の、おのぼりさん状態でアチコチきょろきょろ見回してしまう。
すんげぇ!
この世界の元々の文化!?
それとも、地球の移民組が作ったの!!?
いずれにせよ、この庭一回でいいから散策したい。
大興奮している俺を引きずりながら、カノンは勝手知ったる我が家と言わんばかりにスタスタ無遠慮にそこを歩く。
あるお屋敷の中にポイッと俺を放り入れ、「大人しくしていろ」とだけ言ってトビラをガラガラ。
閉めてどこかへ行ってしまった。




