神さま、交渉する。
王都から馬車で西へ十日程移動した場所にある、牧羊が盛んなトルモ町出身の商人のオジサン。
牧羊と聞いたので、遊牧民のように拠点を移しながら家畜を育てているのかと思ったが、町を守る者と遊牧をして若い家畜を育てる者とに年単位で交代制を導入している、半遊牧民的な生活をしているそうだ。
ソレって、メリットはあるのだろうか。
町の人々にはソコに留まり続ける利点は殆どないが、税を納める義務のために拠点が必要なのだそうだ。
つまり、人質。
世知辛ぇ。
涙を誘うね。
季節と共に移動する人たちは狩りをしながら、交易をしながら半年かけて西へ向かい、冬になる前に町に戻ってくる。
ムータスという魔物の毛皮から作られる組み立て式のテントで暮らし、家畜のための牧草地を求めて移動を繰り返す。
定住地のない地球の遊牧民族は、厳冬を避けて移動するパターンが多いが、しっかりとした家屋のある拠点があるのなら、戻ってきた方が生存率が上がるのかな。
移動地は何パターンかあって、後続にその場所を教えるためにも、また牧草の育ちを良くするためにも続けて同じ牧草地に向かうことはしないそうだ。
同じような生活をしている人たちとバッティングしないためもある、と言っていたので、メインの理由はそっちだろう。
移動しない、年寄りや子供、怪我をして引退した成人たちが町に残る。
トルエバさんも、狩りの途中魔物に食われかけて以降、左肩が上がらなくなり弓を持て無くなったから引退したのだと豪快に笑った。
オッサンの笑いどころが分からん。
町では年老いて売りにも出せない、連れても行けない家畜を若衆がいない間の町民の食糧として置いていく。
それを大事に消費し、皮を加工したり毛を紡いだり。
各地で集めた草花の種を育てたり交配させたりして薬草の種類を増やし、売れる見目の良い花を作るのが町に残る人たちのお仕事だ。
遊牧組が町への帰り道、手土産として持ち帰る仕留めた魔物の肉を塩漬けにして、皆で身を寄せ合い冬を越す。
なのである意味当然と言えるのだが、トルモ町の子供は夏の終わりに生まれることが多い。
稀に遊牧組に混ざって共に旅をする女性もいるので、そう言う人の子供は時期がズレる。
時期外れに産まれた赤ん坊は神様からの贈り物で、強く逞しい子になるからと次期長として育てられる風習があるそうだ。
他の子は一歳にならないうちに死んでしまうことが多く、神様に連れて行かれないように玄関や窓から離れた家の奥で大事に隠して育てなければならないとか。
まぁ、そりゃ生後半年にも満たない赤子が冬を越すってなったら生存率も下がるだろう。
家の奥、となれば外からの冷気が入りにくい場所だろう。
風邪をひく可能性が減る。
日光に当てられないのはその後の成長に響きそうだが、死ぬよりはマシ、ってことなのかな。
医学や化学が発展していないと、経験則からくる言伝えや習わしによって変な文化が誕生するのはいつの世も同じなのだな。
「ちょっと、あんた!
いいかげん、あのごみの山どうにかする目度は立ったのかい!?」
トルエバさんの宿泊している宿屋に案内され、扉を開いたその途端。
元気過ぎる怒号が飛んできた。
ドアを開けたのがトルエバさんじゃなかったらどうするつもりだったのだろう。
「ごみじゃないって、女将さん」
「あんな、ひっどい臭い出してるかたまり、ごみ以外の何者でもないよ!
……あら、いらっしゃい。
空き部屋はないよ、この人がごみの山作ってるせいで」
ジト目でトルエバさんを睨んで非難するおかみさん。
そんな彼女に、だからゴミじゃないってば、と泣きそうな声で反論し続けているが、そんな小さな声では届かないだろう。
オカン系の女性って、世界を越えて強いのだな。
勉強になった。
とは言え、イメージしていたのとは違い、恰幅の乏しい見た目なので迫力はイマイチなのだが。
飲食物の提供もしている宿屋だと聞いていたのに、そこの店主ですらこの栄養状態か。
食糧難ってガチなんだな。
「そのゴミの買取交渉に参りました」
「……なに? あんた。
どっか店でも構えてんの?」
苦笑しながら言えば、おかみの目がギラリと鋭く光る。
あ、これは違法行為してる人を摘発したら報奨金出してるパターンか。
ハンターの目をしている。
「いえいえ。
ウヌモ町はご存じですか?
そこと、ある集落を合併させた街が川向こうに出来たのです。
産業もまだ何もない街なので、トルエバさんと良いお取引をさせて貰えるかの話し合いに来たのですよ」
王都内で商売している人相手に卸せば罰金対象になってしまうが、ココに買い付けに来ている他の町の業者が仕入れをする分には問題ないと予め聞いている。
俺は王都外の人間であること。
おかみさん曰くゴミの山を買い取るかはまだ不明であること。
だから交渉に時間がかかることも示唆する説明をした。
交渉に時間が掛からなかったとしても一晩世話になるつもりだからね!
王都がこの国の端だと思われているとゴルカさんから聞いたことがあったが、おかみさんはウヌモ町から訪れる人を相手にしたことがあったのか「あぁ、あの田舎の」と理解を示してくれた。
チラッとしか見ていないが、確かにウヌモ町はドがつく程のThe・田舎だった。
宿屋兼食堂と、日用品から衣服まで幅広く取り扱っている雑貨屋がそれぞれ一軒ずつあるだけ。
たまに訪れる冒険者やお役所方、あとは行商人のために金銭の流通はしているが、町の中の人たちの生活は基本的に物々交換で成り立っている。
名も無き村よりは文明的ではあったし家屋の数も多かったが、王都の規模を見れば、比べるまでもなく田舎だわな。
因みにトルエバさんはウヌモ町を知らなかった。
王都以東は資源が豊富だが誰も立ち入ろうとはしない凶悪な魔物が闊歩する魔境の地だと言われているから、人が住んでいるとか信じられないと、バケモノでも見るかのような目で見られた。
甚だ遺憾である。
「……う”ォぇっ…………」
「……気持ちは分かるが地の底から這い出てきた泥状魔物みたいな声を出すな」
サラッとマントで口と鼻おおって悪臭対策しているヤツが偉そうに言うな。
ソレでもしかめっ面をしていると言うことは、余程臭気が酷いらしい。
お”ぇ〜……
コレは味覚までも狂わされそうな程に酷い。
おかみさんが怒るのも当然だ。
部屋を引き払ったとしても、暫く臭い取れないんじゃないだろうか。
消臭スプレー欲しい。
そんな中、一人ケロッとしているトルエバさんは、嗅細胞か嗅中枢がイカレているのではなかろうか。
それかボウマン腺から分泌液が出なくなってしまっているのだろう。
そうじゃなければ、こんな中平気でいられるはずがない。
涙まで滲んできたぞ。
どうなっているんだ。
臭気により近隣から文句が来てしまったから、窓を開けるのは厳禁だと初日に言われてしまい、湿度も相まってコレだけの被害になっているそうだ。
実は元の育ちは良いアルベルトなんかは、既に廊下でノックアウトされて倒れてしまっているぞ。
こんな中ではさすがに話し合いは出来ない。
というか、したくない。
この部屋で呼吸を必要最低限以上したくない。
ただ自主的に呼吸を止めるだけなら二〇分は余裕で出来る。
だが、会話をするとなると息を吸わねばならない。
でも息を吸ったら悪臭により脳がパニックを起こしかねないレベルでこの部屋は危険であると警鐘をワーニン、ワーニンとけたたましく鳴り響かせ一分一秒でもこの部屋から早期撤退を促してくる。
あ、うん。
既にパニック起こしてるね。
訳分からん思考に動悸・発汗・吐き気に眩暈。
呼吸も浅くなってるし、アカンわ、コレ。
霊力の膜を張ってから窓を全開放。
エアダクトのように筒状に変換させた霊力の膜を遥か上空まで延ばして部屋の空気を外へと追いやった。
途中でカノンが音を立てないように扉を薄く開けてくれて助かった。
判断能力の低下により部屋の空気が無くなるところだったぜ。
ろくな処理をしていない皮となれば、臭いの原因になる微生物もさぞかし多く繁殖していることだろう。
アルコールで死滅させれば手っ取り早いが、高濃度のアルコールに浸せば皮が傷んでしまう。
なによりこんな狭い部屋でそんなもんブチ撒いたら全員急性アルコール中毒でぶっ倒れる。
施設では酸化チタン等の光触媒による消臭・防臭がメインだったが、この世界では光源の充分な確保が日中しかできない。
ランタン程度の光量では臭いの元を分解することは出来ないだろう。
なのて銀イオンによって無害化させるのが安心安全か。
ガスによる散布が一番手っ取り早いが、スプレー缶なんてこの世界にはない。
霧吹きならあるかもしれないが見たことはない。
香水はあるようなので、グリーン系の癒される清々しい香り成分を配合して、視覚的にコレのおかげで臭いが消えるんですよ! と納得してもらいやすいよう、リボンを巻いた炭を何本か用意した。
懐から出したように見せかけてはいるが、単に「スキル」で創っただけである。
ソレを部屋の床、壁、皮の上ととにかく色んな場所に設置した。
……と見せかけて銀イオンを撒き散らす。
臭いの原因は水に溶けやすい性質を持つものが多い。
同時にライブ会場の如く濡れタオルを回しまくって空気の循環を更に促す。
暫く後、深呼吸も出来る位に部屋が浄化された。
やりきったと、かいてもいない汗を拭う動作をすれば、時間を考慮した音が控えめな拍手が響く。
「今のは風の精霊様へ捧げる踊りですか!?」
「ちげぇよっ!」
確かにウェントスあたりなら喜んで一緒にタオルを回して喜びそうではあるが。
断じて違う!!
つい社交モードと共にクッサイ濡れタオルをかなぐり捨て、怒りに任せてツッコミを入れてしまった。
だってコイツら見ているだけなんだもん。
少しは手伝えよ。
村もウヌモ町の住民も、衣服は麻や綿のような植物性のものばかりで、獣の革を加工したものは着ていなかった。
魔物の毛皮をそのまま使った敷布はあったが、冬は重ね着をするか、ぎゅうぎゅうに綿を詰め込んだ動きにくいことこの上ない服を着るかのどちらかだと言う。
人の往来がほぼない地域だ。
皮の加工の仕方が伝わらなかったのだろう。
革製品は風を一切通さない。
その上軽くて薄いので化繊のないこの世界で衣服の素材としては、かなり汎用性の高いものだろう。
とくに羊の皮ならば他の動物よりも皮が柔らかく加工しやすい。
初心者向けだろうし、街の人達が初めて扱う革製品としてこれ以上のものはない。
……って言っても、この世界の動物って全部魔物なわけだし、地球の常識がココでは通用しなかったら終わりだけど。
確認したら魔羊の革の特性は正しく、薄くて柔らかくてキメが細かく手触りが良いのが特長だそうだ。
普通の羊の皮だと強度が他の動物よりも劣るのだが、そこは魔物なので防御力と言う点でも高いクオリティだと胸を張られた。
俺がトルエバさんにお願いしたいのは、魔羊の出来れば革を定期的に街に卸すこと。
加工したものが難しいのであれば、皮の状態でも良いので加工の仕方を教える人員を同時に派遣して欲しいということ。
俺は普通の羊の皮の加工方法は「知識」で知っていても、魔羊の皮の加工の仕方は分からない。
半端な知識の門外漢よりも、頼めるならば専門家に任せるのが一番だ。
それにいつまで経ってもおんぶに抱っこ状態でアレもコレも教えていては、俺のしたいことが出来ない。
受託してくれるなら、その後どうするのか、細かいやり取りは自分たちで決めろという旨をしたためた手紙だけ書いて預けるつもりだ。
塩漬けされただけの加工前の皮は厚みも大きさも均一ではない。
その状態で売値が五枚で銅貨一枚。
最初は一枚で半銅貨一枚だったそうだが売れなかったのでここまで価格を下げたのだと肩を落とす。
コレだけの在庫を抱えたままで、半額以下にしても売れないってかなり厳しいな。
ポッと出の素性も知れぬ、見た目は若い怪しい連中の言うことを、なんでホイホイ聞き入れるのかと思えば、藁にでも縋らねばやってられないレベルで追い詰められているのだろう。
入国税が要らなかったのもあり、ここの在庫全て買い取っても、俺の懐具合に支障はない。
観光しに来たわけではないから、宿代とご飯代さえ残せれば問題ないし。
持ってきた魔物素材を買い取ってくれるお店があるなら、そこで現金作れるし。
カノンを通して王様に街の認知と許可、あと税金を納めるにあたって、市民権の登録とその代金の支払い。
冒険者ギルドのシステム説明をして許可を貰い、上納金が必要ならばそのパーセンテージの交渉。
ソレを明日以降登城した際にせねばならない。
そしてそれらに掛る金銭を免除してもらうために街への街道整備と、その他必要な箇所があるなら、精霊の皆の肉体素材を確保がてら、その街道の工事も請負ますよ、と進言したい。
この都市、人は順調に増えて来ているが、物資の確保が出来ないから城壁を広げることが出来ておらず、そのせいであんな無茶な家の建て方が許されているのではないかと思うんだよね。
急務だろうにそれをしないのは、したくても出来ないからじゃなかろうか。
居住地を広げるために堀を埋める土の確保。
城壁を外側に巡らせるためのレンガと、ソレを積んでいく人材の確保。
人も金も技術も必要だから、とりあえず資金確保のために税を重くして、重くしすぎて市民が疲弊して金の巡りが更に悪くなっているのが現状だと思う。
精霊術を使える人が居れば、その人員の確保だけで充分だろうに。
そういう意味でも、街の認知をしてくれるとお互い助かると思うんだよね。
街ならば手引書を作ったから精霊術師の人材育成が出来るし。
街道整備の任務を請け負ったら、王都からトルモ町への街道を真っ先に通す。
トルエバさんに「俺たちはこんなことが出来ますよ」ってアピールする絶好の機会だからね。
その整備された道を通ってトルエバさんは自分の町に帰って、俺たちと交渉した内容が完遂できるように準備をしてもらう。
その間に俺は街への街道を通す。
安全確保のための魔物の忌避剤を植えるのも忘れずに。
カノンは俺のやることなすことに呆れと諦めのコマンドしかないので、ヤレヤレと言いながらも了承の態度を取っている。
トルエバさんは本当にそんなことが可能なのか疑っている。
アルベルトは傍観。
王様への謁見が軽々しく出来ると言う事実だけでもトルエバさんには信じ難いことなのに、街道の整備なんていう大仕事を一人で簡単に請け負ってしまう俺に対して不信感を持っている。
子供の戯言だと思われているのだろうか。
子供特有の万能感に浸っているイタイお子ちゃまだと判断されたのだろうか。
さて、どうやって信じて貰おうかな。




