神さま、暴走する。
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警戒心は解かれた。
どこかで感じていた一線を引かれている、あの微妙な空気感が見事になくなった。
それと同時に撤退もされた、と表現するのが正しいようだ。
監視されているような感覚も無くなった。
「……ウェントス、監視につけてただろ?」
「ウェントス様はあくまでも風の精霊を統べる存在を示す御名前だ。
俺が付けてたのは微精霊だから、違う」
ニヤリと指摘すれば、意外やアッサリと部分的な訂正はされつつも、監視をつけていたことを認めた。
疑ってると森の入口でしっかりと言っていた割には、俺を一人にさせることが結構あったもんね。
変だな〜とは思ったのだが、やっぱり、見張りがついてたんだ。
霊力による気配察知の精度が上がってから感じた、微妙な違和感程度だったし、正直、カマかけだったんだけど、当たってた。
わざわざ感じにくい、弱い精霊にさせていたなんて、や〜らしぃ〜。
盗み見ても、何も面白いことも目新しいこともなかったろうに。
取り越し苦労、おつ。
そうそう、精霊に関して言っておきたいことがあったんだった。
「精霊術をさ、形骸化させた方が良いんじゃないの?」
「お前って若いのに何でそんなむずかしい言葉知ってんだ?」
「逆に一番――じゃないか。
ソコソコ歳いってるのに何でガルバはそんなことも知らないんだよ」
「……――理由を聞いても?」
攻防戦が始まる前に一番の歳上が、戯れの会話をすげなく視線で却下し、会話の脱線を阻止した。
真面目じゃのぅ。
形骸とは、つまりハリボテ状態と言うか。
本来の意味を失いながらも形だけが残った状態のことである。
時代にそぐわないのに何故か残りつづける法律とか、製造工程において品質低下が起きているにも関わらず確認もされずに放置される作業書とか。
そういうものを指して言う。
大抵は良くない結果に対して使われる言葉だ。
ならば何故、これから後世に精霊術師を多く残すために教えましょう、生活を豊かにするために万人に広めましょう、としているタイミングでそんな中身の無いものにしようと提案するのか。
単純明快。
正しい答えを知っている人間が少ない方が、都合が良いからだ。
神様って言うのはいるのか不確かだからこそ、信仰に値する。
人間の想像力や妄想力によって補完された万能の存在こそ、神様足り得る。
なのに実際にいるわ、しかも中身はあんなだわ。
敬虔な人ですら確実にマイナスイメージを与えてしまう。
清廉な雰囲気のブラザーが、見目麗しいシスターが。
改宗して凶悪なフェイスペイントを施し、ガテラルボイスでグラインドコアを絶叫しだしたら困るじゃない。
隠しておくに越したことはない。
中位の精霊がいることまでは観測されているのは知られているのだし、その更に上位の精霊がいることは、今まで通り朧気で確実性が無い方が、教会にだって利点となるだろう。
実在しちゃったら、神像なんて崇めなくても、本人に直接、願いを信仰を届ける方法を聞いて、その通りにすればいいんだし。
そんなことをされたら、商売あがったりだろう。
それに精霊の皆は長く生きているだけあって、少し世間から感覚がズレているフシがある。
時間感覚もそうだし、価値観もそうだし。
何年もカノンが研究し続けている紋様具の仕組や作り方をアッサリ俺に教えてしまったり。
何十年、何百年とかけて行う植物の品種改良をあっという間にやってのけたり。
人間が望むことを叶えるのは良いけれど、供給過多になってしまえば、人間はソレに慣れて堕落してしまう。
楽な方に流されやすい生き物だからね。
過剰に望まれれば、それはそれで精霊の皆も困ってしまうだろう。
色んな意味で、あの人たちと関わりを持つ人間は少ない方が良いと思うのだ。
今度合流した時に、どうしたいか本人には聞くけどね。
ルーメンやウェントスは、結構人と関わりを持つのが好きなようだし。
関わりたいなら、俺はソレを止める権利も理由もない。
その他大勢の人間よりも、精霊となった今でも身内感覚の皆の方が大事だし。
現実に打ちのめされても、関わることを望んだのは自分たちなんだから尻拭いまで自分たちで責任もってやってね、と言うだけだ。
この街には、どの町にも存在する教会が無いことを指摘されたので、教会兼学舎を建てようと思っている。
小中高と学校を建てる可能性もあるかもしれないと思い、場所は大きく確保してある。
学校と教会を併設くらいはできるだろう。
孤児の浮浪者化を防ぎ、金銭的な余裕がない貧困層の子供たちの保護活動の一貫を名目にして、救済措置制度の拡大を教会に導入してもらうのだ。
希望者には、隔日にするかグループを作ってローテーションを組むかして、教会のお務めをする奉仕活動日と学業に従事する日を交互に体験してもらう。
聞けば教会はもともと貧困層への炊き出しをしたり、教会以外にも町を清める活動をしていると言う。
貴族からの寄付金をメインに、町民や自治体からの支援金、あとは教徒からの献金によって活動をしているので、そう言ういかにも「世のため、人のための活動をしています」というポーズは重要な役割ようだ。
そこに更なるサポートとして、未来のある若者のため教育の施しを活動内容に入れてもらおう。
そういうことだ。
俺一人じゃできっこないし。
俺がいなくてもできるようになってもらいたいし。
それなら教科書の用意だけして、最初から丸投げしちゃえという魂胆である。
既得権益により潰される可能性が高いことを、わざわざするのは大変だし、協力体制を築くことも難しいなら全て任せてしまえば良いのだ。
俺は名声も金も権力も何もいらないし、そういうくだらないものが大好きな人達に、発案だけはして、実行して貰おう。
その代わり、責任も取らないけどね。
精霊の属性によって教会で崇める神は違うようだが、活動は殆ど同じ。
ならばどの町にもあるという教会で、発案者としてお金の支援はするからやって下さい、とお願いしてしまおうかと。
子供たちは学ぶことにより職業選択の余地が広がる。
教会は支援金という名の活動資金が増えるし、ボランティア活動の実績も増えれば、国に社会に尽くしていますアピールが更に出来る。
市井からの信頼が厚くなれば更なる寄付金や支援金の増額も見込めるし、預けられる子供が増えれば働き手が増えて出来ることが多くなる。
お貴族様も、教育により才能が開花した子供を幼い頃から囲うことが出来れば、優秀な人材を確保することが出来る。
高度教育を受けさせるだけの教師役がいない状況は逆手に取れば良い。
教育も慣れぬうちから与えすぎては反発を生むのだし。
基礎の段階で見出し、お貴族様が通う学校へと推薦すれば、先見の明があると評判も良くなるだろう。
良いこと尽くし!
聞き入れられにくいようなら、それこそ、ちょこ〜っと皆に姿現して貰って、強めのお願いをすれば首は縦に振られるでしょ。
どうしてもダメなようなら……
……うん。
手段さえ選ばなければ、いくらでも言うことを聞かせる方法なんてあるんだし。
どうにかなるなる。
あと、理論云々覚えなくても霊力がある程度あって、ソレっぽい詠唱を唱えることさえ出来れば精霊術を使えることは、三バカで立証されている。
最低限度で良いなら、定められた文言を丸暗記するだけで事足りる。
その暗唱が出来る程度の知能を持っているか否かで、精霊術を扱うに値するかどうか、判断を下せば良い。
暗唱って意外と脳ミソ使うからね。
それこそ、善悪の判断や、使うべき所かどうかの状況判断が出来る程度の知能がなければ、長文暗記は難しい。
教会で道徳も教えているのなら、むやみやたらに精霊術を使うことのリスクも教えてくれることだろう。
神様の力はくだらないことのために使うもんじゃない、と滔々と説いてくれることだろう。
自分が持っている霊力の総量を見誤ることをせずに、一度の精霊術で使う霊力の感覚さえ掴めば、あとは問題ない。
測る装置と、感覚を覚えるための機材さえ作れば良いんでしょ。
そんなもん、パッと「スキル」で作れるし。
量産が必要になったとしても、この世界には国も街も少ないのだ。
そして人口も少ない。
人頭税を納めるための国民登録が行われる祭事の時に、ついでに測ったり、得意な精霊術の系統を教えたりするのを規則にすれば、そんな沢山の機材は必要としないでしょ。
持ち歩きが可能な、なるべくソレっぽい見た目の比較的軽めの道具にしなきゃね。
王都に行って、カノンが王様に謁見するタイミングで相談して貰えば良いでしょ。
……また頭を抱え込んでるけど、そんな簡単な話じゃないのかな。
“王の権能“とか言うくらいだし、それこそ王様の代わりに今ココで「んじゃソレ可決」とかできるもんだと思ってたんだけど。
甘く見すぎ?
もしくは、カノンの地位を過大評価し過ぎた??
教育範囲として、俺が提出した内容だと子供の拘束時間が多すぎるし、教会に協力を仰ぐなら、奉仕活動の時間をもっと多く取るべきだと主張された。
色々飲み込み改善案を提示してくれたのは有難いが、眉間に深く刻まれたシワが怖い。
瘴気でも生み出しているんじゃないかと思える程に、重い空気のせいで呼吸するのがシンドい。
それでも本人が何も言わず、何もコチラに求めずスルーしているのだから、触れない優しさも必要だろう。
家庭科と社会科は、教会の神の教えを説く日に元々習える内容に近いので、プログラムに組む必要はない。
お料理教室と言うものに拘るのであれば、学習日の四限目は調理実習日と定め、教会の炊き出し兼、学習に来た子供たちの昼食に充てる。
体育の重要性は正直、冒険者になるわけでもない、憲兵や衛兵になるわけでもない、庶民の子供たちがする理由に共感を持って貰えなかった。
子供のうちに鍛えないと身につかないものがあると言っても、大人になってからも必要とされない可能性の方が高いのに、特別に少ない時間に無理矢理組込むだけの説得力がないと却下された。
無念。
だが、子供たちの育成のために遊ぶ時間は必要である、という考えには共感して貰えた。
アスレチックや公園で遊ぶための、遊び方を学ぶ時間を、晴れた日に技術の初めの時間に一限だけ組込むこととなった。
アスレチックも遊具も、なるべく危険は排除したが、突飛な扱い方をして大怪我をするのが子供というものだ。
遊ぶにしても、その方法やルールを学ぶ機会は必要だと判断された。
雲梯に逆さまにぶら下がって頭から落ちたり、ブランコに二人乗りしてフッ飛ばされたり、危険は多いもんね。
……そう、技術の授業はゴーサインが出たのだ。
正直、意外だった。
技術が必要な職業のお仕事体験みたいな内容に改変されてはいるが。
子供たちに就労場所の見学や体験をしてもらうことで、弟子入り後に「こんなはずじゃなかった」と言って逃亡され、修行させ損になる工房の親方が少なくない中、とりあえず体験させるのは結構大切だろうと判断されたらしい。
他にも簡単な魔物の解体の仕方、簡単な付与の仕方も体験させておけば良い。
いざという時、何も知らないよりはマシ。
何かをしようと思った時、参考になれば上出来。
その程度に留めておかなければ、今度は大人から反発が出る恐れがあるそうだ。
だからといって、大人にまでその枠を拡大すれば、その規模が教会の管轄ではなく国の事業になってしまう。
国だって教会にケンカを売れるほど、時間も金も人員も持て余していない。
ほど良い塩梅はこの辺なのではないか、丸やペケを付けられ補足案や注釈がアチコチに書き込まれた、俺が提示した草稿を返却された。
よっ!
さすが賢者様!!
やったー、とバンザイして全身で喜びと感謝を表現したら、疲れたように苦笑された。
「本当、お前のこと疑って見てた自分の馬鹿さ加減に呆れるよ」
「頭良いと大変だね」
事実を述べただけなのに笑われた。
なんでや。




