神さま、鑑定眼を手に入れる。
遠くて鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝の澄んだ空気とは裏腹に、俺の心は曇天の如く沈んでいた。
由々しき事態だ。
思いっきり泣いて喚いたあとの記憶が無い。
酔っ払いじゃあるまいに。
テンション上がって近所迷惑考えずに歌って寝落ちるなんて失態を犯すとかバカじゃなかろうか。
しかも屋根上ではなくしっかりベッドでお布団がかかった状態で目が覚めた。
つまり、誰かがここまで運んでくれた、ということだ。
誰かって1人しか居ないじゃん!
恥ずかしくて顔合わせづらい!
そうは思えど居候なのだから朝メシの準備はしっかりせねばならぬだろう。
仰せつかった任務は遂行せねば。
羞恥に震えながらも顔面を覆い隠していた両手をどかすと、なんだか視界がおかしい。
視力が落ちてるとかものもらいになったとか、そういう類のものじゃなく。
景色の手前に何かがある。
意識した途端ぶわっと一気に情報が押し寄せてくる。
あまりに唐突だったせいもあり、情報を処理しきれず俺の脳みそは強制シャットダウンした。
……で、二度寝したようになってしまった気絶の後。
覚悟して目を開くと視界にうつったもののことごとくに説明文のようなものが添付されて表示されている事実に気付かされた。
昨日まではこんなことなかったのに。
ベッドを見れば
《簡易寝床
アスナロ木材を使用した防虫・防カビに優れたベッド。脚部分は脱着可能で収納時本体を折りたたむことができる》
《寝具・枕
シュケイの羽根を使用した適度な柔らかさが心地好い枕。未使用期間が長かったため風通しの良い所で陰干し推奨》
《寝具・掛布団
シュケイの綿羽を使用した保温性に優れた布団。未使用期間が長かったため湿度及び臭気対策の洗濯・天日干し推奨》
とかそういう説明が一気に表示されるのだ。
訳分からん。
とりあえず布団と枕は使ってなかったの引っ張り出してきたからお手入れしようねって事だよね!
ダニがいなくて良かった!
今日は雨が降ると言っていたし干せないから、後日布団の手入れの仕方をシオンに教わろう。
あ”〜、頭痛い。
屋根で寝落ちたと思ったのも、コレが原因か。
寝起きの気分が最悪だったのも気絶したあとそのまま寝てしまったからだったんだな。
シオンにアレコレ教えて貰うの申し訳ないな〜、とか。
食材いちいち味見しないといけないのも注意事項満載なのも面倒臭いな〜、とか。
そんなこと考えることが短時間のうちにあまりにも多かったから、無意識のうちに「スキル・万物創造」で視界に入った物がどんな物なのか判別できるように肉体を作り替えてしまったのだろう。
頭痛や処理能力の限界による失神がセットじゃなければ便利なんだけど。
こういうことがあるといけないから、基本的に「あんなこといいな」「できたらいいな」って考えないように訓練されていたはずだったんだけど。
解放的な環境に置かれたがために、15年積み重ねてきた努力が1日で瓦解したか。
俺ってこんな意志の弱い人間だったのね。
知らなかったわ〜。
元の状態に戻すことは簡単だけど、朝メシ作るのに必要な食材の判別してからでも遅くないかな。
ON/OFFの切替がすぐに出来るようになるとか、知りたい物のみの情報が引き出せるようになる訓練をするとかしないと、流石にコレは現状では便利だけれど使い勝手が悪すぎる。
視界に入ったもの全部に説明文が表示されるせいで文字酔いを起こしてしまう。
無意識に創り上げてしまったものだし、意識的に使えばどうにかなるかな。
……うん、今すぐには無理そうだ。
「おはようございま〜す……」
恐る恐る階段の手すりから階下を見下ろすが、誰もいない、
良かった、せーふ!
昨晩気絶した俺をベッドに運んでくれた人間なんてカノンしかいないのだから、正直、顔を合わせるのに気が引ける思いがあったのだ。
出会ってまだ1日目で親しい間柄と言う訳でもないし、できれば嫌なことは先送りしたいじゃん。
だって! 15にもなって!! 恥ずかしすぎる!!!
しかも床で寝落ちたならまだ良いよ。
持ち上げてポイッとベッドに転がせばいいんだから。
だがしかし。
俺は屋根の上にいた訳ですよ。
足場の悪い所から意識のない人1人抱えて下ろすのってかなりの重労働だよ。
迷惑にも程がある。
あれ?
窓ってそこまで幅広じゃなかったよな。
窓から俺抱えて俺が使ってる部屋に直接入るのって不可能じゃね?
もしかしてハシゴ使って下まで降りて、その後玄関回って2階まで運んでくれたの?
うわ、迷惑千万。
血みどろで行倒れてた人間保護してくれた恩人にさせることじゃねぇだろ。
頭を抱えて自分のダメっぷりに辟易していると背後、玄関のドアがガチャリと開く。
そこには深さのあるカゴに卵を入れ、スパイスの香りを漂わせたカノンが立っていた。
あ、コレはマズイ。
慌てて回れ右をしてカノンを視界から外す。
先程までの羞恥なんて吹き飛んだ。
この眼、ダメだわ。
カノンの情報が本名から年齢、体重、今日のコンディションの他、ブワッと年表形式で一気に表示された。
瞬間的にしか見ていないが、目で追えてしまった情報を、つい認識してしまった。
プライバシーの侵害にも程がある。
不本意とはいえ、俺は恩人にどれだけ迷惑をかさねるんだろう。
見た目20歳前後なのにアレだけの文面が表示されるってことは、なかなか濃密な人生を歩んできているのだろう。
人里から離れたこんな僻地で暮らしているのだ。
苦労してきているんだろうな。
……と言うか、なんで俺が知りえないことまで表示出来るんだ、この眼は?
てっきり、知識のなかにある情報と合致する物品のみが表示されると思ったんだけど。
「……おはよう。
よく眠れたか?」
「あ、ハイ。
おかげさまで」
「レイム、お前、昨日の夜……いや、いい。
朝食にしよう」
昨晩の泣き喚いていたことか、屋根の上でお寝ちたことか、そこから運ばせたことか。
いずれかのお小言を貰うと思ったのだが、スルーされた。
気遣いの紳士か!
嫌味のひとつも言いたいだろうに、優しいね。
その優しさがちょっぴり辛い。
責め立ててくれた方が謝り倒せるし良かったんだけどな。
押し付けられた卵を使うにしても、昨日の夕飯でオムレツは作ってしまったので同じメニューにするのは忍びない。
ケチャップないから食べてるとちょっと物悲しいしね。
1度OFFにした眼を再び説明文表示モードにして、地下にあった野菜からほうれん草のようなものを見繕う。
下茹しなくても使えるそうだから、サラダほうれん草に近いのかな。
小麦粉と表示されている粉は薄力粉なのか、強力粉なのか。
粉の粗さを見ても俺にはイマイチ分からなくても、この眼を使えばすぐに分かる! 便利!!
それとチーズも使ってキッシュを作ろう。
スパゲティのように細くはないがパスタもあるから温め直しついでにラタトゥイユに入れて煮込めば、朝食には充分なメニューになるだろう。
地下の食料庫は沢山物が溢れているから頭痛でめまいを起こしてしまったが、おかげでどの野菜が使いやすいか、下処理をどうすればいいかある程度分かった。
単なるタダ飯食らいの居候から、オサンドン位の格上げは出来ると思うぞ。
とは言え、火の元の扱いはまだ不安なので使う前に確認をはせて貰った。
コンロは4つ口。
奥2つは煮込み料理用にとろ火しか使えない仕様になっているので火力調節のツマミはない。
火を出すためのスイッチになっている紋様が左右それぞれに1個ずつ刻まれているだけの簡素なものだ。
手前の2つは火力調節のツマミと火のON/OFFそれぞれのスイッチの紋様がある上、グリルとオーブン用の火力調節ツマミとスイッチも似たような場所にあるため慣れるまで少々手惑いそうだ。
その上、火を出すための霊力を貯めておく紋様も近くに付いている。
これは火を点ける時に光るのだが、緑色なら充分、黄色はやや少なくなってきている、赤だと少ないから霊力補給しないと料理途中で消える可能性があるから要注意、と色で判別できるそうだ。
触れれば勝手に霊力が充填されるので、料理が終わったタイミングで毎度触れば良いだろう。
レンジの余熱のような機能が付いている訳ではないから、オーブンも使いながらこの火力で何分余熱すれば何℃くらいまで庫内温度が上昇する、と言うのを掴まなければならない。
あるのが当たり前だったから意識したことがなかったけど、家電って滅茶苦茶便利だったんだな。
しみじみ思う。
生は嫌だけどコゲるのも勿論嫌だし、せっかくだから眼を使って庫内温度を確認しながらキッシュを焼いた。
ふわりと香る香ばしい匂いについ笑みがこぼれる。
小麦粉とバターの焼ける匂いってヨダレが出てくるくらい暴力的に空腹を刺激するよね。
育ち盛りからは少し外れているが「スキル」を使えばカロリーを消費するので俺は結構な大飯食らいである。
カノンはどれくらい食べるのだろう。
昨日の様子では分かりかねるな。
なにせ昼は作った量がさほど多くなかった。
それは完食している訳だが、夜作ったラタトゥイユは結構残してた。
しかし普段夕食はあまり量を食べないと言っていたし、どれくらい食べるのかがはかれないんだよね。
という訳で登場するのがキッシュである。
冷めても美味しいし、1口サイズで作っておけば残ってもオヤツに出来るからね。
元々4人家族だったんだろうな。
1種類のお皿につき4枚ずつ食器棚に納まっていた。
使用許可を貰った小さめの深皿を3種使わせてもらい、それぞれ柄ごとに種類別のキッシュを作った。
ベーコンは昨日遠慮なく使いすぎて注意されたから控えめにさせていただきました。
実際、塩味が強いから入れすぎたらしょっぱくなりすぎるし、ちょうど良いよね。
干したキノコがあったから戻して入れてみたけどどうなるかな。
水分多すぎてベチャベチャにならないといいんだけど。
いや、ちゃんと生地のから焼きはしっかりしたし、具も炒めてある程度の水分は飛ばしたけどさ。
初めて使う調理器具で初めて作るんだもの。
不安にもなるさ。
先輩が料理してる時は何が楽しいのか理解出来なかったけど、やってみると意外と効率化考えたり、ある食材をパズル組立てるように使って色んな料理作るのは結構楽しいかもしれない。
コレが毎日延々続くのはシンドいが。
今更ながら、先輩のこと尊敬するわ。
レシピ遺してくれてたのが、ホントありがたい。
生地サクサク! テーズの香りが豊かでベーコンのしょっぱさとほうれん草のほのかな甘みがサイコー!!
テッパンのキッシュを頬張り心の中で自画自賛する。
もちろん、過去食べたことがあるキッシュとは微妙に違うが、自分が作り上げたものだと言う達成感から悦びも大きくソレが良い感じに美味しさを際立たせている。
昨日も思ったけど、バターが全然違うんだよな。
味が滅茶苦茶濃い。
塩の配分が多いのもあるけど、乳脂肪分が多いのかな。
流石に眼で見ても地球のソレとどう違うのか分からんし疲れるから見ないけど。
カノンも合掌した後、口に含んだキッシュに目を白黒させた。
口元を手で隠したけど、あれ?
眉間にシワが寄ってる。
もしかして、口に合わない??
「これ、地下にあったやつか?」
「……はい。
使ってはいけないものでしたか?」
用意されていた水を一気に飲み干した勢いそのままに問いただされ、気押されながら肯定する。
マズイ訳ではなさそうだ。
カノンが食べたのはキノコのキッシュ。
なんでも使っていいって言われたと思ったんだけど、実は例外があったのか?
「使うなとは言わんが、これは薬の材料だぞ」
「くすり」
確かに、食材置いてある場所とは少し離れた場所にあったんだよね。
他のもの見ても、乾燥させているものが多かったから、乾物エリアなのかと思ったんだけど違ったんだ。
あ、そっか。
精霊術っていう不思議パワーのせいで影が薄くなっているが、回復薬のベースは漢方だった。
キノコは栄養価が高い。
薬の材料として乾燥させてあったのだと言われれば納得出来る。
温度と湿度管理さえしっかりしていれば、野菜よりも比較的場所も取らず定期的に収穫できるからと施設でも重宝されていたんだよね。
日光に当たれないから栄養価の高い食べ物の確保はとても重要なことだったのだ。
日々の食事では足りず、キノコのサプリメントが処方された奴もいたな、そう言えば。
「栄養価が高いので、普段の食事で摂っても良いものですよ。」
「初めて知った」
キノコなんて地球では大昔から食用として用いられていたんだけど、この世界では違うのか。
干した状態のものを見たが、もしかしたらその干されるまでの工程が大変なのかもしれない。
昨日のお野菜たちのように。
手間暇かける労力に見合わなければ、日常的に食べるのは難しいか。
口をつけたものを残すのが嫌なのか神妙な面持ちで2口目を口にするが、首を傾げながらも咀嚼を続けるし3口目も大口開けて食べたので問題はなさそうだ。
むしろおかわりをするくらい気に入ったようで何よりである。
食文化の齟齬も結構ありそうだな。
この世界で生きていく覚悟を決めたは良いが、非常識な人間にはなりたくない。
なるべく早くこの世界の文化や習慣を身に付けなければ。
とりあえず、カノンは結構な量を朝食では食べることがわかった。
拳大のキッシュ3種を1つずつ食べキノコを追加で1個。
その上ラタトゥイユの残りはおかわりもして鍋の中身は全てカラになった。
キッシュってバター使ってて結構腹にたまるから、俺は2つしか食べられなかった。
やはり薬の材料として干されていたドライトマトが具材のキッシュは、オヤツにいただこう。