神さま、風になる。
時間の概念がうっすらと朧気なこの世界では、大地が白み始める頃にはもう朝餉を食べ終え田畑へ向かうべく、身支度を済ませている人が圧倒的に多い。
なんなら、まだ薄暗いと言えるような時間に、もう仕事を始めている人もいる。
鐘が設置してあるような街なら、その鐘の音を頼りに起きたり仕事を始める人が多い。
鐘の音一回で下働きの人達が起きて仕事をし出す。
まだ薄暗く、太陽がようやく顔を出し始めるような未明。
開門当番の門勤めの交代兵士や、農民なんかもこの鐘の音で目を覚ます。
二回で門が開く。
お店を構えている店長さんや、工房の責任者が仕事場の鍵を開くのもこの時間。
太陽が登り当たりはすっかり明るくなっている時間帯。
門が開くので外部から訪れる馬車や人で、少しずつ街が賑わい始める。
ただ、取引先にお邪魔するには早い時間なので、この時間に開いている軽食屋で時間を潰したり、掲示板のチェックをして情報収集に勤しむ人が多い。
三回目の鐘の音で、ようやく街は本格的に動き出す。
屋台が並び商人が売り物を広げ、活気づいた商業区の賑わい方で、その街の規模が知れることだろう。
四回目はお昼を報せる鐘だ。
食事処が混雑し、広場には屋台で買った食べ物を片手に談笑する人がたむろう。
食べ物屋以外のお店は五回目の鐘が鳴るまで一旦店を閉める場合が多い。
人口が少ないせいで、一日中開け続けている店の方が珍しいのだ。
五回目の鐘は他の鐘と比べて感覚が短い。
昼休憩終わりの合図だ。
そして食べ物屋さんの休憩時間開始か、閉店を報せる音でもある。
夕方に近づくにつれ、仕事を終えて家に帰る前に一杯飲んでから帰ろうと思う人のために、酒類を提供するような店以外は閉まることが多い。
次の鐘は、行商人が宿を求めてそろそろ店じまいかと腰を上げる頃合でもあるので、五回目の鐘の時点でさっさと店の扉を施錠すれば、その日限りしか売れない日持ちしない食品を、お求めやすい価格で手に入れられるチャンスである。
閉店作業担当の人は泣くことになる。
早く開く宿屋は宿泊手続きの受付を始める頃合だ。
六回目の鐘は市場が閉まり夜の店が開く時間。
多くの人はこの時間に仕事を終えて帰路に着く。
門を閉める準備のために、門番が慌ただしくなる時間だ。
当番の担当によっては、また、季節によっては入ってくる人の規制をして、この鐘の時点で並んでいない入門希望者は明日また改めろと言われてしまう。
七回目の鐘は閉門の時間。
泣いても叫んでも、門の内部の安全を最優先させるため、これ以降は朝まで門が開くことは余程の有事でない限りは有り得ない。
八回目の鐘で良い子は寝なさいねと言われる。
夜通し営業する酒場以外はすべて閉まり街は静まり返る。
夜行性の魔物の動きが活発になりエサを求めてさ迷うので、外門の見張りを任された兵士は魔物に襲われないために見張り塔の上に移動し、夜明けまで何事もないよう祈りを続ける時間となる。
それぞれ……そうだな。
だいたい、朝の四時、七時、九時、十二時。
午後一時、三時、六時、八時に相当するのかな。
夏と冬だと日の出の時間が変わるせいか、特に一回目の鐘と八回目の鐘の鳴る時間が結構前後するらしい。
時計自体はあるのだが、昔――地球から転移してきた人たちが住み着く前――から使われている鐘の音の時報の方が馴染み深いようだ。
貴族や時間に追われている商人以外は、あまり「何時何分にどこそこ集合」みたいな待ち合わせはしない。
「三の鐘が鳴る頃に西門前集合ね」みたいな感じ。
それで問題は起こらないのか心配になる。
アバウトだが皆が皆、こう言う適当な時間の流れで生活していると、おおらかになっていくのだろう。
鐘一つ分遅刻したら流石に置いていかれたり怒られたりもするが、特に問題は起きないようだ。
分単位、秒単位でスケジュールを組まれたことがある身としては信じられないような心の広さと余裕である。
いつだったか、カノンから教わったこの世界の人たちの時間感覚を理解できなくて、ただただ凄いとしか言えなかった。
だから、まぁ、なんだ。
まだ太陽が登りきらないような時間から、まさか来客があるとは思ってもみなくって。
街の誰も起きてこないから、ここぞとばかりにアスレチックの増設をしては一人試運転と称して楽しんでいたのだよ。
人前でハシャグとかさ、ちょっとこの年齢になると恥ずかしいじゃん?
誰もいないなら羽目を外したくもなるじゃん??
丸太橋とか雲梯の上を全力疾走してみたり。
ジャングルジムから捻りを加えた一回転ジャンプして降りてみたり。
安全面を考えてターザンロープではなくボールスライダーを設置したのだけど、スリルがどうしても物足りないと、テンションがダダ上がりしてる中で思考してしまったのがいけなかった。
一番背の高いカーサ・トッレは六〇mほどあるのだが、そこからパイプスライダーで広場までロープ伝いに降りたら、それはそれはスリリングに満ちた体験が出来るのではないだろうか!
……と、そう考えてしまったのだ。
安全装置なし。
ロープは頑丈にするから途中で切れる心配はないが、途中でパイプから手を離したら何十mも下へ真っ逆さま。
ぜってぇ楽しいじゃん!
……冷静になった今ならツッコミを入れられるんだけどさ。
その時は楽しいことにばかり目がいってしまったんだよ。
そして誰に止められることもなく勢い任せに創って、文字通りノリで一足飛びに塔のテッペンに登ってほぼ直滑降で、落ちた。
ある種の浮遊感と、自由落下により増していく速度。
自分と一体化するような感覚を想起させて肌をすり抜けていく涼風。
太陽が顔を出し海面を照らし作り出す光の道は神々しく寝起きの瞼には少し強すぎる。
改めて感じる世界の美しさと非日常的な体験に自然と笑みが零れた。
外壁に阻まれ、それらの景色が途絶えた。
その瞬間。
見たことのない人と目が合った。
めっちゃだらしなく満面の笑みを浮かべてる所を。
……恥ずかしっ!
もう、穴があったら入りたい。
なんなら土管トンネルも作ってあるし、ソコに引きこもりたい。
さっきまでの爽快感の高揚感はどこへやら。
一気に気分はマントルまで急降下したよ。
考えてみれば、髪の毛を誤魔化さないまま、フードも被らないまま遊んでたんだよね。
フードは一応持ってきてあるけど、動いてたら暑くなってきたし邪魔だったから脱いでそのまま放って……どこに置いたっけ。
噴水の所ならあの人たちの目を誤魔化すために羽織る前に遭遇してしまう。
バッチリ見られてはいたけど、光の反射で何色かまでは把握されていないだろうし。
カノンと同じ黒で良いかな。
鏡見ずに髪色変化させてムラできないかな。
まぁ、そのままの派手な色のままよりは良いだろう。
なんでこの街に見ず知らずの人が何人もいるのかとか、理由を聞かないとね。
小走りで目撃現場へ向かっていると、先程の少人数のグループがゾロゾロとコチラに向かって歩いてきた。
キョロキョロ辺りを忙しなく見回している。
敵意は感じられず、その目には好奇心で輝いている。
村の人よりも余程身なりが良い。
旅装ではあるが、薄いマントの下には染められ、刺繍もされた服がチラリと見える。
足元は木靴ではあるが装飾が施されている。
ちゃんとごくごく普通の文化が見て取れる装いに少し感動を覚えた。
冒険者の格好は、日常を過ごす機能性からはトコトン外れている。
暑いし重いし蒸れるし。
夏でも打撃や精霊術に強い防御力に優れた長袖が基本。
日が照っていようが金属の鎧や胸当てをつけるから照り返しで熱いし熱がこもって焼売のように蒸し焼きになる。
きっとその下は汗疹やら伝染性膿痂疹――いわゆるトビヒ――やらで皮膚が酷いことになっていることだろう。
足元は装備に時間がかかる金属製のソルレットを、おそらく身支度を済ませた朝から寝る直前まで身に付けている。
絶対臭う。
水虫とか周りにうつらないのだろうか。
冒険者四人が漏れなくそんな見てくれだったし、村の人たちは衣服と言うには少々お粗末な、貫頭衣を最低限動きやすいように腰の部分をヒモで結んだものだった。
男女で布の染め方が違うとか、女性は布一枚で裾が長く取られて男性は上下二枚作りになっているとか、差はあれども縫製の類はされていなかった。
衣服も文化の発達具合の指標になる。
余裕があればあるほど衣服に手間を掛けられるようになるから刺繍が増えたりカラーバリエーションが豊富になる。
冒険者と村民の差があまりにも大きかったので混乱していたのだが、ちょうど中間……よりは村民寄りの衣服を発見した。
ウヌモ町の人たち、かな。
町の人の方が貨幣でのやり取りがある分、文化的に発展していると目星はついていたし。
「おはようございます」
「これはご丁寧に。
おはようございます」
なんと!
タメ口じゃないぞ!!
丁寧語が飛び出てきた!!!
目礼や立礼が普通とされるこの世界でカノン以外に挨拶する人初めて見たわ。
この人、やはりウヌモ町の人で、しかも町長さんだそうだ。
後ろに控えているのは、護衛も兼ねてこの街の視察に同伴した腕利きの若衆だとか。
夜行性の魔物が寝静まり、昼行性の魔物が活発化し出すまでの時間を目掛けて町からわざわざ来たそうだ。
カノンがいつでも来ていいと言っていたから、早く見たくて急いできたんだって。
かなりアクティブな町長さんだ。
ただ、多分カノンもここまで早く行動するとは考えてなかったんだと思うんだ。
そんなこと、ひと言も言ってなかったし。
まぁ、カーサ・トッレの建設をカノンと町長さんは町からリアルタイムで見ていたと言っていた。
そして軍事施設じゃないかと疑われたとも言っていたし、早めにその誤解が解けるのは良いことだ。
遊んでる所を見られたし、遊具の一つとでも思ってもらえば良いんじゃなかろうか。
さすがに危険だからロープは後で撤去するけど。
あれは握力ないと途中で落ちる。
安全が保証できないものは遊具とは呼べない。
急いできてくれたところ申し訳ないが、俺以外の全員がまだ漏れなく夢の中だ。
時間を潰すためにも、俺に可能な範囲で街の案内でもした方が良いだろうか。
今日は泊まると言うのなら、そんな急ぐ必要もないが、もしトンボ帰りするなら用事をひとつでも多く終わらせておいた方が良いだろう。
提案したら、門からここまでは、大通りの周辺だけだが気押されながらも色々見て回ったそうだ。
立派な見たことのない造りをした建造物と装飾の数々に、胸の高鳴りが止まらないと頬を染めて告げられた。
なんで恋する乙女のようなセリフを言うのだね?
大興奮しながら歩みを進めていたら、どこからともなく聞き慣れない音が近付いてくる。
辺りを見回せば俺が空から降ってきたから、てっきりお迎えが来たのかと勘違いしたと笑われた。
俺、死神か何かに見えたの?
こんな爽やかな朝に??
そんな血圧高いんか、オッサン。
アレは何かと聞かれたので、子供たちが遊ぶための道具だと答えたら眉間にシワを寄せられた。
理解が出来ないらしい。
パイプスライダーです、なんて言ったって余計に分からないだろうし、危険だから体験させてみるわけにもいかないし、
カーサ・トッレみたいな高い位置じゃなければイケるか?
せっかくだし、大人の観点から危なくないかチェックして貰いたいし、アスレチック広場に案内を提案した。
是非にと言われたのでさっそく説明をする。
噴水から広場へ続く道に、既に遊ぶためのものが仕込んであるのだ。
コーディネーショントレーニングの一種で、平たく加工した滑りにくい大きな石を一個、小さめの石を横並びで二個、ランダムに配置してある。
片足飛びと両足着地を石の並び方に応じて繰り返す。
ケンケンパとか、ホップスコッチと呼ばれている遊びだね。
ルールは飛ぶだけだったり縁起物を集めたりと、まぁ色々あるが、そう言うのは地域によってマチマチだ。
この世界にあるかも不明なので遊ぶ子供が適当に考えれば良いだろう。
体幹強化がはかれる上に、脳からの電気信号を肉体へ素早く伝達出来るようになる、結構優れた遊びなのだよ。
ここもこうやって遊ぶのですよ、と跳ねながら説明しクルリと振り返れば、意外と悪戦苦闘しており、コケそうになった所を後ろから支えてもらっている町長さんが見えた。
「これは! なかなか……っほ! む、難しい……で、すねっ!」
なんとかフラつきながらもコチラまで辿り着いた頃には、なんだか満身創痍になっていた。
町長さんってデスクワークしてる人なんです?
体力がないにも程がある。
別に難しいなら石の上でも横道に逸れるでもして歩いてこれば良いのに。
槍でバランスを取っているのか崩しているのか、イマイチ判断の付かない若衆も後からジャンプしてついてきた。
律儀か。
大小様々な大きさ、高さもマチマチに埋めてある切り株をピョンピョン飛び跳ねながら向かった。
その先には、丸太で作った階段か、網の目状に編まれたゴツいロープか、はたまた垂直に伸びているロープを登っていくか。
どうにかして這い上がった櫓の頂上には、わざと不安定になるように通した橋板を進まねばならない吊り橋がある。
初心者用に左右に捕まるためのロープもしっかり通してあるぞ。
走ったりジャンプしても問題なかったが、重量確認をしたいので、全員の到着を待って橋を渡った。
グラグラする度に良い歳した大人が出してはいけない悲鳴が聞こえる。
楽しんで頂いているようで何よりだ。
反対側の櫓は、クライミング用の出っ張りがある壁か、間隔の差がある丸太の階段か、ロープを掴んで抉れた壁を降りるかしてもらう。
もちろん、コチラ側から登っても良い。
行きと帰りでは感覚が違うからどっちも体験して貰いたいよね。
んで、弓なりの軽い傾斜がついてるロープを滑車で滑っていくボールスライダーを体験してもらう。
コレのもっと勢いを付けたのが、さっき俺が遊んでいた遊具です、と説明した。
ちょっと違うけど「あ〜あぁ〜」と様式美で叫ぶのは同じなのだし、まぁ、似たようなもんだろう。
……町長さんは日頃の運動不足が祟って疲れてしまったのか、目を回しているので聞こえているのか判断がつかない。
護衛と言うからには体力も筋力もついている方だろうに、若衆までへばっている。
全てのアスレチック遊具を経験した訳でもないのに。
持久力が無さすぎる。
丸一日走り通せる体力があるのがこの世界の常識かと思っていたのだが、実はそうではないのだろうか。
もしそうならカノンめ。
いたいけな俺にそんな事を強いるでない。
「これは、子供たちを、鍛える、ための、鍛錬場なの、です、か」
ゼェゼェ言いながら、なかなか息が整わない町長さんは、それでもなんとか疑問を口にした。
だから、遊具だって言ってるのに。
汗をかいたなら水分補給が大事だ。
日陰でベンチもあれば水飲み場もある。
ついでにトイレも近い。
施設案内の一貫も兼ねて、もう少し頑張って歩いてと言って東屋に案内した。
ここをこうして押すと水が出ますと説明し、給水所で皆がしっかり水分補給をし、ようやく一息ついた所で「ここはあくまで子供たちの遊び場です」と言ったら「何言ってんだ、コイツ」って目で見られた。
イヤ、実際には言われてないよ。
言われてないんだけど、あからさまに理解不能って視線を送られたんだよ。
子どもは立派な労働力である、と思っているんだろうな。
子どもは遊んで学んでよく寝て、沢山経験を積んで将来のために身体と脳味噌を作るのが仕事です。
田畑の世話や狩りは大人の仕事。
手伝い程度なら良いけれど、子どもの労働力がないと仕事が回らないと言うのなら、それは明らかに仕事量が多すぎるだけだ。
子どもを戦力に数えてはいけない。
この街で暮らす子どもには、午前中は学校に来て勉強をし、集団行動におけるルールやマナーを学んで欲しいと思っている。
もちろん、希望するなら大人も大歓迎だ。
仕事はして欲しいので、そこのバランス調整もしなきゃだよな。
昼の鐘で給食を食べたら後片付けをして解散。
その後はここで遊ぶでも、家の人の手伝いをするでも、自由に過ごせばいい。
将来の展望があるなら、それに応じた施設を追加で建ててもいい。
建てるだけなら俺の想像力と労力だけで済むし。
王都よりも立派になってしまったらその時は謝るが、別に謀反を企てている訳ではない。
王都でも、希望があってそこの土地の主から許可が出ればいくらでも手を貸そう。
人類総幸福計画のためならば、出し惜しみは……うん、余りしないつもりでいる。
何でもかんでも創ってしまったら、さすがに外国からの略奪戦争が勃発してしまうといけないし。
順番に回っていくから、外国の皆様はもう少々お待ちいただけると幸いです。
学校のことまで話したら、作画崩壊でもしましたか? というレベルで顔面崩壊が起きた。
そんな荒唐無稽なこと言ってる?
俺??




