神さま、布団の販売員になる。
“賢者”とまで呼ばれる人を思考停止に陥らせるなんて、実は結構凄いことなのではなかろうか。
そんなことを思いながら、茹でたソラマメをの皮を剥く。
アチチ、と指先で遊びながら少し固めの薄皮を剥がせば、つるんとした見た目のほっくりした甘みを感じる豆が出てくる。
焼いたり蒸した方が旨味がギュッと閉じ込められ濃縮されて美味しいのだけれど、手軽さで言うなら茹でるのが一番なんだよね。
切れ込みを入れる手間はあるけど、それはどっちみち必要な工程だし。
焼くなら途中でひっくり返す必要があるし、焦げれば皮を剥くのが大変だ。
蒸そうと思っても、そもそも蒸すのに必要な蒸し器がない。
どうしたって茹でるのが手っ取り早いのだ。
風呂も入って豆も茹でて。
小一時間はこうしている。
塩味も良い感じだし、剥いた豆を口元に持って行ったら再起動するかな。
魂がその隙間から出て行っているのではなかろうか、と心配してしまうレベルで締りのない口内に、皮を剥いた豆を一粒、放り込んでみる。
熱さか風味かその両方か。
しばらく後に、ようやく脳に情報が伝達したらしく、白目だった双眸にようやく黒目が戻ってきた。
ちゃんと口の中に入れた豆を咀嚼してて偉いね。
お水をあげよう。
「冥府からおかえりなさい」とグラスを渡しながら言ったら、色々言いたい言葉も一緒に飲み下したのだろう。
「ただいま」と眉間にシワを寄せて返された。
キレイな顔立ちをしている人でも、白目を剥いたら面白可笑しい見た目になるのだと学んだ所で、今後の予定をカノンと一緒に立てる。
ウヌモ町で売るべきものや譲るべきものの納品は、ヌリアさんとカノンが一緒に赴いた時、既に済ませてある。
普段より薬草も回復薬も多く納品してきたが、今回は俺がいる分いつもより多く用意してある。
王都に納品する分を差し引いてもまだ余裕があるから大丈夫だそうだ。
なのでここら近辺で薬草を採取する必要もないし、街を出たら寄り道せず、王都へ直接向かえばいい。
ならば、王都への道もついでに整備してしまえば人の行き来が楽になるだろう。
そう思って地図を広げた。
だが、ココと王都を最短距離で結ぼうとすると森にぶち当たる。
はて、困った。
森は魔物の出没頻度が高いから、旅をする人は普通大きく迂回するそうだ。
急がば回れと言うもんな。
ただ、回りに回って森を避けて通ると徒歩なら十日、馬車でも七日の日数が多く掛かるという。
俺とカノンで王都に辿り着くのに三日から四日って言ってたよな。
最初からこの森を突っ切るつもりでいたのか。
旅の初心者なのだから、普通の旅程で考えてくれよ。
だが、時折休憩を入れながら走って直進すれば、一日たらずで森を抜けられると聞くと悩むな。
所要日数七日と一日では随分違う。
どうせ街道を通すなら森のド真ん中を通したい。
カプシカムのように、魔物の忌避効果がある食物を街道沿いに植えればどうにかならないだろうか。
あとは、源流・聖水の川の水を街道沿いに引っ張ってくれば、多少はその恩恵にあやかれるかもしれない。
ただ、川から随分離れた所に無理矢理水路を引っ張ってくると、時間経過や水量の増加により、どれ位の影響が出るかが未知数だ。
空から水晶球に降り注ぐ水量は一定だったように思えるが、近くに流れる大河を見るに、水晶球以外にも水源はあるだろう。
川の幅が広すぎる。
天候により魔物避けの効果が左右されてしまうのは頂けない。
誘蛾灯みたいに魔物が好む臭いや光源をワザと置いて、電撃を流して駆除するタイプの罠でも作るか。
何千ボルトくらいの高電圧を流せば忌避なり駆除なり出来るだろうか。
そこは実験が必要だな。
身体がデカい上、防具に使えるくらいに頑丈な外皮をまとっているのだから、地球の野生動物に比べ、魔物というのは総じて防御力が高い。
イノシシやシカでも三,五〇〇V以下だと無意味とされていたからな。
単純に考えて、倍以上は必要だろう。
野生動物避けに必要なのは、来て欲しくない場所にエサになり得るものを用意しないこと、ソコでエサを与えないことが大事だ。
餌場だと学習されたら、家族仲間総動員を引き連れて襲ってくるようになる。
野生動物に慈悲なんてないからな。
魔物と遭遇した時、自分の身可愛さに、食べ物を遠くに投げて気を逸らそうものなら、その時は運良く逃げおおせたとしよう。
だが、次にまた襲われる危険性が跳ね上がる。
「この生き物は自分に食事を与えてくれる」と学習されてしまうからだ。
自分が襲われるなら自業自得だが、次にその場を訪れた全く関係のない人間が襲われて命を落としたら、目も当てられない。
魔物は別に人間だから特別襲って来る訳ではなく、日々の糧が欲しい本能にのっとって行動しているに過ぎない。
姿を現しただけでろくに狩りもせずに美味しいものが手に入るならラッキー、と考えるヤツがいてもおかしくない。
そう言うヤツらが行商人を、更には街を襲おうものなら最悪だ。
……もしかしたら、既に餌付けがされていて、そのせいで商人は移動する時、冒険者に身ぐるみを剥がされるリスクを負ってでも護衛を雇うのかもしれない。
魔物に襲われたら命は無いが、冒険者相手なら被害はその時の所持品だけで済む。
人間を襲ったら痛い目を見るのだと学習をさせねばならないな。
精霊術をストックしておける道具ってないかな。
近付くと発射するようなやつ。
野生動物の被害に遭わないために必要なこと。
他には身を潜ませる場所を作らないのも大事だと言う。
だが、森のど真ん中を突っ切って道を通すのだから、それは難しい。
街道よりも幅広に木を伐採したり、森の中の木もある程度間引きして、視界確保を出来るようにすれば良いかな。
何段階かに分けて背の高い防護柵や高圧電流を仕込んだ電気柵の設置をして、必要以上に手を加えないようにしつつ、カプシカムの植え付けもする感じかな。
森から完全に魔物の住処を奪えば人里に出てくる危険性が跳ね上がるからね。
それだけは避けねば。
「カノンはあの空飛ぶ石版、どれ位のスピード出せる?」
「速さか?
どんなもんだろうな……馬よりは速いと思うが」
お馬さんって言っても、時速五〜七〇kmまで様々でしょうに。
それにこの世界で馬って呼ばれている生き物も、どうせシュケイと一緒でニワトリっぽい魔物なんでしょ。
弱くなって速度が落ちてるってことは無さそうだけど、速く進化しなかった分、スタミナがもの凄い付いてる方向に特化してるかもしれないし。
なんとも判断出来ないな。
まぁ、歩いたり人力で走ったりするよりは余程早いだろう。
だが、ズラせてもあと一日、二日が限界だろう。
旅の日程が押してしまうと文句を言ってきそうな精霊が若干名いるからな。
時間の余裕が無いのが痛いな。
村からの移民組に農業区の説明をするのはヌリアさんに全て押し付ければ良いので、あとは街の運営をどうやって回すのか、指揮してくれる人がいると心強い。
税のことを含め、お金のことは俺には全く分からないし。
なにせ施設には金が無かった。
生活の保証が完全無料でされる代わりに労働が強制だったのだ。
金銭という媒介物によりサービスや物品と交換できるシステムは知っている。
そして租税が公共サービスを円滑に提供するために住民に課せられる、ある種の義務であることも理解している。
家や道路自体は俺のスキルや霊力で実質タダで出来上がった。
だが、その管理維持には人を雇う必要があり、人を雇うにはお金が必要だ。
この街の住民に課す税もいる。
そして国に所属する以上、国に支払う税も徴収しなければならない。
人頭税の存在は知っていても、一人頭の税率や金で収めるのか麦等の作物で収めるのかすら知らない。
職業選択の自由はあるようだが、それは冒険者に限るのか、それとも世襲制ではなく例えば農民が鍛冶師になっても良いのか。
魔物を狩って獲た素材の買取や利用にルールがあるのかも知らない。
適正取引価格があるなら、そこから大きく逸脱した金額でやり取りするのはダメだろう。
ソコのところは、アルベルトに明日聞くか。
辺境の統治を任せられていたお貴族様の家の生まれなのだ。
多少はその辺のルールやマナー、法律を学んでいるに違いない。
それに金銭の取引は冒険者は彼に投げていたそうだから、素材売買の決まりごとも知っているだろう。
三バカは街の中を歩けば問題を起こす可能性が高いのだし、それは仕方ない。
適材適所だ。
明日一日は代表者や希望者を集めての会議や意見交換がメインになりそうだな。
んで、それが終わり次第――早くて明日の午後、遅ければ明後日以降、空飛ぶ石版に乗って王都に向かう。
余裕があれば街道の整備をしながら。
無理そうなら、せめて森を突っ切って街道を通すことが出来そうかの調査だけでもしたい。
地図の尺度が合っていれば、直進約五km程度なのだが。
そう言えば、俺とカノンのお布団も作ったぞ。
皆に作って俺らだけ寝具がマントだけとか、どんな罰ゲームだよって感じだからね。
羽毛布団はね、羽毛の王様、アイダーダックのダウンボールを贅沢に使用したイメージをして「創造」した。
目指せダウン率一〇〇%!
挑むぞ、脅威の五〇〇ダウンパワー!!
自重なんて放り捨てたので俺は好き勝手やらせてもらう。
安眠の為なら超高級寝具だって「創造」してやるのだ!
万年寝不足の研究バカであるカノンも、この母なる胸毛の魅力にメロメロになって惰眠を貪ること間違いなし!!
ところで、なんでアイダーダウンって、母鳥が巣を作る材料にムシった胸毛部分を使っているのに、羽毛の王様って言うんだろう。
女王じゃダメだったのか、アイスランドよ。
毛布はレッキスラビットの毛をイメージさせて貰った。
化繊では決して表すことのできない、柔らかなビロードのような手触りは、アニマルセラピー効果も期待できる。
密集度が高いからどれだけ撫でてもヘタレない、反発力を兼ね備えたふわっふわの毛はひとたび触れば病みつきになること間違いなしだ。
マットレスは密度の違うウレタン四層構造。
カビないために通気孔も通したので長期間家を開けても劣化の心配が要らない。
柔らかすぎたら骨に負担がかかるし、固すぎたらリラックスできない。
固さの違うウレタンを使うからこそ実現する体圧分散力。
肩凝り腰痛を緩和し、正しい姿勢に導いてくれるマットレスは次の日の疲れの取れ方が全然違う。
ただの板や土の上に敷布を置いただけの寝床に慣れてるヤツには過ぎた品かもしれない。
だが、この身体を優しく包み込むかのようなフィット感を是非試して頂きたい。
虜になれば必要に迫られない限り、野宿しようなんて思えなくなるハズだ。
イヤ、もうホントにね。
野宿シンドい。
食べ物も俺とテルモが作るようになってからしっかり食べるようになったし、バリエーションを増やしてくれたけど、基本、アイツって生きることに頓着しない。
長生きしているせいなのかな。
適当なんだよね。
不味くはない。
美味しいは美味しい。
なんだけど、こだわりがないから任せたらずーっと卵炒めとか夏野菜の煮浸しばっかり出てくるの。
メニューに変化がない。
食材が無駄にならず食えればいい、みたいなスタンスなの。
無ければ一日二日食べなくても死なない、と言わんばかりに研究に没頭しちゃうの。
俺に言われちゃう程のダメ人間なんだよ。
食も良いものを与えて改善したのだから、住居もより良いものを経験させればソッチに引きずられてくれるかな、と目論んでいる。
衣服は魔物素材をケチらず使わせて貰っているし、意外と快適にさせて貰ってる。
ゴムがないから家の中で上下スウェットでダラダラゴロゴロ出来ないのは残念だが。
そのうち作ろう。
今作ってしまったら、久方ぶりの超極上寝具セットの魔力も相まって、明日布団から出られなくなりそうだし。
ソコだけは欲望に反抗しようかな、と。
なけなしの理性を総動員した。
裸族になろうかとも思ったんだけどね。
レッキスの肌触りを全身に浴びたら、スウェット着るよりも堕落しそうだし。
そう思って我慢したのに、朝。
誰も起きて来やしねぇ。
長年愛用し尽くしてダルダルに伸びきったスウェット「創造」して二度寝かましてやろうか。




