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神さま、号哭する。


夕食の片付けを終えカノンが立ち入り禁止と言っていた奥の部屋から持ってきたのは1冊の本だった。


おぉ、製本技術がキチンとあるのか。

開かれたものは全て手書きのものではあったが製紙技術が確立されていなければ同じ大きさで薄さが均一な紙はかなり貴重なものだろう。

1枚作るのにコストがかかるならこの厚みの本丸々1冊作るのに一体いくらかかるのだ、という話になるわけで。

気軽に素手で持ってきて赤の他人に差し出せる程度の価値ならば、識字率もそこそこあるのだろうし、街に行けば本屋や図書館があるかもしれない。

この世界のことを知るのに本はとても有用だ。

魔物のことを教えて貰うついでに文字も覚えられれば街に行く楽しみがひとつ増える。


開かれたページには、カタカナのような、ローマ字のような。

見覚えがあるような気のせいのような錯覚がする文字列が並んでいた。


「文字を覚えるのは後回しにしろ。

すぐ身につくものじゃない」


文字を目で追っているのがバレたようで釘を刺される。

いくつかページをめくり指さされたのは逆さまにした細長いパイナップルから無数の触手が生えたような奇っ怪なイラストだ。

触手の魔物しかいないのか?

この世界は??

モノクロなのでパイナップルに見えるだけで実物を目の前にしたら更に不気味な見た目なのだろうな。


「これはローパー種と呼ばれる、主に雨の日に現れる魔物だ。

普段は本体は土の中に埋まっていて足が植物の擬態をしている。触手で獲物を絡め取り苗床にしたり捕食したりする厄介な奴だ。」


ここら辺に生息しているローパー種はかなり厄介な部類で、触手は鋼鉄のような硬度なのに伸縮性がある。

その触手で絡め取ったものを溶かして自分の養分にするそうで、粘液は触れれば皮膚が溶ける。

つまり、生きながら溶かされる。

移動速度は遅いが離れていても地中から触手を伸ばして攻撃してくることもある。

見えない攻撃をしてくるとはタチが悪い。

晴れた日は余程森の奥深い所まで行かなければ遭遇することはないが、もしウッカリ本体が埋まっている擬態部分を踏んでしまったら、気付いた時には足を取られ地中に引きずり込まれそのまま本体の栄養になってしまうのだ。

食べられるならまだ運がいい方で、生きたまま次世代の苗床にされたら発狂したくなるレベルの扱いを受けるから生還できないと思ったら麻痺毒食らう前に自害しろとアッサリ言われた。

絶句していると

「全身痺れさせられる神経毒をまず打ち込まれる。脳は正常に動くままなのに口以外の穴という穴に卵を植え付けられる。口は栄養補給の穴だと知っているようで栄養価だけは無駄に高い無精卵を無理矢理喉奥に押し込まれる。卵は成長する頃には棘が生えてきて内側から外部に根を張るように広がる。そのせいで人の形を保てなくなってくる。鼻は広がり呼吸は口からしか出来なくなる。植え付けられた卵が孵化したら体内の肉を死ぬまで食い尽くされる。食わされた無精卵に痛みを感じなくさせる上狂うことが出来なくなる作用があるようで、途中で救助されたことがある奴の証言ではある種の快感すら覚えるそうだが狂えないが故にそれが異常であると認識させられる。だからこそそういう経験をしてしまうと人間として生活を送ることが出来なくなり結局自死に至ってしまう。結果として行き着く場所がそこならなにかされる前に自害した方が精神的苦痛を味わわずに済むから自害しろという言葉にはある種の優しさと思いやりが含まれているんだぞ」

と一気に言われた。

息継ぎどこでした? ってレベルの勢いで。

聞かんで良かった内容だ。

異世界こわい。


ただ、カプシカムの効果がローパー種にはテキメンだから安心しろと言われた。

明日朝起きたら普段より念入りな対策として乾燥させたカプシカムで作った臭い袋を設置するから大丈夫だと。

それよりも危険なのはカプシカムが効きにくい、ローパー種を餌とするジムヌラ種だと隣のページを見せられた。


どう見てもハリネズミ。

かわいい。

絵で見るとつぶらな瞳で可愛らしいが大きさは2mあるしローパーの触手を噛みちぎれる強靭な牙を持っているし手足の鉤爪はまともに喰らえば一振で人間の身体を乱切りにしてくれる。

そして体毛の1本1本が強固で自分の身体を守りつつ攻撃してきた敵を絡め取るかぎ針状になっており、背後から襲うのは危険極まりないと言うことだった。

そして、それらの針は建築資材に出来るし経年劣化しにくいそうだ。


……建築資材?

魔物は強いし凶悪だが、だからこそ人間の生活に欠かせない道具の材料にもなることが多くあるんだって。

ローパーなら無精卵が鎮痛剤や麻酔の材料になるし、触手は加工して頑丈な縄の原料になる。

ジムヌラなら背中の針は家を建てる時の釘代わり、鉤爪は武器や農具になる。

それらの素材を加工出来る人が少ないため、需要はあるのに過分な素材は棄てられ街では買値だけが爆上がりしている状態だとか。


ちなみにカノンは加工出来る人だって。

俺も学べば出来るそうだ。


加工できる人=精霊術が使える人。

魔物の死骸は更なる魔物を呼んだり病気を招く瘴気と呼ばれる気をまとっているから、それを浄化しないととてもじゃないけど街に入れることすらはばかられる。

それどころか、持ち運ぶことすら危ぶまれる。

なにせ瘴気に引き寄せられるように魔物が襲ってくるから。


聖水をかければ浄化されるんじゃないの? と尋ねてみれば、街の方では聖水自体が貴重品だしコストがかかり過ぎるとか。

ここは聖水が湧き出ている森が近くにあるし、紋様が刻まれた水瓶やジョウロからも浄化された水が出てくる。

野菜や薬草育てるのに気軽に使っているけど、実はそれは結構贅沢かつ豪快な使い方なのね。

あの紋様の道具が大量生産できればいいのにね。


他にも曇りや雨の湿度が高い日はレイス種と言われるオバケの魔物が出やすいから肉体を乗っ取られないように即逃げろとか、よく晴れた日中に草を食みに森から出てくるタウロス種のうち鎧牛は牛乳が美味しいし、角牛は肉が美味しいが漏れなく頑丈かつ凶暴なので、やはりコレらの魔物も1人で対処しようとはせず逃げろと言われた。

字面だけ見れば焼肉店を想起させる名前なのに強いんだ。


カノンはどの魔物も1匹なら倒そうと思えば倒せないことはないけど、その1匹を倒したら瘴気につられて湧いて出てくる分を1人で対処できると確信を持てるほど傲慢でも自信家でもないから、街に行く時は基本的には遭遇をしないように心掛けているんだって。

食料調達のためにたまに森からはぐれて出てきた個体を倒すことはあっても、それは聖水が手に入りやすい環境下にあるから出来ることで、街の人たちには戦力的にも状況的にも難しい。

だから街は魔物が多く生息している森から離れた場所にある。

そのせいでココからは更に離れている場所に位置していることになる。

だが、魔物が出にくく広大な平野にあるから農業が盛んでイネ科の植物を育てており、食料の確保は出来るものの肉がかなり貴重になる。

魔物が狩れないから。


カノンが街に行く時は回復薬をメインに卸すか、加工した薬草と道中で確保した肉を持って行くかのどちらかを交互にやって、肉を多く卸せた時にベーコンのような燻製肉を知り合いに作らせる。

その手間の負担をして貰う代わりに肉の買取価格を破格にしてあげているんだってさ。

そこは物々交換じゃないのか。

金の亡者か?

と呆れたらタダでやってしまったら自分の労力に見合わないんだと返された。


長旅に耐えられると判断出来るまで回復したら連れて行ってやるし、その時に嫌でも分かることになると言われた。

街に行けば脳が刺激されて記憶喪失も治るかもしれないから、体力の回復になるべく努めろと念を押され早く寝るよう本を閉じ促される。

そう言えば、記憶喪失設定でした。



「おやすみ、レイム。 いい夢を」

「……おやすみ、なさい」


寝る前の挨拶を掛けられたのは、いつぶりだろうか。

「遅刻するなよ」とか「二度寝は厳禁だぞ」みたいな声掛けは仲間同士であったが。

皆が皆「スキル」の実験体のようなもので、地球が壊れかけているのを知っていたから、心休まる時間がないことを互いに分かっていた。

感受性が高い奴や日々の仕事が重い奴はそのせいで睡眠障害を抱えていたし。

睡眠薬を処方されていないヤツの方が少なかったのではないだろうか。


「スキル」を酷使すると寿命が削れる事実は上からは言われたことはないが周知の事実だった。

明日が来る保証が無い中眠るのは、酷く辛いことだったのだ。

この冷たい鈍色の天井が、自分が最後に見る景色になるのかもしれない。

その恐怖を抱えながら薬で無理矢理寝て、目を覚ませばまた無機質な空間が広がっている。

起きて飯食って実験されたり仕事したりその合間にまた飯食って芋洗いされるように風呂入って寝るの繰り返し。

そんな毎日だった。

ジョークの1つでも言って今日も一日最悪だったな、なんて笑い飛ばさないとやってられない生活だ。


たった一日ココで過ごしただけで、あそこで過ごした何年分もの経験を得たような感覚になる。

あの日々は、何だったんだろうな……


代わり映えのない無機質な閉ざされた空間で15年生きてきた。

食事や薬のように自分の体内に入れるものも、その日行う作業も全て与えられた物。

朝目覚めの疑似太陽光を浴びて夜消灯の時間のアラームで就寝するよう行動も管理されていた。

自分で考える機会は少なく命令をいかに早く的確に遂行出来るかが価値の基準。


なにもかもが違いすぎる。

……本当に、全く別の世界に来てしまったんだな。


風に煽られないように気を付けながら屋根の上に登ってみる。

危険な行動も「スキル」使いに何かあったら困るからと、厳重に見張られていてすることはなかった。

もししてしまったら持っている「スキル」によっては処分対象だ。

率先して禁止行為をするヤツはいない。

扱いづらい輩を食わせられる程余裕のある環境ではなかったのだ。

仕方ない。

周囲を見渡せば、黒い塊にしか見えなくなってしまった森からは時折動物の鳴き声が響いてくる。

昼に訪れた畑も、さほど離れている訳でもないのに闇に飲まれたようにどこにあるのか判りにくかった。

開けた所にシュケイの小屋らしき背の高いものがあるから、シルエットでなんとなくあれかな? と思う程度。

海の方を見れば、どこまでも広がる黒に輝く大小ふたつの円形。

空を見上げると、海よりも果てなく広がるプラネタリウムの大パノラマだ。

天の川とは違う輝きをする星たちの中、そこには煌々と輝く月のような天体が2つ遠くに浮かんでいる。


ここは地球ではないのだと、嫌でも自覚させられる光景だ。


解放感と同時に絶望感が襲ってきた。

もう、嫌なことをしなくていい。

それは素直に嬉しい。

命令されるがままに仲間の命を奪うことも、自分の命を削り心を殺すことも、もうしなくていいのだ。

クソジジイどもはここにはいない。

俺は自由なのだと、叫びたいくらいに嬉しい。


だが、ここには、そうしてでも未来を生きて欲しいと願った人達も、いない。


……いないのだ。

……みんな。


気が付けば、がなるように、叫ぶように、彼らの永遠の安息を願う鎮魂歌を謳っていた。

神を信仰する風習は俺が生まれた時既に途絶えていた。

それでもクリスマスに歓喜の歌を歌ったり、誰かが亡くなればいつくしみ深きを謳って送り出した。

信仰心はなくとも、歌詞に込められた思いを皆で共有し心の区切りを付けるため、宗教歌曲はとても有用だったから。


神様が本当にいるのなら、主という存在があるのなら、こうなる前に地球の民を救って欲しかった。

世の過ちを取り去るのがお前の仕事だろうがと怒鳴りつけたい。

迷える子羊たちを救うのがお前の役割だろうと殴りつけたい。

俺みたいなりそこないの出来損ないではなく、全なる存在であるアナタが地球を救済してくれれば、誰も死ぬことも悲しむこともなかったのではないか。

そう問いただしたい。


どれだけ恨んでも後悔しても、あの日々はもう戻ってこない。


声が枯れるまで鎮魂歌を歌い続け、少し冷えた頭で考えるのは、俺は、なぜ異世界に流されたのだろう。

答えのない問だった。


その理由もそうした何者かの考えも分からないが、今俺に出来ることは、なんなのか。

自分が殺してしまった人達に報いるには何をすれば良いのか。

彼らの死に、理由を付ける事だろう。

何の理由も成果もなく、ただ殺されただけなんてアイツらが浮かばれない。

俺の自己満足でしかない行動だとしても。

俺がここに存在する理由が欲しいだけだとしても。


……違うな。

独りよがりなものではなく、大衆が彼らの死には意味があったと頷いてくれるような功績が必要だ。

もう二度と会えないけれど、愛した人達が確かに存在していたのだと、この世界に刻みたい。

アイツらが出来なかったこと、したかったことを代わりにしていきたい。


滲んだ視界に、自分が泣いているのだと気付いた。

生まれて2度目の涙は、頭は痛くなるし鼻水は出るし最悪な気分にさせてくれた。

だがそれでも、自分がこの世界で成すべきことが定まり、心は凪いだ、月が反射してキラキラ光る眼前に広がる海のようだった。


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