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神さま、収穫する。


少し遅い昼食ののち、カノンに連れられ畑へと繰り出した。

籐や竹のようなもので作られた植物製の大きな平たいカゴを幾つか持たされる。

回復薬用の薬草を種類ごとにカゴに乗せて乾燥させるそうだ。

荷物は多くなるが、薬効が違うものや1回の服薬で必要な量が違うものが混ざってしまったら危険だ。

手間はかかってもリスクを減らすのが大切なのは何においても同じなのだな。


本業がソレではないそうだが、薬師として頼まれているから定期的に回復薬を街に卸さなければならないんだって。

最低半年に1度。

王都の妹さんの所に顔を出したり、生活必需品買いに行ったりするついで程度の納品だそうだけど、効果が高いと評判が良いからなるべく量を作っておきたいんだって。

だから手伝って貰えるとすごい助かると言われてしまったら、そりゃタダ飯食らいとしては手伝う以外の選択肢は無い訳でして。

頼られるのも嬉しいしね。


どれだけの回復薬を作るのかは分からないが、相当量の薬草を使うのだろう。

畑では普段食べる為の野菜よりも薬草の方が多く育てられていて、雑草の類も野菜畑より薬草畑の方が丁寧に取り除かれていた。

畝ごとに看板のように木の板が刺してあるのだが、経年劣化か書かれた文字はほとんど消えてしまっていた。

かろうじて書かれている文字が畝ごとに違うな、と判断はできる。

その程度の情報でも、俺には雑草も薬草も区別がつかないし、アッチとコッチの畝に違う種類が植えられているのだな、と分かるだけでもありがたい。


だが「この葉は手のひらサイズの物しか収穫してはいけない」「こちらの葉は裏の色が赤みがかっているのを摘んでくれ」「これは花粉を使うから詰む時注意してくれ。あと、これ入れる袋」ととにかく一つ一つ注意事項があって覚えるのが非常に大変だ。

よく覚えていられるな。

生業にしているのだから当然、という感覚なのだろうか。

回復薬作りが得意だと豪語していたのは、こだわりや知識が深いからこその自信なのかな。


この世界の文字を覚えたら、是非看板に名前の他に収穫していい目安を書き込みたいものだ。



根を採るもの、花を採るもの。

薬草によって違うのだから当然広さもなかなかのものだし時間もかかる。

いくつかの籠や袋は満たされ作業の邪魔にならない所に寄せられている。


シソやドクダミに似た草花は、詰むと独特の臭いが辺りに広がった。

決して嫌いな香りではないが、ずっと同じものを詰み続けると臭いが強くなりすぎていただけない。

しゃがみ続けるのも膝腰に悪い。

すっくと立ち上がり身体を伸ばした。


おー。

ベキバキ変な音があちこちからするわ。

考えてみれば、数時間前まで寝続けていた重症患者だったんだもんな。

根っこが必要な薬草を引っ張る時も左手に結構な力を入れたけど、痛みも違和感も微塵も無くなっていた。

今は完全に傷は塞がっていて、貧血のせいか軽い眩暈が時々する程度しか自覚症状がないくらいに元気だ。

始めた時、まだ太陽は高い位置にあったが今は結構傾いた場所にある。

我ながらよくこれだけ動けるものだ。

カノンの回復薬ってスゴいねー。

……ということにしておこう。


そのカノンはどこに居るのかと言えば、鶏舎、でいいのだろうか。

シュケイがいる柵の周りに等間隔に植えられている植物に水をやっていた。

いくつかのカゴはいっぱいになったし、気分転換も必要だ。

風に飛ばされないよう他のカゴで蓋をしてカノンの方へ歩み寄る。


「何をしていらっしゃるのですか?」

「カプシカムに水やりしてる」


うん、水あげているのは見れば分かるんよ。

capsicum。

つまりはトウガラシか。

魔物の忌避効果があるから植えているんだってさ。


確かに猿やらイノシシやらの害獣避けに植えられることがあるのは知っているが、世界が変わっても通じるとは。

見た目は覚えのあるトウガラシのソレではないが、発汗作用や胃腸薬としての利用方法の他、粘膜の刺激が酷いと言う個人的見解を聞くと確実にトウガラシだなと納得させられる。

カプシカムはカノンが管理している土地周辺にまんべんなく植えられており、それを今あげている精霊が浄化した水で育てているため魔物への忌避効果が非常に高い。

だから晴れてる日なら家の周辺は安心して軽装備で歩いていいぞと言われた。


つまり、カノンの管理地外は安心できない危険地帯と言うことですね。

覚えておきます。


ちなみに、シュケイの柵周辺に植えているのはシュケイの逃亡防止用だって。

魔物と掛け合わされた品種だって言ってたもんね。

カプシカムを植えた内側にシュケイを押し込めば、苦手なカプシカムの外に行こうとはしないってことか。

なるほど、かしこい。

こんなオープンな柵作りで大丈夫なのかと疑問に思ったが、餌付けしているから逃げないのではなく、逃げられないってだけだったんだな。


明日は雨になるかもしれないから、と言って柵に隣接してある簡素な小屋に、時折マントに足跡を付けられながらカノンはシュケイを全部押し込んだ。

俺が卵を貰いに来た時は大人しかったけど、なるほど。

コレは凶暴だから怪我に注意と言われるのも分かる元気の良さだ。

油断していると蹴り飛ばされて転びそうな力強さだもんな。

実際、カノンは何度も蹴られては膝カックンされたようにバランスを崩して転びそうになっていた。

雨が降るとカプシカムの効果が薄れるし、いくら病気に強い品種といえど身体が濡れると万が一のことも有り得るから、なるべくそうしたくはないし、手間でも怪我をしてでもしなければならない措置なんだって。

飼育するのが長く愛着がわいているから、なんて理由ではなく、万が一の時は勿論頂くけれど、死んでから処理すると美味しくないから、なるべく死なせたくないとのことだ。

世知辛いと言うべきなのか、生きていく上では大事なことだと受け入れるべきなのか。

ペットではなく、あくまで家畜なんだな。


雨降るのになんで水やりをしたのか聞いたら、精霊によって浄化された水、つまり聖水は植物の作用を強めたり邪気払いの作用を付加したりするためにまくもので植物を育てるための水やりとは違うんだって。

自然に降る雨が聖水になったら楽なのにね。


薬草は1株から一気に採るのではなく全体を見て育っている葉を各々の株からまんべんなく摘み取ったら褒められた。

えっへん。

収穫する量に上限があるなら育ったものから順に採る方が良いだろうと思ったのだ。

やはり、育ち過ぎてしまったら毒になり得る種類もあるそうで、今回のは全て基準内の大きさだから問題ないと言われた。


そういう重要なことは早めに言ってくださいませんかね。

一人暮らしが長いようだし、教えることに慣れていないのだろうから仕方ないか。

そのせいで、次の収穫も押し付けられたけど。

えぇ、えぇ。

タダ飯食らいなのでそれくらいはよろこんでさせて頂きますよ。


「雨が降るかもと仰ってましたが、何故分かるのですか?」

「風の湿り具合や雲の形、あとは魔物の動き具合でだな。

雨に濡れれば体力を消耗するから大抵の魔物は巣に潜る。

代わりに雨の日にしか現れない種類もいる。ソイツを見かけたら確実に雨が降ると判断すればいい。」


空調が管理されていた施設よりも風が肌にまとわりつく感じがしたのは海が近いのが理由ではなかったのか。

雨が降る可能性が高いと湿度も高くなる。

言われてみればその通りなんだけど、数値的なものや化学的な考えではなく肌感覚で分かるって凄いな。


今後生活する上で魔物の特徴や習性を覚えるのは大事だから、と帰って薬草の下処理が終わったら勉強会が開かれることになった。

弱い、と称されるスライムですら一撃喰らったらかなりの大怪我をしそうな威力の攻撃を繰り出すのだ。

俺の知識にはない、この世界独特の生物だし一から教えて貰えると言うならありがたい話だ。



「ジュウヤクとヤクモクはそのまま干して、コウカは水に晒して色素を抜いてから干す。シャゼンは葉と種子に分けてくれ。あとは.......」


テキパキと指示を出すのは良いが、やっぱりカノンは人に教えるのが下手だと思う。

自分ができることは他の人も出来ると思っているタイプだろ、お前!

一応それぞれのカゴを指さして名前と処理の仕方を言うけれど、一気に言われて覚えられる人がどれだけいるとお思いか。

付箋よこせ。


ビャクゴウは花弁を干してオシベは水に漬けてビャクキュウは根っこを煮込むから余分な取り除いた所はスライムダストボックスへ.......

.......頭の中で繰り返すと呪文を唱えている気分になる。


季節によって収穫できる薬草が違うとは言えど、コレ通年して1人でやってたとか凄いな。

ドクダミや百合の花が生薬になるのは知識にあるが、実際色んな草花が所狭しと並んでいると何がどれやらサッパリ分からん。

乾燥させたら区別なんてつかないんじゃなかろうか。


それをやってのけるカノンは凄い薬師なのだろう。

いや、この世界で薬師という職業の人なら誰でもやっていることなのかもしれないけどさ。


精霊の不思議な力を借りて回復薬を作ると言っても、精霊も万能な訳では無い。

薬草の効果を底上げする程度のものだそうだ。

ヨモギをつかった回復薬に止血作用の即効効果が付いたとしても、傷が治る訳ではない。

それでも作ると言うことは需要があると言うことで、需要があると言うことは消費がされていると言うことだ。

定期的に卸さなければならない、と言っていたが果たしてそれはどれ程のレベルの需要なのだろう。


カノンは街に出るのが大変だと言っていた。

生活必需品の買い足しですら面倒臭いからなるべく行きたくない、と。

それを考慮して卸先が「カノンの都合に合わせて街に来る時でいいから、頼む卸してくれ」と言っているのか「卸してくれれば買取るよ」程度のものなのか。

後者なら効果が高い回復薬は売れるから買取るけど、別にそこまで売れるものではないから無理に卸さなくていいよ、程度の認識でいいから、平和な世の中なんだろうなという感想だ。

前者なら、街から離れた所に住居構えていたままでいいのか? と心配になる。

魔物避けも100%効果が約束されたものではないみたいだし、一人暮らしのカノンに万が一のことがあった時、把握できる人が果たしているのだろうか。

王都にいると言う妹さんと定期連絡を取っていたとしても、電話もメールもない、連絡手段の乏しい世界では発見はかなり遅れるだろう。

薬草を作るのに適した環境だから、なんて理由だけではココで暮らすリスクの大きさに見合わなさすぎる。

薬師以外の本業が別にあるって言ってたし。


謎の多い男である。

人のことは言えそうにないけど。



薬草の下処理も終わり、天井がより一層鬱蒼となった頃。

シュケイの卵でオムレツを、畑で収穫した野菜でラタトゥイユのようなものを作った。

カノンが野菜に興味が無さすぎて畑に実っている野菜は全部「ナツミ」だと言うのでナスっぽいもの、トマトっぽいもの、ズッキーニっぽいもの.......という感じで全部の野菜に〇〇ぽいものが付いてしまう。

せめて酸味があるとか、煮ると崩れるとか特徴を教えてくれればいいのにそれすら「分からん」の一言で済ませるものだから、ノーヒントの状態で作らねばならずなかなかに大変な作業だった。


俺の知識の中にあるのは、あくまで地球のことだけだ。

この世界でも薬草のように似た植生があったとしても、野菜までそうだとは限らない。

とりあえず手当り次第、収穫しても良し、と言われた野菜を採り、少し切って味見をしては「トマトっぽい見た目なのにリンゴの味がする」とか「そら豆の見た目してるのに味がキュウリだ」とかした訳である。

お陰で時間が滅茶苦茶かかった。


何より、地下にあった芋みたいな長期保存野菜と同様、皮が硬いものが多い。

珍しく皮が柔らかいな〜なんて思っていたら、一日置かないと毒が抜けないとか、一度お湯に通さないと爆発するだとか、野菜の概念から遠い危険物が混ざっていることが判明した。


なんでこんなものを育てているんだ!?

そうは思えど、一日放置したものを出して貰えば、鱗茎部分は独特な強い香りと口にすれば刺激がひろがる食物に、茎の部分は臭み消しにちょうど良さそうな風味がした。

正しく、ニンニク。

お湯に通さないと爆ぜるものは意外や、果物だった。

ニガウリのような見た目なのだが、割ると中にサクランボのような果肉に厚みがある甘酸っぱい果実が入っているのだ。


マジで不思議な植生だな。

それは料理には使えないし、オリーブオイルもない。

だけど幸いトマトに味が近い野菜があったし、コンソメはなくても塩はあったし、さすが副業薬師と言うべきか、香辛料の類は沢山あったのでローリエやオレガノ代わりの香り付けも出来た。

所々知ってる野菜の味とは違うので想像していた仕上がりにはならなかったが、夏野菜のごった煮なら何でもラタトゥイユって名乗っていいんだよ!


.......というノリで作ったのである。

夕食は、この後寝るだけなのだから、という考えのようで主食のパンは食べないそうだ。

と言うか、おなかが空き過ぎたら眠れないから軽くスープだけ食べる程度が一般的だとか。

オムレツ、要らなかったね。


ただ、この後お勉強会をするのだから腹を満たしておくのも良いだろう、と言って結局カノンはオムレツもラタトゥイユもどきも器に盛り付けた分は全部食べた。

一人暮らしが長いせいなのか、単にそういう躾をされているのか、食事中に会話はない。

黙々と口に運ぶし、金属の食器ではないからスプーンがカチャカチャ鳴る音もしない。

ザァザァと、海からか森からか、方向は定かではないが聞き慣れない音がするだけだ。


鍋に残った分は保冷庫に入れて、明日の朝ごはんにする。

地下にあった冷蔵庫みたいな箱型は、定期的に霊力を補給して内部を一定の温度に保ってくれる、カノンの父親が作ってくれたものだそうだ。

家電製品みたいな造りのものは全部父親お手製か。

恩恵にあずかれるのは嬉しいが、地球でありふれていた家電と見た目も仕様も合致しているこれらの着想はどこで得たのだろう。

一般的なものではないのなら、実はこの世界は異世界転移が盛んな世界でカノンの父親もこの世界に招かれた人だった、とか言わないだろうか。

もう亡くなっているそうなので話が聞けないのが残念だ。


いくつか壊れてしまったり不調が起きたりして使えなくなったものもあるから、霊力を過度に流しすぎたり紋様を引っ掛けて削ったりしないよう注意された。

ちなみに、風呂が設備こそあるが不調なせいで使えない道具の一つだそうだ。

なんてこったい。

シャワーから出てくる水の量も温度も一定にならなくなってしまっているそうだ。

浴槽にお湯を貯める装置も同じく。

水が出続けるなら夏場だけでも使えるが、最悪熱湯が突然出てくることもあり得るそうで、全身大火傷を負ったら命に関わるということで使用を禁止しているんだって。

それは確かに危ないな。

街に行けば大衆浴場があるから、普段は桶にお湯張って身体を拭くだけで我慢しろと言われた。

台所の水道は調節すればお湯も出るから。


今度、監視下でいいから紋様の研究させてください……

せめてシャワー浴びたい。


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