神さま、学ぶ。
辺境にある、地図にも載っていない村の住民は基本的に欲が薄い。
地図に載らないと言うことは、国の管理から外れているということだ。
滅びる分には問題ない。
カノンのような立場の人間なら、むしろ早く滅んで欲しいと願うべきだろう。
国が納税を見逃している町村があると知られれば、義務を果たしている者たちから不満が上がる。
その不満は政治に、国に刃を向ける争いに発展しかねない。
なのに何故、お目溢しを許すのか。
その問いには、国への義理よりも守らなければならない責任があるからだと、カノンは答えた。
ソレ、答えになっていない気がする。
二十軒分のご家庭の料理が並べばそりゃこうなるよね。
ちいさなテーブルの上に並びきらず、皿の上に皿を無理やり乗せる状態になった食卓を見て、思わずショボイ顔になる。
カノンの予言通り、薬草や回復薬、作物の種や聖水と交換して欲しいと村の住民が料理を手に持ってきた。
家の中ならフードを外しているだろう。
そう目論んだおネエ様方が押し寄せ、先程までてんやわんやになっていたのだ。
それぞれのご家族が引取りに来てくれたお陰で、今さっきようやく落ち着いた。
そんな人の顔が見たいのか。
欲が薄いとか嘘だろ。
好奇心旺盛じゃないか。
この村の住民の顔の傾向とカノンの顔は全然違う。
カノンは地球の住民と同系統で目鼻立ちそれぞれのパーツがスッキリしている。
村の人と比べると、正直薄い。
まぁ、見慣れた顔なので俺は違和感なく受け入れられるので有難い。
村の人たちは……そうだな。
ネアンデルタール人に近い印象だろうか。
皮膚こそよく日に焼けて赤い健康的な印象を受ける。
目は青く鼻と口が俺たちよりも大きい傾向にある。
体毛が濃く、手足は短いがその分女性でも筋肉がしっかりとついている。
そんな集団の中、カノンと同系統の俺はどう映るのだろうか。
美醜でモテが決まるのか、狩りの得手不得手で決まるのか。
カノンはキャーキャー黄色い悲鳴をあげられていたが。
村一番の美人だと言われていた村長の奥さんは、見た目が落ち着いた感じで優しげな印象だった。
だが、周囲からは料理が上手で畑の世話が得意だとか実務的な評価をされていたし、後者な気がする。
別にモテ期が来て欲しい訳では無い。
無いのだよ。
男は狩りに行って戻って来なくなることが多々とあり、今の世代は子供が少ないと、掘っ建て小屋でちょっと年嵩のある女性たちがボヤいていた。
未婚や未亡人となった女性が多い傾向にあるそうだ。
なので、あの竜をオレが仕留めたとカノンが言ってしまったせいで既成事実を作ろうと、夜這いとか来られたら恐ろしいなと考えているだけだ。
実際、全部断ったが何人か勧められたし。
俺、心に決めた人がいるから現地妻を作るつもりないんだ。
ゴメンね。
……って言って断れるだろうか。
恥をかかすなと怒られるだろうか。
思考が理解出来ない人は行動が予測出来ないから怖い。
「……正直言っていい?」
「せめて村から出てから言え」
一口食べた直後に言ったものだから、何が言いたいのか伝わってしまったらしい。
「テルモの料理が恋しい」
「言うな」
マズいとは口に出してないじゃん。
イヤ、マズいとも違うのだ。
全体的に味が薄い。
調味料が圧倒的に足りない。
塩がないのだろうか。
だとしても、ここに並んでいる香味野菜を使えば減塩料理でも舌を刺激することは出来るはずだが。
大雑把に分けて肉類、キノコ類、野菜類はそれぞれ違う旨み成分を持っている。
ふたつ掛け合わせれば充分な旨味を引き出せるし、それだけでもマシな料理になると思うのだ。
他にもメイラード反応で香ばしさを出したり、トマトみたいな酸味のある野菜でアクセント付けたり。
色々方法はあると言うのに。
焼くだけでアレだけ美味しかった竜の肉をなんでここまで残念な味にできるのかが不思議だ。
作って貰った料理に手を加えるのはマナー違反だと重々承知しているのだが、流石にこの量の苦行が続くのは耐えられなかったので、手を加えさせて貰った。
全力で心の中でゴメンなさいを唱えつつ、肉をカスカスになるまで焼いたヤツと無味のスープを併せたり、ほぼ脂身じゃね? と思われる肉と野菜を炒めたり。
火を通しすぎていて水分も旨味もことごとく抜け去ってしまった、香ばしいでは済まされない、どう見ても手の施しようのない黒い物体は、ギュギュッと圧縮して丸呑みした。
棄てるのは忍びないし。
明日腹痛で倒れたら看病ヨロシク。
ひと皿ひと皿の量はさほど多くなかったので、手を加えたあとの食事は、無事完食できた。
ごちそうさまでした。
どの皿がどの家のものか判らないが、どうすれば良いのだろう。
とりあえず全部洗ったけれど。
村の人たちは気配を辿っても全く動かないから寝ているのだろう。
今の時間ならマントを脱いで良いと言われたので、ようやく落ち着けた。
防禦力を上げまくった分、軽量化の付与があまり入らなかったから、結構な重みがあるんだよね。
村の人たちが途中で目覚めて、さっきみたいに突撃されたらどうするのかと聞いたら、魔物避けのお香を焚くための篝火に安眠効果の高いお香も一緒にぶち込んできたから大丈夫だと返された。
見張りの人も寝転けることにならんか。
村の安全確保大丈夫なのか。
というか、それ、一服盛ってるのと同じじゃない?
そんな効果が高い睡眠薬もどき、犯罪に使いたい放題じゃん!
この犯罪者予備軍め。
ん?
だとしたら、なんで俺もカノンも起きていられるんだ??
その問いには、風の精霊術で家の周りに結界を張ってあるからだと言われた。
それのお陰で外部からの毒物の侵入はゼロになる。
神経毒や麻痺薬なんかも防いでくれる。
実は、野宿した時にも張っておいてくれてたんだって。
効果範囲が狭い分、消費霊力が少ないから気付かなかったのだろうと言われた。
霊力の動きを結構見極められるようになってきたと思っていたので、なんか悔しい。
侵入者を退ける類のものではないが、結界の外側から触れられたらすぐに分かるそうだ。
村の人たち、微塵も信用されてねぇ。
場所によっては、村総出で冒険者の身ぐるみを剥ぐことを生業にしているような、治安? なにそれおいしいの?? って所もあるらしい。
陳情が上がれば国が動くこともあるかもしれないが、なにせ証拠がなかなか入手困難なので、罰するのが難しい、非常に厄介な相手だそうだ。
ここくらいの規模の村だって、総人口で言えば五十人を超える。
証拠なく殲滅するのは、税をおさめているなら国の不利益になりかねない。
証拠を集めるために兵を派遣したとしても、余程の手練じゃなければその人数を相手にするのは難しい。
返り討ちに遭うのがオチだ。
そして、そういう所を利用するような被害者は冒険者が多い。
税も払わない、市民の暮らしにも馴染めない爪弾きにされている者が多少犠牲になったとしても、現状維持が適当であると判断され、基本的に放置されている。
あまりにもタチが悪い、国の兵士やたまたま事故により立ち寄った商人すらも犠牲になったような村は、地図から消させて貰ったそうだが。
口ぶりからしてかのさんがやったのですね。
わかります。
「レイムは、この村の人間皆殺しにしろと言われたら、出来ると思うか?」
「うん、瞬殺」
「……精霊術を使わなかったら?」
「使わなくても……あ〜、イヤ、使わないならちょっと大変だな。
出来なくはないけど」
パンがないならブリオッシュを食べればいいじゃない、のノリで、精霊術を使えないなら「スキル」を使えば良いじゃなーい。
と言おうとして留まった。
「スキル」の存在はどう転ぶか判らないし隠さねば。
多勢に無勢の戦闘では、その言葉が持つ意味の通り勝率はかなり低くなる。
五十人がお行儀よく一列に並んで、一対一の戦闘を五十回繰り返したとしても大変だ。
なにせコチラは疲労がどんどん蓄積されるし、攻撃を受ければその傷は次の戦いも引きずることになる。
実践では複数人がいっきに襲ってくるのだから、前方ばかり気にしていたら背後から一撃喰らうことになる。
背後ばかり気にしていたら前方への意識が疎かになり対処するのが困難になる。
火でも放って混乱に乗じた所を各個撃破するのが良いだろうけど、オレも火に巻かれるリスクが伴う。
殺れと言われたら、やれなくはないが、なるべくしたくない仕事だな。
精霊術や「スキル」を使えば、全滅させるだけなら簡単だ。
ある特定の人物を救出しなければならない、とか。
この建物に被害を受け出してはならない、とか。
そういう制限があったら少し大変だけど。
まぁ、少しだけだ。
建物マルっと残さなきゃ程度なら、村一個風の精霊術で包囲して、中の酸素を抜けば良いだけだし。
急速な低酸素症によって即気絶、即ご臨終で殺される方も苦しむこともない。
安心安全な瞬殺方法だ。
「俺は、相手に術師が一人でも居たら無理だと思う。
それくらい、精霊術を扱える人間は敵対した場合やっかいだ」
まぁ、確かに。
多勢相手に接近戦している所に、離れた安全圏から術を使われたら大変だ。
味方を巻き込むことを承知してドデカい術を使われたら、まぁ、防護術を発動させる前にお陀仏だろう。
「精霊術を使える人間を真っ先に仕留めればいいんじゃないんです?」
「理論上はそうだが、それをどうやって判断する?
見た目では出来ないだろう」
「え、出来ないの?」
「……出来るのか?」
「出来るんじゃないんです??」
互いに首を傾げ合う。
俺はカノンしか精霊術師を見たことがないのでなんとも判断し難いが、精霊術を使えない人間なら、今日沢山見た。
カノンと村の人たちの違いは、見た目の特徴以外にもあった。
鑑定眼は発動させていなかったし、カノンも見ようと集中さえすれば見えると思うんだけど。
あぁ、でも。
霊力の有無を見極めるのって大変なんだよって話を以前してたな。
一般的には見えないのか。
それとも、霊力を扱える状態になった術師ならではの現象なのか。
自分が霊力を常に大量に垂れ流しにしていたからよく分かるのだが、どれだけ押さえ込んでも霊力は絶対に外に漏れる。
日々の活動する中で、呼吸をしたり心臓を動かしたり、最低限の生命維持活動をするためだけにも霊力は使われているようだ。
何故かは知らん。
その漏れた霊力は、体外に漏れ出たあと、術者の表面に膜を作り出す。
本能的な防護膜のような役割を果たしているのだろうか。
そして霊力の総量や性質は、その漏れ出て膜として形成された霊力に目を凝らせばある程度認識できる。
カノンの霊力は俺に比べれば少ない。
俺が規格外なのだと言われたし、それは仕方ないだろう。
んで、風の精霊術が得意だからか薄い緑色がかっていて、所々別の色も見える。
霊玉の色合いと同じだね。
「精霊術師は杖を持つのが普通だって言ってたじゃん。
杖持っているか否かでは判断できないの?」
「身を潜めていたら、その判断も出来ないだろう?」
「気配読む時に、霊玉を持っているかどうか分かるでしょう?
霊玉は杖に付けることが多いって言ってたの、カノンじゃないですか」
そこまで言ってようやく、「あぁ…………成程」と頷いてくれた。
気配を読むのは魔物に対してだけ、という先入観があったそうで、人間に対してしたことがなかったそうだ。
なんというウッカリ。
実際に気配を読んで分かったのだろう。
精霊術を使える人と、使えない人の気配が大きく違うことが。
カノンが何を言いたかったのかと言うと、精霊術師と言うのは、使えない人からしてみれば圧倒的強者で、逆らえば死に直結する存在であること。
同じ術師からしてみても、敵対した時に厄介この上ない相手だということ。
その二点。
コレから旅を進めるにあたって、敵対する相手は魔物だけじゃ無くなってくる。
大きな街は警備もしっかりしているし、外から訪れる人間によりもたらされる恩恵である、自分たちの生活が潤う物質代謝を感覚的に理解しており比較的安全だと言える。
害意を向けるより、もてなして何度も訪れて貰った方が利益があると分かっている。
だが、排他的な思想を持つ集落は幾らでもある。
この村のように国の管理下にない村は、確かに排他的ではあるがコチラに危害を加える理由を持たないため危険は低い。
精霊術を扱える人も、居ないと断言していい。
だが、国に所属している地方の町の住民は、目に見えた税の恩恵が少ないので国に対する反発心もあるし、法を守る重要性を理解していない。
だから平気で「不殺」の法を犯すし、旅の人間を襲う。
そういう人ばかりでは無いが、この先は色んな人種が居るのだと覚えておいた方が良い。
横暴な態度をとる必要はないが、謙虚すぎる対応をして相手に見下されたら、自分の命にかかわる。
俺の今日の村人たちへの態度を注意したかったらしい。
へりくだったつもりはないが、俺の対応はこの世界では不正解らしい。
無用な殺生をしたくない、無駄な諍いに巻き込まれたくない。
そう思うなら気を付けること。
舐められたら終わり。
とまでは言わないが、不利益になるのは確かだ。
輪を乱さないようにしなければ始末される世界で生きていたのに、この世界ではそれをしたら逆に殺される危険性が増すのか。
肝に銘じておかなければ。
あんなに美しく見えた世界が、一気に薄暗く、不気味なものに感じてしまった。




