神さま、料理をする。
家の中を散策中、至る所に不思議な凸凹を見つけた。
このルーン文字みたいな記号、何か意味があるのかな。
厄除け的な?
聞くと、カノンの父親が研究していた精霊術を簡単に扱うための図形なんだって。
文字とは認識していないようだ。
ちょうど良いと言って家の外にあるトイレへの案内を提示された。
どうしても、外の世界のイメージって大気も土壌も汚染されているから何の装備も着けずに行くのって自殺行為にしか思えないんだけど。
あくまで、それは地球の話。
この世界は窓から見える景色は砂嵐でもないしどんより鬱蒼とした雰囲気もない。
なにより現地民が平然としているのだ。
なんの問題もない。
.........異世界人にだけ効く毒とかあったらどうしよう。
そんな俺の不安なんて知る由もなく、カノンはドアを開けてさっさと外に出て行ってしまう。
慌てて追うが、考えてみれば家の外にトイレがあるって結構不便だね。
お腹痛い時とか大変じゃない?
玄関の扉をくぐると、覚悟していた汚染された大気の息苦しさを感じることはなく、むしろ草木の爽やかな匂いが心地好く、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
どこまでも続く―アレが水平線と言うものなのだろう。
空に輝く太陽の光が反射した煌めきに、風が通るたびに遠くでささめく葉の擦れる音に、心が奪われる。
失われてしまい、写真でしか見ることが叶わなかった景色が。
想像することしか出来なかった響きが今、ココにある。
「厠はここ。
一応、2階の窓から梯子下ろせばすぐの位置にある。」
俺の感動なんて構いもせずにトイレの説明を続けるカノン。
大事な事だけどさ!
少しはこの感動の余韻に浸らせてくれよ。
指さす方に視線を向けると、窓が空いた2階部分がアッチとコッチに見える。
カノンの方の部屋からは梯子が伸びていた。
不精者かい、君?
不用心にも程がある。
ご近所さんが寝静まった頃にお邪魔してきたらどうするつもりなのか。
そうは思うが、考えてみれば玄関前は開けた景色だった。
裏手になるトイレ側も、隣家はない。
左は海。
右は遠くに森が見えるのみ。
食品の買い物には街に行かなきゃいけないって言ってたけど、あれ?
ここって、ご近所さんが視認できないくらい離れているド田舎?
「厠は内側から鍵が掛けられるようになっている。
用を足したら蓋の上にあるこの紋様に霊力を流せば水が流れる仕組みになっている―が、おま.........レイムは、霊力があるのか?
無いなら桶と柄杓を用意しなければならないな」
聞かれましても、どうなんでしょうね。
紋様に触れると勝手に必要な霊力が引出されて水が出る、と言われたので試させて貰う。
だが、蓋をした状態だと流れたかどうかが分からない。
機構で動いている訳ではないせいか作動音はしなかった。
モノがあれば有無で判断できるが、今ここでする訳にもいかないし。
どうしたものかと考えながら紋様を触り続けたのがいけなかったらしい。
「あ、やべ」と隣から漏れ聞こえた声とほぼ同時に便器の中から不定形な塊が逆流してくるどころかコチラに向かって襲いかかってきた。
寸でのところでカノンに抱えられ回避することが出来たが、こちらに向かってきた触手のようなものがトイレの扉を破壊してしまった。
これで臭いがこもらなくなりました。
.........じゃねぇのよ!
開放感のある見晴らしの中ならお腹の中もスッキリ爽快。
.........じゃないんだって!
どうするの、これ!?
「離れてろ」
抱き抱えられていた胴体から腕が離れ、先程窓から捨てたゴミよりも勢い良くポイッと放り投げられる。
ひどい。
いつの間にやら左手に持っていた、華美な装飾が施された杖から一閃。
横薙ぎに放たれたナニカに触手の先端が斬り落とされる。
それと同時に器用にその他の部分をクルクルと杖に絡め取りながら走るカノン。
そのまま杖を勢いよくトイレの便器に押し込む。
え? 汚くない?? と思う間もなくバヂッと電気が流れるような音とゴポゴポと水が流れていく音が聞こえた。
.........アレ、流したの?
いやまぁ、確かにそこから出てきたものではあるけどさ。
大丈夫? 詰まらない??
「なに? 今の??」
「下水で飼ってるスライム」
「洗濯糊で作るやつ?」
「何言ってんだ? お前」
おもちゃや教材として作られるドロドロねばねばのスライムと見た目こそ似ていたが、今のはれっきとした生き物だそうだ。
益虫のようなものらしい。
人に害をなす“魔物”という存在にカテゴライズされている。
人間を襲うしそこそこ強いので過去にはアレで命を落とした人もいるそうだ。
だが、雑食、と言うよりはかなりの悪食で食べるものの傾向に優先順位こそあるが、文字通り何でも食べる。
腐ったものでも、排せつ物でも。
それに気付いた人が仮死状態で捕獲したスライムを試しに飼ってみたらなかなかに利便性が高かった。
安全性の確保をした上で下水や公共のゴミ箱を整備し、各世帯に1匹ずつの規模はコストの面から難しいが、公共機関がスライムを管理するのが今は一般的になっているそうだ。
人間は家や街をキレイに保てて衛生管理がしっかり出来るから疫病が流行りにくくなるし、悪臭から解放され生活水準が向上する。
スライムはジメッとした快適な空間で定期的に食物を安全に摂取できる。
利害関係が一致した結果の共生だな。
あまりにも便利すぎて乱獲され過ぎて現在スライムは絶滅危惧種に指定されているんだとか。
分裂して増えるアメーバのような特性を持っているそうで、下水から逆流してきたら増えた分を切り取って捕獲して街まで持っていくと、そこそこいい値段で売れるらしい。
今回は俺が餌になるものを流さず食べられない水ばっかり下水に送り込んだから怒って逆流してきてしまったそうだ。
なので切り取られた部分に生体の核はなく、既に生物としての形は崩れ溶けて消えていた。
怒る、ということは脳があるってことだよな。
単細胞生物ではないのか。
触手っぽかったし、どちらかと言うとイソギンチャクの仲間なのか?
植物が地球と違う時点で考えてはいたが、生態系が随分と異なるらしい。
“そこそこ強い“程度の評価のスライムですら、一撃で扉を破壊するだけの力を持っているのだ。
俺が無知なままそこら辺ウロついてたらビシュッと一発喰らって死んでたかもしれない。
転生? 転移? してすぐにゲームオーバーは嫌だよ。
しかし、その“そこそこ強い“生き物を乱獲できる程度には、この世界の住民は戦闘能力が高いらしい。
精霊術が使える人間に限ってのことなのか。
銃火器類の類が発達していてその他の人も殺傷能力の高い装備をするのが当たり前になっているのか。
集落ならば確かめることも出来ただろうに、周囲にはカノンの家以外建物が一切ない。
まぁ、時間はいくらでもあるのだ。
気長にこの世界のこと学んでいけばいいか。
ひと騒動こそあったものの、俺にも霊力とやらがあることが分かって一安心。
照明も水道も紋様に霊力を流して使うものばかりだから、もし俺に霊力がなければ危うく一式新調しなければならない所だったそうだ。
世話になっている身分でこれ以上の迷惑と経費がかさまなくて良かったと俺も一安心である。
過去に使っていたものはメンテナンスもしていないし地下に放り込んで随分経つから使えるか分からない。
出費も痛いがなにより街まで買い物に行くのが大変だから本当に良かったとため息をつかれた。
気苦労をかけて済まないね。
台所で出た生ゴミもスライムが処理してくれるとスライムが住んでいる下水に繋がるゴミ箱を教えてくれた。
くれぐれも水だけを大量に流さないように、と再三念を押される。
食べきれなかったスープの類いは問題ないそうだ。
水がお嫌いなのか?
と思ったらそうではなく、人間が飲める水だとキレイすぎてスライムにとっては食べ物・飲み物認識ができないそうだ。
森の中に流れている川や湖だとスライムが水の中で一体化していることもあるそうで、あくまで飲料水がダメなんだって。
トイレの水も紋様によって精霊術で生み出される。
蛇口から出てくる水と同じものでキレイだからさっきは怒ったんだろうと言われた。
なんでも食べるって言ってたし、微生物の有無で食べ物認識しているのかな。
ユーグレナなんかは栄養価高いし。
ジメッとした場所を好むっていうのも微生物が多く存在しているから食いっぱぐれないって理由な気がする。
スライムに関する注意事項は、スライムが食べられないと認識するものは流さないこと。
あと、滅多に無いけど霊力が詰まっているもの―例えば髪の毛や血液なんかがそうらしいが、そういう人体の一部やカノンが胸元に付けている宝石を流すと一気に成長したり凶暴化して危ないから絶対流すなと注意された。
血液はウッカリ料理中に指切ったら傷口洗浄しようとか言って流してしまいそうだし、忘れないようにしなきゃだな。
精霊術のように使える人が限られている事柄は、覚えてない、ではなく最初から知らなかった可能性がある。
回復薬のように使う場面が限られているものも、よほど大事に育てられてきたなら見たことがなくても理解出来る。
しかし日常生活における危険因子である魔物の存在すら分からない、となると話は随分違ってくる。
その上名前も分からない。
ココがどこかも分からない。
.......と言うとこで、逆行性健忘ではなく全生活史健忘と判断された。
なにせ怪我の度合いが酷かったし。
心因性のものだろうから時間が経てば記憶も少しずつ戻ってくるだろうから安心して過ごせばいい。
なにか思い出したり相談事があったらいつでも話せ、と肩を叩かれた。
俺はカノンの中で何を仕出かしたことになっているのだろうか。
知識こそあるが、それはあくまで前いた地球上の事柄でしかない。
ココでも応用できることはあるだろうが、基本俺は役立たずになる。
日常生活を送るにあたって迷惑をかけなくても過ごせるようになるのが最優先。
まぁ、それはすぐにでも出来るようになるだろう。
あとは、居候させて貰うのだ。
家事や仕事の手伝いでもできれば良いのだが。
そういう訳で、今日の昼食作りは俺が担当することと相成った。
家庭菜園と言うには規模が大きい、何が実っているのかも分からない畑はまた明日に回し、家禽として育てているニワトリのような鳥類がいる小屋から卵を拝借。
シュケイと呼ばれる種類の鳥で、見た目は紫色のトサカ、と言うには丸すぎるコブのような肉瘤が頭についたニワトリだ。
魔物と掛け合わせることによって多いと一日に3回も卵を産んでくれる上に身体は大きく育ち、肉も旨味が強く病気にもなりにくいスグレモノだとドヤ顔された。
魔物と交配させただけあって、少々凶暴なのが玉に瑕だそうだが、俺が行った時は暴れ疲れていたのか大人しかったので助かった。
しつけでもされているのか、背の低い柵から出ようともしないし。
賢いんだな。
パンがある。
牛乳と蜂蜜もある。
んで、今卵も用意出来たってことでフレンチトーストを作りますよ。
ベーコンみたいな燻製肉とチーズも使っていいと言われたのでご飯にふさわしい、しょっぱい系のやつ。
ホットサンドやサンドウィッチ作ることも考えたんだけどね。
どういう原理で傷が高速回復したかは分からないけどタンパク質も鉄分もとっておいた方が良いじゃん?
卵と牛乳みたいな完全栄養食品を美味しく食べれた方がいいじゃん?
ビタミンCと食物繊維が摂取できないのが不服だが、用途不明・味も不明な野菜を使うのは少々気が引けるので仕方ない。
パクチーやケールみたいな苦いわ独特の風味するわみたいな野菜だったら嫌だし。
カノンも別に野菜なくていいって言ったし。
あとは、俺の「スキル」がキチンと発動するのか試してみたいんだよね。
料理してる最中なら怪しまれずに済むかなと思って。
「万物創造」はぶっちゃけ、チート能力だ。
起こしたい現象をなんでも起こすことが出来る。
もちろん、程度によって集中力も想像力も必要だしスキル酷使による体力消耗もある。
人一人分の生命力を使うだけじゃ足りない場合もある。
目に見えるものを使って作り替えるのは比較的簡単だ。
作ったことのあるものなら尚更。
手元に無いものをゼロから作り上げるのはなかなか大変。
ただしこれも1度でも作ったことがあれば容易にできる。
しかし電子レンジによる誘電加熱ができない代わりにどうやってパンに効率よく卵液を吸収させれば良いのか。
「火のスキル」を使えたとしても加熱のし過ぎで固まってしまったらいけない。
想像通りに「スキル」が使えるかの実験なのだ。
電子レンジを使うイメージを想像して分子レベルの細かいスキル操作をできるか否か。
今の俺の状態だったら失敗する可能性もあるけど、発動したか否かは感覚で分かる。
失敗しても卵液が余るだけだ。
どうにでもなるさ。
他にも卵殻膜の内側全て「破壊」することができるか。
割った卵の殻を「再生」できるのか。
「万物創造」以外の奪ったスキルを使えるのかも試したい。
「火のスキル」含め、自然物を対象とした実験はおいおいだな。
安全に使える場所は限られているからね。
台所の使い方を教えて貰いながらの確認になるので目を盗んでこっそりしなくちゃいけないのがなんとも面倒臭いが、致し方ない。
未知の力と言うのは恐怖の対象になり得る。
俺が先程の精霊術の前に興奮しかしなかったのは、アレはカノンがコチラに害意がなく、その上万が一があったとしても俺の方が強いからどうにでも出来るので知的好奇心が勝っただけだ。
精霊術のように予備動作や言葉がけも必要ない「スキル」は、扱えない人間からしてみれば理解の範囲外にある能力になるだろう。
そうは言っても俺も自分で使っておきながらイマイチ原理の分からない力である。
なにせ質量保存の法則のような絶対的真理の外部にある力なのだ。
一から十を作ることもできるし、無から有を生み出すことすらできる。
理化学で解明できないことでも、便利だから使おう、とされてきたものは過去にも数多くあった。
もちろん、想定の範疇外にあるとんでもない有害な2次作用のせいで痛い目を見ることもある。
でもまぁ、今の所はないし有用性が高いのだからどの程度使えるのか試しておくのは良いことだろう。
鉄製のフライパンを出してもらい、深皿や菜箸を借りる。
加工しやすい銅ではなく鉄製のフライパンがあるなら、街の方に行けば文化レベルは結構高いかもしれない。
使わせてもらう皿は木製だが、割るといけないから使うのを遠慮しただけで陶器製のものもある。
大きさも揃っている、ちょっとした色模様が入っている白磁を見るに、ある程度この世界の安全性が保証される。
文化は生活に余裕がないと生まれないし発展もしないものからな。
スライムと共生しているのだし、実は魔物全般がさほど驚異ではないのだろうか。
バターを地下から取ってきてもらう間に実験開始。
必要なら料理をする前に言えとお小言を言われたが、ワザとなんだから仕方ない。
卵をひとつ手に取り「破壊」のスキルを使ってみる。
深皿に割り入れると、ズタズタになった卵殻膜まで混ざった全卵の液体が出てきた。
自分の「スキル」じゃないから手元が狂った、は言い訳にできない。
栄養価的には高いそうだけど、卵殻膜って口の中に残るんだよね。
どうせなら目視できないレベルまで細かくしてしまおう。
微調節は集中しないと出来ないが「スキル」はなんの問題もなく使えそうだ。
2つ目の卵は卵黄と卵白だけが混ざった状態に出来たし、割った殻は破片を集めて「再生」することも出来た。
「絶対再生」に関しては時間の巻き戻しの他、早送りの力もあるのだけど.......卵でやったら酷い悪臭が出そうなのでやめておこう。
使えることは分かったのだ。
いくらスライムが腐ったものでも食べてくれるとは言え、卵腐らすのはアカン。
牛乳と蜂蜜をなんとなく目分量で深皿に入れて零さないようにまぜて、ギザギザのついた包丁で厚切りにしたパンをそこに浸す。
梯子を登ってくる音はまだしない。
浸したパンの上に手を添えて水分子を刺激する。
うん、面倒臭い。
正直、電子レンジを作った方が早い気までしてくるレベルだ。
それでも、焦がすことなく実験は成功したと言えるだろう。
1番最後に卵液に浸したパンに「スキル」を使ったのだけど、ソレが1番卵液を吸ってズッシリ重たくなっている。
吸わせすぎてしまった感が否めない。
他のパンは先程よりも手加減して「スキル」を使って、ひっくり返して裏面にも卵液を吸わせる。
ベーコンを切っている間にカノンがバター片手に戻ってきたのでどれ位使っていいか尋ねると、バターよりもベーコンの方が貴重だからそちらを聞いて欲しかったと言われてしまった。
それは失礼しました。
同じ加工品でも、バターの方が貴重だからお高いと思ったんだけど。
あ、金額の問題じゃないってことかな。
もしくは、俺がいた施設では貴重だったけど、この世界では酪農が盛んで生成技術も確立されててありふれているものってことなのかも。
チーズも使っていいって言われたもんね。
そう言う、市場価値を教えてもらう機会も設けてくれるだろうか。
教わらなくちゃいけないことが沢山あるな。
知識はあっても、前の世界のものでしかないからこの世界では役に立つか判らない。
役立つものもあるかもしれないが、知識しかないから、実地で扱えるかどうかも分からない。
う〜む。
無力だ。
「おい、焦げてるぞ!?」
考えごとをしていたら香ばしい香りが漂ってきた。
焦がしてなんかいませんー。
メイラード反応起こさせてるだけですー。
「この方が美味しくなるの」
とんでもねぇ、みたいにドン引きされたが無視して焼き色を付けていく。
パンの両面にこんがりきつね色の焼き色をつけた所で火の消し方を聞くのを忘れていたことに思い至る。
仕方ないので火をつけていないコンロの上にフライパンを移動させた。
火の付け方は習ったんだよ。
霊力注いで点火スイッチになってる紋様押すだけ。
もう一度同じ紋様を押せばいいのか、別の紋様を押すのか判断が出来ない。
やりにくくても、横に張り付いていてもらって良かった。
意識を取り戻して居候開始から数時間と経たないうちに家なき子になってしまう所だった。
4つ口コンロで紋様こそ幾つか並んでいるが、奥2つのコンロは火力調節が出来ない上点火スイッチの紋様が五徳の横に刻んであるので、俺が認識していた紋様は全て手前にあるコンロを使うためのものだそうだ。
点火がひとつ、火力の強弱調整に2つ、消火にひとつ。
消火の紋様の押し間違えにはくれぐれも気をつけるように念を押された。
りょーかいしましたー。
パンに卵液を染み込ませ過ぎたせいで少々手こずったが、無事厚切りパンの間に焼いたベーコンを挟むことに成功。
昼前のパン粥が甘かったので俺は2つともベーコンを挟んだ。
カノンはただのフレンチトーストとベーコン挟んだのを1つずつ。
必要ならまた作るよと言ったら焼いただけのベーコンはとりあえず保留と言うことでフライパンに残された。
ベーコンもまた切って焼けばいい、と思ったがそれをしないということは、本当にベーコンって結構な貴重品だったってことだよね。
遠慮なく厚切りにしてしまって申し訳ない。
でもさ、厚切りの肉って正義じゃん?
「「いただきます」」
ナイフとフォークで1口サイズに切り分け口に運ぶ。
バターも蜂蜜もたっぷり使って良かった!
控えめにしていたら保存食用にしっかり塩味が加えられ燻された味の濃い肉に負けてこの背徳的なジャンク感は出せなかっただろう。
ベーコンの味付けによっては塩追加でいるかな? とも思ったんだけど、全然いらないわ。
メッチャうまい。
少し焦げ目を付けて旨味を引き出したベーコンは、ナイフがあると思わなかったから焼いた後「スキル」を使って内側に切れ目を入れたんだよね。
表面に切れ目入れたらせっかくの厚切りなのに肉汁流れ出ちゃうじゃん。
細かく入れすぎたら疑問に持たれるだろうしソーセージみたいになっちゃうと思ったので控えめにしたんだけど、これが大成功!
お肉食べてる! という充足感と噛みやすさのバランスがバッチリだ。
お行儀悪くかぶりついても良さそうだけど、猫舌なのでナイフで切り分けて食べる位がちょうど良いな。
カノンは1口目こそ小さく、恐る恐ると言った感じで口に含んだが、2口目以降はその3倍以上の大きさに切っては口に運びよく咀嚼している。
パン粥の時はほぼ飲み下すだけだったのに。
気に入って貰えたなら何よりです。
「初めて料理したにしては上出来ですかね」
この食いつき具合でそれは無いだろうが、美味しい? って聞いてマズいと返されたら悲しいので遠回しな聞き方に留める。
すると食べる手を止めて訝しげな顔をされた。
「.......はじめて?」
「えぇ。 台所に立つ機会が無かったものですから。
作っているところを見た覚えはあるので、真似をしてみました」
フォークを持ったまま頭をおさえるのは少々行儀が悪いように思うのだけど。
記憶喪失であろう人間に料理作らせようとした真意は不明だが、そこから記憶喪失であると嘘をついたボロが出てくるかもと考えたのか、事実だったとしてもそこから記憶が戻る糸口でも見出そうとしたのか。
どんな思惑があろうと、俺は基本、と言うか俺が育った環境ではほとんどの人間が家事の一切をせずにその生涯を終える。
機械に任せられる所は丸投げしていたし、料理は食材を無駄にしないためにもそれを専門職としている人間しか担当しないからだ。
知識だけは膨大にあるし、作っている所を見学させて貰ったことがあるから、何となく作れるだけ。
卵を割ったことがないから殻がボウルの中に入れば気付きにくいサイズまで「スキル」で粉砕したし、焼き色付けるつもりで焦がしすぎたらそれも「スキル」で時間を巻き戻した。
だから上手に作れたようにみえる。
だがしかし!
その実は卑怯な手を使っただけだったりする。
使えるもんは使えばいいんだよ。
その方が奪われたヤツらの供養にもなるだろ。
.......とか都合のいいことを考えてみる。
聞かれれば虚偽申告にならない程度にボカして話すつもりだが、食べるのを優先させたカノンが料理について聞いてくることはなかった。
言われたのは「近いうちにまた作ってくれ」のリクエストの言葉だけだった。
しばらくは、料理番が俺の仕事になるのかな。