神さま、理解に苦しむ。
竜の死骸を宙に浮かせるのにイメージしたのが風船だったから、常に片手を上げている状態でいたせいで腕が少しダルい。
我ながら、想像力が豊かなのか貧困なのか微妙である。
カノンは解体の手伝いをしている。
内臓や一部の骨のように、薬や付与の素材になる部分はあらかた取り除いた。
だが、それ以外の内臓や食肉として扱える部位でも、大型動物の解体にはコツがいるし、無理矢理肉を骨からはぎ取ろうとすれば変な力の入り方をして刃物が折れる。
下手をしたら怪我にも繋がる。
特に大人数で作業をすればその危険性は跳ね上がる。
しかも、子供も参加するようだし。
監督兼指示役が必要だ。
それじゃあ俺は怪我人が出たときの回復要員かな。
そう思っていたのだが、解体の現場から邪魔だと言って追い出された。
俺は人がいる所ではフードをはずすなと言われている。
血まみれになる解体作業をマントを羽織ったまま、フードを被ったままするのは非常に危険だし汚れ物の洗濯は非常に手間がかかる。
致し方ないとは言え、放り出すなよと言いたい。
男性は年配者を除き解体に行っているし、そういう人達は脚腰が悪いためか家からそもそも出てこない。
その他村に残っていて村の入口に残っているのは、刃物を扱えない幼子と女性だけだ。
この村の人はカノンに対して悪い感情を持っていない。
食料不足に喘ぐ中、ご馳走である竜の肉を運んできたのも俺だし。
カノンのツレである俺を悪いようにはしないだろうし、そもそも女子ども年寄だけなら俺をどうこう出来るわけがない。
だが、宿もない、食事処もない、民家のみで構成されている村なので、どこで待っていれば良いのか皆目見当もつかない。
オロオロしていたら、所在無い俺を見かねたオバチャンが招いてくれたので、集会所のような場所で待たせてもらうことになった。
男は外で力仕事に精を出し、女は家と子供を守る。
古代から受け継がれてきた人の営みは、世界を越えても同じらしい。
井戸を囲むように作られた比較的大きな小屋……と言って差し支え無いだろうか。
礎石も基盤もない。
玄関も床材もない、ただ土の上に風避け用の木枠を組んだだけのように見える掘っ建て小屋。
そこに女衆が集まり、ちょうど夕食の準備時だったのだと言い、思い思いの場所に座り持ち寄った食材を互いに分け合う。
俺も手招きされ、地べたに直接腰を下ろした。
引敷があって良かった。
女性は冷えが大敵だと言うけれど、問題ないのだろうか。
慣れれば平気なのかな。
今年は大カプシカムの出来が悪いから子供が喜ぶとか、収穫手前のカラボキをフェラに襲われたとか。
固有名詞が全く分からない会話が繰り広げられる。
井戸端会議とはよく言ったもので、オバチャンたちは情報交換をしながら食材の下ごしらえをしていく。
よく口も手も同時にそれだけ動かせるものだと感心する。
女三人寄れば姦しいとは、よく言ったものだ。
だが、ここの生活は収穫物を分け合い互いに支え合っているようだ。
作物の被害が出れば他人事じゃないことを考えれば、対策は早めに打てた方が良い。
他にも三人寄れば文殊の知恵とも言うし、大人数で知識の共有をしたり意見交換したりするのは大切なことなのだろうな。
時折混ざる、旦那や子供の愚痴は聞かないふりをしたくなるが。
最初に声を掛けてくれたのは、村の入口で出迎えてくれた村長さんの奥方らしい。
率先して動いてくれたのは仕事柄か。
「それで、あなたはカノン様とどういった関係なの?」
……違った。
ただ単に好奇心が強いだけだ。
「行き倒れているのを拾って頂いたのです。
私としては、あの人が何故皆様から様付けで呼ばれているのか気になるのですが」
カノンの家で下ごしらえをしたことがある野菜があったので、そのスジ取りの手伝いをしながら、巻き込まれてしまった会話に仕方なく参加する。
すると「ンま〜!」「あらやだ〜」と口々になんか色めき立ち始めた。
……なんなん?
オバチャンって年齢じゃ無い人まで、なんでそんな口調なの!?
どうやら、敬語の概念が存在するのが一部の上流階級の連中の間だけで、丁寧語程度だとしても、どうやら俺の喋り方はとても物腰柔らかなお貴族様のように見えるらしい。
粗野な言葉遣い、語気の強い喋り方の人が圧倒的に多いから余計だそうだ。
「それははるか、はるか昔の物語――♪――……」
トゥーベロースと呼ばれた、カノンが石芋と言っていた野菜の外皮をガンガン叩く音が響く屋内で、年若い女性がミュージカルのように突然歌い出した。
彼がなぜ様付けで呼ばれているのか、その理由を。
弦楽器を奏でるような素振りを見せながら、人によっては合いの手を入れながらの歌唱だったので、たぶん、有名な英雄譚なのだろう。
拍手を贈ると、いつの間にか立ち上がり熱唱していた女性は照れくさそうに頬を染めながら座った。
頭をかく姿は可愛らしいと思ったが、いかんせん、ろくに梳かしていないのかボサボサな髪では格好がつかない。
せっかく長いのに勿体ないとは思うが、カノンの暮らしっぷりがこの世界の標準ではないと分かってしまったので、それをディスることは出来ない。
さすがに櫛はあるだろうが、シャンプーとかコンディショナーみたいなものはないのだろうな。
歌を聴かせてくれたお礼に他にも何か出来ることはないかと尋ねたら、井戸の水汲みをお願いされた。
重くて水を瓶いっぱいにするのが大変なんだとか。
普段使っているのだから、嘘だとすぐバレるだろうに。
なぜ科を作って恥じらった顔をする。
媚びた態度とか取られるとゲロ吐きたくなるんだけど。
それに、顔は隠していても声で若いと分かるからなのだろうが、ここまで浮き足立たれると、この人達の旦那や親兄弟から逆恨みされないかが心配になる。
あぁ、イヤ。
事実、大変は大変なのだろう。
先程スルーした井戸は、鶴瓶井戸と呼ばれる滑車タイプの井戸だった。
金具ではなく木材で作られているから、歪んで滑りも悪いし、両端に取り付けられている二岐釣瓶自体も結構重い。
誰もメンテナンスをしようとは思わないのだろうか。
今汲むだけでもコレは扱いにくいと、パパっと滑りだけ良くしておいた。
水中電動ポンプを付けたいとは言わないから、手押しポンプを設置させてくれと思ってしまう。
台車ですらストップを掛けられたばかりなので自重するが。
これは何十回も水を汲み上げねばならなくてシンドい。
十mないくらいの浅井戸のようだが、女性の細腕にさせるには重労働だろう。
それに、この程度の深さでは井戸が枯れることもあるのではないだろうか。
聞けばやはり、雨季は問題なく使えるが、長く雨が降らないと干上がってしまうとのこと。
川が近くにあるしなんとかなってはいるが、やはり大変だと笑った。
だから余計に、精霊術を使えるカノンが村に訪れると村全体で歓迎するそうだ。
井戸にも瓶にも水を満たし、畑にも惜しみなく水を撒いてくれる。
あ、そっか。
俺も霊力で水出せば良かったのか。
井戸で水汲みをして、と言われたから井戸から汲んだ水じゃなければいけない理由でもあるのかと思い込んでた。
魔物の肉も持ってきてくれるし、長期保存出来るように加工までしてくれるし最高だ、と言うが、ようはこの村の人たちは餌付けをされているということか。
あとは、カノンが道中魔物を退治してくれるから、危険が減るのも有難いって。
この辺に出没する魔物は雑魚だとカノンは言っていたし、手間でもなんでもないし、襲ってきたから退治したって程度のものだろう。
だが村の人からしてみれば脅威を減らしてくれているのだ。
確かにカノンの存在は有難いだろう。
精霊術が一切使えない村の人々には、はぐれた個体を男衆が五人、十人掛りでなんとか倒せる程度のかなりの強敵だそうだ。
一般人の戦闘力、メッチャ軟弱だな。
物見櫓で確認した時は一匹だと思って狩りに出た若衆が、後から来た他の個体に全滅させられかけた話しもあるそうだ。
カノンの回復薬がなければ危なかったと話してくれた。
子供が一人で囲いの外に出たら連れ去られるから目が離せないし、魔物避けの香を焚くのに火を絶やせないから薪が必要なのに木がなかなか育たないから何日掛かりかで遠出して集めるなければならないし。
他にもアレやコレやと、苦労話が出てくる、出てくる。
じゃあ、なんで住居を移さないのかと疑問に思うのは野暮だろうか。
カノンが森から出てきた時の休息所となる場所が必要だから、と言うが、本当にそれだけなのだろうか。
「そんなもん、ここに留まるのが奴等にとって得があるからに決まってるだろ」
歓迎の宴のようなものでも催されるのかと思ったが、各ご家庭に竜のお肉が分配されると、途端に解散となった。
倍速で処理されていく野菜たちの勢いが凄かったよ。
誰かの家に招かれると言うこともなく、誰も住んでいない空き家を一軒貸してもらうだけ。
イヤ、まぁベッドもあるし風もしのげるし、野宿と比べたら全然マシなんだけど。
唄にまでなっているカノンを敬服しているようだったから、歓待とかあるのかなって勝手に思っていた。
カノンが過去にそういう過度な歓迎を拒否したとかなのかな。
そう思ったが、かなりシビアな生活の中で、英雄譚のある人物だとしても部外者を招き入れる行為は、見知った顔だとひてもかなりリスクが高い。
それをするだけでも村の人間は充分コチラに施しをしていると考えているのだろうと返された。
そしてそれをした時点で互いに対等だと考える。
そんな恩着せがましい人達なの? と思うが、その証拠に、この後暫くしたら回復薬や聖水を求めて、食事の交換を持ちかけてくる家庭があると宣言された。
別に強要するつもりなんて微塵もないが、竜の肉を持ってきたことに対する礼は無いのか!?
それは運んで貰った分の礼として俺を受け入れたことでチャラになっているそうだよ。
どんだけ自分たちの行動を過大評価しているんだ。
それとも、俺たちの行動が低く見られているのだろうか。
ここは地図で観れば最果ての、世界から切り離されていると言っても良いレベルで、外界との交流がない地域だ。
半日ほど王都へ向かった先にある村との交流はなく、倍以上あった世帯も今では二十を切る。
いずれ、亡くなることが確定している村だとカノンは言う。
住み慣れてはいるだろうが不便なこの土地から離れるように、村長が変わるたびに進言をしてきたが、誰も首を縦に振ろうとはしない。
まれに「街に行きたい」と言う子を親の了承を得て連れて行ったことはあったが、定住することはごくまれ。
不便なのに自分たちの居場所はここであると言い、元に戻ってしまう。
精霊術師もいない、薬師もいない。
土地は痩せており水源画近い故魔物も少なくない。
生活の基盤があるとは言えないが、ここが終の住処だと言うのならと、対等な取引にはならないが生活必需品を融通したり食糧を分けたりとしているそうだ。
出来ることなら、滅び行くと分かっているのだから別の土地へ移って欲しいと、カノンは思っているそうだが。
消滅集落になりつつある限界集落ってやつか。
地球ではその土地によって所有者がおり、先祖代々受け継がれてきたからとその土地を守るために離れようとしない人々が居たそうだが、この村はそうではない。
変化が、怖いのだろうな。
自分の、あるのが当たり前で、続いて行くのが当然だと思っていた生活が、土地を移れば日常でなくなる。
その土地の気候や習慣、魔物も植生も、何もかもが変わってしまう。
自分たちの当たり前が否定される生活は、確かにシンドいだろう。
生活の質が改善したり向上するのが確約されていないのに、魔物が闊歩する長い道のりを移動するのは、相当な勇気がいる。
その勇気を奮い立たせるには、この村の人たちの大半は歳をとり過ぎている。
魔物狩りや薪集めと称して村から出ていった若者に、別の村や街で合ったことがあるそうだ。
そういう人は、普段から目付きが違う。
平凡な代わり映えのない日常を変えたいと野心を燃やす目をしている。
そういう人が村長になってくれれば、憂いが減るのだが。
そう言って苦笑した。
変化が無いのが彼らにとって最も優先すべき有益なこと。
その感覚は、イマイチ分からないな。
そっか。
日常を送りたい村の人からしてみれば、俺もカノンもその日常を破壊する存在で、迷惑なんだ。
有難いと思うこともあるだろう。
だが、それ以上に迷惑だと感じているから心からの歓迎はしない。
変わらない日常を送るため、またその日常に許容可能な程度の贅沢をするのに必要なものを与えてくれるのならば、自分たちの最も大切な日常の中に、少し間借りくらいはさせてやる。
そういう心境なのだろう。
滅び行く日常を打破するために、地球を壊した俺からしてみれば、その選択は理解の外にある。
一切共感が出来ない。
世界というのは、広いのだな。




