神さま、荷運びをする。
何故オレがいると魔物が寄ってこないのか。
俺がまとってる精霊たちの残滓のせいなのか、はたまた、俺自身のせいなのか。
判断材料がなかったのでカノンも断言は出来なかった。
だが、解体している間も、竜の肉を食べている間も、魔物の姿は一切見なかった。
今までの状況証拠を揃えた上で、弱い魔物なら寄り付いて来ないと言う事実は断言できる。
集中して気配を見てみると、何kmか離れた位置までは来るのだが、皆踵を返してしまう。
遠ざかる速度から、逃げて行くと言った方が正しい表現になるかもしれない。
ちなみに、カノンが一人になると途端に寄ってくるようになる。
魔物は何を察知しているのだろうか。
村の近くで解体すると、浄化しなければ瘴気の被害が出る恐れがあるし、肉を求めて魔物が寄ってくる危険性が高い。
なのでここで全て解体していこうと思っていたそうなのだが、俺も当然、カノンと一緒に村で一泊させて貰うつもりだ。
野宿は何回もしたいと思えるようなものではない。
俺が居るなら、魔物は寄ってこないのだし、慌てて解体をこの場で済ませる必要はない。
そういうことで、風船のように竜の死骸を宙に浮かせて持ち運ぶことになった。
生皮剥いで肉も骨もむき出しになっている状態で引き連れていくとか、市中引き回しを連想させる。
この竜がどんな罪を犯したというのか。
市中引き回しは生きてる間にするものだけど。
撃ち落とした上、村まで持っていこうと提案した俺が言うべきではないが。
イヤ、俺は台車的なものを作ってガラガラ押すなり引くなりすれば良いかなって思っていたんだよ。
板台車なら作りも簡単だしタイヤさえどうにかしてしまえば細かい部分は「創造のスキル」を使わなくても、地の精霊術でどうとでもなる。
なんならそこら辺に生えてる木で作ることだってできる。
なのに、輓獣用に使役化された魔物が荷車をひいたり、馬車のような乗り物はあると言うのに、シンプルな台車がないんだよ、この世界。
あの、手押し車のような取っ手付きのやつ。
地球からそこの部分の知識は入ってこなかったのかよ!?
日常で使うものだろうに。
大きい、大量の荷物を人間が運ぶ発想はあまりないらしい。
ちょっとした距離である程度の量なら台車を使う方が便利なのに。
そういう場面だと複数人で協力し合うか、一人でひたすら往復するのが普通だそうだ。
キャリーワゴンのような形の、大量の荷物が入り、かつこぼれ落ちないような荷台を形成。
タイヤは丸太をカットしたものにしようとしたが、タイヤ自体を重くしては大変だ。
最初の一歩を勢いをつけて踏み出さねば荷台が動いてくれなくなってしまう。
坂道を運ぶのが特に大変になる。
足元を軽くしすぎるのは耐久性に難が出てくるからもちろんダメだが重すぎて運べなかったら意味が無い。
車輪をホイール状に組み、廃棄する予定だった竜の強靭なスジ肉を外周に貼り付ける。
この強度と柔軟性はゴムの代わりになり得る。
生臭くなる可能性はあるあるが、ほんの数時間しか使わないのだ。
別に問題はないだろう。
そう思ってアレよコレよと図画工作をしていたら、カノンからストップがかかったのだ。
荷運びを生業にしている奴らから仕事を奪う気か、とそう言われて。
あったら便利だよな、と思って作ったのだが、そうか。
今不便なことを金銭のやり取りで代行して生計を立てている人がいるのか。
俺の「知識」では台車は運搬業に従事する人が使う物で、俺の生活の中でソレは機械が行っていた。
台車はあくまで荷物を運ぶためのツール。
道具でしかない。
だが、この世界では台車がないが故に、荷物をある一定の場所まで運ぶ人と、荷積み・荷降ろしをする人、それを必要とする場所まで配達する人。
全て別の人が担当している、それぞれ立派な仕事なのだ。
道路が整備されている訳でもない。
車がある訳でもない。
そもそも人手が少ない。
ないない尽くしのこの世界では、便利な道具をポン、とひとつ作れば、人手不足が解消され感謝する人はいるだろう。
だが、職に溢れた人は絶望することになる。
この世界は世襲制の職業が多いと聞く。
貴族の子は貴族に。
商人の子は商人になる。
兄弟の多い家だと家督を継げないならと弟妹は家を出て別の仕事に弟子入りするパターンもある。
だが、大抵は嫡子に何かあった時の予備としてキープされ、小間使いのようなことをさせられる。
地球もある程度の時期までどの国でもどの職業でもそうしていたのだし、地域によっては根深く根強く、伝統的と言えば聞こえはいいが、悪習として残っていた場所もある。
一部の人には都合が良く、理にかなっている部分があるのだろうね。
まぁ、そんなだから代々荷運びを生業としている家が、突然仕事を失ったら、別の仕事につくためのノウハウもないしツテもコネもないから、待っているのは野垂れ死にの未来しかない。
反発を生めば、矛先は発案者である俺に向かう。
別に俺が生み出したものではないが、この世界での開発責任者は俺になる。
なので、確かに便利ではあるが、こういうものは権力を持っている人間から少しずつ浸透させて行くのが正解だそうだ。
反発を生んだとしても表面化されにくいし。
だから、今後使いたいと思うなら、ここではなく王都で王に謁見する機会を得た時にしろと、使用を見送らせられた。
お貴族様が豪邸で台車ゴロゴロ使ってたらシュールすぎるけどね。
あ、この際運ぶのは執事とかメイドになるか。
絢爛豪華なお屋敷内で使うことになる状況は同じだけど。
竜ほどの重量を宙に浮かせて運搬するのも一般的とは言えない方法ではあるが、見慣れぬ道具を使うより良いと判断され、今に至る。
ものの見事に魔物が避けていくのだが、俺の周りにはもう残滓は見えない。
そうなると、俺自身が原因なんだろうなぁ。
なんでや。
俺と魔物の磁界の向きが一緒だとでも言うのか。
あくまで、磁石みたいな性質があって反発するから近付けないのだ、と仮定しただけなんだけどね。
仮定とも言えない、単なる例えの妄言でしかない、戯れのようなものだ。
もしそうなら俺、広義で魔物分類されて討伐対象になっちゃう。
最初は感動していた風景は代わり映えせず、魔物が出ないから緊張感もない。
ただひたすら歩くだけって言うのは、途中から飽きてしまう訳ですよ。
だから思考があっちこっちに彷徨い突拍子もない答えを出してきてしまうのだ。
大丈夫。
竜の素材ははしっかり俺の後方上空をついてきている。
浮かせるのにそんな霊力を消耗している感覚がないから、時折振り返って目視でも確認しているから。
置いてけぼりにはしていない。
天気は穏やかだし、魔物との戦闘もない。
随分物騒なものをリードで繋いではいるが、緩いお散歩状態だ。
家の周りを散歩しているのとたいして変わらん。
一時間程歩くと、物見櫓だろうか。
背はあるが、さほど大きくない簡素な建物が見える。
カノンが色付きの号砲のようなものを打ち上げた。
ドン、と一回大きな音が周囲に響き渡り、残滓のようにキラキラした緑色がしばらく空を泳いでいた。
「やぐらで見張りをしている奴に合図を送った。
これで攻撃されることはない」
狼煙のようなものだろうか。
お返事はないけど、大丈夫なのか。
煙を出したり花火を上げたり。
返事をする方法はあるかもしれないが、精霊術を使えない人がそんなことやって火事になったら大変だろうがとツッコミを食らった。
そう言われてみれば、精霊術を使えるのって珍しいんだっけ。
俺の周りにいるヤツが全員精霊術を使えるから失念していた。
火を付けるのにも手間がかかるし、火薬は扱いが難しい。
それこそ、万が一ヤグラに火がついたら消火するのはとても大変だろう。
井戸の類が村にあれば良いが、ヤグラはあくまで不審者含めた村へ害を及ぼす者がいないかの見張り用。
村からはある程度離れているだろう。
川だって結構離れた位置にあるし。
消火のために往復するとなったら、バケツを用意して水を汲んでいる間にヤグラが燃え尽きる方が先のような気がする。
家電製品がないと不便だとは思ったが、精霊術や紋様具があったから、不便は不便だけどなんとかなってきた。
その精霊術すら使えない生活って、かなり不便だな。
今更だけど。
物見櫓が近付くと、見張りの人がするりとハシゴから降りてきてカノンに挨拶と世間話をいくつかした。
俺は完全スルー……かと思いきや、あからさまに不審者を見る目付きで訝しげにコチラを睨んでくる。
俺はヤグラが見えてきたタイミングでフードを被っている。
マントで全身スッポリと覆い隠され、特徴が一切掴めない奴を警戒するのは当然だろう。
見ようによっては変態だもんな。
安心しろ。
ちゃんとマントの中は上も下も着ているよ。
「こんにちは」
目が合った気がしたので挨拶をしたら心底驚いた顔をされる。
挨拶ごときでそんな驚かれても。
俺は珍獣の類か?
一発芸でもお見舞いすれば良いのか??
カノンにツレが居るのが珍しいらしく、警戒から好奇心に表情が変わった。
ウザ絡みしてくるようなヤツだったら今すぐここから逃げ出したい。
村まで急ぐから、とカノンは竜の死骸を指差しながら、追求が始まる前に見張りの人にクギをプスリとさした。
見張りとして最悪だが、俺のインパクトで見落としていたのか、上方にあるので見えていなかったのか。
初めて宙に浮く竜に視線を送り、目を白黒させながらも喜んですぐに見送ってくれた。
いい歳したオッサンだったけど。
飛び跳ねかねない勢いだった。
肉が貴重だと以前言っていたし、突然のご馳走にテンションが上がったのかな。
さすがに二人では食べきれないし別にいいんだけど、狩りをして得た獲物は皆平等に分け与える系なのかな。
ボスから順番に選り分けられる系なのかな。
ヤグラから二十分掛からない程度の場所に、塊村があった。
なけなし程度に丸太で作られた柵で囲われた、せいぜい二十軒程度の家屋の集合。
限界集落と言われてもおかしくない規模の村だ。
よく残ってるな。
こう言うなだらかな丘の上にある村って、散居村のイメージがあったんだけど。
物見櫓があるくらいだし、門番まで出入口であろう場所に立っている。
結構色んな脅威に晒されているのかな。
「お疲れ様です」
「おぉ! カノン様ではありませんか!
いつもより、随分お早いのではありませぬか」
ぶふっ!
つい、ごめん。
失敬。
でも!
だって!!
カノン様って!!!
そんな大層な御仁なのかよ、このタレ目様は!!!??
ケラケラ内心笑い転げていると、やはり奇異なものでも見るかのような視線を送られる。
うん、今回は俺が確実に悪い。
様付けして呼ぶくらいに敬っている人を蔑ろにされる態度を取られたら、誰が相手だろうと嫌だよね。
しかも俺、初めて見る不審者だし余計だよね。
ゴメンて。
カノンも嫌そうな顔しないでよ。
あ、カノンは笑われたことを嫌悪しているんじゃないな。
耳が赤いし、照れてるだけだ、きっと。
そのカノンが機嫌を損ねなくて良かった。
解体途中の竜を置く場所を確保する手配をするよう指示した上で、村の中に俺が入る許可を偉い人に取ってくるよう門番に指示してくれた。
数分後、杖をついたいかにも村長! って感じの人ではなく、年頃四十程度のオジサンを中心に、若集が集まって来た。
俺をジロジロと検分するかのように睨んでくるが、竜に視線を促せば、皆もれなくそちらに意識を奪われてくれた。
ヤグラにいた人もそうだったが、滅茶苦茶テンションが高い。
お祭り騒ぎの中、指示を貰って村から少し離れた場所に竜を置いた。
その間に一旦それぞれの家に引っ込んでいた人達が、思い思いの刃物を手にコチラに向かってくる様は、非常にとても怖かった。




