神さま、体臭を確認する。
既に木っ端微塵に砕け散っており、魔物自体は無害になっている。
だが、コイツの保有する毒性が無効化されたかどうかは分からない。
飛散してキラキラと輝いている氷の結晶が、鼻腔に入り込んで万が一痺れたら大変だ。
念の為口元を覆ってカノンと合流をする。
毒は種類によって加熱に強いものがあれば冷却に強いものもある。
熱処理で増えてしまうパターンがあることを考えると、やはり冷却処理を選んだのは正解だった。
毒が気化してしまったら皮膚に付着して当分動けなくなっていたかもしれない。
なにより、汚ぇ花火なんか見たくないし。
イヤ、汚い氷像だって見たくは無かったが。
出来てしまったものは仕方ない。
「ヤツを凍らせる」と言っただけなのに、カノンは超ファインプレーを見せてくれた。
聖水による弱体化。
ガラス片の散布によるダメージ加算。
撃ち込んだ水の精霊術による冷却促進。
あのわずかな時間で、よくもまぁ、コレだけのことをしてくれたものだ。
この全てが相乗効果をもたらして、魔物から“落ち着く“のコマンドを選ぶ機会をことごとく奪った。
尖ったガラスは刺さると痛いし、ちょっとやそっとじゃ抜けないし。
デカいから当然自重もさぞかし重かろう。
弾力のある肉体は刺さったガラス片を、もがけばもがくほど内に取り込んでいったに違いない。
聖水が入っていた瓶なのだから、ガラスペンにも聖水が付着していただろうし、余計に、だよね。
「お疲れさま」
「お疲れさん。
……魔物が寄ってくる気配は無いが、どうする?
休むか、先に進むか」
「カノンが平気なら、先に進みましょう。
あの魔物の毒を洗い流すのには、大量の水が必要ですし」
水の熱伝導率は空気の百倍以上だ。
こんな所で装備品に付着した毒を落とそうとすれば、凍えて死ねる。
下手したら俺たちまで氷像になってしまう。
せっかく魔物に勝利したというのに、自滅してしまったら笑うに笑えない。
冷やされた空間はまだダイヤモンドダストの煌めきが散見される。
霊力の供給は切ったと思うんだけどな。
元がジメッとしていた空間だから、なかなか温度が上がらないのかな。
二人してマントを前に引き寄せ帽子を目深に被り、妖しさ全開な格好をしながら広場をあとにした。
風の通りを感じられただけあり、十分程歩いたら視界が開けた。
半日ぶりの太陽光がホッとする温かさで気持ちいい。
イヤ、もう、戦闘で汗かいたのに急速冷凍されかけたもんだから寒くて寒くて。
自業自得とは言え、風邪ひいたら洒落にならないって。
人生初の風邪に、こんなおバカな理由で罹患するなんてイヤだ。
荷物を少し離れた場所に避難させ、水を頭から被り温風で乾燥させた。
身体の芯まで凍えてしまっているから本当は風呂に入りたかったんだけど。
こんな大自然の中にバスタブなんてある訳がないし、「スキル」で作ったとしても、今回しか使わないだろうにそんな手間は掛けられない。
なにより、入浴中に魔物に襲われたら大変だ。
ブラつかせながら魔物と戦うなんて、絵面的に大事故案件すぎる。
このダイナミックシャワー、首に余計な水圧を掛けずに全身を一気に水浴びさせるのだが、意外と難しい。
いつもはアクアやウェントスがしてくれるから楽だったんだけど。
アイツら森の外で待機するって言ってた割には合流してこないな。
開けた視界を凝らしても見渡しても、見慣れた姿が見たらない。
日陰がないので休憩は遺跡の通路で取ることになった。
入口の時と同じだな。
景色はだいぶ違うが。
入口側は密林って感じの草木が所狭しと茂る森だったが、出口側は牧歌的と言うか。
なだらかな丘に草花が生い茂り、所々まばらに木がそびえ立っている。
羊や牛がいたら完璧な穏やかな田園風景そのものだ。
目につくのは、その二回りはデカい魔物ばかりだが。
距離が開いているせいか、襲ってくる雰囲気はない。
森の魔物と違っで好戦的ではないのだろうか。
俺たちがまだ縄張りに侵入していないから、と言う理由なだけかもしれないけど。
「いっそコッチに向かってきてくれたら良いのに……」
味噌玉を溶かしたお湯をすすりながら、つい口から不満がこぼれ出た。
だって!
アレだけ面倒臭い敵と戦って疲れた〜、腹減った〜ってなっても食べられるのが兵糧丸だけなんだよ!?
うぅ、シンドい。
遺跡の中で襲ってきた魔物が、あのナメクジのようなウミウシのような、どう考えても食べたら食中毒になりそうなヤツしかいなかったんだもの。
カノンが、何か探してこようかと言ってくれたのだが、彼だって疲弊しているだろうし、さすがに気が引けたので断った。
生き埋め防止のために先の戦闘ではダメージを与えるために強力な風の精霊術を多く使っていた。
しかもフェイントをかけるために同時進行で火の精霊術もチマチマ使っていたし。
霊力をかなり消耗してしまったようで、ダイナミックシャワーをするのすらためらっていたから、俺がぶっかけた位だ。
霊力の回復を促進をする薬を飲んでいたので、暫く休んだら出発出来るとは言われたが、その顔色は良いとは言えない。
多少なりとも毒の成分が体内に侵入しただろうし、余計だろう。
そんな状態で一人で狩りに行かせるなんてとんでもない。
俺はそこまでヒトデナシではないぞ。
この崖を俺がひとっ飛び出来れば、あんな魔物を相手にしなくても済んだだろうに。
申し訳ないな。
「あの程度の強さの魔物では、こちらには来ないだろ」
俺の呟きを拾ったようで、壁にもたれかかって休んでいたカノンが、目を開いて遠くに見える魔物を確認したあと、そう言葉を返し、再びまた目を閉じた。
遺跡入口付近の森でもそうだし、遺跡内部でもそうだったが、俺がいると雑魚に分類される弱い魔物は一定距離近付くと離れていくそうだ。
俺は気付かなかったけど。
精霊術の射程範囲だから、視界に入る距離の内側に入ってこようとしないし、気付かないのも無理はないと言われた。
それじゃあ、向こうに見える魔物はなんなのさ。
そう言おうと思って視線を向けると、とうに居なくなっていた。
……たまたまじゃなく?
実際、森の中で俺を置いて夕飯の材料を狩りに行ったらいつも通り普通に出くわしたので、俺自身か、俺にまとわりついている精霊たちの残滓か、どちらかが原因だろうと言われた。
それなら、皆のせいでしょ。
俺は今は人畜無害な一般市民だもん。
それでも、魔物避けのお香が出す独特の臭いのようなものが自分から醸し出さてれいるのではないかと不安になり、つい、衣服の臭いを嗅いでしまう。
加齢臭が出るような歳ではないけどさ。
魔物も臭いに敏感だそうだし、臭かったりするのかなって。
気になるじゃん!
なんの匂いもしなかったよ!!
さっき洗ったばっかだし!!!
「あんな凶悪な無差別攻撃をしていながら、よく言う」
アレは対象だけを凍らせるより、部屋丸ごと凍らせる方が、冷凍庫をイメージすれば良かったから楽だったってだけなんだけど。
だから、逃げ込んだ通路側は凍りついてはいなかったでしょ。
冷気は漏れてしまっていたが。
それは仕方ない。
そこまで細やかな霊力の取扱はまだ出来ない。
仕方ないで済まされないレベルで凍えさせてしまったからか、なかなかカノンの血色が戻らない。
カノンの方に熱が向かうように薪の組み方を変えてみた。
ここで一泊するなら、石でかまどを組んでも良いのだけど。
あ、精霊術を使えばすぐに出来るか。
日常生活で使うことにまだ慣れられないから、うっかり失念してしまう。
コンクリート……は熱に弱いから、レンガか。
耐熱レンガを組み立てるイメージで……作ったら、キャンプ場に設置してあるピザも焼けそうな立派なかまどが出来てしまった。
休憩が終わったら崩すのが勿体ないと思えるレベルだ。
輻射熱が強くて火の正面に立つと、かなり熱かった。
かまどからは少し離れた場所にいるカノンには、ちょうど良いかもしれない。
こんなのを観ていると、網や鉄板を設置してバーベキューとかしてみたくなる。
二人でも楽しいものかな。
多人数でワイワイやってるイメージが強いけど。
そのバーベキューをする材料が一個もないのが大問題なんだよな。
カノンは疲れているからか寝に入ってしまっている。
そのまま寝かせておきたいし、魔物避けのお香を焚いてるから、離れても大丈夫かな。
気配感知の練習がてら、食べ物探しをするか。
体外に放出した霊力を変化させることによって出来るとか、なんかそんなことをカノンが前にチラッと言っていたんだよね。
俺の場合は鑑定眼のおかげか、視線を向けた先限定だが、ある程度何があるのかおぼろげになら把握出来る。
あとは遺跡の入口で知ったことだが、手で触れれば対象物の情報が分かる。
3Dスキャンしている感じで立体で把握出来る。
込める霊力を多くすれば、かなり正確に、だいぶ精密に。
遺跡なら内部の構造が。
魔物なら弱点となり得る内臓の位置までもが。
とっても便利。
建造物の構造を理解する時、手に触れた位置から徐々に把握していく感覚がしたし、多分、無意識に出ている霊力によって出来たんだと思うんだよね。
なので鑑定眼も同じように出来ないのか。
直接触れていなくても足を軸にして出来ないか。
実験をしてみよう。
初めて鑑定眼を使った時に情報過多でぶっ倒れたみたいになってはいけないので、腰を下ろし壁に背を預ける。
目を閉じ、身体から漏れ出る霊力の行く先に神経を研ぎ澄ます。
霊力が何に阻まれたのか、何を乗り越えたのか。
何があって、何がいるのか。
把握をするのは瞑想に近い。
今、この世界で何が起きているのかを全身で捉え、自然とひとつになる感覚。
意識を向ければカノンの息使いから心臓の鼓動まで手に取るように分かる。
低体温症とまではいかないが、平熱よりも体温が下がっており、頻脈気味。
やはり、だいぶ無理をさせてしまったようだ。
ゆっくり休ませねば。
栄養を摂らせた方が良いよね。
温かいもので、すぐエネルギーになるようなもの。
何km先に川があるのか、そこにどんな生物が住んでいるのかも……うん、分かる。
魚の形の魔物が陸地の魔物に狩られた瞬間すら、実際に目にしたように鮮明に脳裏に焼き付く。
もっと細かな所まで見てみようかと思った瞬間、頭痛が酷くなったのでスイッチをオフにして辞めた。
地球から持ち込まれたとは言え、麹菌が増えることが出来るのだし、この世界にはどんな微生物や細菌がいるのかな〜って考えたんだけど。
さすがに目に見えないものまで広い範囲で見ようとするのは無理か。
身近な場所、たとえば足下なら地中奥深くまで結構分かるんだけどな。
うん、分かる、分かる。
この辺は、鉱物が潤沢らしい。
ここ掘れワンワンしたら結構アッサリ鉱脈に繋がる。
あと、分かったのは、この世界は地球よりも結構若いようだと言うこと。
地球で人間ばかりが欲深く知能が発達し破滅に向かったから、ソレを踏まえて欲の度合いを低く設定し創ったのがこの世界のようだ。
その設定が極端過ぎて滅亡させかけた、と言うのがワロエない。
なぜちょうど良い塩梅に出来なかったのか。
進化の過程がちょっと狂っただけで人類史は大きく変わっていただろうって言うのは地球でも有名な話だ。
神様がどこを目指していたかは不明だが、全ての生物の動向や思考を把握していた訳ではないだろうし、その塩梅の調節が非常に難しかったんだろうな。
あとは、地球とこの世界、混ざってはいるが、キレイにしっかり均一に融合している訳ではないようだ。
地球よりもこの世界の方が土地面積が広く海は小さかったみたい。
地球と混ざったことで海の割合は増えたようだね。
帳尻合わせのように大規模な地殻変動が次々起こって、融合し始めた当時は大変だったようだ。
それを落ち着かせるためにも、エネルギーバランスの調整のために精霊が大活躍したとか、なんとか。
融合途中のふたつの世界を例えるなら、コーヒーにゆっくりミルクを注いだ感じ。
注いだ所から、ジワジワふたつの色は複雑に絡まり合い、混ざり合い、やがて均一な色になっていく。
まだ、現時点では混ざりきっていない。
だから、世界の歪みが瘴気の溜まり場になって不可思議なダンジョンが発生したり、世界の最果てに次元の裂け目が生じるという訳だ。
俺の前に未だ現れない、闇と時の精霊はその次元の裂け目の守護を任されているようだ。
一応、それとなく見えた。
凶悪な魔物みたいな奴らが出てくるのを抑えているみたい。
大変だね。
まぁ、前世の行いを鑑みれば、罪滅ぼしのためにもそれくらいはした方が良いよね。
ん? もしや片棒担いだ俺も世界のために何かした方が良いのか??
直接手を下した皆から許して貰えたからと調子に乗っていたが、地球を危機におとしいれた戦犯としてはアイツらと同罪だよな。
この世界の神様がいれば、どうすれば良いのか聞きたかったな。
今の神様代理の連中、皆俺に甘いから。
意見を聞いたとしても参考にならない。




