神さま、魔物と対峙する。
絶体絶命の大ピンチ!
……という冗談は置いておいて。
俺もカノンも脚絆には瞬足・速度強化の付与を施してある。
この気持ちの悪いデカブツを倒す必要はないのだ。
ダメージを適当に与えて怯ませ弱らせ、奥に続く通路に逃げ込めればそれで良い。
奥に見える通路はそこまで幅も高さも広くない。
この魔物は大きさ的に通れないから、そこまで辿り着ければ俺たちの勝利だ。
逃げるが勝ちって言うしね。
「済まないが、こいつは倒さなければならないぞ」
「は!?
なんで!!?」
「遺跡から半日も歩かない場所に村がある。
こんな魔物、野放しにしたら壊滅してしまう」
こんな時に他人の心配かよ。
そう文句のひとつを言いたくなるが、俺もこのお人好しの性分に助けられた以上、逃げるの選択肢を消すしかない。
その近くにある村って言うのも、今日滞在予定の目的地だろうし。
滅びてしまったらベッドで寝ることが出来なくなるしな。
致し方ない。
倒しましょう。
そうしましょう。
腹を括ったは良いが、風と地の精霊術がどの程度効くのか、火や水の精霊術はリスクの割合を考えて、どの程度なら使うべきなのか。
霊力の扱いに長けているカノンが一定の霊力を込めた攻撃をしながら測る。
俺はそれを鑑定眼で数値としてしっかり把握する。
今放たれた術に込められた霊力を五とするなら、風は一。
火は二十五、水は十って所かな。
地の精霊術に至っては、自分の属性攻撃とは言え回復までしやがる。
卑怯者だ!
この閉鎖的な空間で使うなら、風の精霊術が一番リスクが低い。
だが、与えられるダメージが余りにも少なすぎる。
霊力だって有限なのだ。
ここを無事に切り抜けたら先に進まなければならない。
今までの道中魔物が出なかったからってこの先もそうだとは限らない。
霊力は残量がゼロに近くなると、活動が一切出来なくなるらしい。
なのである程度の余力は残さなければならない。
触れさえすれば、どこに急所があるのか詳しくスキャンすることも出来るのに。
コイツの体表、毒性を持っているんだよ。
体液も言わずもがな。
靴を履いてるから平気だけど、這いずった跡の地面に付着してる粘液もだろうな。
皮膚吸収型だから、転んだり手をついたりしたら痺れてしまう。
麻痺毒で良かったと思うべきか。
うん、即死毒よりはマシだな。
違いない。
デカイ相手に接近戦なんて最初からするつもりはないが、急所が分からないことには長期戦になってしまう可能性が高まる。
どうにか触れられる場所を見つけられないかな。
身体をもたげた先でピロピロと揺れる触角は、目でもついているのか忙しなくアチコチを向いている。
……イヤ、目ならコチラを捉えたままのはずだ。
アレは目ではないのだろう。
目は分かりやすい動物の急所だ。
アレが目ならば楽だったのに。
身体を起こしている側が頭だと仮定した場合、しっぽ側についている触角が目なのだろうか。
ヌラヌラとゆっくり動く様は正しくナメクジっぽい。
気色が悪い。
イヤ、だがナメクジがベースになっている魔物なら視力は極端に低いはず。
だが、俺が目潰しした時、コイツは怯んで天井から落ちてきた。
つまり光を感知する器官は確かに存在するのだ。
カノンが術を放つ度に、しっかり身体の色を変化させて防御反応を見せているし。
そして背後からタイミングを合わせて同時に攻撃をしてみたら、コチラの攻撃は結構通った。
目は前方にあり、認識した攻撃じゃなければ防御行動は取れない。
つまり本能による自動防御をしている訳では無い。
死角があることが分かったのは収穫だ。
攻撃がモロに入った箇所はひび割れたようになっている。
そこを中心に更に術を放ったらオレンジ色の、腹足と同じ色の中身が出てきた。
ほほぅ。
つまりは濃い紫色の部分が防御用の楯の役割を果たしている。
一段明るい色味の部分が、外套膜に相当するのかな。
殻を全て剥がせばダメージの通りやすい中身が出てくるって寸法か。
「カノーン!
身体の明るい紫色の部分狙って術打ちまくれ。
剥がれたら攻撃通りやすくなった」
「了解」
短く返事を返してきたカノンは、フェイントを入れつつ楯を誘導し、攻撃力の高い術を確実に叩き込んでいた。
器用だね。
下手に属性を持たせるとアレコレ難しいことを考えなければいけなくなるのなら、ただ単純に霊力を放出してダメージを与えよう。
純粋なエネルギーだけの攻撃。
外套膜にヒビが入りやすいよう、ハンマーを叩きつけるイメージで。
ヒビが入った箇所には一点集中で錐を刺し込むように。
錐よりも、ドリルの方がダメージ通りやすいかな。
そうなると、どうしても金属のイメージが付きまとうから地属性が付与されてしまいそうな気がするのだけれど。
とりあえずまぁやってみるか、と超硬ドリルをイメージして、えいやっと魔物の身体に巨大なドリルを突き立てる。
……だが、想像力不足なのか、地の属性がついてしまったのか、ダメージは微量しか入らなかった。
回復されるよりは良いか。
んじゃ御次はステップドリルだ。
円錐のオトコのロマン溢れるアイツだ。
スパイラル形状でどんな穴でも開けてくれる、切れ味鋭く曲面でもすんなり貫通してくれる。
ソレをドーンッ! と魔物の胴体に突き立てゴリゴリっ! と表面削ってついでに内部まで一気に貫いてやる。
返しも付けたからちょっとやそっとじゃ抜けないぞ。
着実に傷を増やし外套膜を剥がし、ダメージは蓄積されているはずなのだが、一向に魔物は持ち上げている頭部を下げようとはしない。
致命傷を与えられたり体力が削られ続ければ、頭は垂れてくるものなのだけど。
切り取られた触手や飛び散った体液で、だいぶ床が汚れてしまった。
ヌラリと光る青い体液はなかなか目立つ。
ヌメってるせいなのか、地面は石造りと言う訳でもないのに、染み込まずにそこに有り続ける。
テミやママサンダンプをイメージして、どりゃーっと、がーっと一気に端に寄せるだけでもしようかな。
滑ったら危ないし。
毒が付着したら危ないし。
道路の端に溜まってる落ち葉を集めたり、積もった雪を取り除く時にそれぞれ使われるんだよね。
ん? テミは本来の使い方は違うのか??
まぁ、良いや。
部屋の隅から反対の端に追いやるイメージ……
……をしようとしたのだが、視界から魔物が、消えた。
消える直前、カノンが触角を切り落としたのまでは確認しているのだが。
まさか、逃げた?
この一瞬で??
一体、どこに???
呆けて、緊張状態を一瞬、解いてしまったのがいけなかった。
「レイム! 足許!!」
遠くでカノンの叫ぶ声が聞こえる。
足元?
下を見ると、流れてきた魔物の体液が水溜まりを作っていた。
うん、コレを綺麗にしようと思ったんだけど……
次の瞬間、視界が大きくブレた。
肉体への衝撃で、ナニカに下から吹き飛ばされたことだけは分かった。
ナニかって、空中に俺を打ち上げて優雅に大口開けてる、この魔物にだ。
触角が生えていた頭部は、カノンに四本全て落とされ随分様相が変わっていた。
それ以上に、丸っとしていた先の部分が模様を境目にして裂け、くぱァとビッシリ細かい歯が目一杯生えた気色悪い口を開き、俺がそこに落ちて来るのを待ち構えていた。
冗談じゃない。
そんなネチっこい臭そうな、だらしなく唾液垂らしているお口にお邪魔しますなんてしたくねぇよ。
火は半端な威力では粘液で消されるだろう。
水は粘液を出すことを考えれば体液の水分含有率は高いと言えるし、効くかどうか微妙だ。
風は元々効きにくい。
地は回復される危険性がある。
咥内への直接攻撃なんて、絶対に弱点足り得るのに。
突然のことで集中力が途切れてしまったのが痛いな。
身体がデカい分、致命傷を与えられる霊力を出力できる状況にないのが悔しい。
無理したって良いことはない。
戦況整えるために一旦離脱しなければ。
圧縮した風をベシッと打ち付け、その反動で魔物から一旦距離を取る。
口の中から覗かせていた、舌なのか触手なのか、気色の悪い細長いものは魔物自身の牙と打ち付けた風に挟まれブチッと千切れて落ちた。
お、ラッキー。
風をコントロールしてカノンの横に降り立つ。
「肝が冷えたぞ」
「涼しくなって良かったね」
大丈夫。
心臓はバクバク言っているが、軽口を叩けるくらいの余裕はまだある。
余程舌をちょん切られたのが痛いのか、魔物はビタビタと身体の半分だけ地面から覗かせて、もう半分は地面の中に潜らせたまま、のたうち回ってる。
体液の水たまりのない所だとわざわざ地表に出てきて跳ねるので、どうやら、体液を媒介にして地中に潜り込めるらしい。
あの巨体でどうやってこの空間に入れたのか不思議だったのだが、この体液は乾きづらいし地面に浸透もしない。
あっちこっちマーキングした所に移動しているのだろう。
なんでよりによって俺らの通り道に出てきてしまったのか。
お互い、鉢合わせしなければ幸せだったのに。
カノンが使っていた火と水の精霊術により遺跡内の温度も湿度も上昇し、かなり不快指数が上がっている。
思考が鈍るから宜しくないぞ。
そんな中動き回ってるから熱中症の危険性も高まっている。
かと言って、通路に避難させた荷物から水を取り出して飲む余裕なんてない。
あ、あ〜……
こんだけ湿度高いなら出来るか?
「カノン、熱いのと寒いのどっちがいい?」
「は?」
「せめて決めさせたげる。
どっち?」
「…………寒いの」
どっちも苦手だとかブツブツいうが、結局寒い方を選んだようだ。
俺だって快適なのが一番だよ。
「んじゃ、アイツの本体が全部表面出たら術使うし、通路に避難すんぞ」
言って魔物の様子を伺いながら、後方へと少しずつ下がる。
カノンは一足先に走って通路へと辿り着き、荷物から聖水が入った瓶を幾つか取り出している。
発案者は俺だが、ノーコンなのでカノンにして貰った方が確実だ。
俺に掛からないようにだけしてください。
マジで。
頼んます。
風で勢いをつけて瓶を魔物へと放り投げる。
間髪入れずにスリングショットで魔物の上空で瓶を割り、聖水をまんべんなく魔物の全身にぶっかける。
森の中でよくやっていた、アレだ。
流石、狙い通り。
それだけでも多少ダメージが入るようで、もがく様子がより一層激しくなった。
体液が薄まると地中に逃れられなくなるのか、全身が地表に顔を出した。
ガッツポーズを決めたくなるが、それは上手くいってからだ。
部屋の中の蒸気を。
魔物の体表に付着した聖水を。
オマケに浴びせた水の精霊術を。
その全てを凍てつかせる、セルシウス度マイナス二百七十五度の世界。
絶対零度のダイヤモンドダストを喰らいやがれ!
正確に言えばそこまで低い温度ではないけどね。
イメージよ、イメージ。
体験はしたことないもん。
したことがあれば、もっと再現性高くできたのかな。
まぁ、考えても仕方ない。
結果として開けた空間は全て凍りついたのだから。
「汚ねぇ氷像だ」
マントを手繰り寄せ冷気をシャットダウンして見上げたソレは、見事に躍動感あふれる仕上がりになっている。
氷点下を大きく下回る温度で凍らせたというのに、相変わらず毒々しい色味をしていると分かる魔物の成れの果ては、とても汚い。
サッサと衝撃を与えて砕いてしまおう。
元々体内の水分含有量が多く、その上俺が金属で出来たドリルを埋め込んだままにしていたので、熱伝導率が高く内部までしっかり凍ってくれたようだ。
杖で小突いたら、パリパリと軽い音を立てて、アッサリと崩れていった。
因みに、カノンが熱い方を選んでいたら、体内に埋め込んだ金属ドリルを遠隔操作でドロッドロに溶かして内部から焼肉にしてやるつもりでいた。
毒のことを考えたら、蒸発した体液を吸う危険性があったわけだし、結果として凍らせるのが最適解だったんだよな。
冷静な判断をしてくれたカノンに感謝だ。




