神さま、探検気分を味わう。
パチンッとちいさく爆ぜる音が聞こえた。
毛布代わりに抱いてたマントから手を離し、身体を起こす。
焚き火はくすぶり炎が消えていた。
先程の音は薪が弾けた音か。
寝ぼけまなこで探せば、カノンは遺跡の壁に背を預けまだ寝ている。
不寝番が必要ないように、と魔物が嫌がるお香を焚き火にくべてから寝たのだが、無事何事もなく朝を迎えられたようで何よりだ。
遺跡の奥には魔物がいる可能性が高いからと、焚き火は外に設置したまま、遺跡のごくごく浅い場所で寝たのだ。
朝日が昇るのとは逆の方向を向いている出入口側は、森の中ということもあり、辺りはまだ薄暗い。
「……起きたのか」
「おはようございます。
寝てなかったんです?」
「眠りを浅く調整しただけだ。
しっかり寝た」
それは果たしてしっかりと言うのだろうか。
レム睡眠とノンレム睡眠をしっかり繰り返さないと、質の良い睡眠がとれたとは言えないよ。
俺は野宿をしたことがないから、寝られる時に寝た方が良いと言われ、遠慮なく寝させて貰った。
外だといつ外敵が襲ってくるのかも分からない緊張感や、普段聞かないような音が沢山響いているから、寝られるのか心配されたのだけど。
微塵も問題なかったね。
グッスリ快眠ですよ。
このマント、通気性が悪い分超あったかい。
石でできた床から冷気を感じることも無かったし、意外と快適に寝れたわ。
図太い神経してて良かった。
火こそ消えたが、まだ全てが灰になっていない焚き火跡に追加の薪代わりの枝を放り込んだ。
朝ごはんは大事だからね。
温かいものを食べて、身体を起こさなきゃだ。
朝からヘビーな肉たっぷりのシチューを温め直し、その間に精霊術で出した水で顔を洗う。
歯磨きは出来ないから、口はゆすぐだけ。
楊枝や歯木の類いはあるのだけど、ナイロンとかないから口腔内の外傷が出来てしまったら怖いじゃん。
豚や馬の毛を使った歯ブラシなんかが地球の歴史では存在してたけど、この世界って魔物が野生動物になるんだろ?
そうなると、被毛は硬いし歯ブラシには向かないのか、該当するものがないんだよね。
虫歯や歯周病って治癒術で治るのかな。
歯槽膿漏にこの歳でなりたくない。
火災が怖いので薪を充分に燃焼仕切った後、残った灰を水没させ地中深くに埋めた。
正直、そこまでしなくて良かったと思う。
だが、全て精霊術でパパっと出来てしまうからたいして時間はかからない。
万が一を考えたらその一瞬の手間で森林火災の可能性がゼロになるのだ。
やっておくに越したことはない。
「この短期間で、随分例力の扱いが上手くなったな」
土埃がついた訳ではないが、様式美として手をパンパンと払っていたら、カノンに褒められた。
呆れたような声も混ざっていた気がするが、そこは気にしないでおこう。
精霊術は、ようは慣れと想像力の世界だった。
コツさえ掴めばどうとでもなるのだ。
そのコツを掴むまでが大変だったけど。
主に、欲しい事象の想像よりも霊力を多く込めすぎちゃう方向で。
火種欲しいなって時に対象を消し炭にしちゃったり、桶に水欲しいなって時に辺り一面水没させたり。
シュケイが水に濡れても平気だったのが意外だった。
勿論濡れたままなのは可哀想だし放置して風邪を引かれてもいけないから、ウェントスにちょうど良い風量をあてて乾かして貰いましたよ。
俺がやって切り刻んだり風でぶっ飛ばしたりしたら可哀想過ぎるからね。
人はそうやって失敗を繰り返して日々成長するのだよ。
むしろ失敗しまくってるのに扱いが下手なままだったらアカンって。
カノンがするように詠唱でズバッと格好良く精霊術を決められるようになるともっと良いのだけどね。
正直、決まった詠唱を覚えるよりも、想像して霊力を込めた方が手っ取り早い。
俺は想像力と妄想力に関しては鍛えられまくってるからね。
霊力と「スキル」どっちを使っているのかの感覚は未だに掴めないけど。
発動した瞬間に「スキル」を間違って使ってたって分かるんだよね。
霊力で発動させた術の場合は、霊力の供給を切れば術の効果は消えるんだけど、「スキル」の場合は効果が消えることを「創造」しないと消えないんだよね。
もしくは「破壊」するか。
精霊術でも、焚き火をおこした時のように、術で松ぼっくりとかの着火剤に火をつけてしまえばそのまま燃え続けるんだけどさ。
そこの線引きもイマイチよく分からない。
地の精霊術で隆起させた地面は霊力供給を切れば元の平らな状態に戻るのに。
不思議だ。
百メートル以上あるこの高さの崖を降りるのは、精霊術を使っても難しいそうだ。
イヤ、カノン一人なら出来るそうなのだが、一人じゃないと無理だから堅実な方法を取ろうと提案された。
自由落下の速度を風の精霊術で調整して降りるのは、出力を間違えたら足を骨折するリスクがあるし、その出力を間違える場所によっては地中に埋まることになる。
感覚がズレるとカノンの身が危険なので、俺を抱えて降りることも出来ない。
遠隔のサポートも出来ないので、致し方ないが遠回りをすることになった。
いざとなれば「スキル」使えばいいんだし。
崖からノーロープバンジーしようよ。
そう言おうとしたのだが「遺跡の中を通れば下まで降りられる」の言葉を聞いて全力でその案に全力で乗っかった。
遺跡探検!
オトコの浪漫!!
ドッキドキのワックワクな冒険譚の始まりの予感!!!
「いわゆる、ダンジョンってヤツ!?」
「?
ダンジョンと遺跡は違うぞ」
何をそんなに嬉しそうにしているのだと訝しがられたが、行ったことない隣町に一人で勇気を出して自転車で行ってみるとか!
いつも途中で降りるバスの終着停留所まで乗って見知らぬ土地に降り立つとか!!
その程度でもワクワクするのがオトコノコというものだろうが!!!
感性が枯れてるな。
遺跡もダンジョンも、魔物が出ると言う点では同じだが、遺跡は過去、人が放棄した住居や施設。
ダンジョンは自然発生し成長する、ある種の生物・魔物と分類されている。
遺跡がダンジョンになることもあるが、どちらかと言うとダンジョンが遺跡の装いになることの方が多い。
どういうこと?
ダンジョンは瘴気が滞り溜まった場所に発生することが多い。
ダンジョンの入口は、文字通り口となっており、内部はダンジョンの腹の中と心得た方が良い。
無事脱出出来れば問題は無いが、中で死ねば骨の一片すら残さずダンジョンに吸収される。
ダンジョンの力は、濃い瘴気が元となっているだけあって強大で、吸収し喰った者の‘’思い‘’を具現化する力を持っている。
遺跡の奥に眠る金銀財宝のような願望然り、薄暗い場所から連想される凶悪な魔物も然り。
喰らった者達の知識から様々な願望を具現化し更なる餌を誘き寄せる。
そうやって成長していくのだとか。
タチが悪いな。
特に、一獲千金を狙ったり、起死回生を謀ったりする、どの街からも爪弾きになった冒険者なんかがダンジョンに突っ込むものだから、年々どんどん凶悪さが増しているそうだ。
死に際の恐怖を喰らったダンジョンは強い魔物を多く生み出す。
そしてそう言う連中は、学ぼうとはしないが精霊術の素養を持つ傾向にあるから、ダンジョンのパワーアップが桁外れなんだとか。
タチが悪いにも程があるな。
ダンジョンは生物だと定義されるだけあり、心臓部を破壊さえすれば無くなるのだが、まぁ、難しいので放置される傾向にある。
好奇心の勢いに任せて突撃しないようにと口うるさく注意された。
お前は俺のママですか。
いつ頃建造されたのか、何の目的でこの地に建てられたのか。
謎ではあるがとりあえず崖下まで内部が繋がっていると言う遺跡を進む。
カノンも久しぶりに通るそうで、天井は蜘蛛の巣だらけだし足元は苔が凄い。
石造りの道の上にむしている苔はとにかく滑る。
何の心構えもなく最初の一歩を踏み出した時、思いっきり滑って百八十度の大開脚を披露してしまった位にはよく滑る。
身体が柔らかくて良かった。
股関節を脱臼していたら今日一日絶対安静を言い渡されてしまい日程が後ろ倒しになってしまう所だった。
その時にこの遺跡に触れて分かったのだが、やはり地球からの移民組に合流するために、先住民が捨てて行った住処だそうだ。
水晶球の白滝を聖地とし、そこに至るために建てられたものだから、崖下への続く道があるようだ。
出入口から一階へと至るまでの階段の総数が三百段をゆうに超えると表示される文字に遠い目をしたくなる。
足腰ガクガクになって次の日使い物にならなくなりそう。
中国の泰山が、七千段を超える階段で途中棄権者が出るわ、足が産まれたての子鹿みたいになる人を続出させるわ。
なんでそんな所観光地にしたんだ、と言われるレベルの場所だったとか?
中国三大建築のひとつに数えられる岱廟や天下の四絶のひとつである霊巌寺があったのだから、そりゃ世界遺産にも登録されるし、観光名所にもなるさって話なのだが。
うん。
そこに比べたら三百段なんてあっという間さ。
下りの方が膝にくるから、シンドいことに代わりは無いが。
年寄り臭いとか言わないで。
最近普段してる移動なんて平地と、家の中で自分の部屋を朝夕昇り降りするだけだったんだもの。
それにしても、魔物がいると言う割には全然姿を見かけないな。
地中のため窓もないし光も射し込まない。
カノンがかざす松明の灯りを頼りに前に進みながら、後方を時折確認するが、特に気配は無い。
分岐点から襲ってきたりなんてこともない。
気を付けろ、と声を掛けられる時は大抵足元の苔に滑らないように、天井を突き破っている木の根っこに頭をぶつけないようにと注意を促すだけ。
魔物のマの字すらカノンの口から出てこない。
拍子抜けである。
狭い通路ではないし、天井だって高い。
松明の光が届かない場所から攻撃が飛んでくる可能性がある。
もしかしたら隠し通路のようなものがあって死角から突然襲ってくるかもしれない。
そんなことを考えながら緊張して進んでいたのに、一時間も経つ頃には、そんな気配を微塵も感じることなく、ただただ暗い道を進むことに慣れてしまった。
遺跡の中に入る前の胸の高まりを返せ。
森の中と一緒だな。
最初は緊張していたのに、特に何も無くて周囲に目が行く。
出入口のレリーフや森の中に埋もれていた遺跡の欠片と違い、特に目立った装飾のない壁は、それでも土を掘り進めただけの物ではなく、キチンと整備がされている。
地下都市とでも言うべきなのか、今回特に寄る理由がないため立ち寄ることもしない奥まった場所には、随分と開けた空間がある。
生活空間だったのだろうと推測できるそこは通路よりもだいぶ天井が高い。
そちらには生き物の気配がするし、魔物はそっちを根城にしているのだろう。
わざわざコチラまで来ないと言うことは、食うに困っていないのだろうか。
そんなしょっちゅう遺跡外部から何かしらの生物が訪れるような場所なのか。
はたまた、共食いをするのが当たり前の魔物なのか。
斜めの発想をするなら、ミミズのように土を食んで土中の微生物を吸収するタイプの魔物しかこの遺跡には居ないとか?
だから意外と横道があるし、外と違い装飾が施されていない場所が多いのかもしれない。
……イヤ、それならカノンが魔物が居るから気を付けろ、なんて最初から言わないか。
それとも、魔物って肉食じゃなくてもとりあえず人間を見たら襲ってくるような生き物なのだろうか。
そこの所聞いた事なかったな。
土砂に埋まってしまった行き止まりを迂回したり、根っこが貫いて下の階層まで伝って行けそうな場所から近道をしたり、松明を何本交換し、右往左往しながらどれだけ歩いたのか。
この世界に来るまで太陽の光を知らない生活をしていたのにも関わらず、今ではこんなに太陽を恋しく感じる。
松明の灯火が、揺れた。
風の通りがあるということだ。
つまり、出口が近い!
足取り軽くスキップでもしたくなる気分だ。
だが、ここで初めてカノンが静止をかけた。
放り出していた警戒心を瞬時に掻き集め周囲の気配を読む。
……上だ!
カノンの目を片手で隠しルーメンの力を借りた閃光を天井に放つ。
世界が白く染まると同時に、くぐもった汚い悲鳴と共にドサッと何かが落ちてきた。
後方へ大きく跳んで距離を取る。
目を瞑るタイミングが少し遅かったのか、目をショボショボさせた表情のカノンに謝る。
見たことのない情けない顔でつい笑ってしまったのはナイショだ。
俺は緊張感ももう少し持った方がいいな。
なにせ、目の前に立ちはだかるのは見たことのない魔物だ。
今度はカノンに一言しっかりあらかじめ宣言をして部屋を明るくするための術を使う。
イメージは照明器具。
今回も光の精霊・ルーメンの力を借りる。
ここの空間の広さを鑑定眼で把握。
松明の火が消えて真っ暗闇なのに視えるのが不思議な感じだ。
設置場所は天井。
霊力供給は勝手に俺から持っていけ。
俺が意識していなくても常時点灯してくれなきゃ困る。
部屋の広さから、ひとつだけ設置したのでは暗闇の死角が出来ると判断し、合計十個の電球をイメージした術を放った。
照らし出されたのは、ミミズか、イモムシか、はたまたナメクジか……ベースはどれだろうか。
体長はやや長めだが、ずんぐりむっくりとした情けないフォルム。
触手なのか触角なのか、身体の先端付近にヌメってる器官がある。
地面側には腹足のようなオレンジ色がチラ見えしている。
デカイのでチラっとしか出てなくても俺の太腿位の太さと長さは最低あるなってことが分かる。
触手だったら嫌だな。
正直、お近付きになりたくないタイプだ。
ビビットな色使いだし、直視し続けたら目が腐りそう。
……あ。
陸にいるから違和感ありまくりだが、一番近いイメージは、色合いといい体型といい、でっかいウミウシだ。
「カノン、アレ、なにか分かります?」
「知らん。
初めて見る」
頼みの綱のカノン先生ですら知らないのか。
鑑定眼は説明文を読まなければいけないから、バタバタ走り回りながらだと扱いが難しい。
必要な弱点だけ抜粋して表示出来れば良いのだが、俺が何を弱点と判断出来るか、結局全容を知らない限りはその判断を下せないからか、何度か試して見たけど無理だったんだよね。
ナメクジみたいな魔物は、水属性だから風属性の精霊術が効果的とされる。
だが、結局生態や特徴がナメクジに近く体内の水分量が滅茶苦茶高かったので、塩をかけたらやはり浸透圧により縮んで死んだ。
弱点には塩と書かれていないにも関わらず、だ。
それを考えるとコイツにも説明文には書かれていない弱点があるのかもしれない。
それがカノンなら何かしら知っているかと思ったのだが……
「えぇい、役立たずめ」
「酷いな。
レイムも同じだろ」
「俺は可愛いからその場にいるだけで大活躍してることになるんだよ」
「なんだそりゃ」
可愛いは正義って言うじゃん。
正義とはつまりヒーロー。
ヒーローは勝つのがセオリー。
ほら、いるだけで大活躍確定じゃん。
杖を出現させ魔物を見上げながら互いに軽口を叩くが、未知の魔物はやはり脅威なのだろう。
顔が引きつっている。
今まで見てきた魔物はどれもカノンの知識の中に存在していた。
近類種だけでも分かるとそこから突破口が掴めそうなものなのだが。
ウミウシもナメクジも貝類の仲間だ。
ソレを考えるとこの魔物は水属性だろうか。
……って、地属性かよ、なんだよ。
見た目に騙された!
「カノン、ヤバい。
コイツ地属性だ!
ガチでお前役立たずになる!!」
「風属性が得意ってだけで他の属性攻撃術だって使えるからな!」
言うが閉ざされた空間では遺跡の呪いと呼ばれる酸素欠乏症予防のために火属性の精霊術は控えるように言われている。
水属性の精霊術も、ここが地面の中だと言うことを考慮すると使いづらい。
足場が悪くなる程度なら良いが、下手したら天井が落ちてくる。
……もしかして、詰んでない?
この状況??




