神さま、旅に出る。
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御礼申し上げます。
走って、駆けて、時折森の奥に向かって武器を投げる。
しばらく進むと、投擲により死んだ魔物に出くわせば聖水が入った瓶を上空に投げそれを弓矢で射て上空から聖水を全体に振り撒く。
負傷しその場から撤退した魔物の血の池が出来ていれば適当に聖水をばら撒く。
スピードを緩めはするが立ち止まらず、一気に森の中を駆け抜ける。
カノンの一連の動作は洗礼されており、ついて行くのがやっとだ。
森の中は逃げ一択で戦闘をしないと聞いていたからユルい旅なのだと思っていたのに、全然違った。
長距離移動になるから全速力ではないが、ジョギング程度の運動強度では許されず、完全にランニングの域である。
息も上がるし心臓の鼓動も滅茶苦茶早い。
視界の悪い森の中、突然魔物が襲ってきたり、足元にトラップが仕掛けられていたりするかもしれないのに、よくコレだけ早く走れるものだ。
あ、また何か投げた。
カノンが右手で合図をしたら聖水による浄化をカノン自身がやるから速度が緩まる。
左手で合図をされたら、浄化する範囲が小規模だから後続の俺が担当することになっている。
今回は左手なので俺が浄化をしなければならない。
あまり魔物が出ないので、出番が少ないのは有難いが、荷物の外側に取り付けられたポケットから聖水が入れられた瓶を取り出して、フタを開けて目的のモノにソレをかけて、また瓶をしまう。
この作業を走りながらするのは非常に大変だ。
速度を緩めすぎてカノンを見失いそうになったり、慌てて瓶を落として割ったり。
初めてのこととは言え、ミスを連発するのはいただけない。
走りながら反省をするが、反省することに気を取られるとまた置いていかれる。
とりあえず、今は走ること、ついて行くことに集中しなければ。
この間来た時は道中魔物を倒しながらとは言え、随分早く着いたものだ。
前回の半分も掛からない時間で、一次休憩地点と言われていた水晶球の白滝に辿り着いた。
あ〜、シンドい!
上を向いて息を整える。
幸い、脾臓が痛むようなことは無かったし、吐き気もないが、やはり辛いものは辛い。
カノンは予定より早く行動出来ているからと、靴を脱いで脚を冷やしている。
こんな無茶苦茶な進行を当たり前のように提案してやってのけるから慣れているのだろうけど、疲れるは疲れるんだな。
超人ではなかったようだ。
突然走るのを辞めると身体に負担がかかる。
歩き回ったりストレッチをしたりして、充分に脈拍が落ち着いてから、俺も靴を脱ぎ水に足をつけた。
冷んやりして気持ちいい。
そのままジャブジャブと水の中を進み、空になった瓶に滝から直接水をくみ喉を潤した。
別の瓶にカノンの分の水を入れて投げる。
「ここでの休憩時間は?」
「王都に連絡を入れたいし、これを食い終わる頃に出発準備をしよう」
言って代わりに投げて寄こしたのは、一昨日作っていた携帯食だ。
あと、レモンもどきのはちみつ漬け。
レモンよりも酸味が強いので気付けや疲労回復に使われている柑橘類だ。
冬の間に収穫したものを、長期保存出来るように、乾燥させたり蜂蜜に漬け込んだりしているそうで、今回はとにかく移動にカロリーを使うからと蜂蜜漬けを持ち出した。
一枚取り出ししゃぶりながら聖水の補給をする。
うん、ンまい。
空になった瓶の中身は元々ここで汲んだ水だからな。
アクアが浄化してない分、道中ぶちまけてきた聖水と比べれば威力は劣るが、コレにだって浄化作用があるのだし。
多めに持って損はないだろう。
重いって言ったって、何十kgと加算されるわけじゃないし。
カノンは王都への連絡のためにだろう。
紙を取り出し……なぜか、杖も出した。
杖の霊玉が光ると、紙から鳥が飛び出し、その鳥にカノンが何か告げると飛び立って行った。
滝の音がうるさくて聞こえなかったが、「今から向かう」とか「件の奴も一緒だ」とか、なんかそんな感じの唇の動きをしていたように思う。
ふむ。
俺のことは無条件に保護した訳ではなく、ある程度の打算や思惑があっての行動だったのか。
ある意味安心した。
単なるお人好しだったら、余りにも心配すぎるレベルの善人に思えたから、そのうち詐欺に遭うのではないかと心配だったんだよね。
国に所属しているなら、身元不明な自称記憶喪失の不審者を通報しない理由は無い。
通報の手段があったのには驚いたが。
「今のって何?」
「任意の相手とやり取りができる伝書術だ。
コルンバとか、シルフィードとか呼ばれている」
精霊術の一種だそうなのだけど、霊力の強い皆が居たせいか、何度試してもこの伝書術がうまく発動出来なかった。
そのせいで定期的な連絡が出来ずにいた。
普段王都に向かう時も一報入れて居るそうで、皆が離れた今がチャンスと、多少影響は出るが森の中で術を発動させたのだとか。
「ふ〜ん……
つまり、素材収集って名目がなくても、俺を王都まで連れ出そうとてしてたんだ?」
「読唇術か」
突っ込んで聞くかどうか迷ったが、あからさまに嫌そうな顔すんなよ。
そんな一言一句的確に読み取れるような精度はないし。
「……誤解のないように言っておく。
森に置き去りにしようだとか、森から抜けてすぐに警吏に突き出そうだとか。
レイムの害になるようなことは考えていない」
「うん、まぁ、それは分かる」
「分かるのか」
「カノンはいつだって誠実だったからね」
俺の何かしらに危険因子を感じたのだろうとは思うのよ。
最初、あからさまに警戒していたし。
それは、お互いさまか。
だが、どこをどう見ても怪しい俺を保護し介抱してくれた上に、必要以上の世話まで焼いてくれた。
俺の適当な態度にも真面目に対応してくれたし、精霊たちと合流してからは特に真摯に向き合ってくれた。
まぁ、それは精霊に対する信頼度が天元突破しているからだろうけど。
放っておく、という選択肢をいつでも選べるのに選ばなかった。
それらは、俺がカノンを信頼する決め手にはならなかったとしても、カノンが俺を害さないと判断するには充分すぎる材料になる。
カノンは一つ溜息をつくと、荷物を背負って歩き出した。
休憩は終わり。
話は歩きながらということだろう。
俺が記憶喪失(設定)ということで、脳を刺激すれば何か思い出すのではないか。
そう考えたカノンは、病み上がりではあるが怪我の後遺症が見られないため、アレコレ日常生活全般業務を俺にさせていた。
些細なことから記憶の扉を開くキッカケを得られるのではないか。
そう考えてのことだ。
何ができるか分からない居候に、タダ飯食わせるわけにいかないから家事をさせてやれ。
そう思ってのことではなかったらしい。
何をさせても、何を言っても年相応の無邪気さ全開で、初めて聞いたと言わんばかりの反応を示す割には、たまに専門家ですら知らないような知識を、鋭い眼光で披露する俺は、物凄く異様な存在にカノンの目にうつったそうだ。
そう聞くと、俺も俺の存在が非常に気持ちの悪いものに見えるな。
だが実際、「知識」にはあれど初めて見るもの全てにいちいち感動してしまっていたからなぁ。
こ、コレがあの!? って反応しちゃうよ。
仕方ない。
鑑定眼で見た情報の中には専門的な情報も含まれていたのかな。
鋭い眼光と言えば格好良いが、単に慣れてなくて説明文を読み上げる時目付きが悪くなっていただけだと思う。
このお互いの認識のギャップ、どうにか埋めれないものですかね。
実は俺を保護した直後、カノンは王都に連絡を入れていた。
『重犯処刑後のような風体の子供が浜辺に流れ着いた。
息があったので保護をしたが、いかようにすべきか、判断を仰ぎたい』
その最初のシルフィードによる連絡は入れられたのだが、俺が目を覚まして以降。
向こうから返事が送られてきているのか判断すら出来ないが、返答が来ない。
何度起動させようとしても、伝書術の方陣が動かせない。、
その度に、微量な残滓が観測できた。
俺が目を覚ました夜はウェントスの。
雨が降った日はアクアの。
日が差す時間はルーメン、明かりを灯す時間はイグニス。
皆が姿を現す前から、その色とりどりの残滓は確認されていたそうだ。
そして肉体を与えられて以降のテルモからは、常に監視されている、あからさまな敵意とも取れる視線が送られてきた。
理由は分からないが、この精霊の言葉を理解する子供は、精霊達に非常に愛されており、自分がこの子に害成す存在となれば、人間の法なんて関係ない。
即、首と胴体が離れることになる。
そう判断し、俺が何者であろうが最大限の便宜をはかろうと、心に決めてからは精霊達の態度が柔和なものになった。
自分の態度は神々のお気に召したらしい。
針のむしろに立たされているような、高山の頂上にいるかのような、常に肉体へ与えられていたダメージが無くなった。
よくもまぁ、レイムはこんな中、平然としていられるものだと関心するしか無かったそうだ。
全く気付きませんでした。
カノンが強ばっていたのって、精霊に対する畏怖の念から緊張していたからだと思っていたんだけど、違ったのね。
王都へ赴く提案も、幾度かしようとしたがそのたびにプレッシャーがより一層重く辛いものになったので、なかなか言い出せずにいたが、このたび、めでたく妨害が入らなかったため度の予定が組めたのだとか。
流石に前もって連絡を入れずに王都に行くことは出来ない。
レイムの提案で精霊達から離れることが出来たのは僥倖だった、と褒めてくれた。
拒否もせず、こちらへも特に釘を指してこなかったと言うことは、連絡を取ってもいいと言うことだろう。
そう判断し、先程シルフィードを起動し、久方ぶりに飛ばすことが無事できた。
そういう流れだ。
水晶球の白滝から流れる沢沿いに下りながら、俺がお気楽異世界満喫コースを堪能している間、いかに大変だったのかを語ってくれた。
イヤ、苦労自慢ではないのだろうけど、背中から哀愁漂わせまくっているから。
滅茶苦茶大変だったんだろうな、と。
アイツら、この世界では神様的存在で偉いのは分かるが、俺の命の恩人に対して失礼にも程がないか?
なに脅しかけまくってんだよ。
合流したらゲンコだ、ゲンコ。
「処刑って物騒な言葉が聞こえたんだけど?」
「建国の創成物語に因んで、国家反逆罪に問われるような重罪人には、掌を杭で打ち付け心臓に剣を突き刺し首を落とす処刑方法が取られるんだ。
外患誘致のように国家転覆を目論むようなことをしでかす馬鹿は今までいた事がないから、幸い、この国で行われたことはない」
「あ〜、俺に外で風呂入んなって言ったのは、それが理由か」
「そうだ」
あの時はテルモに話しそらされたんだよな。
掌と胸元に貫通痕、首には裂傷痕が残っている。
風呂に入るのに裸になれば、奇異の目で見られるどころか、もしもしポリスメン案件だろう。
確かに、バッチリ話して欲しくない話題から遠ざけようとしていたんだな。
……きっと、その物語と言うのに俺が出て来るのだろう。
地球からの移民はこの世界の発展に貢献した、救世主や英雄的存在だ。
欲のないこの世界の住民は、魔物の脅威に晒されながらも非常に原始的な生活を送っていた。
そこに、魔物をバッタバッタと「スキル」や化学兵器のような、見たことのない夢のような技術でなぎ倒し、生活を豊かにしてくれる存在が現れたら、そりゃあ神様だ、英雄だなどと崇め奉られるだろう。
そして、突如現れた彼らは、その技術の伝授をする際に、この世界に来るまでの経緯を聞かれたに違いない。
精霊の皆には、俺が悪役の演技をしていたとバレバレだったようだが、親しくない、その他大勢からしてみれば、俺は完全なる悪人だ。
施設を滞りなく動かすための強大な「スキル」を持つ人間や上層部の連中を次々と殺した狂った謀反者。
最後、手を撃ち抜かれ首を切り落としかけられ心臓を貫かれた。
俺を討ち取った三人が、俺の演技に気付いていたとしても、致し方のなかったことだと否定してくれていたとしても、その事実は変わらない。
人の口には戸を立てられない。
三人が俺の死後動きやすいようにと、音声を切ってライブ中継をしていたし、建国期のひとつとして『三英雄が魔王を討ち取った物語』が語り継がれていても、なんの不思議もない。
そういう絵本が、家に置いてあった。
紙がまだまだ貴重だと言うのに絵本にまでなっている、と言うことはとても有名な話で、国にとって市井の末端まで行き渡って欲しい話なのだろう。
理由までは分からないが。
話に夢中になっていたら、聖木へと辿り着いた。
相も変わらず、どこまでも伸びる幹も枝も立派である。
「ここから先、申し訳ないが目隠しをして貰いたい」
「え、そんな趣味ない」
「俺もねぇよ」
そんなプレイがお好みだったの!? と茶化したら怒られた。
冗談の通じないヤツだ。
精霊に愛されているとは言え、俺の身元が証明出来ないうちは、この先にある建造物が、それこそ国家転覆レベルの機密情報が詰まっている。
そんな場所を通るので、そこを通過する間は目隠し必須なのだと言われた。
カノンはそこの守り人をしているんだって。
肩書きの多いヤツだ。
エスコートでもされるかのように腕に手を回し、半歩遅れてカノンの後を付いていく。
木々の擦れる音が、川のせせらぎが遠ざかる。
土を踏みしめていた足元は、硬い頑丈な素材へ変わる。
カツン、と響くその感覚には覚えがあった。
今の俺には、それを確認することは出来ないけれど。




