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神さま、食客になる。



タレ目の男が引き出しから取り出したのはセニングシザーだ。

ハサミの歴史自体は長い。

金属の値段とか加工技術の普及とか、そういう諸々、この世界の知識がない状態で考えても意味がないことは置いておいて。

あったら便利だからね、ハサミは。

前時代的な生活をしているであろう一般家庭にあっても、まぁ、不思議ではない。


だが、セニングシザーはあくまで髪の毛を切ることを目的としたハサミである。

刃が凹凸になってて簡単にナチュラルな感じに散髪出来ますよ、という別名スキバサミってやつ。

この男性が床屋だと言うのなら持っていることにも一応納得できるのだけど。

そうじゃない口ぶりだし。

親の職業が美容師だったとか?


刃物を持っている他人が自分の背後にいる状況はなかなか落ち着かない。

その上、服に切った髪がつかないためなのは理解しているけど、大きい布で上半身が動けない状態にさせられるのは更に頂けない。

ある種拷問のようだ。


髪の毛が長い方が「スキル」を扱うのが上手になる、とか。

「スキル」が強力になる、だとか。

その手の俗説があったせいで俺は髪の毛を切る許可が下りなかったから、整えて貰うのが何年ぶりか思い出せない位に久しぶりのことである。

その間に戦闘訓練やら危機管理能力の向上やらさせられていたので、どうしても刃物に対して意識しすぎてしまうな。


「随分派手な術を使ったようだな」


断髪する時つかみ損ねた、元の髪の長さが分かる毛束をつまみ上げて呆れた声をかけられる。


「術?」


そう言えば治癒術がどうの言ってたな。

「スキル」のように髪の長さで威力が変わる特性を持つ似たようなものがあるのだろうか。


「.........回復薬も術も知らないって、お前、本当にどこから来たんだ?」


何度も疑問に思ったけど飲み込んできた言葉なのだろう。

初めて聞かれたセリフなのに『本当に』とつけられた。

不信感を持ち合わせない極度の善人かと考えもしたが、そうではないらしい。


どこから、と言われてもなぁ.........

『異世界からです!きりっ!』とか言って受け入れてもらえるのだろうか。


そもそもここが異世界かどうかも分かってないしな。

ワンチャン、再生させた地球だったりしないかな〜と思っているのだけど。


いや、さすがにそれは楽観視しすぎか。

生活レベルが合わない。

「スキル」があるなら金属加工品は勿論、薬だって化学的なものが作れる。

木造建築なんて見たことがない奴らが、木が生えてるから、じゃあ木で家建てようぜ、とはならないだろう。

変わり者がいてそうなったとしても、断熱材も何もない、厚みのある木材だけで建てるのも、安全性の低い暖炉を拵えるのも違和感がある。


それにこのハサミを持っている男の顔は見たことがない。

あの施設にいてデータ登録のない存在は有り得ない。

ならばこの男はこの世界で産まれ生きてきたのだろう。


「万物創造」はどれだけ緻密な物でも質量の大きな物でも、創り出すのにかかる時間に差は出ない。

オレが死にかけの状態で「スキル」を発動させ、地球を再構築させるのに、他の実験で作り出してきた創造物と違い万が一時間がかかったとしても、何十年、何百年とは経っていないだろう。

俺の傷も時間経過はさほどしていない。


この家の家具にはかなり年季が入っている。

随分使い古されているものばかりだ。

再生させた地球ではない。



「どこからと尋ねられましても、どこから来たのか、ここがどこなのか、私自身も分からないのです」

「回復薬を飲んだことがない、と言ったな?」

「えぇ」

「治癒術を掛けられたことは?」

「そもそも治癒術とやらが何かも分からないので掛けられたか否かも判断できません」

「.........精霊術、と言えば分かるか?」

「精霊術?」


首を傾げそうになるが慌てて止める。

ジャキジャキと髪が切り落とされる音が耳元で続いているのだ。

1部だけ変に短くなるのなんてイヤだ。


尋問のようにアレコレと質問が続くが、血まみれ傷だらけだった不審者を相手にしているのだから当然と言えば当然だ。

むしろここまで甲斐甲斐しく世話をしてくれる理由を知りたいくらいだ。

恩人に仇なすつもりはない。

話さない方が良いことは黙っているが、嘘をつくつもりはない。

話せることは話そう。


「さっき回復薬作った時に見せたやつだ」


人差し指を伸ばした左手を俺の顔面に持ってくると「Come on なんちゃら」と言って伸ばした指から先程と同様水色の光が集まってくる。


うん、やっぱり英語だよね。

そしてなんて言っているのかイマイチ分からなかったけど、Aquaって言っているのか、な?

もっとハキハキ大きい声で発音して欲しい。

わかりにくいから。


日本語が常用語っぽかったり英語らしい言語使ったと思ったら今度はラテン語か。

言語の坩堝かよ。


集まった光はちいさなヒトガタを形作りふよふよ周囲を漂い始める。

手のひらサイズのニンゲンの形はしているが、特に表情の変化もなければ意志のようなものも瞳には見えない。

どんな構造で成り立っているのか、そもそも生物なのか好奇心が湧いてでるが、生憎両手ともに布地で拘束されていて文字通り手が出せない。

何かちょっかいを出したらリアクションが返ってくるのではないかと期待して息をフッと吹きかけてみると、反応が反ってくる。

「あ」の形に口を開いたと思ったら、あの水色の光を発し、そのまま、霧散した。

その場には何も残らない。


「今のが精霊」


地水火風それぞれの属性で下位・中位・上位と存在が確認されており、それらを統べる存在が居るだろうと仮定されているが、確認自体はされておらず、そもそも精霊自体がどんな存在なのかすらイマイチ分かっていないそうだ。

現在絶賛研究中だそうだが、扱える人員が多くなく難航しているんだって。

今呼び出したのは下位の精霊で、呼び出す分の霊力しか使わなかったからある一定の時間が経ったし、消えた。

何かしら——回復薬を作るとか、そう言う用事を申し付ける時は、呼び出す分に更に追加で霊力を渡して力を貸してもらうんだって。


つまり「スキル」とは別物か。

スキルはあくまで自分自身の内部にある力を使うものだ。

創作物でよく聞く霊力と呼ばれているものが何なのかは不明だが、根本的に違う原理が働いていると思う。


「スキル」を酷使すると寿命を削ると言われていたし。

手紙を書く時に血文字を使うのが「スキル」

ボールペンを使うのが精霊術って考えればいいのかな。


「本当に何も知らないんだな。

.........ちなみに、お前の名前は?」


聞かれて、思わず沈黙する。

いや、覚えてるよ?

自分の名前くらい。


ただ、ここで本名を名乗っても良いのだろうか。

この世界での山田太郎花子のような名前ならまだ良い。

だけど、もしキラキラネームやDQNな名前だったなら。

更に言うなら、国が違えばアウトと判断される名前があったように、俺の本名がその手のワードだったら完全にヤベぇやつ扱いまっしぐらだ。

それは避けたい。


「日常生活において必要不可欠なものを一切知らないし、名前も覚えていない——

お前.........まさか、記憶喪し「きっとそんな感じなんだと思います!」


断言してしまうと嘘になるからぼかした言葉で肯定したが、言葉が食い気味過ぎたかもしれない。

怪しまれてしまうだろうか。

だが、男は「そうか」と小さく言っただけで追求はしてこなかった。

ホッと一安心。


「名前がないのは不便だよな。

ずっとお前と言うのも失礼な話だし」


しばらくハサミの音しか響いていなかった室内に、ポツリと声が落ちる。


「因みに、貴方のお名前は?」

「カノン」

「ほほぅ.........? ちなみに、妹さんは?」

「アリア」


カノンに、アリア。

両名ともクラシック由来の名前になるな。

あるの?

クラシック?

この世界にも??

音楽が一般知識になる位に根付いてるの??


「3人目が産まれていたらどんな名前を付けたかったか父に聞いたことがあってな。

コーラルやらフーガやら、色々あったが.........さて」


賛美歌に、遁走曲。

次から次へと出てくる名前は、やはり全てクラシックに由来する名称ばかりだ。

なら、


「.........レクイエムはありましたか?」

「あぁ、確かに言っていたな。

俺と妹が3文字だから、それならそこから文字ってレイムか、なんて笑って話していたが」

「それじゃあ、それで」

「そんな簡単に決めていいのか?」

「私にはどのような名前が一般的なのかも分からないですし、呼称がないのは不便ですから」

「お前が納得してるならいいが.........じゃあ、レイム。

仕上がりはこんな感じでいいか?」


流石に折りたたみ式の大きい鏡はないようで、手鏡を用意してくれた。

.........うん、やっぱり、死んだ時の年齢そのままの、俺だ。


歳の頃15程度。

光の具合で虹色に光る銀髪と金瞳。

アンドロイドのようだと散々揶揄された、作りものみたいに目鼻立ちの整った愛嬌の欠片もない顔。

まぁ実際、半分以上人工的に作り出されているのだ。

生身であるからアンドロイドではないが、人造人間には違いない。

どうせ転移なり転生なりするなら別の顔が良かった。

正直、俺の好みではない。


そこに乗っているのはウルフカットと言えば良いのか。

ザンバラに切られた髪を誤魔化すためにトップは短めに切られているが全体的にレイヤーが入り軽い印象に仕上がっている。

今までしたことのない髪型なので、新生活を始めるためのイメチェンにはピッタリだ。

思ったよりもしっかりと仕上がっている。

最悪、ザンバラなもっさい出来を覚悟していたのだが。


「ありがとうございます。

髪切るの、上手なんですね」

「どういたしまして」


ほうきとちりとりがすぐ近くに立てかけられていたので、カノンが手鏡とハサミを片付けている間にササッとはいてしまう。

集めたゴミと、布についた髪はどうすれば良いのかね?

ゴミ箱らしきものが見えないが。


キョロキョロ探していると「この時間帯ならそっちの窓だ」とチリトリを取り上げられる。

そしてそのまま開かれた窓の外へポーイッ! とチリトリの中身を放り捨てる。

「ポイ捨て禁止ー!」 と叫びそうになるが悪びれる様子なくやっているのだ。

ココではコレが普通なのだろう。

だがしかし。

ご近所さんから文句は出ないのだろうか。


ゴミは基本的に窓の外を見て太陽の位置を確認して捨てるように、と言われる。

季節にもよるが、だいたいは太陽が出ている方角の窓の外に捨てると風がゴミを持って行ってくれるそうだ。

逆の窓から捨てると部屋の中に戻ってくる危険性があるからダメなんだって。

風の向きが時間によってほぼ固定していると言うのは不思議な話だな。

って言うか、太陽が当たり前のように存在しているんだな。


霞みがかっていない、燦々と輝くソレを初めて見た。

目が、痛い。



怪我が問題ないならと家の中を案内される。

とば口の向こう側が台所であるとか、俺が寝ていた部屋は今は王都に住んでいる妹さんが使っていた部屋だから好きに使っていいとか。

その部屋につながる階段とは反対側にある階段の上がカノンの部屋だとか、地下に食料庫があるとか。

見てみたいと言うと、台所から地下に降りさせてくれた。

木製のハシゴは踏みしめるたびにギッギッと鳴いて暗い地下へと長く続く道にしては頼りなく少々恐怖を感じる。


慣れているのだろう。

手探りでランタンのようなものを探し当て火を灯す。

パッと見では食材になると言うことすら分からない物体がカゴいっぱいに入っていたり冷蔵庫のようにヒンヤリと冷える箱の中に入っていたりした。

調理部隊に勤めていた先輩の影響もあって、俺は比較的食材の元の形を知っている方だとは思っていたのだが、植生が元の世界とはそもそも違うのだろう。

全体的に殻に覆われていると言うか、硬そうな見た目をしている。


一人暮らしだろうに沢山あるのですね、と言うと街まで買出しに行くのが面倒臭いからある程度まとまった量を買っているんだってさ。

面倒臭いと思わせる距離から大量の荷物を持ち運ぶのは大変そうだな。

あとは、庭に小さいが畑もあるし家畜も少しいるとか。

今は季節的に収穫物が期待できるから、これでも冬に比べれば少ない方なんだって。

庭や畑は、後回しにされた厠への道案内の時についでに教えると言われた。


家の中の調度品こそ年季入っていて手作り感満載だが、先程のセニングシザーのように所々時代を先取りしすぎている生活用品があって、なんだか歪で面白い。

どんな文化の発展の仕方をすればこんなことになるのだろうか。

あちこちウロチョロしていたら、ご両親が使っていた部屋は立入禁止であるとか、薬草の類いは触るなとかそう言うしてはいけない決まりごとも追加で言われた。


つまり、いつまでになるかは分からないがご厄介になっても良いと言うことだろうか。

尋ねると「決まりごとさえ守ってくれるなら」と返された。

記憶力は良い方だから任せてくれ。


「じゃあ.........改めて、宜しく。カノンさん」

「呼び捨てでいい。よろしく、レイム」


握手を交わし、俺はこの家の居候となった。



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