神さま、手合わせをする。
重いサンドバッグを蹴るような感覚。
しなる鞭のように身体の内側まで響く打撃。
風を切る軌道に地面を踏みしめる轟き。
寸止めはしない、無手による乱取り。
実戦方式と言えば格好良いが、実際の戦闘のような泥臭さは微塵もない。
単なる戯れのようなものだ。
しかし時折、鋭い攻撃が入る。
つい、応じて関節破壊をしてしまいそうになるが踏みとどまる。
コレは遊びだ。
本気になってはいけない。
手首を捕まれそうになる勢いを利用して跳び、何事もなかったかのように一旦離れ、また再開した。
相手の動きを先読みし、力を受け流す。
隙を誘い込み、相手の動きを自分の意図する方へとコントロールする。
相手が消耗してきた所で、日も傾いてきているし、ここら辺で良いだろう。
そう判断し一撃を喰らわせダウンしたことを確認し――試合終了。
バカにしているのか、とよく怒られた俺にとってはありふれた、よくある稽古の風景だ。
相手を動かし弱らせ自分の体力をなるべく消耗せずに勝利を獲られるのだ。
賢い方法だと個人的には思う。
不慣れなヤツには自分の身に何が起きているのか分からないまま終始翻弄されるため、卑怯とは言われない。
いつもならこうはならないのに。
気が付いたら負けていた。
そんな言葉を口にする。
「こすい……」
「え? なに??
元気づけてくれるんです?」
「鼓吹じゃねぇ……」
カノンは乱れた息をなんとか整えようと大きく深呼吸をしようとした。
だが、むせた。
酸素が足りなさ過ぎて浅い呼吸しか出来ないようだ。
息が上がってゼヒゼヒ言っている。
あっけらかんとしているが、実は俺も少々疲れた。
よくもまぁ、午前中アレだけ走り回ったのに動けたな。
意外と接近戦が出来るのだと最初の数手で気付けて良かったと安心している。
正直舐めてかかっていたので気付けなかったら、もうちょっとヤバい場面があっただろう。
折ったり流血させたりしてしまっていたかもしれない。
魔物相手に逃げるの一択とか言うから、遠距離攻撃しか有効手段がないしそうしているのかと思ったのに。
全然違った。
足も早かったし、男性にしては関節も柔らかく、非常に優れた肉体をしている。
ヤバイ。
大の字で寝転がっているカノンに対するアドバンテージが見付からないぞ。
コイツ、何なら出来ないんだ。
この世界の住民ってコレがデフォルトなのか?
だとしたらハンパねぇな。
異世界転移ウェーイとか微塵も出来ないじゃん。
色んな意味を含んだ汗を拭う。
俺は土埃浴びているし、カノンは汗と寝っ転がったせいで土まみれ。
家に入る前にアクアに滝のようなシャワーで洗い流され、ウェントスとイグニスによる温風で乾燥機に掛けられたように髪から服からフワッフワに乾かされた。
風呂に入れないので、手段は少々手荒だがとても助かった。
明日から就寝前はこうして貰おうかな。
精霊様を便利道具にするな、と怒られるか。
生鮮食材の消費の他にも、素材集めの旅に出る前にやっておかなければやらないとこは山とある。
薬草の採取と乾燥。
回復薬の生成。
畑の管理にシュケイ小屋の拡張。
旅に必要な道具の準備。
それと、俺の戦闘力の確認。
逃げる一択戦法が取れるかの確認のために、かくれんぼをしたり、鬼ごっこをしたり。
杖使用精霊術不使用の組手をしたり、無手での試合をしたり。
提案された時は子どもの遊びかよ、と言いたくもなったが、相手が魔物であればそれは遊びではなく命懸けのものになる。
置いていかれるのは避けたいし、抱えて走って貰うようなお荷物にもなりたくない。
魔物との戦闘は合格点を貰ったが、その他の部分だってカノンとしては把握しておきたいだろう。
文字通り、死活問題だもんな。
旅に出る予定を何日後にするか、それまでにすべきことの確認をとりながら朝食の準備をしたのだが……ちょっとした遊び心だったのだ。
レシピ検索を「知識」でやったら、ハロウィンのパーティーメニューだとか言って色んなレシピが出てきたので、好奇心が勝ってしまった。
血みどろに見える腸詰めを焼いたり。
キノコやナスを入れてグロい色に仕上げたスープを作ったり。
あと生ハムを巻いてソレっぽく仕上げたポテトサラダを作って朝食に出したのだ。
そしたら怒られた。
ゾンビの話をした後に悪趣味すぎるだそうだ。
当然、狙ってやりました。
思ってた以上に見た目が毒々しくなったのは誤算だったが。
味が美味しいのが腹立たしいと言いながらも完食し手を合わせるカノンはエラいと思う。
俺だったらこんなグロい料理を爽やかな朝から出されたらもっと怒る。
シュケイ小屋の拡張は、柵で囲う範囲を広げることで、糞尿の掃除を長いことしなくてもストレスが溜まりにくいようにすること。
飼料がなくなっても地面に生えた雑草で食いつないでくれることを主な目的としているそうだ。
全部潰して燻製にしてしまうこともあるが、今は若い個体が多いしお祝いでもないのに勿体ないという理由で今回は拡張工事をする。
いつもしているから、と手馴れたものだ。
物置から拡張用の柵の材料を出してきて、地面にハンマーで埋め込み既存の柵と縄で固定する。
真ん中を通っている既存の柵はどうするのかと言うと、脱走防止用のカプシカムを撤去するのみ。
結構高い壁でも塀でも飛べるそうで、その証拠と言わんばかりに、カプシカムを撤去した途端、遊具の如く柵を行ったり来たりしていた。
自由に動き回れる空間が広くなると嬉しいのは家畜も同じらしい。
シュケイの逃走防止と魔物の侵入防止用のカプシカムは交換が出来ないので柵の周囲に移植した。
植えてある所と柵に取り付けてある所とがあった理由はコレか。
なるほど、賢い。
隠伏技術は高ければ高い程生存率が上がる。
逃げ足が早いのは良い事だが、魔物に気付かれなければそもそも生命の危機に立たされることもないのだ。
気づかれないことが最大の防御となる。
当たり前の話だ。
気配を消したり、物音を立てずに行動したり出来るようになるのは旅をするにあたって非常に重要なのである。
影の薄い存在になるには瞑想が有効手段となる。
自分が自然に溶け込む感覚を掴むことが大事なのだ。
だから鬼ごっこと言う遊びの中で身につけよう。
身についているのか判断しようと言う考えは意外と理にかなってる。
新しく物事を覚えたり修得するのに楽しむのはとても大事だからね。
そして楽しむからこそ気が抜け油断しやすい場面も自ずと分かる。
ただ、実際にやろうとしたら隠れ鬼ごっこになってしまった感じだった。
なにせ、森の中は魔物がいて危ないし、家の周辺は隠れる所が少ない。
一度見付かったら再度隠れるのは難しい。
隠れられる場所がないから。
撒いて隠れることが出来たとしても、やはり見付かれば同じことの繰り返しだ。
カノンが家の中で1分待機後、問答無用で探すと言うから、大きめの音を立てて家から離れた後、気配を消して家の前に戻り玄関の横でじっとしていたのだ。
実際、まんまと策略にハマり、カノンは足音がした方へと走って行ったし暫く戻ってもこなかった。
俺はどうしても自然に溶け込みにくい目立つ外見をしているので、扉を開けた時死角になりそうな位置に立っていたのだが、ここまで見事に引っかかってくれると、とても清々しい気持ちになる。
してやったり、とニヤリ顔を抑えるのに必死になってしまった時は気配が微妙に揺れてしまい慌てて平常心を取り戻したものだ。
楽勝じゃんとか思っていたのに、アイツ、途中で精霊を呼び出しやがって。
イヤ、実際には呼び出そうとしたけど皆に阻まれたらしく呼べはしなかったのだ。
代わりに索敵用の精霊術でもあるのか、何か唱えた後すぐに見つかってしまったのだ。
ぐりんっ! とコッチに急に頭を向けて睨みつけてきた時にはちょっとビビった。
そこからは持久戦。
木の上に逃げれば枝が伐採され、見晴らしの良い場所を走れば水の弓矢が飛んで来る中走りまくった。
その弓矢が遠くの木をなぎ倒した時には、コイツ実は殺す気でやってるのか? って疑問に思ったよ。
息を整えられる程度の時間隠れられたとしても、精霊術で再び探し当てられてしまう。
そして全力鬼ごっこが再開される。
時折「猿か、貴様は!」「兎かよ、畜生が!」と動物に例えて悪態をつかれながら逃げ回ること数時間。
テルモに昼ごはんだと言われて試合終了。
逃げ切った俺の勝ち〜。
冷えた柑橘系の果実水がうまいね!
運動後だしちょっと濃いめに味付けされたトリ胸肉と、クタクタに炒められた玉ねぎ。
それを包むトロトロの半熟卵の加減が素晴らしい。
胸肉だとサッパリした口当たりになるのだね。
米がないので親子丼ではなく卵とじなのが残念だ。
卵とじでも美味しいは美味しいんだけど、この半熟卵がお米と絡んだら絶対にもっと美味しいのに。
捕まえられると思ったのに、と大口でガッつきながらブチブチ文句を言われる。
だが、致し方ないと思う。
諦めてもっと美味しそうな顔をして食べたまえ。
食材にも作ってくれたテルモにも失礼だぞ。
カノンは探している間も動きっぱなし。
精霊術も使うし体力・精神力共に消耗する。
俺をアッサリ見付けて、勝利の交換条件をつけて尋問したり、自分の生存率を上げるためにもアレコレ強化プログラムを組んだりしたかったのだろう。
だがしかし、その意図が外れて焦りを生む。
焦りは視野も思考も狭めて鈍らせる。
体力を消耗していたら尚更だ。
だが一方俺は、カノンがいつ追いかけて来ても対応できるように、バレにくい場所から動向を見つつ休憩が出来る。
鬼は完全に後手に回るのだから、勝てるわけが無いのだ。
夏野菜たっぷりの味噌汁を啜りながら理由を説明すると納得はして貰えた。
悔しそうだけど。
テルモが収穫しウェントスが風で水気を飛ばしてくれた薬草や、ルーメンが光で乾燥させたキノコ類を、腹ごなしがてら瓶や袋に詰めながら、午後は手合わせをしようと提案された。
怪我の経過が心配だったがあれだけ動ければなんの問題もないだろう。
そう言うが、昨日あれだけ森の中歩き回って魔物倒しまくってとしたのだから、ソレって隠れ鬼ごっこで負けた、単なる方便だよな。
怪我してたから油断してあげてたんだからね! って言い訳だよね。
余程悔しかったのだろう。
今度こそコテンパンに叩きのめしてやると考えがあけ透けて見えるオーラが出ている。
辞めておいた方が良いよ、と皆が声がけするが聞いちゃいない。
俺が施設で課せられた戦闘訓練は、常人じゃついていけないレベルだったもんね。
それを知っている皆からしてみれば、ケンカを売る相手を間違っているとしか言えないだろう。
命知らずにも程がある。
イヤ、ちゃんと加減はするし怪我はさせないよう注意するけどさ。
……な〜んて甘く考えていたのだが、いやはや。
逃げ足や持久力だけじゃなく、ちゃんと戦うことに慣れた筋肉しているわ。
滅茶苦茶動けるじゃん。
それに、動体視力も素晴らしいね。
相手を観察する能力が高い。
こんな人を殺すための技術、誰に教わったんだかね。
目潰し、金的含めた正中線への躊躇いのない攻撃。
間違いなく、対人戦の動きだった。
効果を知らずにけしかけてきたのだろうか。
俺が確実にかわすと見越してだったのだろうか。
人体急所だぞ。
タチが悪い。
精霊術を使うなら、経験値の高いカノンが優勢になるだろう。
今はまだ、全力での手合わせとなったら俺が負ける可能性の方が高い。
だが、精霊術を使えるようになれば俺の方が圧倒的に強くなれる。
俺は何でも一番が好きなのだ。
誰かが俺の上にいるのがムカつくのだ。
つまり、どうしようもない負けず嫌い。
頑張って鍛錬しよ〜っと。




