神さま、頬を膨らます。
ヒミズって知ってます?
いわゆるモグラですね。
漢字で書くと土竜って書くから格好良く見えちゃう、アレです。
15センチくらいの大きさの種類が多いようで。
つぶらな瞳に短い手足の見た目が可愛いらしい。
そんな好意的な評価がある一方で、ヤツらの掘った穴をネズミが利用し畑の作物を食い荒らされてしまう被害が出る為、害獣として駆除が推奨されていた。
そんな生物です。
……まかり間違っても、こんな二メートル級のデカさのある巨大生物では決してなかった。
小さいサイズなら可愛いとも思える前脚の立派な爪も、コレだけ大きいと単なる凶器だ。
妙にテカってる体毛のせいで不気味ささえ感じる。
「おや、お早いお帰りだね」
そんな怪物に馴れ馴れしく声をかけられたら、問答無用で術をブッ放してしまっても致し方のない事だと思いマス。
冷静になって振り返ってみたら、モグラの隣にカノンが居たし、そのカノンの隣に居るはずのテルモが居ないのだ。
その上モグラからテルモの声がするのだから、モグラの正体はテルモなのだ、と結論づけても良かった。
不思議現象が次から次へと起こる世界だ。
それくらい想像に易いだろう。
そのはずなのだが、つい冷静さを欠いてしまった。
杖の材料を手にいれて浮かれてたからなのか、生理的に馬鹿みたいにデカいモグラの見た目が受け入れられなかったのか。
あるいはその両方なのかは分からない。
だが、とりあえず元の姿に戻ったテルモには誠心誠意謝罪した。
思いのほか、俺に攻撃されたことがショックだったようでこの世の終わりみたいな顔をされてしまったので。
聖水には様々なものに対する浄化作用がある。
その他にも、聖水につけ込めば素材の霊力の通りを良くする働きもあるのだから、テルモの肉体も聖水に浸ければ馴染みが良くなるのではないか。
俺の帰りを待っている間にそんな思いつきの仮説を立てたので、せっかくだからついでに水浴びでもしようと湖に暫く浸かることにした二人。
それは、水浴びの口実を作るためとか言わないよな?
俺は土埃と返り血全部、布で拭くだけで我慢したのに。
ズリぃ。
仮説通り、と言うか。
思っていた以上の成果が得られた。
生成された肉体と霊力があっという間に一気に馴染んだ。
その結果、精霊としての精神体と、物質体である肉体とを簡単に切り替えられるようになったのだ。
コレでテルモはヒトとして過ごすことが容易になったという訳だ。
一日にしてこの成果は素晴らしい。
精神体、つまり精霊としての見た目は、前世の姿に引きずられて人間の形をとるのが基本になっているが、別に定まった形を取らなければいけない訳ではない。
その証拠という訳ではないが、ルーメンやウェントスなんかはよく鳥や猫の姿になって人間の村や街を訪れている。
そんな話をしたら、カノンが「肉体に霊力が馴染んだ状態なら、精神体同様、物質体も色々な姿形に変化することも出来るのではないですか」と疑問を呈したため、色々変身して楽しんでいたんだって。
基本の人間の姿から、女性になったり子供になったり。
俺の居ぬ間に、随分と楽しそうね。
ただ、自分が別の生物の姿に変わるとなると、イメージがしにくいのか、大きさを変えるのが難しかった。
そんな生き物をまじまじと観察することなんてそうなかったろうしな。
でも、土の精霊の眷属であるモグラなら見慣れているから、もしかしたら出来るかもしれない。
そうやってアレコレ試行錯誤をしていた最中だったんだってさ。
え、モグラって神の遣いなの?
あぁ、そもそも土の神様が目の前のテルモだったか。
見た目がそのまんまだから、つい勘違いしてしまいそうになるが、この人は俺の先輩じゃないんだもんね。
そこら辺の認識がまだ曖昧になってるな。
イカン、イカン。
どんな不毛で強固な土でも柔らかく耕してくれて、通ったその道は霊力が宿りやすくなる。
霊力が満ちた土地は作物が育ちやすくなるし、霊力に護られ弱い魔物は寄り付きにくくなる。
蟻型や鼠型の魔物なんかも捕食してくれるし、この世界でのモグラは人間の良き隣人になるらしい。
霊力が満ちると魔物が寄りにくくなる?
水晶球の白滝付近の森は逆に魔物が寄りすぎて天然蠱毒みたいに強い奴ばっかり生き残っているって話だよな。
霊力にも、種類があるのだろうか。
行き道では軽かった荷物を、湖から聖水を汲みドンドン重くしていく。
昨日テルモの肉体を作る時、家にあった在庫をほとんど使い切ってしまったので、文句も言わずに黙々と二十袋は入れた。
口が小さいため入れるのに時間がかかるため、その間も雑談をしたり報告をしたりして暇を潰す。
二種類の聖木が混ざった珍しい杖の材料にカノンが興奮したり、キノコに喰われそうになった報告をして呆れられたり。
そんな感じで。
とてもえらい精霊=神様に荷物持ちなんてさせられない、とカノンが固辞したため袋詰めされた聖水の山は俺の霊力操作の練習台になった。
霊力に満ちているこの森の中では、精霊術が無効化されやすい。
一定以上の霊力を放出し続けるのは、かなりシンドい。
その上木の枝に引っ掛けたら袋は割れてしまう。
上ばかり見ていると足元が疎かになりコケる。
不慣れ故、荷物持ちに集中力を全振りしないと落とす、とあらかじめ言っておく。
脅しではない。
仕方ないと不承不承ではあるが、帰り道に出た魔物は全てカノンが始末してくれた。
カノンは両手が塞がる弓矢は苦手だと言い、ボーラのような投擲武器を使って器用に仕留めていた。
百発百中。
命中率がハンパない。
あの紐で脚を絡め取り身動きを取れなくして、剣か何か別の得物で仕留めるのかと思っていたのだが。
ビュンビュンと風を切る音を鳴らしながら勢いよく遠心力により加速した武器は、派手さこそないが、コチラに向かって突進してくる魔物の脚を確実にもぎ取り、胴体を貫通し、生命活動を停止させた。
おみごと。
思わず拍手を贈った。
殺傷ではなく捕獲を優先させる時は分銅鎖を使うのだと、そっちの投擲武器も見せてくれた。
鎖の先に錘がある構造は同じだが、鎖自体が重く一度絡まると解けにくい構造をしているため、相手の動きを封じやすいそうだ。
鎖の片端を持って鞭のように使うことも出来るが、こっちの使い方は慣れないと戻っきてきた錘で自分の身体を損傷させかねないので、覚えたいなら軽いものでまず練習した方がいいと言われた。
女王様ごっこ出来ると思ったのにな。
楽しそうじゃない?
投擲武器は基本使い捨てで、森の中に材料は幾らでもあるから作り方を覚えておくと良いとも言われる。
道に迷った時や武器を落としてしまった時、そういう即席の飛び道具があるかどうかで生存率は変わる。
自分の生命が関わってくる時に魔物の死体を浄化しなきゃ、なんて考えている余裕は無い。
とにかく追いかけてくる魔物にダメージを与えて諦めさせるか屠るかしてピンチをくぐり抜けなければいけない時がきっとある。
その時、手持ちの戦い方や武器は幾つあっても良い。
沢山あった方が生存率は上がる。
霊力が切れても武器があれば戦える。
戦えれば逃げ切れる確率が上がる。
ここはそういう世界だ。
記憶喪失により何故なのか理由は分からなくても、神様の話す言語を理解出来る俺は、世界の危機を神託してくれる神様からの言葉を過不足なくキチンと世界中に届けるためにも生き残る手段を多く持っていなければならない。
そう言われた。
そう言う設定にテルモがしたんでした。
神様の使者っぽくて嫌だよ、その設定。
今からでも変えられないかな。
むず痒い。
目を泳がせると、練習すればある程度使えるようになる、と慰められた。
違う! そういう意味で狼狽えたんじゃない!!
そう言いたいが、反論したらカノンが俺を保護し続けてくれる理由が無くなってしまうので口を噤んだ。
どうせ、せっかく貰った投擲武器を一投目から明後日の方向に飛ばしましたよ〜だ。
大丈夫!
俺は練習すれば出来る子です!!
いつに出来るようになるかは知らんけど!!!
水袋はひとつがだいたい1kg程度。
ペットボトルや水筒とは違い、コンパクトに折りたたむことが出来る皮袋製。
特徴。
木の枝に引っ掛けるとすぐに破ける。
一気に重たい荷物を運ぶ手段はふたつある。
ひとつは、風の精霊の力を借りて浮かせる方法。
精霊にまるっと任せられるので霊力消費は激しいが、術者は楽できる。
もうひとつは、袋の周囲に霊力の囲いを作り、風の精霊術を使い杖の上部への浮かせ、杖から放つ霊力と囲いの霊力を反発させ浮かせ続ける方法。
バランス力が試される。
正直どちらも霊力を放出し続けなければならず滅茶苦茶疲れる。
それでも、霊力が比較的多い俺からしてみれば、前者の方がまだマシなのだ。
精霊を呼び出せればたれ流されてる霊力を適当にチュウチュウして貰って運んで貰えるから。
なのだが、絶賛精霊が近寄ってくれない状態継続中なので無理な方法なのである。
かなしい。
俺の場合、召喚こそ出来ないが四元素全ての精霊術が仕えるアドバンテージがある。
地水火風の精霊の力を借りて無重量状態を作り出すことって出来ないかな。
無理か。
風で静電気を起こしても、この重量に干渉しうる磁場は作れまい。
そうなると「スキル」を使うことになるな。
地上で閉鎖された空間でもないのに慣性力を消すことは……
う〜ん、想像力次第か。
想像した事象を「創造」するのが俺の「スキル」だからね。
霊力の扱い方の練習をしているのに、コレはズルにはならないか。
そう問われれば確かに卑怯な方法を使っているかもしれない。
だが、未熟な「スキル」をしっかり扱えるようになるのも必要だろう。
ひとつの結果を生み出すのに、手段は幾つあっても良いのだ!
……と言う言い訳である。
任意の空間は霊力の膜の内部で良いか。
内部にかかる一切の力を遮断。
杖の加工こそしていないが、手を上げ続けるのも辛いので、反発力を生み出すのに無理矢理使っている木の棒から生み出している霊力を、徐々に絞る。
水入の袋がそれに伴い地面に近付いてきたら無情量空間作成失敗。
見た目だけで成功しているのか判断出来ないのが辛い。
浮力も働かないのだから、飛んでいってしまうということはないと思うのだけど……
あぁ、うん。
なんで考えに至らなかったのか。
何の力も受けないってことは外側から何かしらの力を加えなければその場に留まってしまうのか。
犬のように勝手について来てくれないのだから、霊力で引っ張る必要がある。
それなら無重量状態にする必要は無い。
「スキル」の無駄遣いだ。
皮袋が密閉出来るのなら、切り取られた空間内をヘリウムで満たして浮かせるとか出来るか?
水とはそんな簡単に化合しないし、風船みたいに出来ないかな。
いや、それはさっきと同じ結果になるか。
結局引っ張るのに一定の霊力放出が必要になる。
熱気球みたいに中の空気を温めて浮かせてみたり?
結局霊力の膜内を温め続ける熱源を霊力で出し続けなければいけないし、引っ張らなければならない。
温める分余計に霊力を無駄に使うことになる。
俺の想像力ではサボりもろくに出来なさそうだ。
アレコレ考えたが、普通にするのが一番楽ってことだね。
伊達に一般的と言われる方法じゃないってことか。
そんな風に、あーでもない、こーでもない、とダラダラサボり方を試行錯誤している内に森を抜けてしまった。
俺、そこそこ色んなこと出来るつもりでいたんだけど、サボる才能、ないのかな。
初めての日帰り冒険は、なんとも締まらない形で終わってしまった。




