神さま、狩りをする。
「レイム! そっちに行ったぞーっ!!」
遠くの方からカノンの声が響いてくる。
予定では俺が準備出来た合図を出してから獲物を追い込む手筈だったはずなのだが。
何か想定外のトラブルでもあったのだろうか。
身を隠すのに丁度良い草葉の茂った場所なり、長時間乗っていても問題なさそうな太さの木の枝を伸ばしている大木なりが無いかと探していたのだが。
ターゲットがコチラに向かっていると言うのなら迎え撃つのみ。
覚悟を決めねば。
俺が通って来た獣道を無視して猛突進してくる大きな塊。
珠獅子と呼ばれる体高2メートル程の、たてがみが立派なライオンのようないでたちをしている。
だが、肉はどちらかと言うと猪肉に近い。
クセが強くアクも多いので下処理が面倒臭い、と言うのは鑑定眼の記述である。
食に対しての説明が細かいのは俺が食いしん坊だからなのだろうか。
今回必要なのは肉ではなくその額にある宝石と、風になびいている立派なシッポだ。
まぁ、道中長いしそろそろ昼ご飯にしても良いだろうから、カノン達と合流したら一旦区切りを付けさせてもらおうか。
休憩所が近いのならばこのまま歩みを進めるべきだろうが。
既に仕留めたつもりでこの後の裁断を仰ごう、そうしようと考えながら矢毒を放った。
返り血浴びるの嫌なのに〜
泣きべそをかきたくなるが、予定通りに事が運ばないのだから致し方ない。
先程のオスの珠獅子はキチンと仕留めたのだ。
ただ、弓矢が狙った目ではなくよりによって必要としていた額の宝石に当たってしまい、砕けてしまった。
コレでは素材にならないと、急ぎ他の個体を探し今度こそ撃ち損じをしないように、より確実な方法で仕留めようと短剣を握った訳である。
ナイフの扱いならお手のものさ。
こんちくしょー!
先程の個体よりも大きい分、攻撃が当たった時のリスクは高いが懐に入り込んでしまえばこちらのものだ。
珠獅子が右前脚を振りかぶると同時に風の精霊の力を借りて一気に加速。
顎下から身体の下に潜り込んでそのままの勢いで一気にナイフで下腹部まで斬り裂いた。
腹を割られた珠獅子の臓物は重力に逆らうことなくボトボトと地面に落ち血溜まりを作った。
精霊術による加速のお陰で遠くまで逃げおおせたので、倒れた巨体に潰されることも返り血を大量に浴びることもなく、無事倒せることが出来た。
魔物の体温は人間よりも随分高温なので、周囲は一気に蒸し暑くなる。
血なまぐさいし瘴気のせいで周りの草花は枯れ始めるし。
最悪な即席サウナですよ。
「なるほど。
珠獅子相手でも加速になら精霊術を使えるのか」
一個前に仕留めたヤツの素材の剥ぎ取りが終わったようで、たてがみとシッポを手に持ったままカノンが感心したようにコチラに歩いてきた。
傍らにはテルモもいる。
「術攻撃として効果がなくても、物量でゴリ押ししたらダメージがある程度通るなら、私も出番があるかもね」
「いえ、今回はレイムの実践訓練も兼ねておりますので。
手出しは無用です」
俺としては手助けして欲しいんですけどね。
コレで倒した珠獅子は三体目。
絶対に必要な素材である額の宝石は二つ。あれば尚良しなシッポは三本。
あると便利なたてがみは、1匹がメスだったため二体分。
まだまだ道のりは長い。
精霊に転生した皆の肉体を作るのに必要な素材。
それらを集めるのに俺の戦闘力の把握をしないと、どこなら連れて行けるのか、どこなら一人で任せて大丈夫なのか。
その判断すら出来ない。
そう言われ、カノンの家のすぐ近くにある森なら日帰りで行って来れるし、戦力把握も出来るし丁度良い、ということで訪れて今に至る。
ついでに俺の杖の材料も採集しようと、自分の庭のように地図もないのにカノンは先へ先へと進んで行く。
ある程度、目印にしているものを教えてくれるのだが、聞いてもさっぱりだ。
双子岩から西に二十歩、その先北へ百歩。
なんて言われても天然の岩の形なんてどれも違うし、こじつけるなら全部双子みたいに寄り添ったり連なったりしている。
コンパスもないし空に星が光っているわけでもないのに方角が大体だとしても分かるのだって人間離れしている才能だ。
実はスキル持ちなんじゃないかと言いがかりをつけたくなる。
ようは慣れの問題なのだろうが。
歩行訓練で地形に左右されない一歩の幅を均一にするよう習いはしたが、かなり大変だった。
それを当たり前のようにやってのけるあたり、カノンはとても優秀なのだろうね。
珠玉種と呼ばれる身体に宝石を付けている魔物がいる。
珠獅子もその一種だ。
珠獅子は宝石を分かりやすく額に付けているので、ソコさえ傷付けなければどんな倒し方をしても良い、と言われていた。
そんなん簡単じゃ〜ん、と思っていたのに、弓矢は吸い込まれるように宝石を砕いていた。
はて、何故なのか。
弓も投擲も、遠距離からの攻撃方法でオーソドックスな物だからやってみろ、と言われ貸してもらったのだけど、俺には合わなかったようだね。
投擲用の石なんて、珠獅子に当たることなくお空の彼方に飛んでいってしまったよ。
捜索願だけ出しておこうね。
弓もダメ、投擲もダメ。
槍投げられる程の力は流石にないし。
拳銃のようなものってこの世界には伝えられているのかな。
使っていいなら射撃の腕はそこそこ良かったと自負しているのだけど。
珠玉種の宝石は、この森の中にある聖水が湧き出ている……と言うか、聖水が空から降ってくる『水晶球の白滝』と呼ばれる場所に晒しておくと、質の良い霊玉になるそうだ。
それが多分、精霊の肉体作りの核になっているのだろうと言われた。
霊玉はそれだけでも充分素材になるのだが、身につけ霊力を注ぐことにより自分だけの霊玉に育てることが出来る。
霊力を溜めることによって通常では使えない精霊術を使えるようになったり、霊力枯渇で死にかけることがなくなったり。
電池みたいなものかな。
身代わり石のような効果もあるし、石そのものに聖水の力が染み込んでいるから魔除にもなる。
万能だね。
カノンの胸に着けているエメラルドのような大きい宝石も、この霊玉だそうだ。
親に産まれた時贈られたそうで、ずっと肌身離さず育て続けていて、透明だったものが徐々に翠色を帯びていったお陰で自分の適性が風の精霊術だと分かったんだって。
適性診断をするだけなら小さい欠片でも出来る、と先程砕いてしまった欠片を渡された。
砕いたことにモンクを言っていた割には抜かりなく拾ってあるのな。
受ける取ると、珠獅子の額に付いていた時はなんとも言えぬ気色の悪い色をしていたが、今はガラスのように無色透明で木漏れ日を受けてキラキラしていた。
テルモなんかは触れた途端ディアスポラの透き通るようなレモン色に変化した。
光の加減でオレンジ色にも見えるソレはとても美味しそうだ。
なんでも、込められる霊力が多ければ多いほど透明度が増していき、込めすぎると霊玉が耐えきれずに砕け散り砂になるのだと注意された。
皮素材とかと同じ現象だね。
何でもかんでも霊力が飽和状態になると砂になるんだな。
そんな会話をしている間にテルモの手の中の欠片だったものは風がさらっていってしまった。
まだ肉体が馴染んでないから常に霊力巡らせているんだもんね。
仕方ないさ。
だからションボリしないで。
聖水が湧き出る森と言うだけあって、この森に棲みついている魔物は霊力による浄化機能の抵抗値が非常に高い。
その代表が珠玉種で、珠獅子なら額の宝石の濁った色が透明になってからじゃないと精霊術は一切効かない。
霊力をまとう攻撃の数々は全て無効化される。
だが、行動パターンに結構クセがある。
それさえ把握していれば対処は可能だと言うことで物理攻撃の手段模索のため尊い犠牲になって貰っている。
素材集めも出来るし一石二鳥だね。
額の宝石さえ取ってしまえば、死骸処理はいつも通り聖水まいて、ただ森の中で火を使うのは危ないから土の精霊術で全身を厚めに覆い、皿にその上から聖水をかける。
するとフラミンゴの巣山のような不格好な盛土が出来上がる。
振り返ってみれば、結構アチコチにこんな感じの土の山があったな。
背はこれよりも低かったから自然に還っている最中なのだろう。
双子岩が云々言うよりも、先を進むのならこの盛土を目印にした方が早いのではないだろうか。
だが、カノンに聞いたら『水晶球の白滝』方面、王都方面、『迷いの森方面』と少なくとも三方向に盛土があるから目印にはならないと答えられた。
この森って結構アチコチに繋がってるのね。
それに不穏な言葉が聞こえた。
『迷いの森』って何さ。
森の中に森があるのかおかしいだろ。
因みに、俺の受け取った宝石の欠片は色が変わる間もなく消えてしまった。
なんでや。
角うさぎからは帰りしなに出てくれれば夕食に出来たのにと文句を言いながら角をとったり、アナコンダのように大きい蛇には意外や毒があって危うく溶かされかけたりしながらも先に進む。
疑似戦闘訓練や体力向上の特訓は施設でもしていたが、実際に柔らかく湿った土や少し腐り滑りやすくなっている落ち葉を踏みしめながら、木の根をまたぎ潜りぬけとしていると、思った以上に足が進まないし体力もドンドン削られる。
慣れているからか、カノンなんかは汗こそかいているが息はあがっていない。
ヒョロ長くていかにもフィールドワークが苦手に見える風貌をしているのに。
なんか悔しい。
それ以上に、せっかくテルモが食べやすいようにと作ってくれたサンドイッチを歩きながら食べなきゃいけないのが物凄く悔しい!
ちゃんと傷みにくいように水分少なめの、でもちゃんと美味しい具材を使ってくれているというのに。
サンドイッチと言うか、細めのロールサンドなんだけどね。
タマゴサンドはたまごフィリングの方が好きなんだけど、卵焼きのやつも美味しいね。
パンにマスタードが塗ってあるからちょっと大人のお味だ。
他にもチーズとソーセージとか。
カボチャやサツマイモみたいなホクホク甘いペースト状のクリームが挟まってるのとか。
飽きがこなくていくらでも食べられそうだ。
喋りながら食べるのはピクニック気分で楽しいが、堪能出来ないのがかなしい。
水が精霊術で出せるのは本当に有難いな。
喉が乾きやすいパンだけど、遠慮なく食べられるのは水の心配をしなくて良いからだ。
何リットルも持ち歩くのは重いし嵩張る。
手荷物が減るのは非常に助かる。
木々が茂り、体感気温は高くないが汗はかく。
なのに湿度がそこそこあるので汗をかいている自覚が持てない。
魔物の戦闘後はもちろん、ただひたすら歩くだけでも定期的に飲み食べしてエネルギー切れと脱水には気を配らなければいけない。
そこは慣れているカノンがそろそろ飲めと水を入れたカップを回してくれるので今日は時間の感覚を覚えれば良いだろう。
今回、肉体が無い精霊組は家に置いてきた。
テルモも本当は置いていきたかったのだが、家にいても出来ることが限られている。
彼は昨日会ったばかりの他人の家でのんびりくつろげるほど厚顔無恥ではない。
何かしていた方が身体の馴染みが良くなるから、と言われなるべく霊力の放出を抑えてもらい、手出しもしない方向でなら、と同伴するに至ったのだ。
『水晶球の白滝』から放出される豊富な霊力のお陰で、この森は精霊が集まりやすく安定した気候になり、動植物に恵まれた生態系が確立されている。
生物資源が豊富だと、それを狙って訪れる魔物も増える。
魔物の縄張り争いの激化により、強い魔物のみがこの地に根付いてしまっているという訳だ。
ん?
つまり、珠獅子やら鎧牛やら、実は結構お強いの??
「珠獅子なら、そうだな……
一匹倒すのに街の衛兵小隊までは要らんかもしれないが、最低二分隊はいる」
「なんでそんなヤツと俺一人戦わせたんです!?」
「正直、倒せるとは思ってなかった。
強いな、お前」
こ、この野郎。
ロールサンド食べながら事も無げにあっけらかんと言いやがって。
つまり、そんな森の中を軽装でブラブラ散歩出来るカノンって、実は滅茶苦茶強いってことか。
俺、この人に拾われた豪運で一生分の運使い果たして無いだろうな。




