神さま、精霊と会う。
火をおこせば青白い炎が空高くまで昇り伝導熱により海水がド派手に蒸発した。
水を降らせれば滝のような勢いで降り注ぎ水飛沫で全身ずぶ濡れになった。
火の術で身体が火照っていたからキュッ冷水でとしめられた――なんだっけ。
そう、茹でた蕎麦とかうどんの気分。
カノンは風の精霊術を使った時「やっぱりな」と呆れた顔をしていたが、この惨状を想定していたのだろうか。
「いや、さすがにここまで酷いとは思わなかった」
あ、ソデスカ。
酷いって言い草の方が酷くないです?
ここまで、ではなくても通常の低位精霊術が起こす結果とは違う結果がもたらされる可能性は考えていたんだな。
可能性というか、確信を持っていたのか。
その想像を遥かに超えた結果となったようだけれど。
浜蟹は塵の一葉も落ちていないし、指示されたこともあり「スプラッシュ」で必要のないダメ押しもした。
ここに留まる理由はない。
歩きながらカノンは何故俺が使うと規格外の精霊術になってしまうのか、その理由と俺を保護した時のことを説明した。
俺の霊力が最初から垂れ流し状態なのは聞いていたし今は自覚もしているが、その霊力は一体どこに行くのか。
身体の表面に霊力を纏わせ防御力を上げることができる、という仮説が昔からあった。
そうでなければ先程の規格外「ファイアストーム」のような火力を目の前にして、術者が被害を被らないことに説明がつかない。
確かに、青白い炎となると温度は軽く1万度を超える。
それを目の前にして熱い程度で済んでいるのだ。
被害はほぼないと言って良いだろう。
熱いは熱いけど。
一昔前、術を精霊を召喚しなければ使えないと思われていた時代は、そういう時は術を使う時に精霊が術師を守ってくれているのだろうと考えられていた。
霊力を取り込めば取り込む程強くなる精霊は、自然界にある霊力だけではなかなか成長出来ない。
しかし契約者が居れば成長速度が飛躍的に上がる。
精霊にとって契約者が居なくなることは自分の成長を遅らせることに直結する。
だから守護してくれていると誰もが考えていた。
だが、召喚せずとも精霊術が使えることが分かった現代では、どちらかと言えば詠唱を唱えて術を使うのが一般的になっている。
勿論、最初に喚び出した精霊とは契約を結ぶのが大半だが、精霊と契約をし続けるには日常的に霊力の譲渡が必要になり、術者への負担が結構ある。
全ての属性の精霊と契約を結ぶより、その都度詠唱により精霊術を使った方がなにかと都合が良いのだ。
「ファイアストーム」で考えてみよう。
10回連続で使うと仮定しよう。
召喚に霊力を15、術を使う時は5ずつ使うとすると合計で使う霊力は65になる。
召喚時の霊力消費は多いがたくさん術を使う時は召喚の方が良いって言ってたもんな。
詠唱によって術を使う場合は毎回10使う上に詠唱をその都度唱える必要がある。
毎度詠唱しなければならないとか、考えてみれば滅茶苦茶面倒くさいよな。
その上100の霊力を使うって、どう考えても召喚した方が良いのに。
「机上で考えるなら、勿論そうだ。
35の霊力消耗の差は大きい。
……だが、普通の生活をしていて、そんな精霊術を連続で使うことは、まずない。」
通常の「ファイアストーム」は、街周辺に出現する魔物にはオーバーキルになり得るレベルの術で、師匠足り得る術者はもし火系統の術を教えるならば弟子にその下の威力の「ファイアボール」と言う術を教える。
名前のまんま、火の玉を打ち出す術で霊力量の調節に飛ばす方向性のコントロール力、色んな意味で初級者に教えるのに適している術だ。
今回カノンが俺に「ファイアストーム」の方を教えたのは、カノンの仮説が違っていた時に「ファイアボール」だと火力が足らずに浜蟹の甲羅まで焼くことができず、教えるのが二度手間になるのが嫌だったからだそうだ。
えぇい、モノグサめ。
そもそも過去のボヤ騒ぎもあるから、火の精霊術はあまり教えるのに適さないとされている。
火は他の術と違って燃えるものさえあれば小さな火種ひとつあるだけで危険度が跳ね上がる。
コントロールが上手くできない未熟者に教えるのは師匠の方もリスクが重くのしかかる。
なら、なるべく教えない方向が良いよね! ということで教える人が知り、知ってる人が減り、現在では「ファイアボール」の使い方を知っている人の方が少ないレベルまで来ているんだって。
火の属性に適している人がそもそも少ないのも理由のひとつらしいが。
詠唱の言葉が失われてしまったらどうするのだろうか。
あぁ、たまに現れる適正者が精霊から直接教えて貰えば良いのか。
なんか話を聞いていると、この世界って平均寿命が短いのだろうか。
つい考えてしまう。
総人口が少数派とは言え、口伝者がそんなに減ってしまうって世代の代謝良すぎるだろ。
今のところ出会った魔物が強くないので脅威とは思えないが、地球だって野生動物と完全な共存なんて終ぞ出来なかった。
どれだけ対策をしても毎年必ず死者が出た。
その野生動物より随分大きな生き物がアチコチ闊歩しているのだ。
やはり襲われて命を落とす人も居るのだろう。
その可能性が高いから、リスクを負うが冒険者のようなならず者に護衛を依頼するんだろうしな。
そして衛生観念があるかどうかで平均寿命はだいぶ変わってくる。
回復薬で怪我はどうにかなるかもしれないが、病気の場合はどうなのだろう。
大怪我した時の治療方法だって回復薬の服用以外で確立しているのか。
食糧事情も慢性的なたんぱく質不足があるとチラッと言っていたし、三大栄養素のひとつが欠ければ人間の身体は悲鳴をあげることになる。
人間の身体はたんぱく質で構成されてるからな。
内部からボロボロになっていく。
病気にもなりやすくなるし怪我も酷くなりやすい。
カノンは自力でアレコレ出来ているから一般的にどうなのか微塵も参考にならないんだよな。
魔物倒せちゃうし、畑も養鶏もしてる。
回復薬も作れるし、少なくとも料理する前や帰宅後の手洗いうがいの衛生管理もしていた。
鑑定眼でチラッと見えてしまった情報のこともあるしコイツが普通とは考えてはいけない。
思考は逸れたが、話を戻そう。
召喚による精霊術も詠唱による精霊術も使える人がある時気付いた。
多少保護の精度は落ちたにせよ、詠唱によるものでも術の反動が術者に行かない・行きにくくなっているのは変わらずじゃね? と。
そうなると精霊様が守ってくれているから、では防御力が上がる理由の全てが説明ができなくなる。
そして「術者は術を放つ時に霊力をその身にまとい無意識に防御しているのだろう」と仮説が立ったのだ。
事実、強い精霊術を放つ時に術者の表面を薄い霊力の膜が覆っているのは実験で確認済みだとか。
俺の場合常に垂れ流している霊力はその防御力の向上に一部使われているのだと、カノンは考えているそうだ。
全部ではないのね。
全部だと、攻撃を受けているわけではないのだから、霊力を出し続ければ防護膜がどんどん分厚くなっていく。
放出されている霊力量と一定に保たれている膜の厚さを考えると、何かしら消費はされているのだと考えられるそうだ。
では、何に消費されているのか。
それで、その仮説というのが「レイムは精霊に愛されすぎているのではないか」というものに繋がる。
俺には全く繋がりが見えない。
愛されてるならなんで誰も寄ってきてくれないのさ。
訳が分からない、と文句を付けようと思ったら、少し先の浜辺の様子がなんかおかしい。
おかしい? と言うか……なんだろ。
違和感??
そこだけ別世界のように光って見える。
「あぁ、気付いたか」
気持ち歩みを早めてソコに近付くと、空気が軽くなった?
息が非常にしやすい。
キラキラして見えたのも見間違えではなく実際煌めいている。
コレはカノンが精霊を召喚した時に見た輝きに非常に良く似ている。
コッチの方がキラキラ度合い強いけど。
キラキラを通り越してギラついていて眩しいくらいだ。
「ここは、レイムを保護した場所だ。
……いまだに残滓が残っているな」
砂浜が左右に広がる波打ち際。
森に近く街道からは外れている。
こんな所で行き倒れていたのか。
森には魔物が多いと言っていたし、カノンが見つけてくれなければせっかく異世界転移したのに意識を取り戻す前にTheENDしてたってことか。
眉間にシワを寄せたまま、その可能性は無かったと否定をされた。
カノンがいつまで経っても海に寄り付かなかったら低体温症になっていた可能性や、カノンに回収される前に俺が意識を取り戻してフラフラ森の方へ向かい道に迷って行き倒れて餓死の可能性はあったかもしれないそうだが。
魔物に襲われるとか考えないんか。
俺、魔物に嫌われるような臭いでもしてんの?
中年男性嫌う女子みたいな感じのやつ。
あ、そのせいで精霊からも嫌われてんの??
加齢臭漂うにはまだ若すぎるんだけど。
魔物に襲われる可能性は無かった、と完全否定されたのだがその理由と俺が精霊に愛され過ぎていると言う仮説を立てた理由は同じらしい。
この場所にあるキラキラ——残滓と言っていたコレは召喚された精霊が放つ可視化された浄化の力。
治癒術が使える人も術の使用中放つ、この残滓は瘴気を祓い魔のものを退ける。
魔のものとは病魔や魔物。
人間の驚異になり得る存在や概念全般を指す。
残りカス呼ばわりしている割には滅茶苦茶有益なキラキラなのね。
その残滓がこれだけ強いと、魔物は浄化される=死。
好き好んで近寄る命知らずな魔物はそういない。
実際、空飛ぶ魔物は危機察知能力に優れているからかこの数日は周辺で全く見ていない。
この残滓の規模は召喚された精霊が持つ力の大きさに比例して現れる。
カノンが召喚した水の精霊は中位だったので、目に見えたし消えたあとも少しの間だがその場に残っていた。
しかし下位の精霊だと集中しないと目に見えない程度に細かく、放つ光も弱いしすぐ消える。
ココに残っている残滓はカノンが中位の精霊を召喚した時のキラキラとは比べ物にならない位にギラギラしているし、俺が保護されたのが……一昨日?
……どんだけ高位の精霊がいたの??
これだけ長く留まっている残滓は見たことがないし、その上カノンが俺を保護した時にはここに光の柱が立っていたそうだ。
清浄な気配だったから近付いたけど、普段だったら面倒事になりそうだからと避けていただろうし、長旅を終えて帰ってきた所で思考力が低下していて良かったな、と言われた。
判断能力低下してなかったら俺放置されていたのか。
良かった、疲れ果てた状態で。
あ、でも。
そんなありさまなのに意識もない血みどろな俺を担いでこの丘を登ったのか。
荷物も沢山あったろだろうに。
改めてお礼と謝罪を述べた。
カノンが近付いていくと光の柱は消えた。
柱は消えたが周囲の残滓は桁違いに多く強い。
直前まで居たであろう精霊はかなり高位の存在だと断言出来る。
精霊は基本契約者の意思や命令に従い行動を起こすが、それだけ高位の精霊ならば自我を持っている。
術者の生命の危険を悟り自発的に行動を起こすこともあるだろう。
だから浄化の力で魔物が寄り付かないようにした。
そう考えれば、本人は覚えていないが契約している精霊に霊力を与える日課を身体が無意識に行っているのではないだろうか。
そう仮説が立てられ、霊力垂れ流しの現状も説明ができる。
精霊には上下関係のようなものがあるようで、既に契約している精霊と新しく契約しようとしている精霊のレベルが開きすぎていると、どういう理屈かは不明だがどちらかが拒否してくることがある。
俺に精霊が近寄ってこないのも、記憶を失う前の俺が高位の精霊と契約していて、その精霊が新しい契約をさせまいとしているのではないか。
そしてその精霊のおかげで発動する術の効果が底上げされているのではないか。
カノンはそう考えているらしい。
記憶喪失だと言うのは方便だし、いつ俺がこの世界に転移したかは分からないが、意識を取り戻したのはカノンの家のベッドの上だ。
契約にはしっかりとした手順が必要だと言うし無意識でやったとは考えにくい。
ピンと来ないなぁ。
イマイチ、スッキリとはしないが考えても答えは出ない。
この場にいた高位精霊とやらと話が出来れば早いのだろうが。
『喚んだ?』
突如、ホントなんの前触れもなく逆さまの顔が目の前に現れた。
いや、首の上に目鼻口逆さまについた顔が乗っているわけではなく。
上から覗き込まれているのだ。
カノンの霊力による探知能力は機能していなかったのか。
浜蟹に対しては優秀だったのに。
目を向けると心底ビビって顔が歪んでいるカノンが棒立ちしていた。
少なくとも察知は出来ていなかったようである。
俺だって、気配を読む位は出来る。
だが、コイツは俺の目の前にいて、肩に手を触れているのにも関わらず、ここに居ると確証が持てないレベルで気配が薄い。
精霊の気配に似ている。
似ているが、少し違う。
なによりも、見覚えのある顔のせいで頭がよく回らない。
だって、コイツは俺が……
ふわりと宙を一回転し、着地もしないままふわふわと漂う、幽霊がいるのならこんな感じなのだろうな、と思わせる不確かな存在。
ニコニコと笑むその顔は見覚えがあった。
コイツは俺が殺した。
俺の、母親だ。




