神さま、精霊術を使う。
雨足が落ち着いた頃合で、せっかく海側に来たのだからちょうど良いと遠回りをして帰ることになった。
来た道を戻ればすぐ家だが海岸線沿いに帰るとなると結構時間が掛かるし、魔物が出れば精霊術の練習にもなるだろうと言われる。
波食窪ではのんびりしていたし、シースターは出たけどアレは海面を漂っていただけだったから浜の方には来ないのかと思ってた。
普通に出るのね、魔物。
地下の扉からコッチ、ゴツゴツとした岩が足場になっていたので滑らないように気を付けて歩けば良かったのだが、今歩みを進めているのは砂浜だ。
これでも雨に濡れて多少歩きやすくなっているのだ、と笑われたが砂に足をとられてなかなか思うように前に進めない。
あ、こんな悪夢見たことあるわ。
どうでもいい嫌な思い出は頭の中からポイして前方をスタスタ歩くカノンの歩き方を観察する。
地面が柔らかい砂だから、つま先で蹴るような歩き方をすると滑るのか。
あとは足を下ろす時踵からではなく足の裏全体を接地するように意識する感じ、かな。
それと内腿に力を入れて、体幹を意識すれば幾分かマシになる。
普段使わない筋肉を使うし砂浜を歩くだけでも結構な筋トレになるかもしれない。
だいぶ開いた距離をなんとか縮めつつ、そんなことを考えた。
今度実際に赴いた時に範囲を教えると言われたが、カノンの家周辺は結界が貼られているそうだ。
海ならあの岩礁まで、と指さした方に目を向けると、200メートル程沖の方角の海面から岩肌が覗いていた。
干潮の時は浜から歩いて行くことができるし、釣りをするのに良い場所なのだと教えてくれる。
釣り。
つまりお魚が食べられる!
ただ、岩礁を境にして更に沖の方には結界が張られていないから大変危険なので1人では行かないように、とクギを刺された。
ちぇっ。
結界にもいくつか種類があって、明確な悪意がある者を寄せ付けないとか、魔物を寄せ付けないとか。
結界を張る目的によって範囲が定められ、強制力を強めれば強めるほど結界は複雑になるし、その分霊力の消費量だとか張るのに必要な材料だとかが多くなる。
コレもカノンの父親が作ったもので、カノンも多少は扱えるが広範囲かつ強力な今張られているような結界はまだ無理だそうだ。
つまりいつか作れるようになりたいのだね。
あ、だから研究者してるのか。
ココに張られているのは大型の魔物を寄せ付けないもの。
大抵の魔物は大きさと強さが比例する。
小さくても滅茶苦茶強い魔物も例外に居るが、大型種を避ける最大の目的は住居や設備を破壊されたくないから。
危険だからではなく生活を脅かされたくないってのが理由なのかよ。
鎧牛程度の大きさの魔物の突進なら、柵が壊されたり畑の一部が踏み荒らされる程度で済む。
だが、鎧牛に似た外見でブラバという目から鼻にかけて側線が入っているのが特徴の魔物は、成獣になると体高が3メートルはゆうに超える。
デケェ。
しかもそれだけデカイのに軽やかに跳ね回り攻撃をヒラリヒラリと躱しその度に、重量によるものだろうが地面がえぐれる。
蹴りも重く防御が間に合わなければ頭蓋ごと弾け飛ぶ。
グロい。
その蹴りを家にされた日には半壊で済めばいいね、と言う災厄的存在。
避けられるなら当然避けて一生を過ごしたい。
なるほど。
確かに大型の魔物が生活圏内に侵入してこないようにするのは切実に大切なことだわ。
浅瀬まで来ることは滅多にないが、アルケロンと呼ばれる亀の甲羅を背負った巨大魚。
クラーケンと呼ばれる角を持つ巨大なイカなんかも、人間が食べられる魚を短時間で軒並み食い尽くすし船も手当り次第全部壊していく厄介者だからお近づきしないで頂きたい。
そういう訳で海にも結界が張られている。
倒せないわけではないけど、何か壊されたら困るのもそうだし、単純に後片付けが面倒臭いんだって。
放置しておけば腐って臭いが酷いことになるし、他の魔物が寄ってくるし。
強い魔物を取り込んだ――つまりは食べた、弱い魔物は強くなると言われているし。
そういう訳でデカい魔物を近寄せない結界が張られているんだって。
正に百害あって一利なし。
接近を防ぐ方法があるならエンカウントは避けたいよね。
とても美味しいそうだけど。
ん? 利あるんじゃん!
どーしても食べてみたいということなら、機会を作るから結界の解除や破壊だけはしてくれるなと言われる。
そんなことしないよ。
流石に食欲が面倒事に勝ることはない。
たぶん。
索敵の術でもあるのだろうか。
カノンが杖を出すとほぼ同時に『風よ敵を穿て ウィンドストレット』と詠唱をすると、波打ち際に霊力が幾つか飛んでいった。
圧縮された空気で作られた弾丸のようなものだろうか。
一直線に飛んでいったソレが何かに被弾したのか、硬い金属を叩いた時のような高い音が二度響き、三度目で鈍い音に変化した。
一撃目で地面から空中に身体をすくい上げ、二撃目は弾かれ、三撃目で腹にデカい穴を開けていた。
お腹が弱点だったのかな。
見た目、カニみたいだったし。
……つまり、コイツも食べられる?
「食えなくはないが、個体によって渋かったり苦かったりするぞ」
どうやら当たりハズレがあるらしい。
食べられるのなら1度チャレンジはしてみたいのだけど。
敵がいたことに気が付いたか問われたがNOと返す。
砂から出てきて始めて魔物がいたことに気付いた。
出てきたというか、引きずり出されたというか。
強制的に打ち上げられたというか。
魔物は自然に溶け込みやすい外見をしている。
今の浜蟹なんかは目だけ砂から出ている状態で本体を砂中に隠し息を潜めタイミングを見計らい、ハサミの上を獲物が通ったら素早くそのハサミを砂上に出現させそのまま獲物を捕らえるそうだ。
カニのハサミなので、閉じる力は凄まじい。
下手をすれば真っ二つ。
運が良くてもゴツゴツしたハサミの表面に内臓が抉られるし骨も折れる。
瞬殺かなぶり殺しか。
どっちが運が良いと言えるのか微妙だね。
視覚に頼りすぎるとそういう賢い魔物を相手にすると後手をとることになり生命の危険性が格段に上がる。
もしくは気付かないうちに殺されてしまう。
精霊と契約が出来れば索敵を任せることも出来るが、どうやらオレは喚び出すことすら出来そうにないし。
非常に疲れるのが難点だけど、霊力だけで気配を察知しやすくなる方法を教えて貰えることになった。
生存率が格段に上がる。
やったね。
浜蟹は甲羅とハサミが防具に加工できる。
脚には毒があるり素手で触ると危ないそうだ。
さっき食べられるって言ってませんでした??
どうやら、何節かある脚の先2つ分位に神経毒があって、外敵に襲われた時その部分を放り投げて敵がそれに気を取られている隙に逃げるとか。
まんまカニの自切だな。
自切はトカゲの尻尾切りなんかも有名だね。
切った足が暫くしたら生えてくるのを目撃した際、再生能力が高いということは回復薬の原料にもなるのではないか、と考えたのだけれどなかなか難しいそうだ。
まぁ、カニは神経と血管の通り方が特殊な上で脱皮が出来るから自切できる箇所の欠損なら再生できる、という話なだけでどこでも再生される訳じゃないしな。
浜蟹も同じようなしくみなら、回復薬として使うのは難しいんじゃなかろうか。
キトサンがカニと同様に含まれているなら色々使い勝手がいい成分だし、脚の根元部分とか回収してもいいと思うんだけどな。
だが、ハサミだけで50センチはありそうな重量物を持ち歩くのはいただけない。
聞いたら家までまだ距離もあるし高低差もあるそうだし。
風の精霊術で持ち運ぶ方法もあるが、霊力の扱いがカンペキとは言えないのに使うかも分からないもののために危険を犯してまで精霊術を使うのもなんだし。
今回は諦めよう。
回収しないなら火の精霊術で焼いてその後聖水をかけるなり水の精霊術で消火するのが魔物討伐におけるマナー。
魔物は炭になっても瘴気を発することがある。
火の精霊術でもある程度の浄化は出来るそうなのだが、種類によっては瘴気が濃い魔物もいる。
浄化は念には念をいれて、しつこいくらいやるのがちょうどいい。
怠った時痛い目を見るのは自分なのだから。
焼却した魔物の浄化と旅をする際に飲水が出せるようにとふたつの理由から、強力な術は使えなかったとしても水の精霊術を扱えるようになるのは術師の必須項目にすべき、という声があるそうだ。
術師は体力的にも筋力的にも軟弱な傾向にある。
水は重いし持ち運ぶとなるとかなり大変だが、怠ると死にかねない。
聖水だって貴重だし、精霊術で生み出した水を売ればその日の身銭位にはなる。
確かに色んな意味で必須になるな。
だが、火と水は相性が悪く相対する性質の精霊術だと使えない人も居るのではなかったか?
そう問えば、塵も残さない火力で焼き尽くせばいい、といい笑顔で言われた。
あ、ヒトデの魔物の時のアレですね。
この浜蟹の魔物の処理は、精霊を喚び出せない俺がどの系統の術が使いやすいか調べるためにする意味合いが強いので、さっきの「エクスプロージョン」の使用は禁止された。
そもそも、詠唱の言葉聞き取れなかったから使えないし。
それに、水の精霊は慈悲深い性格だとされているから、結構誰でも使えるんだって。
それ、相性とか自分の属性とか関係なくなってません?
燃やしやすくするため細かく刻むための風属性精霊術「ウィンドカッター」
最初に込める霊力の強さで威力や生み出す刃の個数を任意で変化することができる。
カノンが唱えた「ウィンドストレット」よりも下位の術。
火種を飛ばし対象を巨大な炎柱で燃やし尽くす「ファイアストーム」
範囲の指定に繊細な霊力のコントロールが必要になる。
ストームという言葉が付く通り、風の精霊術に適応していた方が威力も上がるし制御が楽になる。
視界内ならば好きな場所に上空から大量の水をたたき落とす水の精霊術「スプラッシュ」
霊力の量により降らせる滝の本数を増やしたり水の量の調節が可能。調節が出来ないと水飛沫で周囲が凄いことになる。
「ウィンドカッター」は初心者用の術だし込める霊力が少なくて済む上、多すぎたとしても暴走する危険性が低いので攻撃術の練習にはもってこいなんだって。
とは言え術の発動中によそ見をして意識が別の場所に向けば、刃が飛んでいく先がそちらに切り替わるので充分注意が必要なのに変わりはない。
よくあるのが、術が発動した喜びに舞い上がって師匠や兄弟弟子の方に意識を向けてしまい風の刃がそちらを襲ってしまうこと。
未熟な精霊術を学び始めてすぐの人の繰り出す術なんてたかが知れてる威力だし、命の危険には及ばないが、あるあるだからってやっていいわけではない。
大変危険なので絶対にやらないように、と指導を予めしておくのも師匠の仕事だ。
クギをブスブスガンガン刺されまくる。
鍛錬すればカノンのように浜蟹のクッソ硬い甲羅を切り裂くことも出来るが、初心者は薄皮切れる程度の威力からスタートするんだって。
なので過去「ウィンドカッター」で起きた事故でいちばん悲惨だったのは、運悪く目に刃が向かっていってしまった時。
まぁそれも傷は浅く回復薬ですぐ塞がったし失明には至らなかったそうだが。
ん?
それじゃあ俺がやったって同じじゃないの?
ずぶのド素人だぞ。
防具にもなるような硬い浜蟹の甲羅を切り刻むとか無理じゃん。
「レイムは霊力の出力を抑えられるようにならなければその心配をする必要なない」
う”っ!
かなり少なく出来るようになったとは言え、確かに未だに垂れ流し状態だし、集中しなければ出力する霊力は安定せずすぐ大きくなる。
砂浜で練習するのも、砂ならば抉れても風と並が自然と整地してくれるから後片付けしなくて良くて楽だから、と言うのが理由だそうだ。
あ、ちょうど良いって言ってたのはそういうことか。
出現する魔物が弱いとか的がデカいから倒しやすいとかそういう理由じゃないのね。
最初から穴開けたり陥没させたり自然破壊させることを想定するなんて失礼な。
文句を言いつつも、心が踊っていて表情筋が勝手に口角を上げてしまうので、「とりあえず術を使う前に心を落ち着かせろ」とツッコミを食らった。
集中力が必要なのにこんな状態じゃ集中なんてできないもんね。
だって「スキル」とは違った未知の力だよ!?
それを自分で使えるかもしれないんだよ!!?
楽しみで仕方ない。
誰か他の人……ではないけど。
他者の力を借りないといけないとか、良いよね。
自分一人で何でもできるようにって育てられてきたから他者を頼ることが前提の術とか、この世界にいるからこそできることじゃん。
あ、俺ってホントに異世界に来たんだなぁ、としみじみしちゃう訳ですよ。
深呼吸をしてカノンに「これ位の霊力を出せ」と言われ掌を合わせられる。
合わせた掌から勝手に反発する程度の霊力が出力される。
自分の手が吹っ飛ばないように、防衛本能が無意識で働くのかね?
勝手に出ていった霊力の量がどの位か意識しそれを確認すると、ひとつ頷いてカノンから手を離してもらう。
距離を置いて防御の術が展開されたのを確認し、もう一度掌の霊力量を確認する。
うん、さほど出力された霊力の量に変化は無い。
「風よ、敵を切り刻め! ウィンドカッター!!」
教えて貰った言葉を発すると「ウィンドストレット」の何倍もの刃が既にお亡くなりになっている浜蟹の身体を情け容赦なく無慈悲に木っ端微塵に切り刻み、体液を辺りに撒き散らす。
……俺、ちゃんと霊力調整、したよね??
術が発動仕切ったのをちゃんと確認してから、カノンの方を振り返る。
言葉が顔に書かれる、なんてことある訳ないと思っていたが、あの「やっぱりな」と誰が見ても言いたいことが分かるジト目の表情を、俺は忘れられそうにない。




