神さま、呪いと対峙する。
人と恋に落ちてその身をやつし、精霊から堕ちたナニカ別の存在へと変貌したアゼザル。
元は、ウェントス管轄下の上位の精霊であった。
ウェントスに倣って覗き見ていた、ヒトの世界の暮らし。
そこで惚れてしまった一人の女性。
共に人として生きたいと、願い願われ肉体を得て、妻が息を引き取るその日まで、幸せであって欲しくて、微笑んで貰いたくて……
妻が謙虚であったから余計に尽くし、知恵を与え祝福を与え続けた。
その子々孫々が喜びに充ちた日々を送れるようにと、妻亡き後、肉の身体を離れても、健気に人の営みを長い、永い間ずっと見守っていた。
祝福があるのが当たり前の暮らしになった時代。
ふとした瞬間に、子孫に在りし日の妻の姿を重ねてしまう。
そして、なぜその隣に居るのが自分ではないのだと、深く嫉妬し――祝福は、呪いへと逆転した。
人を愛し、愛されたのならば、意思や思想があり、感情だって持っていただろうに。
プログラムされたように、恩寵の見返りとして供物を捧げなければ呪いが発動するようになってしまった。
恩恵のある暮らししか知らない、トルモの人々は、今の生活を守るために捧げ物を確実に用意出来るよう、牧畜を始めた。
奉納する、また取り立てられる生命がオスに限定されるのは、自分の妻の面影を追うアゼザルが、妻を投影する子孫と共に生きる存在の中に、嫉妬心が向く対象を少しでも減らすため。
被害を少しでも軽くするための措置であった。
その理由が忘れられた頃。
呪いが発動することが無くなり落ち着いていたのに、捧げる魔羊をケチって希少なオスではなく、メスを捧げてしまった。
メスとはつまり、本来性別を持たないアゼザルが愛した対象。
それを想起させるトリガー。
怒り狂い直系の子孫以外への粛清が起きたのは、アザゼルの気持ちを慮れば当然と言えるだろう。
その頃には、精霊として存在することがついぞ叶わなくなっていた。
祝福を与えることは勿論、生命エネルギーが果てて力を失い、そのまま緩やかに消滅する時を待つばかりだった。
そのハズだったのに、精霊たちが感知しない所で、アザゼルは未知の存在に変貌していた。
それが、人の世界で悪魔や魔族と呼ばれる、人を害なす精霊と対極にいる存在だ。
精霊がソレを感知したのは、ギンヌンガの裂け目から大量の魔物が溢れ出て来た時。
死の国に繋がっていると言われている世界の果て。
そこは精霊の管轄から外れているため、どのような場所なのか、何が存在するのか、全くの未知数。
ただ、状況から考えて悪しき者たちが巣食う場所なのだろう。
その地への扉は封印されているそうだけど、破壊衝動が抑えられない系の生き物が住む土地なのだろうか。
奪い壊すのは生き物の避けて通れない摂理ではあるけれど、アゼザルのような存在や魔物は、生きるための行動理念から外れている。
抑えられない、と言うよりは嗜虐的と言うか、理性や秩序を守ろうとする枷がないと言うべきか。
理解の範疇から外れている。
そんな印象を受ける。
ただの呪いではない、神と崇めた者の成れの果て。
ただの精霊ならばその頂点に立つ皆よりも強いことはないだろうし、ワンパンでいけるけれど。
今その呪いの範囲内にいるにも関わらず、俺や皆を含め、その呪いの出処を察知することも蝕まれているのかすらも分からない。
精霊は世界の裏側で起こっていることですら把握出来るのに。
その目を欺くことができる、霊力とは異なる未知の力を持つ存在。
脅威という他ない。
それが相手となると、勝てるかどうかが未知数だ。
解呪を乞われたとしてもチカラのゴリ押しが出来るか判断出来ない以上、不可能だと返す他ない。
やりたいことがまだまだ山のようにある第二の人生だ。
勝ち馬にしか乗りたくない。
封印ならば、呪いの発生源を精霊術で作り出した強固な石造りの箱の中にでも、霊力を最大限にまで込めた霊玉と一緒に入れて、霊力で覆って地中奥深くに埋めれば良い。
そう頭の中でウェントスが告げる。
元とはいえ自分の配下がこのような事態を起こしてしまい、ショックだろうし、責任も感じているのだろう。
普段はあまり口を出してこない……と言うよりは、テルモが率先して立案や対処法を言ってくるので他の精霊が口を挟む余地が無いだけか。
だが、今回はウェントスが言葉を発するのが早い。
なんか封印と聞くと、模様を書いた御札をベタベタ貼って注連縄巻いて四手を垂らすものかと思ったのだが。
意外と簡素だ。
害を成す者と認定されてしまったら、呪いが発動してしまう。
細かいことを考えるのも決めるのも、トルエバさんたちの決定が下ってからにした方が良いだろうと言われた。
どこにどう作用して呪いに抵触するのか分からないからね。
今は何の問題もないが、長旅もしたし嘔吐が我慢出来ないレベルの負荷が掛かったのも事実。
藁の上ではあるが、広い空間で久しぶりに寝られる機会だ。
どこに転ぶにせよ、休息はとっておくに越したことはない。
俺の特性云々関係なく、トルモ町周辺は魔物が出ないのなら食事の準備もままならない。
既に日は落ちかけ辺りが暗くなっているにも関わらず、トルエバさんは来ないし夕食は期待できないだろう。
早々に兵糧丸を食べて寝ることにした。
……――複数の人が建物を取り囲む気配。
「あぁ、起きたか」
意識が浮上した途端にカノンに声を掛けられた。
まさかよもやイビキでもかいていたのだろうか。
無呼吸症候群を気にする歳ではまだないのだけれど。
寝息じゃなくなったからだと、すぐに否定されたが。
畜舎の周りにいるのは、トルモの住民かな。
総勢百名程度だろうか。
「いつ頃から?」
「集まり出したのが一分程前。
火を焚き始めたのが今先程だ」
「変な感じするし、操られてんのかな」
さすが長年冒険者をやっているだけあって、アルベルトもしっかり起きてた。
つまり俺は起きるのが一番遅かったのか。
なんだかちょっと悔しい。
「操られるような心の隙があるのだろう。
……どうしたものかな」
悠長に話しているが、放たれた火はあっという間に燃え広がり視界は赤く染まっている。
乾燥した藁だし、一気に燃え広がるよね。
まぁ、言うても精霊術を使える三人に、ついでに言えば精霊の皆も姿こそ見えないがいる。
放火程度で死ぬようなメンツではない。
トルエバさんが主導しているとしたら、あまりにもお粗末すぎるな。
俺の実力の一端を目の当たりにしているし、ここには名高い賢者もいる。
世界を股にかけてる強い冒険者(笑)だっている。
普段そう思わせるようなイカつい雰囲気は出していないが、トルエバさんは、俺たちが強者であることを把握している。
自分の意思でこの行動を起こしているのではないだろうな。
それこそ、カノンが言うように付け入られる隙があるから操られるのだろうが。
洗脳なのか、不思議エネルギーによるものなのか。
祝福兼呪いの特典として操り人形になる権利がもれなく付いてくるのか。
嬉しくもなんともないオマケだな。
ホント、どうしようかね。
大抵こういう時って本人の意識がないパターンが多い。
動けなくなるように縛って回るのは面倒臭い。
意識があった場合はもっと面倒臭い。
向こうは殺しにかかってくるのに、抵抗すれば言葉による命乞いが伴うので、なんとも後味が悪いものになる。
かといって、ことの経緯を知らない人たちを殺して回るのは違うだろう。
そんな目覚めの悪いことは必要に迫られない限りしたくない。
気絶させるだけなら電気でもビリリと流せば良い。
だが脳の電気信号をジャックしている系じゃなければ、肉体に損傷を与えるだけの結果に終わる。
心臓が弱い人だとパタリといってしまいそうだし。
「なるべく殺さない方法で無力化ってどうすれば出来るかね」
「殺されかけてるこの現状でそれ言う?」
「……守護方陣と呼んでいる霊力による結界を張れば、相対する存在からの干渉や悪意を打ち消すことができる」
「単なる結界じゃダメ?」
「ただの結界では外に弾き出すだけになるだろう」
「確かに」
やり方を教えるから覚えろと言って、防護結界をアルベルト一人に託そうとするカノン。
だが、彼は地属性を得意とするため今の状況を一人で乗り越えるのは非常に難しい。
風の膜を張って炎がコチラに来ないようにすることが、苦手だから出来ない。
火の効果を反転させて内部を冷やすことも、器用とは言えないので出来ない。
そもそも二つ同時に別の属性の精霊術を扱うことが出来ないから為せない。
水の術なら辛うじて使えたとして、内部を冷やせるほどの水が出せなかったら、途端にソレは蒸発してしまう。
水蒸気爆発なんて起きてみろ。
この辺一帯荒野と化すぞ。
そこまでいかなかったとしても、水による室温低下なんてかなり繊細な霊力の操作を必要とする。
俺、蒸し焼きになるの嫌なんだけど。
まんじゅうや焼売じゃあるまいし。
そのアルベルトは今何をしているのかと言えば、皆の荷物を抱えて俺とカノンの間で縮こまっている。
ダサいとは思うが、誰よりも先に目を覚まし荷物をまとめてくれたのは彼だそうだ。
そうじゃなければ取りこぼしがあって旅に必要な道具が燃えていたかもしれない。
その功績があるので、無力を責めることは出来ない。
俺なら精霊の皆の力を借りなくとも、三人を火の手から守ることくらいはできる。
炎がコチラに来ないようにして、常温を保てば良いんでしょ。
あと、酸素濃度の低下を防がなきゃだよね。
「破壊」のスキルなら全て同時に行える。
自分の固有「スキル」じゃないから長時間連続して行うのはエネルギーの消耗が激しくなるので難しいが、カノンに守護方陣の作りかたを聞いて実践するまでの間でしょ。
それなら全然余裕。
俺たちのいるスペースの外側を、全ての物質を破壊した空間――絶対真空状態にする。
そうすれば燃えるものがないから俺たちの方まで炎は来ない。
空気すらないから対流が起こらず、熱はコチラまで伝わってこない。
精霊術で生み出した火だと効果があるのか試したいよね。
全く違う理論で燃えるようだし。
俺たちがいる空間は二酸化炭素を破壊する。
酸素濃度が高くなりすぎてもいけないので、二〇%を目安にしておけば良いだろう。
その数値を切ったら二酸化炭素を還元するように設定をする。
気分は人工光合成機能を持ったエアコンである。
「スキル」の良いところは、プログラムさえ組んでしまえば、あとは実行者がストップをかけるか、望みの結果が得られるまで自動で独立した機構として動き、事象を起こしてくれることである。
そうじゃなければ地球の再生とか出来ないって。
「コレでOK。
……んで、どうやんの?」
「お前を見ていると、自分の努力が無意味なもののように思えるな」
「俺だってそれなりに努力しているんだけどねぇ。
カノンだって、二人の子供なんだから、精霊術に頼らない力が使えるはずなんだけどね。
なんも聞いてない?」
「特には」
あれ?
そうなの??
アイツらの元の「スキル」ってなんだっけ。
「スキル」って性質が遺伝するものだから「絶対再生」みたいなチート技じゃないのは確実なんだけど。
父親が風の属性が強いのは分かるけど、母親の方はどうだったっけ?
アイツ一人っ子だったから、父親の方みたいに兄弟から推測することも出来ないしな。
地水火風の四属性と、時の精霊に呼びかけて行う守護方陣と言う精霊術は、守護精霊の領域展開とも言える技だ。
カノンに力を貸してくれる精霊がその属性というだけなので、俺の場合はもっと強固なものが作れるだろうと言われた。
杖を突き刺した地面を起点として、力を貸してくれた精霊たちの紋様が地面に浮かび上がる。
その全てに光が灯るまで霊力を注ぎ続けることで、守護方陣は発動する。
悪意を持つ者にはダメージを与え霊力を削ぎ生命力までも奪う。
味方には怪我の治癒や霊力の回復の恩恵が与えられる。
敵を無力化する上、味方は回復。
しかも杖を中心に、ということは背後の守りもバッチリだ。
滅茶苦茶万能なのに、なんで今まで使ってこなかったのだろう。
その理由は教わって分かった。
消費霊力が多い。
過去一多い。
万能だけれど回復する霊力よりも消耗していく量の方が多い。
霊力の残りゲージがドンドン減っていくのが分かる。
せっかく眠って回復したのに。
また頬がコケそう。
床に突き立てた杖から伸びる光の線は、紋様具や装飾具に刻む印とはまったくの別物だった。
コレはアレだ。
機会があったらメモして他のものに応用できないか試したいヤツだ。
落ち着いた時にカノンにやって見せてもらうか、俺がやって写し取るかしてもらおう。
ドサドサっと重量物が崩れ落ちる音が全方位から聞こえた。
カノンが視線に頷いて返してくる。
念の為、燃え盛る炎を先に消し、周囲に立っている人が一人もいないことを確認してから、守護方陣に込める霊力を切った。
周囲はまだ、月明かりを頼りにしないと足元さえ覚束ない、夜半だ。
丸く大きい月がひとつに、小さな月がひとつ、空の彼方に浮かんでいる。
その月に照らされた、暗く煤のような闇が立ち上る、ひとつの影。
人はいない。
索敵にも反応はない。
ならば、コイツは一体……?
夜明けまでは、まだ遠い。




