神さま、呪物を紐解く。
片や霊力枯渇寸前。
片や呪詛による被ダメージにより。
屋敷から出てきた商人のオジサンが、短時間で見事に頬がコケた俺たち三人を見て「すわ、なにごとか!?」と慌てふためく。
「ど〜も〜。
三人合わせてゲッソリ〜ズで〜す」
「……ふざける余裕があるようでなによりです」
冷静にジト目で返されてしまった。
心配をかけるのは不本意なので仕方がない。
冷ややかな視線も甘んじて受けましょう。
だけど、ふざけてないとやってられない時だってあるでしょうよ。
イヤ、でもアレ、ホントにヤバいよ。
視界の端に映っただけで拒否反応がコレだけ出るんだもの。
呪物ってそんな凶悪なものなの?
ホントに人を呪い殺せそうだよ??
ものは試しと、憔悴しているアルベルトを向かわせてみる。
俺たちみたいに吐いたりはしなかったが、嫌な感じがすると、ただでさえ悪い顔色が更に悪くなった。
青白いが土気色になり、今はなんだかドドメ色がかっている。
ゴメン。
何でこんな状態になっているのか説明をすると、自分の家の玄関に、見るだけで吐き気を催すほど不快になるようなものがあるのかと、商人のオジサンは泡食ったようにうろたえた。
実際、不快では済まなさそうな雰囲気がダダ漏れてる呪物がある。
俺とカノンが滝ゲロかまして、アルベルトは吐き気に襲われた。
霊力を持っているほど拒否反応が強いのかな。
俺はバッチリ視界におさめていなくても、そうだったカノンと同じような状態に陥っている。
アルベルトはしっかり見ても吐き気をもよおすだけで、我慢出来ずに嘔吐はしていない。
その一歩手前までいっているのは、霊力が枯れかけているのも理由だろう。
更に一歩進むと、漏れなく気絶する。
俺がそうだった。
家に招く準備が出来たと言われたが、失礼だとは思いつつ、三人揃って断固拒否の姿勢を取らせてもらった。
だってあんなモンに近付いたら、吐くものないのに胃袋がひっくり返って内臓飛び出して来そうじゃん!
もしくは穴という穴から血が吹き出るかもしれないよ!!
血と臓物に塗れた玄関なんて、誰も見たくないでしょう。
野生の動物の方が人間よりも遥かに勘が鋭いというのは本当のようだ。
魔犛の子供を馬車から下ろした途端、今までにないレベルの力強さで暴れだした。
幌の中で大人しかったのは、ロープで繋がれていたのもあるのだろうが、ここぞという時に逃げ出すためだったのだろう。
食料豊富な森へ行きたかったのではなく、トルモ町から、というか、このタペストリーから逃げたかったのだと思う。
落ち着くまで家の中で保護しようと、屋敷の中にいた人たち総出で引きずって行った。
若い男性が放牧の旅に出ているから不在なのは分かるが、出てきたのは年嵩のいっている者ばかり。
総勢二十余名。
それだけの大人数が一匹の魔犛を引きずる様は、まるで、大きなカブだ。
息を切らしなんとか玄関まで連れて行った、その途端。
子魔犛は泡を吹いてひっくり返ってしまった。
それこそ、その泡に血が混ざっていたため屋敷前の広場は一時騒然となった。
ようやく家畜化して二世となった、大事な大事な魔犛だ。
それが死にかけているのだから当然みんな慌てるよね。
俺とカノンは吐いたし、子魔犛は喀血するし。
内臓にダイレクトにダメージがくる呪いなのだろうか。
霊力の総量や、現在の内包量でそのダメージの通り方が違うのなら、一番被害が大きい子魔犛は相当優秀だということになる。
吐き気を紛らわすために話題を振ると、カノンはそこに肉体年齢や、呪いの対象となっているかどうかも、被害の程度が変わってくるだろうと自論を述べた。
病と同じで、幼かったり年老いていたりした方が、呪物から受ける影響が大きくなる傾向にあるそうだ。
人の悪意に晒された経験の有無、その耐性の強度。
なにより呪物には、呪う対象というものが必ず存在する。
今回のアレは、呪いの対象外となるのがトルモ町の住民で、まず間違いないだろう。
何が対象か、と言えば絞り込むのは難しい。
外部の人間である俺たち三人は、程度の差こそあれ呪いの影響を受けている。
対象になっているのは明白だ。
だが、この町の所有物である魔犛も呪いの対象になっているので、単純に町の関係者かどうかでは括られていないことが分かる。
呪物は基本、用意するのに時間も手間もかかり、その割には得られる効果が少ない。
広範囲に影響を及ぼしたい場合には、まだ利用する価値があると言えるが、広範囲になればなるほど当然大掛かりな儀式が必要になる。
霊力なり知識なり持っている人ならば、呪物よりもそちらを使った方が諸々楽だ。
個人が対象の丑の刻参りですら、時間・格好・使用道具が厳格に指定されている上、連夜七日、一日たりとも怠ってはならないと決まっている。
しかも御神木に藁人形を打ち付けるなんて、信心深い者でなくても躊躇することをしなければならない。
まぁ、人を呪い殺そうなんて考えを持つ人は、そんな善悪の区別がつく精神状態にはないだろうし、そこは気にしないか。
カノンが過去に処分したことがある呪物の多くは、生き物の身体の一部が使われている物が多かったそうだ。
禍福をもたらすと言われていることと言い、いつの世も、どこの世界も縋り付く先は同じなのだなと妙な感心を覚える。
そんな胡散臭いものに頼るくらいなら、自分で力技で道を切り開けば良いのに。
出来ないなら身の程を弁えて諦めろ。
……って簡単に割り切れるものではないから、藁にもすがる思いでそういうものに手を出すのか。
だが、この世界は地球で言うところのオカルトが現実に影響を及ぼしやすい世界である。
なにせ精霊がいれば霊力もあるのだから。
目に見えない、実体を持たないモノが現実に影響を及ぼす。
日本ではどちらかと言うと負のイメージに寄っていたが、怪奇現象というよりは超常現象の類を引き起こすものが、この世界の呪具なのだろう。
口減らしの都合のいい理由付けに、産まれてくることも叶わず、死してなお弄ばれる赤ん坊が多い時期があったと言われた時には反吐が出たが。
霊力を持って産まれてくるハズだった胎児や、呼吸することもなく死んだ嬰児――つまり死産だった赤ん坊だろうね――は、特に現世に干渉する力が強く、怨念を込めれば相手に災いを、鍾愛と感謝を込めれば望む恩恵を授かれるとされたそうだ。
遺骸を聖水に浸け肉を落とし、骨に廟所の土を塗り固め、儀式を行い精霊の御魂を宿らせて、何ヶ月も手間暇かけて作られる。
タイで有名なルッククロックと呼ばれた呪物と似ているのだな。
クマントーンとどちらが近いだろうか。
前者は水子をミイラにしたものだし、後者は死んだ赤子の遺灰に7つの墓場の土や植物の樹脂・ハーブを固めて成型したものだし。
その上で、金色に塗りたくるんだっけ?
俺なんかは、死者へと冒涜だと思ってしまうが、そういう理解出来ない文化が実際あったのだから、地球って広かったのね、と思う。
赤ん坊はあの世とこの世の境目に存在する者だから、見えざる世界から禍福をもたらす存在だとされているのだろう。
わざわざ、そんな存在が実在するこの世界でそんな偶像を崇拝しなくても良いだろうに。
霊力を持たない人だと祈っても届きにくいのだから、致し方ない部分があるのだろうが。
俺としては、人の命が掛かっていることに関しては、仕方ないでは済ませられないなぁ。
「ところで、なんで腹の中にいる赤子が霊力持ってる云々が分かるの?」
「持っていると分かる、と言うよりは、人の世界に産まれてくることなく神々の世界に招かれた存在なのだから、きっと神に近い存在で、超常的力を持っていたのだろう。
すなわち、無事産まれてきていたならば霊力を扱えたのだろう、と言う考え方だな」
なるほど。
結論ありきな考え方か。
今回の呪物は玄関に飾られていたタペストリーで間違いない。
幾何学模様が描かれたソレは、トルモ町が興った時から何代にも渡り受け継がれ、その大きさを徐々に拡げていった自慢の品だと商人のオジサンは語った。
三人がとてもじゃないが中に入れないので、積荷を他の町の人に運び出して貰い、折りたたみ式にした棚を駆使して椅子と机を用意し、そこにお茶を用意してくれる。
もうすぐ夕餉の時間だからと、出されたのはお茶と小さなお菓子。
プリンのような見た目の甘味だった。
ココスの花のエキスを使っているとかで、ふんわり華やかに香る上、魔羊から搾ったミルクを使っているとかで、吐いて荒れた胃や食道にもやさしい。
ホッとする味だった。
んまい。
魔羊は鎧牛の乳汁と違い、加熱するだけで固まるそうだ。
羊の乳も牛よりもタンパク質が多い傾向にあったよね。
レモン入れたら簡単チーズが作れるだろうし良いなぁ。
栄養価も高いし搾乳量が多いなら、魔羊を王都や街で育てるのもアリかもしれない。
羊なら毛が取れるし軟膏の材料も採れる。
肉も皮も使えるし、譲って貰えないか交渉してみようかな。
見返りが怖いけど。
客人としてもてなされることで呪いの対象から外れないだろうか。
一番被害が少なくて済むアルベルトに試して貰ったが、飲んでも食べても変わらなかった。
残念。
野宿をするのは構わないが、魔羊の連続不審死や、子魔犛の逃亡などがこの呪物のせいなら、俺たちが一晩野宿をして解決する問題ではない。
見る限り、放牧をして食料や交易品には事欠かない。
ココスという魔物避けにもなる、甘味にもなる、かなりの強みもある。
町全体の総人数が分からないので、井戸の個数が適切かは不明だが、生活レベルは決して低くない。
トルモ町に文化レベルと生活水準を一定にするために出来ることって、現状では殆どないんだよね。
この、呪いさえなければ。
その呪いが大問題過ぎて、他の町村にしてきたことが些細に思えてしまう。
それほどまでに、解呪というのはややこしい。
まず誰がその呪いを行ったのか明らかにしなければならない。
そしてその対象が何であるかを詳らかにする必要がある。
自分に襲いかかるものだし、試しに九字でも切ってみるか?
臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前って言うヤツ。
無闇矢鱈と九字護身法を切ってはいけないとされているが、あの手で結ぶ印とか格好良いじゃん。
一歩間違えると、指がベッキベキに折れてしまいそうだけど。
あとは、除菌消臭剤が霊障の類を消すと言われているし、第四級アンモニウム塩でも撒き散らしておくか。
アレはあくまで、昔悪霊が原因とされていた事象の大半が、カビやウイルスによるものだったから、除菌剤を散布することによって滅菌されたと言う理由なだけだが。
盛り塩や御神酒なんかもだね。
殺菌に腐敗防止。
……ソレらでもどうにもならなかった、一部はガチだと言われてる。
んで、今回のは当然ガチなやつなので、そんな気休めをやっても意味はないだろう。
俺たちでは近づくことが出来ない。
商人のオジサンに試しに除菌剤やお酒を霧吹きでかけてもらったり、盛り塩を置いてもらったりしたが、当然のように効果は無かった。
精霊の加護を受けまくりで、常に神々の残滓をまとわりつかせている俺がいるにも関わらず、浄化がされない呪具はおかしいと言うのがカノンの見解だ。
俺を呪詛や怨霊の忌避剤みたいに言わないでくれ。
そう文句を言ったら唐辛子より強力だと言われた。
魔物に対しても以前そう言ってなかったっけ!?
なので、コレは‘’祝福‘’なのだろう。
そう告げた。




