神さま、利己を窘める。
パキンッと焚き木が爆ぜる音が響く。
多少煙が出ても、爆発して火の粉が舞おうと、ここは屋外で周囲に燃え移るようなものも置いていない。
ついでに言えば火の番をしている俺が着ている衣服も装備品も、全て耐火性に優れている。
なんの問題もないと、臆することなく追加の枝を火の中に放り込んだ。
飛んできた火の粉が袖に付くが、袖口は燃えも溶けもしない。
付着した黒い煤を払えば、何の跡も残らなかった。
一般的な装備の質や付与効果を聞けば、身にまとっている衣服が、贅沢過ぎると驚きを通り越して呆れられるレベルの過分なものであると、今なら理解出来る。
精霊の皆の肉体作りの試作品に、どれだけ貴重な素材を使ったのかも。
思い出すと身震いしてしまいそうになるレベルだ。
カノンは怒っても良かったと思う。
精霊様に関することだから、甘んじて受け入れたのかね。
まったく、精霊には甘いのだから。
生木ではなく、折れて地面に落ちていたものを拾ったのだが、まだ水分が含まれていたみたいだ。
また、バチッ! パチンッ! と焚き火の中で小さな水蒸気爆発が起こる。
足元に積み上げてある、多めに拾ってきた枝を拾い上げる。
俺は問題ないが、今日食事当番の商人のオジサンは、火の粉が飛んできたら火傷くらいはするかもそれない。
中に残っている水分を抜いた方が良いだろうか。
――水の精霊と火の精霊、どちらに干渉して貰う方が効率的に水を飛ばすことが出来るのだろう。
ふと疑問に思ったので実験を試みる。
「スキル」でレンチンしたのと同じような状態にもしてみよう。
コレは何度もしているので手馴れたもんだ。
枝の中に水分が含まれているかどうか確かめるのには、枝に霊力を通して水の反応があるかどうかで確認できる。
商人のオジサンが普段よく利用していると言う、湧水のある森に近い場所を今日の野営地に指定した。
最近はカラリと晴れていたが、水場や森が近いと地面の水分量が多いのだろう。
結構な量の枝が湿っていた。
そりゃ拍手されているかのように、パチパチ木も弾けるわ。
一本手に取り、まずは水の精霊にお願いをしてみる。
木肌の表面から外に追い出す方法と、枝の折れた面にジワジワと水分を追い込み外に追い出す方法。
その二つでも、ホント、微妙〜な差だが霊力の消費量が違った。
早いのは前者。
消費量が少ないのは後者。
借りる精霊の力も得られる結果も同じなのに、違うもんだな。
因みに折れ口から滲み出た木の内部にあった水を好奇心に負けて集めて舐めてみた。
燻製的と言うか、木の風味を含んだ、ちょっと甘みを感じる液体だった。
毒はない。
メープルシロップなんかは、サトウカエデの樹液を濃縮した甘味料だものな。
クルミの木やカバの木なんかからも甘味料は採れる。
何の枝かは分からないが、似たような樹木なのかもしれない。
火の精霊に手伝ってもらうには、結構繊細なコントロールが必要なことは分かった。
霊力の消耗が一番少ないとは言え、これはなかなか大変だ。
俺が少量の霊力を扱うのがヘタなせいなのだろうが、気を抜くとカラッカラに干からびて朽ちる。
もしくは火がついて燃える。
火傷するかと思った。
一長一短あり、って感じだな。
慣れればどの差も誤差程度としか感じないだろうけど。
一番楽なのは、慣れてるのもあり「スキル」でやり方問わずで木の枝を水分を飛ばした状態にすると念じることだ。
意識しなくても出来るレベルまで慣れた時に改めて実験してみたいな。
「この調子で進めば明日――遅くても明後日にはトルモに着きます」
火にくべた鍋をかき混ぜながら、商人のオジサンが宣言した。
通常馬車で十日程の道のりだと言っていたし、寄り道もしまくっている。
もっとかかると思っていたのだが。
街道のおかげで馬への負担が小さく済み、休憩を取る回数が減っている上、夜はグッスリ眠れているおかげだそうだ。
食べるものにも困らないし、いつもより元気なお陰で道中体調を崩すこともなかったため、寄り道こそしたが、予定より大幅に日程を短縮出来ているんだって。
お礼を言われた。
「そちら、ココスの枝でしょう?
ココスが生える場所がトルモが治める土地の目安ですから」
鍋の中身を盛った椀を皆に配りながら「まぁ、あくまで目安ですけど」と言うが、植物の植生ってそこまで限定的なものなのだろうか。
ある土地にしか生えていないとされる樹木は確かにある。
日本の飛び地村でのみ栽培されていたジャバラという特殊な柑橘類があった。
花粉症に効くとか、肥満予防に良いとかで、苗木は全国へと徐々に広まって行ったが、産業として目をつけられるまではその村に一本しか生えていなかったとされている。
そんな唯一の例があるのだから、限定された土地にしか生えていない樹木の一種や二種、この世界にもあるだろうとは思う。
思うが……指をさされたのは、着火剤にちょうど良さそうと思って持ってきていた、ヤシっぽい木の周囲についていたモシャモシャ部分。
ヤシの木みたいなもんだと鑑定眼で見たら書かれていたのでひん剥いて持ってきた。
ヤシの木は実も枝も油分を沢山含んでいるから燃えやすい、とても良い燃料になる。
コイツも同様、良い着火剤になった。
さっき水分を抜く実験をしていた拾った木の枝も、実はココスの枝だという。
南国に生えているようなヤシの木からは想像出来ない、普通の木の枝なのだが。
ココスは何年目の木かで見た目も採れるものも変わるので、外部の人からは同じように驚かれると笑われた。
ここら辺は町から離れているので、町の人が試しにと植樹した若い木しか生えていない。
一年にも満たない若い木は雑草のような体を成しているが、葉がギザギザと鋭く、魔物避けに効果的。
葉が柔らかいうちに収穫すれば――笹や竹の皮みたいな効果があるのかな?――料理の保存に使えるのだと言う。
二年目以降の成長した木は、幹の表面が毛羽立ちシュロ状になるので燃料に用いられる。
オレが見たのはコレだね。
その幹の外皮はタワシや歯ブラシのような汚れを落とす道具なんかも作れる。
五年を超えたものになると花を咲かせるようになる。
実になることは稀だが、その花からは甘味料が採れるので、採集して煮詰めて売るそうだ。
他にも酒や酢の原料にもなる。
枝にも甘みがあったと言うと、木にも甘みがあるのは初めて知ったと驚かれた。
花の蜜は一般的なのに、樹液は普通口にしようとはしないのか。
何故だ。
ココスは十年を超えてようやく結実する。
ココナッツと一緒で、武器にもなるレベルでその実の外側は非常に固い。
コツを知らないと開けることすら出来ない。
その方法はトルモ町の中で代々口伝されており、外部には決して漏らしてはいけないとされているそうだ。
ほほぅ。
未熟なものと完熟したもので利用方法が違うとか、胚乳が液状のものと固形のものとに別れてるとか、受ける説明はまんまココナッツ。
ココナッツがあるなら、この世界でも「スキル」を使わずにディスプレイ作れるんだ。
ガラス製パネルよりも便利だからって使われていたよね。
まぁ、作れたとしても、何に使うんだって話しか。
透明基盤として使うのではなく、柔軟性に富んだ割れにくい窓ガラスの代用品としてなら受容はあるだろうか。
だがそれなら、カニがいるんだしキチンナノファイバーで補強した方が強度が高いものが作れる。
セルロースナノファイバーもキチンナノファイバーも、低熱膨張性の付与効果が高いから有用だとされていたのだ。
テレビやPCのディスプレイに活用するのではないのなら、わざわざそこにこだわる必要は無いか。
ポリ塩化ビニルと鉛ガラスを使った複層窓しか勝たん。
個人的にはそう思う。
自然な色味から少し離れてしまうが、放射線遮蔽用の鉛ガラスは凄いぞ。
外界を汚染している放射性物質による被爆から随分と助けられたものだ。
建造物の改善まで生活レベルが上がったら、そういうノウハウを伝授しても良いかもね。
地球の科学がこの世界に応用できるなら、ムダにならずに済むのだし。
トルモ町は遊牧の民の拠点である。
その拠点で過ごす、定住民は牧畜からとれる毛皮や羊毛の類を加工するのが仕事だと言っていた。
それらを売ったお金だけでは購入出来ない程の荷物が馬車に積んであるよな、と思っていたのだが、ココスの加工品が何にも優る収入源になっているそうだ。
ココスには捨てる所がないと言われるほど優秀な植物で、それを独占して栽培・管理している。
しかも植樹して耕地を拡げようと画策までしている。
他の近隣の町村よりもだいぶ発展しているから、歓待は期待して欲しいと言われた。
もてなして貰えるのは素直に嬉しいが……
「……なら、俺たちが施しをする必要はないか」
「えぇっ!?
なぜですか!!?」
カノンの言葉に商人のオジサンがびっくり仰天。
大きな声をあげて驚いた。
今まで寄り道した町や村と同等かそれ以上の慈善活動を期待していたらしい。
そのために接待をするつもりだったのか。
商人らしいと言えばそれまでだが、それだけの余裕があるのだと判断されてしまえば、不要だと判断されるのは当然だ。
施しという言葉を使っている通り、困窮者に対して食料や衣服などの生活必需品を与える活動を俺たちはしている。
特にカノンは、利他的と言うか。
自分の損得を二の次にして行動をしている。
その様子が身内としては危なっかしく映るのだろう。
そんなカノンの手助けをして欲しいと国王からお願いされたから、俺も率先して行っているのだ。
俺がやりたいと思った、生活水準の向上と合致している部分があるから調度良かったというのもある。
手助けどころか暴走してカノンにストッパーになってもらい、面倒臭い感謝される役割を押し付けているのが現状であるが。
負担を増やしてしまった感は否めない。
まぁ、ダメなラインはちゃんと教えてくれるはずだし。
今の所は問題ないのだろう。
与えすぎだと苦言はたまに漏らされるが。
止められていないのだからセーフだ。
だが、今回何をするでもなく、カノンの方からストップが掛けられた。
彼がしたいのは俺のように向上ではなく平均化なのだから、既に持っている者にはする必要はないと思うのは仕方ない。
それを不公平だ! と声高に主張され、これまでの関係性を崩すのは面倒だし勿体ないけど。
「住民十人の村に回復薬十本やるのと、百人の町に十本やるの。
健康な人しかいない十人の村に十本やるのと、重篤患者が十人いる総勢百人の町に十本やるの。
どれも渡す回復薬は十本だけど、価値は同じだと思う?」
カノンは弱っている、持っていない所へ優先的に足を伸ばし施しを与える。
だからウルメ村のことは抱えている問題をふくめ把握していたが、エルモ町やトルモ町、その他の村のことは存在しか知らなかった。
前回立寄ったのは、いつだったか思い出せない程に昔のことだそうだ。
比較的土壌に恵まれており、魔物も集団生活している所を襲うような強い個体が少ない。
それだけでも高いポテンシャルだと言える。
更に周りの村や町と連携して生活基盤の安定化が比較的進んでいる。
それはモチロン、村長たちが横の繋がりを大事にして努力をしてきた証である。
それによって不利益を被るのはおかしな話だと俺は思うので、最低でも結界を張るための装飾具は幾つか渡すつもりでいるが、それ以上となるとちょっと考えてしまう。
同行して商人のオジサンは生活改善のための知識を得ているのだから、もしより良い生活を送った送りたいと言うのなら、自分で行動に移すことが出来るのだし。
例えば祈りを捧げるための神像が欲しいから、どこら辺に良さげな石があるか教えて欲しいとか言われたら教えるくらいはするけれど。
ウルメ村みたいに逼迫していないなら、神像作りまではしなくて良いかな〜と思ってる。
町の規模を見て判断することになるけどね。
「……まぁ、俺はカノンみたいな凝り固まった考えはしていないからさ。
施しだけじゃ不充分だって思った時には、商いの話しをしよう。
街に派遣してくれる人の選出も含めてさ」
「……よろしく、お願いします」
少々気落ちした雰囲気だった商人のオジサンは、闘志燃えたぎる目をして差し出した右手を両手デ握り返した。
う〜ん、暑苦しい。




