神さま、精霊術にビビる。
付与は出来なかったのは残念だが、溢れるくらいの霊力が有り余っているのなら、1度派手に使えば落ち着くのかもしれない。
付与の代わりと言っては何だが、日暮れまでまだ時間もあるしせっかくだから精霊術を使ってみよう。
だけど狭い室内でやる訳には行かないし移動するか。
……と言うことで地下倉庫から直接浜辺へ出られる非常時用階段を使って家の裏にある海へと向かった。
雨の日の海は危険、と言うけれど。
大丈夫なのだろうか。
波も高くなるし風も吹くし。
海難事故の多くは夏に集中するが、要因の一つに台風による荒天時の海への外出があるとされる。
なんで台風の日に危険な外に行くんだよ、と疑問にしか思わない行動だが統計が取られていた時には結構な人数が毎年お亡くなりになっているのだから笑えない。
雨の日は血がたぎるとか、海が呼ぶとか。
そう言う本能や習性のようなものでもあったのたろうか。
石造りの階段は下に降りるにつれジメッとした感じが強くなり、地面や壁が所々苔むすようになってきた。
滑りやすくなっているから気を付けろ、と言われるが、この忘れた頃に足元をすくわれるようなヌメリ具合は無駄に足に力を入れてしまい内腿が少々緊張で痛くなる。
切実に手すりが欲しい。
内股歩きになる俺をよそにカノンはスタスタ先を行く。
時折こちらの様子を伺って立ち止まってくれるが。
妹さんがいるという話だから面倒見が良いのだろうね。
どういう原理なのか不明だが、道中は壁や天井が所々発光していて目が慣れれば光源が必要ないレベルで辺りは明るかった。
薄暗いよりも少し明るい感じ。
多分本があれば読める程度。
こんな年中暗い地下で苔以外の植物が自生出来ているのはこの明るさのおかげなのだろう。
階段のひび割れから時折小さな花がのびていた。
昨夜の満天の星空の下よりは暗いけど。
そう考えると星も月も、思っていたよりも随分と明るいんだな。
体感5分ほど下りただろうか。
終着点に着いたようでカノンが行き止まりの場所で立っていた。
扉の開け方はさすがに分かるし、開けて先に外に出ればいいのに。
満潮時や嵐の時海水がこの通路に流れ込まないように押し戸になってるんでしょ?
引き戸だと水圧で扉が開いてしまうといけないから。
自動ドア育ちだからといっても、それ位は分かるよ。
なんてことを考えていたのだけれど、ここが異世界だということを失念していた。
カノンが手を扉の上から胸の辺りの高さまでスライドさせると、そこだけ半分向こう側が透けて見えた。
「霊力を薄く流しながら扉に触れると見えるようになる。
霊力の扱いに慣れたら1人でこの扉から海に行き来してもいい」
浜辺に出ても問題ないか、扉の先に魔物がいないか、そうやって確認してから扉に刻まれている紋様に霊力を込めると扉は消えるそうだ。
再び扉を出現させるためには壁にきざまれている紋様に霊力を込める。
は〜、ファンタジーだ〜。
扉は地系統の紋様なのでカノンとは相性が悪く、ふだんはあまりこの通路は使わないそうだ。
だから掃除もしていないし蜘蛛の巣と苔まみれだったのね。
扉を閉め忘れると魔物が中に侵入してくる可能性があるから面倒臭くても確実に毎回閉めるように、と念を押される。
過去に一度やらかしたことがあるそうだ。
自分の失敗談を話して同じ過ちを繰り返さないよう注意を促せるのは良い奴だ。
いや、良い奴だとは知っているが。
なんでもその時はまだ、地下の食料庫まで登っては来なかったが、たまにしか使わないせいで久しぶりに階段を使った時には既に魔物の巣になっていたそうで、駆逐するのにとても苦労したそうだ。
魔物からしてみれば雨風凌げるわ海に行けば食うものに困らないわ、最高の住環境だろうしね。
仕方ないよね。
その時は全て退治できたと思ったが、壁の隙間に卵を産み付けるタイプの魔物がいて、一掃出来たと思って暫くしたらまた繁殖していてたいそう驚いた、と。
しかも、同じ過ちは繰り返さないぞと、この扉を閉めてしまっていたから、孵化した魔物が食料を求めて倉庫の方にまで上がってきてしまい備蓄は喰われるわ道具は壊されるわ酷い目にあったそうだ。
おかげで卵を産み付けたシースター種はカノンの天敵認定されているんだって。
あの時の恨み晴らさでおくべきかのノリで頭に血が登りやすくなり、つい、強大な精霊術をぶっぱなしてしまうので海でシースター種を見かけたらすぐその場から離れるように言われた。
カノンがソレと認識したらなんの前触れもなく攻撃が飛んでくるから。
その時は自分の身は自分で守れと。
怖ぇよ。
魔物の名前を言われても分からないので特徴をたずねたら、余り大きくはないのだけど、凄く接近戦が強くて珍しく二足歩行する魔物だそうだ。
四足歩行か多足歩行が多いとされる魔物の中ではかなり珍しいので、海で人間のように二足歩行をしている魔物がいたらそれはシースター種だと思えばいいといわれた。
シースター種は表皮が分厚く打撃はほぼ効かない。
剣もその分厚い表皮に阻まれてしまい、余程切れ味が良くないと斬ることがかなわない。
じゃあ裏面はどうなのかと言えば、無数の細かい触手が蔓延っており攻撃を加えようとすればその触手に阻まれ、触手の奥にある口から溶解液を浴びせられるそうだ。
出たよ、触手。
触手が好きすぎるだろ、魔物。
なので、精霊術で一気に倒してしまうのが正解なのだと強く頷きながら説明された。
……自分の暴走を正当化しているね?
中身は食べられるが、干して砕いたり炭化したものを畑に撒くとカプシカムと同様魔物に対する忌避効果があるから、もし倒す時は火の精霊術で適度に乾燥させるか風の精霊術で細かく切り刻んでくれと言われた。
炭化までさせると集めにくいから避けたいし、刻めば干したあと砕かずそのまま撒布出来るのが理由らしい。
精霊術が使えるかも分からない俺に何でお願いするのさ。
詰め寄ると、いつもつい霊力を込めすぎてしまい塵も残らないレベルで燃やしてしまったり、波に容易にさらわれるレベルまで細かくしてしまい集めるのを放棄することになってしまったりするそうだ。
ダメじゃん。
カプシカムみたいに世話が必要ない分、シースターの方が便利なのに。
そこは冷静になろうよ。
……よっぽど侵入された時の被害が大きかったんだろうね。
シースター種もその他の魔物も居ないことを確認し消した扉から外に出る。
海風って結構強い!
切って貰った髪がバッサバッサと風に煽られて顔がくすぐったい。
上から見下ろした海とはまた違う印象で、海は本当に広くて大きいのだと、眼前いっぱいに広がる水の景色に圧倒された。
雨が降っているせいで薄暗い色をしているけど、昨日みたいに晴れていたら太陽の光が反射して綺麗なんだろうな。
結構遠くまで透き通って見える水中には、魔物なのかただの生物なのか、俺には判断できないが星型のヒトデが波の動きに合わせて漂っていた。
浜には大きめのカニも歩いている。
これぞ海! とテンションが上がる光景だ。
海水浴も出来るのかな。
魔物ばっかりだと危ないだろうけどこんな広い水の中泳げたら気持ちいいだろうな。
晴れてたら危険顧みず飛び出して泳いでしまったかもしれない。
それ位テンションの上がっている俺の横で、カノンはいつの間にか手にしていた杖を携え口の中でブツブツ何かを唱え始めた。
え? なに??
ちょっと、怖いんですけど。
カノンの身体の周りを、多分可視化された赤い霊力だろう。
モヤのように漂っていたそれが杖の先端に集まり直視出来ないレベルの光になる。
「……――壊劫より来たれ業火の焔、堕ちろ!
エクスプロージョン!!」
杖から閃光が天へと放たれた。
それは指し示された方角へと音を置き去りにして灼熱の炎となって地上へと降り注ぐ。
掃討戦に使われる、火炎放射器かな?
世紀末をイメージさせる炎と、勢いよくこちらに襲ってくる水蒸気に、「短い第2の人生でした」と合掌する。
人間、諦めも肝心なのだ。
死因は熱波による全身火傷か、呼吸器の熱傷による呼吸困難か。
そんなことを考えていたのだが、一向に熱も風も感じない。
合掌と同時に閉じた目を開くと、カノンを中心に半球状のドームが出現していた。
外側は、水蒸気によるものだろう。
真っ白になっていて何も見えない。
ドームに阻まれて、内側にいる俺とカノンはなんの影響も受けなかった。
あ、いや。
地味に熱い。
このまま蒸し焼きコースか。
肉まんや焼売を思い浮かべていると、後ろから「スマン」と謝罪の声が聞こえた。
先程話していたシースターが視界に入り、つい、精霊術をブッ放してしまったそうだ。
二足歩行の魔物なんていた?
カニって……二足歩行していた??
地球と同様、デカいハサミ以外の歩脚全部使って歩いていたと思ったんだけど。
どうやら、海を漂っていたヒトデが、カノンの天敵シースターだったようだ。
あぁ、シー・スター=海星!
なるほど!!
あいつ、浜の上だと二足歩行するの!?
見てみたかった!!
杖を緑色に光らせ霧を晴らすと、熱波から守ってくれたドームは消えた。
余程の衝撃だったのか、入り江……までは大きくないか?
先程までの景色と地形が変わってしまった海岸線がそこにはあった。
毎度こんな攻撃していたら、この辺の地形ズタボロになってしまうんじゃなかろうか。
ヒトデはただ海を泳いでいただけなのに。
こんな目に遭ってしまうなんて可哀想に。
カニも巻き込まれて大変だ。
焼きガニなり蒸し蟹になっていれば食べて供養もするところなのだが、蒸発してしまったのか姿形が見えない。
オーバーキルにも程がある。
先程の精霊術のせいなのか、雨が酷くなって来たので雨宿りができるようになっている波蝕窪まで移動した。
俺の背の何倍もある天井部分を見上げると、灯りのつく紋様具が取り付けられていた。
結構この窪みは利用されているらしい。
精霊術の凄さを目の当たりにして、実は結構動悸が凄いことになっているのだが。
いやだって、アレ、俺が扱えるようになっていいものなのか?
過ぎた力は己が身を破滅に導く。
自滅するなら自業自得だし構わないけど、周りの人を巻き込んでしまったらどうしようと怖くなる。
「スキル」だって、力が強大な利用価値がある者でも性格診断の心理テストで自己愛が強く排他的だと診断された、トラブルメーカーになり得る人物は大抵処分対象だった。
俺は年齢的に幼い。
使って良い場面と駄目な場面をちゃんと弁えられるだろうか。
過ぎた力を既に持っているのに更に手にしていた大丈夫なのか、正直、不安だ。
なにより自分の思考が大人の都合の良い方向に向くよう育てられて来た。
もちろん、クソジジイ共はこの世界にいない。
もう自分が思うように行動してもいいし、食べるものだって自由に決められる。
頭では分かっているのだが、人生の大半他者のために行動してきた身としては、こんな危険な兵器足り得る術は秘匿した方が良いのではないかと思ってしまう訳だ。
なにせ核兵器もひとつの国が所持した途端次々様々な国が所有し、結局使われてしまい世界は滅亡しかけたのだから。
……カノンは精霊術師として強い方だと言っていたが、さらに強い人物はどれだけいるのだろうか。
所属している国は?
その他の国の武力は?
場合によってはカノンをこの場で……
……いやいや。
恩人云々もあるが、この世界ではこう言う思考は要らないんだって。
強要してくる奴はいないんだから。
あー! もう!!
長年の思考の癖って邪魔臭い!!!
たった一日半程度の付き合いだが、教えても良いと判断したカノンのことを信じよう。
カノンは良い奴だ。
善人であると言えるだろう。
俺を助けたことに、表面に出していない思惑はあるようたが、決して犯罪が持つ後暗いことを考えている目はしていない。
自分の正義のために行動している人間の目だ。
それに付き従うことで俺はこの世界の利権や政治的な問題に巻き込まれることになるのかもしれない。
でも、俺はこの世界でしたいことは決まっている。
不義理にならない程度にカノンの思い通りに動いたら、フェードアウトすればいい。
とりあえず目下の目標は、カノンの手を吹き飛ばさないように精霊術を学ぶことだ。




