神さま、嘆く。
エルモ町の人たちに施しを与えすぎだと注意されてしまったので、遠慮する予定だった朝食の誘いに甘えさせて貰った。
意識が戻らないアルベルトを浜辺に放置して戻ったのだが、朝食を食べ終える頃に戻ってきた彼は、無事無傷で生還を果たした。
もしかしたら、霊力を注がないと精霊石の効果が得られないなんてことがあるかもしれない。
そうしたら、精霊術の素質を持たない人たちに渡しても意味がない。
お守りは発動しないし、結界が展開されないからね。
そんなことがあってはいけないので試してみたのだが、問題なかったようだ。
さすがに襲われたらアルベルトも起きる。
んで、実力を抑える腕輪を外した状態なら、彼でも海の魔物から逃げるくらいはできる。
倒すのはちょっと厳しいかもしれないけど。
だってヤツら、群れで行動するし。
対複数だと、一人で相手をするのは、実力差があっても大変だ。
何度か相手にしているのなら、行動パターンを予測することも出来るが、初めて相手にする敵だと余計にね。
しかも寝ぼけた状態で相手にするとなったら、ほぼムリでしょ。
今回はそんな危険な橋を渡ることなく、一度も魔物に遭遇することなく町まで戻ってこられたそうだよ。
良かったね。
ただ、向かっては来なかったが、遠くの方に魔物の姿自体は見えたそうだ。
お守りの持ち主の霊力によっては、もしかしたら結界の展開範囲が小さくなるのかな。
アルベルトに渡してあった腕輪を町長さんの腕に付け替え、もう一度浜に行ってらっしゃいと見送った。
蹴り出したとも言う。
だって比較するにしても、どう違うのか分かるのはアルベルトだけじゃん。
行って帰ってくるだけならそんな時間も掛からないんだし。
また馬車に揺られる時はヒマで寝るんだろうし。
今のうちに働いておけ。
結論としては、持ち主によって効果の範囲が変わるということはなさそうだ。
こと精霊に関しては俺が少々特殊だ。
俺がそばにいた時は、変に作用が働いただけだったみたい。
実験に付き合ってくれたお礼だと言って、魔物よけの腕輪はそのまま町長さんに預け、エルモ町をあとにした。
案内標識を立てた元の道に戻るまでは手持ち無沙汰になる。
時間を有効活用するため馬車の荷台に乗り込み、魔物避けの装飾具をせっせと作る。
「……今使っている精霊術が、魔王の力なのか?」
興味深そうに手元を覗き込むアルベルトが、ふいに疑問を口にした。
俺の出自を知らない商人のオジサンも近くにいると言うのに、凄い聞き方してくるね。
「魔王の力っていうのが何を指すのか、俺には分からないんだけど」
結局王城では、ろくに読書に興じることは出来なかった。
カノンの家にあった絵本では、「三英雄が力を合わせて魔王を倒し、世界を平和へと導きました」みたいな言葉で描かれていただけだ。
それと、黒い邪悪そうに描かれた物体が、三英雄の手から放たれた光に包まれ、爆発するようなイラストが添えてあった。
それを見た時はさすがに笑ってしまった。
まさかの爆破オチ。
子供向けの絵本らしく、分かりやすく正義と悪が対立する構図で描く手法は、世界が違えど共通しているのだなと感心したものだ。
三英雄の力も、魔王の力に関しても、特に言及されていない。
因みに三柱の神の権能に爆破なんてものはない。
物語を盛り上げるための描写だろう。
「三英雄の名前が、そのまま持ってる力なんだろ。
ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ。
それぞれが創造、維持、破壊の力を持ってるって言われてる」
「そう。
簡単に言えば、何でも創れる力。
全てを正常に戻す力。
確実に壊す力、だな」
正確に言えばブラフマーの権能は、英雄の誰かではなく、俺が元々持っている「スキル」だけどね。
「魔王は、英雄の力を悪用して世界を滅ぼそうとした大悪党だと言われている。
英雄の力を支えていた家族を殺して弱らせて、その家族の力を奪って自分を強化した。
だけど三英雄の力を奪い取ろうとした時、結局、返り討ちにあった。
首、掌、心臓を杭で貫かれて封印されたとか、その三ヶ所を攻撃されて絶命したとか。
終わり方が本によって違って書かれてるけど、本筋は大体同じかな」
「はぁ〜。
んで、魔王を滅ぼした三英雄が平和を取り戻しました、めでたしめでたし、ってか」
「平和を取り戻した、じゃなく平和に導いた、だな。
シヴァとブラフマーが持っていた神々の力を奮って、国をつくったり土地を癒したりしたって言われている。
王都の第一地区は英雄が興したって伝えられている。
……ただ、考えてみれば、妙だよな」
「なにが」
「シヴァの力が破壊で、ブラフマーの力が創造なんだろ?
ヴィシュヌがいないのに、どうやって土地を癒したんだろうって」
「?
なんでヴィシュヌがいないんだ?」
そう言えば、俺のブラフマーの権能は、通称ではカノンの父親が持っていたとされているようだったな。
なぜそんな勘違いをされているのだろう。
彼の「スキル」は「完全再現」。
ヴィシュヌの権能だ。
しかもそのヴィシュヌの権能は、カノンの両親が分割して別の人間から受け継いだ能力だ。
因みに二人揃わなければ能力は半減以下になる。
土地を癒すと言っても、世界は広い。
なかなか大変だったろうな。
この際の土地って、この世界のことだよね。
魔物が跋扈していたせいで、瘴気が充満していたとかなのかな。
他の「スキル」持ちと協力したとしても、よく世界に語り継がれるレベルで建物を作り出せたなと感心する。
俺みたいに瞬時に大規模な物を創り出す能力は、誰も持っていなかったからな。
「やっぱ、物語だから実際起こったこととは違うんだ?
英雄の一人は、魔王と相打ちになったって言われてるんだけど」
「…………は?」
相打ち?
誰が??
俺は殺さない程度の無力化しかしていないぞ。
ちゃんと、俺を手にかけることを気に病むことがないように。
俺を恨めるように。
悪人をやり遂げられたと思っていたのだが。
……テルモなんかにはバレバレだったと言われたが。
少なくとも、あの三人にはバレてないと思うんだよね。
直前のやり取りを思い返しても、シンドくなるレベルで散々「バカなことは辞めろ」と説得されまくったもん。
アレが演技だったとは思えない。
……で、相打ち?
浅く切ったつもりが、存外深くて出血多量による失血死に至ったとか??
イヤ、それはない。
アイツらは生き残ったから、カノンとアリアの子供二人をこさえているワケだろ。
考えたくなくて、残されている答えを回避出来る道はないかと思考を回す。
どうやったって、ひとつしか正解はないのだが。
アイツが生きるための世界を残したくて、やりたくもないことをやったのに……?
……うわ。
悪意も何もない、全くの第三者から最愛の死を告げられるとか。
マジでないわ。
テンションと血の気が一気に引いたのが自分でもわかる。
なにが原因でアイツは死んだんだ?
モチロン、あの時から何百年も経っている今、この瞬間に生きているだなんて思っていない。
カノンの両親も亡くなっているのだ。
死自体は受け入れている。
だが、てっきり。
新しい世界で幸せに天寿を全うしたのだとばかり思っていた。
地球から転移してきた人たちの生命は、もう何代と受け継がれて、ご先祖さまとなっている。
当然、当時を知る人はいない。
「カノンは両親以外の英雄には会ったことあるのか?」
御者台に身を乗り出し聞けば、答えはNOだった。
精霊の皆に問いかけても、返事は帰ってこない。
何故、幾らでもつたえる機械があったというのに、教えてくれなかったのだろう。
……イヤ。
俺とアイツのことを直接知っているのだ。
俺が取り乱すと分かっていたから、敢えて口にしなかったのだろう。
それが彼らなりの優しさなのだと、分かってはいるが、心がその考えを拒否する。
次元に穴を開け、そこから瞬時にテルモをにゅるりと引きずり出す。
突然の出来事にアルベルトも、テルモ自身も何が起こったのか分からず目を白黒させている。
アルベルトはテルモに会ったことすらないのだから、余計にだろう。
「無視すんなよ。
アイツがなんで死んだのか、お前は知ってるのか」
胸ぐらを掴んで睨みつけても、困惑の表情は消えない。
言い誤魔化そうとしているのではなく、どう伝えるべきか、言葉を探しあぐねているのか。
視線が俯くが、再度襟部分を掴む手に力を込めると、観念したように両手を上げた。
「俺たちも、自分が死んだ後に地球で起きたことは知らないよ。
知らないから、キミの悪評を訂正することすら出来なかったんだ。
……俺たちは、嘘をつけないから」
精霊の皆に当たっても仕方ないのは分かっている。
だが、やりどころのないこの気持ちを、どうしていいのかが分からない。
力なく崩れ落ちた俺を、スッポリと包み込んで背中をさするテルモ。
幼子にするように、やけに優しい手つきなのは慰めてくれているからなのだろう。
少々照れくさい。
泣いてる訳ではないのだから、そんなことをする必要はないのに。
そう思いながらも、昔とは違い、その胸に頭を預けても聞こえない鼓動が、やけに哀しくて。
それでも確かにあの頃過ごした仲間が、姿形が変わったとしても、今ここにいる確証が欲しくて、温もりに抱かれたまま、暫く過ごした。
心が落ち着きはしたが、人肌恋しさが残っているのでココにまだ居ろと言って、テルモには座椅子になって貰った。
作っている途中だった、精霊石の装飾具を手に転がしながら、へし折ってしまった話しの続きをする。
「語られている三英雄の力からして違うが、三英雄の家族を殺したのも、三英雄から力を奪ったのも事実だな」
「またそうやって、悪者ぶる……」
「事実だろ。
……だが、今使っている「万物創造」は間違いなく、元々俺が持っている力だ」
「ブラフマーの力は、三英雄の誰かの力ではないんだな」
「あぁ。
カノンの両親が「絶対再生」、三人目の英雄が「完全破壊」の力を持っていた。
そして権能の全てではないが、伝えられているように三人の力も奪ったのは事実だ。
俺はその両方も使える」
言いながら、小さめの火の精霊石の欠片を一瞬で音もなく粉微塵にし、その後、瞬時に元に戻してみせた。
更に紋様を刻んでみせ、馬車の後方、上空に思い切り投げた。
放物線に投げたソレは、自由落下を始めた直後に爆発した。
小さな精霊石の欠片でも、アレだけの威力が出るのか。
ダイナマイトの代わりに使えそう。
「……三英雄の家族を殺したのはどうして?」
「知りたがりか」
自嘲するように鼻で笑い言い捨てると、意外や、引き下がらずに食い下がられた。
「俺はお前に惚れてるんだぞ。
テルモが言うように、何か誤解されてて悪いように言われているなら、悪評を訂正したいと思うのは当然だ」
あ、ソレ、本気で言ってたんだ。
俺はアルベルトに好意を返せない。
唯一を既に知ってしまっているから、ソコに囚われて、他に視線や興味を向けることが出来ない。
したくもない。
時間薬だ、忘れることで幸せになれるだなんて言われても、俺はそうは思えない。
切ないほどに焦がれても、二度と逢えない事実は寂しく思うが。
だからといって割り切れるような、制御のきくものではないのだ。
仕方ない。
何を犠牲にしても生かしたかった人だけが、なぜこの世界に来られなかったのか。
その理由を知りたいとは思う。
精霊たちが認識していないと言った通り、アイツはこの世界に来る前、地球で亡くなったのだろう。
病の類に犯されていたような事実はなかった。
定期検診の結果は健康そのもの。
生存本能により、病魔が肉体に巣食う前に「破壊」されるのだ。
当然である。
地球から転移する途中に何らかの事故にでも遭遇したのだろうか。
過去に戻ることは、当然できない。
想像するしか出来ないのがもどかしい。
正解を与えてくれる人がいないのだ。
……致し方ない。
思い出すことすら、名前を口にすることすら切なくて出来ないでいる中、アイツが生きた世界を少しでも良くしようと、奮起していた部分があったというのに。
とんだ道化だ。
まぁ、他の二人が平和に導いて、その子供が現在進行形で、安定し平和に暮らせるように世界をまたにかけて活動しているのだ。
世間の俺への誤解によって三英雄が後世にまで語り継がれ尊敬されている世の中になっているからこそ、その子であるカノンやアリアの威光は世界に通用している。
別に訂正する必要性を感じない。
髪の毛を常に染めねばならないのは、少々不便だと感じるが。
キューティクルと頭皮が心配だからね。
坊主やスキンヘッドが似合うなら良いが、俺は中性的な顔立ちをしている上、実年齢より幼い容貌をしている。
彫りの深いダンディでロマンスグレーな顔立ちからは程遠い。
元気ハツラツな野球少年のような雰囲気も持っていない。
出来ればハゲにはなりたくない。
それだけどうにかしたいなと思っている。
名案、募集中。




