神さま、貝を焼く(おあずけ)
ビーチコーミングをする際の注意点は、戦時下の爆発物や埋蔵金のような遺物を見つけたら即警察に通報すること。
特に危険物は少しの刺激で爆発する恐れがある。
怪我では済まなくなる場合もあるからね。
潮の満干により足場が無くなる中洲や岩場に入る際には、潮位に気を配ること。
海は天候が変わりやすい。
立ち入った時は晴れていても、取り残された時まで波が穏やかとは限らない。
高波に拐われたら終わりだ。
後者はこの世界でも気を付けなければならないが、前者はさすがに有り得ないので問題ない。
だがこの世界でそれ以上に気を付けなければならないのが、ウミヘビやハリセンボンのような猛毒種の生物よりもよほど恐ろしい魔物である。
カノンが軟骨魚種と呼んだワニみたいなギョロリとした目と皮を持つサメは砂浜を泳ぐし、条鰭種と呼んだ脚の生えたカジキは物凄い勢で海面から飛んできて吻が岩に突き刺さるし。
しかも「突き刺さってやんの、マ〜ヌ〜ケ〜」と笑っていたら後ろ足を踏ん張って吻を岩から引っこ抜くし。
その吻は傷一つ付いてないし。
後ろ足に力を溜めて突撃してくるし。
こんなの、俺の知ってるお魚さんじゃない。
お魚食べたいって思ったら、こんなの獲って捌かなきゃってことだよね。
……イヤ、俺だって多少は日本人の血が混ざっているのだ。
ゲテモノばっちこい。
さすがにフグの子糠漬けのようなチャレンジをしようとは思えないけどね。
地球上で最も珍しい発酵食品と言われただけあるよね。
猛毒を三年もかけて塩漬け、水洗い、天日干しして、糠漬けにして発酵までさせてさ。
初めて作った人は、フグの卵巣のどんな所にそこまでの手間暇かける魅力を感じたのだろうね。
さすがにこの世界にフグに似た魚が居てもさ、俺は作ろうとは思わない。
味の好みとかそういう問題ではなく、なんで除毒されるのか分かってなかったんだもん。
先端科学ですら除毒機構が判明していなかったのだ。
タダでさえ凶悪なこの世界の魔物に、なんかよぅ分からんけど毒消えて食えるようになるし! なんてノリと勢いで適用させるなんて出来ない。
それなら、カノンが作る解毒剤よりもより強力なものを作って挑んだ方がマシだ。
そこまでして食べようとするな、という話なのだろうが。
海岸に降りてきたのには理由がある。
まぁ、お魚食べたいっていうのが一番の理由だが。
今の時間からエルモ町を出立したとしても、中途半端な場所で野宿することになる。
それならば、知恵を授けた責務として、すぐに行動に移せることが実践出来るのか見守るくらいはしようとなったのだ。
回復薬を配るのにも時間が掛かるからね。
なにせ、カノンが作った回復薬を町民の人数で薄めて飲むというのだ。
その薄めるのが瘴気に汚染された塩化ナトリウム水溶液では効果が薄くなる。
深井戸を掘っても、暫くの間はどうしても塩が混ざった状態だろうし、そもそも掘った直後では不純物が混ざっていて飲料水に値しない。
元々あった深井戸の水を、逆浸透膜を使った浄化装置を通して完全淡水化させて、その水を使うように指示した。
必要な量が分からないのに精霊術でキレイな水を出そうとしたら、付きっきりにならなきゃいけないじゃん。
それはさすがにヒマがすぎるし。
他の人に任せられるなら放り投げたい。
RO膜は良いよね。
水分子以外の不純物を全部キレイさっぱり除去してくれるから。
まぁ、殺菌成分まで無くなってしまうから、すぐに飲まないとカビや最近が発生するリスクが出てくるから危ないけど。
今回復薬を薄めるのに使うだけなら何の問題もないが、なかなか、こういう世のため人のために開発される機械って万能にはなれないよね。
あまり人目に付きたくないし、俺の実力なら魔物が出ても対処出来る。
貝の一個や二個や六個や七個取ってくることも出来るだろう。
中身入りの貝が穫れると良いな〜とは思うが、そうじゃなくても、砂浜に打ち上げられた貝殻やサンゴがあれば、土壌改良に使えるし。
そう思って砂浜に降りたのだけど、次から次へと魔物が海から飛び出てくるものだから、とてもじゃないが砂浜を散策して漂着物の物色なんて出来ない。
カノンの家裏の海岸に結界が張ってある理由は分かった。
コレはとてもじゃないが相手にしてらんない。
お魚型の魔物は全般強い傾向にあるから、結界に引っかかるのだと言っていた。
その代わりに弱めのヒトデとか、カニはよく闊歩しているが。
カニはともかくヒトデは食べられないしな。
食べられるが強い魔物がひっきりなしに襲いかかってくる環境か、弱いが食べられない魔物が時々やってくる環境か。
そりゃ当然後者を選ぶよね。
デカいし見た目グロいし、地味に強い。
鱗を剥ごうとか三枚におろそうとか、そんなことを考えている余裕は残念ながらなかった。
事前に頭を落とす時は胸びれの付け根から腹びれの付け根を一直線に結んだラインで頭を落とすと良いとか。
身が潰れないように勢いと思い切りが必要だとか。
バッチリ予習していたのに。
残念だ。
まぁ、刀の扱い方を学ぶ良い機会になったと思えばそんなものか。
刀と言うより魚をぶった斬るのって包丁の役割な気がするけど。
まぁ、刀工は包丁も作っていたそうだし。
良いということにしておこう。
生臭く磯臭くなってしまった海岸線は、海まで血色に染まっていてなかなかグロテスクだ。
「カノン、この中で食える魚ってある?」
「まだ言っているのか……
俺には食べ物という印象がないのだが」
両親が日本人とは言え、その二人は施設で生まれ育った。
俺と同様、魚を食べたことがないし、コレだけ凶悪な魔物だと、食べるって選択肢が浮かばないか。
地球で食べられない魚と言うと、有毒成分を含んでいるものだよな。
フグやオニカマスみたいな毒を持っている魚。
バラムツのように人間が消化吸収出来ない成分――ワックスエステルが含まれてる魚。
アブラボウズなんかはごくごく少量、適量なら食べても問題ないとされている。
イシナギなんかは肝臓は食べちゃダメってされていた。
毒が含まれているというか、ビタミンAの含有率が多すぎてダメだそうだよ。
ビタミンAなんて摂取しなきゃ体調不良起こすのに。
食べ過ぎてもダメって、人間の身体ってままならないよね。
火を通せば大丈夫だけど、生だと危ない魚なんかもいるしね。
アナゴとか。
寄生虫が多いサバやホッケ、淡水着全般。
シイラは体表に毒や菌が付着しているから、身には毒が無くても、捌く時に身に付着してしまうとかで生で食べるのはハードルが高いとかなんとか。
意外と、食べられないお魚の種類は多い。
だが地球には、ジャイアントソーフィッシュやヴァンパイアカラシンのような、殺傷能力が高く、正しくここに転がっているような魔物みたいな魚も多くいた。
人間を丸呑み出来るような巨大魚だっていたわけだ。
そんな中でも食べられるお魚だって、確かに沢山いた。
魔物はオニオコゼみたいに猛毒を持っているくせに食べたら美味しい、みたいにはならないかな。
見た目凶悪な世界一醜い認定されていたオッサン魚・ニュウドウカジカだってタンパクでクセがなくて美味しいそうだし。
きっとこの世界にだって美味しいお魚さんはいるはずだ。
鑑定眼で食べられる魚肉はないかと辺りを見渡す。
剣魚と書かれた、カジキのような魔物は生でも煮ても焼いても食べられるらしい。
さっき、岩に突き刺さったマヌケ魚ね。
足は見ないふりをしよう。
吻の部分も、剣魚と言うだけあって鍛えれば武器になるし、刺突武器に付与すると頑丈さが増すそうだ。
レイピアとか、この世界にあるのかな。
あぁ、棒手裏剣とか投げナイフなんかの付与にも使えるか。
デッカイから今回は浄化して埋める感じかな。
持ち運ぶには邪魔だろ。
イヤ、四次元ポシェットに入れるという手もあるんだけどね。
なんとなくナマモノを入れたら他のものが臭くなりそうで。
気分的に嫌なんだよね。
見た目が貝の魔物も、いたにはいた。
弾け飛んでしまったので、貝殻は回収出来なかったが。
爆殻って名前の通り、二枚貝の見た目をした爆弾だった。
刃こぼれを起こすんじゃないかって位に硬い貝殻に覆われていて、殻が閉じると精霊術もほとんど効かなかった。
中身の本体を一撃で倒せば爆発しないそうなのだけど、知らなかったから。
イラッとしながら高出力の風精霊術で殻を切り裂いたら吹っ飛んじゃったの。
いや〜、驚いた。
まさか自爆するなんて思わないじゃん。
しかも一匹爆発したら、他の貝もあっという間に海に帰っちゃうんだもん。
俺が執着アピールしてたから、辛うじてカノンが一匹仕留めてくれたが。
生き残っていた魚の魔物もすたこらさっさと逃げてしまうし。
あの爆発が海洋生物の警戒音だったのかね。
防御力に特化していた爆殻が殺られたってなったら、自分たちの肉体では相手の攻撃を防ぐことが出来ない、と判断したのかな。
だとしたらとても賢い。
魔物は狡猾であればあるほど、人間の脅威になり得る。
もう少しバカでも良いのだけれど。
そりゃ、海は危ないから近寄るな、と警告もされるわな。
必要な魚肉を確保して、あちこちに落ちている残骸は海へと流した。
あとは海流に乗って遠くまで運ばれ、海の中の生物のお腹の中に入ってうまく循環してくれるだろう。
毒を持った魔物もいたが、海の生き物たちはソレで死なないのかな。
どうなのかな。
死んだら死んだで魔物の数が減るから良いか。
爆発した貝殻の一部も回収できたし、当初の予定はクリアしたと思って良いかな。
他にも何かないか見ながらあてもなく歩く。
「ココには家の裏にあったような結界って設置出来ないの?」
「結界の元になる、霊力も瘴気も薄いから、難しいな。
何より、どこに紋様を掘るつもりだ」
カノン家の裏手の海岸には大きな岩礁があった。
そこに魔物よけの紋様が刻まれているということだったが、確かにここら一帯には何もない。
四つ又の消波ブロックやブイのような人口物が何もないと、海って物凄くアッサリした見た目なんだな。
魔物のせいで漁にも出ないから、港の足場も漁船も灯台も、何もない。
河川を使った貿易方法があるとチラッと商人のオジサンが言っていたから、船を作る技術があると思っていたが、コレは下手すりゃ丸太を組んだだけのイカダの可能性があるな。
……お、水晶見っけ。
シーグラスがない代わりに、翡翠や薔薇輝石が落ちている。
誰も拾わないからかな。
上流の街周辺の地下に鉱物層があったし、テルモが守護している地域だから、宝石の類も産出されやすいのかな。
結構アチコチが煌めいて光っている。
おぉ、大きい琥珀発見。
見事なオレンジ色は、落ちていく太陽の光を浴びてその色味をより一層深めている。
キラキラしていて綺麗だし、エルモ町の人達が安全に海岸に降りられるようになったら、特産品になるだろうに。
勿体ないな。
「ほぅ、見事な精霊石だな」
「せーれーせき?」
「精霊様の御力が宿っていると言われる霊玉だ」
霊玉は霊力が宿っている宝石。
純粋な気持ちエネルギーなので、中に込められた霊力は何にでも使える。
紋様具の作動にも使えるし、精霊術使う時にも使える万能さん。
精霊石は各属性の霊力が宿っている宝石。
精霊を呼び出す時に主に使われている。
また琥珀なら、地属性の力が込められているので地属性の精霊術を使う時に威力を底上げしてくれたり、地属性の精霊術を使えない人が精霊石を使うことで術を使えるようになったりするそうだ。
使えない属性がある人には便利だね。
鍛冶場のような火を扱う工房では万が一の時のため、藍玉を置いているそうだ。
水属性の力が込められているので火事が起きた時の初期消化に使われるらしい。
火にくべちゃうの?
もったいない。
火事で全損するよりはマシなのか……それとも、この世界では宝石は意外と安価なのかな。
施設基準で考えると小指の爪程の大きさですら、人によっては一生お目にかかれないレベルで希少だったのに。
だから今結構テンション上がっていたんだけど。
正直、念願のお魚を、食べられることと同レベルでウキウキだったのだけど。
イヤ、希少性がなくてもキレイなのは変わりないし。
あとで「スキル」使ってカッティングしよ〜っと。
なかなか有意義な時間を過ごせたのではなかろうか。
魚料理を楽しみに、足取り軽くエルモ町へと戻った。




