神さま、貝を焼く(妄想)
「死人が出る、ではなく全滅と断言する根拠は何だ?」
紹介をさせて欲しいと申し出てきた町長さんと、その町長さんに回復薬を渡そうとしていた商人のオジサンを町の入口に、ついでに言うなら馬車の荷台で寝ているアルベルトも放置したまま町に入る。
商人のオジサンには、回復薬を早めに配るように申し渡しておいた。
町の中を散策しながら会話をするのは、ヘタに留まって誰かの耳に入ったら混乱を招くと思ってのことか。
あてもなくうろうろするのもどうかと思うが、仕方ないだろう。
なにせ話題にするのが人死にに関することなのだから。
「ココって、海近いんだよね?」
「あぁ。
トルモ町よりは内陸に位置しているが、三kmも進めば海が見えるぞ」
トルモ町も同じような感じなのか、それとも、風向きのせいでココの方が被害が深刻なのかなぁ。
商人のオジサンに渡した回復薬の本数と、彼が王都で売った本数、あとはコッソリ街で仕入れていた本数を考えると、多分ここら辺の地域全体が抱えている問題なのだろうとは思う。
うろついた甲斐あり、見つけた一つ目の井戸から水を汲んでみる。
組み上げた時に他の人たちが零したのだろう。
井戸の周りはキラキラと細かい粒子が光っている。
……――地下一〇mも掘ってないな。
自由地下水を汲み上げている、浅井戸だ。
水を少量手に取り舐めてみたが、やはり少し塩味を感じる。
鶴瓶の中身は、正直飲むに値しないレベルで汚染されている。
不純物がフヨフヨ浮いているし、瘴気も微妙に感じる。
王都の井戸水では瘴気は感じなかったのだが。
王都よりも下流に位置しているからだろうか。
他の井戸も、中央の大きな物を除き全て浅井戸だった。
同じ町の中で、水質にここまで差が出るのかと思うと恐ろしいが、場所によっては完全な塩水が井戸の中を満たしていた。
深井戸がひとつあるだけマシだと思えば良いのだろうか。
ここら辺で嵐が最近あったか聞けば、嵐のシーズンはコレからだと言う。
海が荒れる前にこの状況となると、マジでこの町壊滅すんぞ。
「ここの土地、塩害の被害が出てる」
「……海水を飲んでいる訳ではないのだし、問題ないのではないか?」
「日常的にコレだけの濃度の塩水飲んでたら、海水コップ一杯飲むのよりも身体に悪いんだよ」
コップ一杯の海水を飲むのは一時的なものだし、タチの悪い罰ゲームで済む。
だが、毎日、生まれてからずっとこんな水を飲んでいたら身体を壊すのは当たり前だ。
腎臓や心臓、血管への負担はかなりのものだろう。
それに塩はカルシウムと結びつきやすいから、尿に混ざって余計な塩が排出される際に、骨の形成に必要なカルシウムまで一緒に排泄されてしまう。
つまり、骨粗鬆症リスクがガッツリ上がる。
町の人たちの顔が変なコケ方をしているのも、肌が黄色く太いのも、塩分過多のせいだろう。
つついたら皮膚が窪んだまま元に戻らなさそうだ。
常に塩味を感じるレベルの水を飲んでいるのだから、胃が弱って食欲が減退するのも、浮腫むのも当然である。
すぐに出来るのは井戸を今よりも深く掘ることだが、海岸が近いとその深さが問題になる。
内陸なら被圧地下水の層にぶち当たるまで深く掘れば良いのだが、こういう海岸砂丘の地下においてはその限りではない。
深く掘れば良いというものではなくなる。
海水の方が淡水よりも重いからね。
その境界面の深さと地下水面までの高さを算出するガイベンヘルツベルクの法則という数式がある。
だが当然、雨水の供給の有無や上流で淡水がどれだけ消費されているかでも、安全に飲める水質の層の厚さも深さも変わる。
計算式こそ分かるが、果たして本当にその通りに掘っても問題が出ないのかまでは判断出来ない。
貯水池を町中に作ったとしても、嵐により海水が巻き上げられて混ざってしまったら意味が無いしな。
もっと内陸の方に作るべきだ。
地図を取り出し確認すると、ちょうど良さそうな場所は隣国の領地になるのでダメだと言われてしまった。
領土侵犯をすれば、ヘタをすると戦争にまで発展し、飲水の汚染云々による死者を超える被害が出る恐れがある。
取水施設の建設もダム建設もダメか。
中央の深井戸だけでは足りないから、複数の浅井戸を掘ったんだよな。
その深井戸も、常に飲むに値する安全な水が湧いているとは限らない。
「紋様具設置していいなら、問題が一個すぐに解決するんだけど」
「塩害以外に何か問題があるのか」
「イヤ、塩害の中の問題が一個解決するの」
「……どういうことだ?」
お前賢者って言われてるくせに全然賢くないのな!
塩害の問題はかなり深刻なのだ。
飲水の汚染で人間の健康が損なわれるのが一つ。
高血圧症や腎臓病等に老若男女問わず罹患するのだ。
高血圧症の怖いところは、合併症による心疾患や脳卒中のリスクが高くなること。
この世界では回復薬があるから、発作を起こす前に薬を飲めば何とかなるかもしれないが、意識を失えばそのままお陀仏になる。
カルシウムが体内に吸収されにくくなるため、骨粗鬆症になれば骨が脆くなり骨折しやすくなる。
そうなれば運動不足による筋力低下や脳機能の定価を招き痴呆や鬱の可能性が出てくる。
とてもじゃないが、次世代を作れる環境ではなくなる。
そうなれば、当然町の人口は減る一方で、エルも町自体が地図から消えることとなる。
病気の心配の他にも、塩を含んだ土壌では農作物が育ちにくい。
浸透圧の関係で、植物が土中の水分を吸い上げられなくなる。
そのうえ根から水分がどんどん出ていってしまう。
塩分が含まれる水で水やりをした際葉につけば、塩が付着した部分の水分は蒸発しやすくなる。
潮風にのって地面に塩分が含まれていてもダメ。
水やりをする水に円分が溶け込んでいてもダメ。
水分を吸収出来ない作物はやがて枯れてしまう。
食糧難で飢え死に確定コースだ。
水質汚染と土壌汚染。
その両方を改善しないと、どっちみち詰む。
既に塩に汚染されている土壌は、石灰を混ぜて除塩作業を根気強くすれば改善されるだろう。
再び汚染されないために、ビニールハウスを作れれば良いのだが、ポリ塩化ビニルがないしな。
「創る」ことはできるが、ひとつの町だけに贔屓して創るのは禁止されている。
行く先々でビニールハウスを創るのはねぇ……
大変だとか面倒だとか、心情的な問題もあるが、それを管理維持出来る人がどれだけいるか、という問題にぶち当たる。
消耗品だし、破れた時にどうするのか、風で崩れた時にどうするのか。
知恵を授けても作れる技術がないのなら、現状の改善策を伝えて考えさせて、この土地で暮らす人々が創意工夫して生活を営むのがベターだろう。
……あぁ、カノンならアレコレもっと出来るだろうに、なんで何もしないでスルーしていることが多いのだろうか、と思っていたが、世界中の文化レベルのバランスや、自分一人で出来ること、他の人がこなせることを考えだすと、何もできなくなるのは当然だな。
俺の場合は、精霊の皆が力を貸してくれるし、俺自身も「知識」や「スキル」があるから、カノンよりも出来ること少しばかりが多いってだけだ。
苦労してきたのだろうなぁ。
耐塩性植物を幾つか渡そう。
大麦にほうれん草、アスパラガス、ハーブ各種。
トマトなんかは、そこまで塩に対して強くはないが、吸い上げる水分が少なくても実をつけてくれる。
その分収穫できる作物の大きさは小さいが旨味が凝縮されたものが穫れるとか。
幸い海が近いのだ。
土壌改善のための石灰はいくらでも作れる。
貝を食べる文化があるのかは不明だが。
お魚以外の海産物も食べたいし、さっそく生活改善講座を開こうではないか。
カノンと町長さんに実演をするために魚介を売っているお店がないか探したが、どこにも見当たらない。
探している最中、町の中をウロウロしている間も、なんと言うべきなのだろう。
生臭いと言うか、異臭がするので取り扱っているお店のひとつくらいあっても良いと思ったのだけど。
この変な臭い、魚介の腐った臭いじゃなかったのかな。
実演を諦めて、現状の問題や生活の改善点を伝えるべく、カノンと話しながら町の入口に戻る。
ちなみにこの悪臭は、洗濯物が潮風に当たって中途半端な時間に湿気っているせいで発生される臭いだそうだ。
いわゆる、生乾き臭。
それの酷い版だね。
通常の生乾き臭なら、太陽光に当たっているうちに滅菌されるのに。
太陽が傾き掛けてる時間まで干しているせいで吸湿しちゃったのかな。
紋様具を設置すれば、浄化された水がいくらでも出てくるので非常に便利だ。
だが、街道沿いに設置してきた手押しポンプと違って、労力も要せず簡単に瑞が手に入る状態にするのは如何なものかとカノンから苦言が漏らされた。
便利道具を使って楽が出来るのなら、その道具も冥利に尽きると思うのだが。
そのための道具ですし。
だが、いっせーのーで世界に均等に紋様具を設置できないのなら、せめて段階は踏んだ方が良いと言われた。
そうでないと、盗難の恐れが出る。
盗まれてしまうと、元の鶴瓶井戸を設置し直すのも大変だ。
それに紋様具のメンテナンスは俺にしかできない。
簡単な不具合を直すだけならカノンにも出来るが。
技術者を育てられていない現状で、都市でもない小さな町に設置するのには余りにも先進すぎる技術だそうだ。
言いたいことは分かる。
貴族みたいな階級があるのなら、上から順に浸透させていかないと摩擦が生じるってことだよね。
でも、この町の現場を考えると、すぐにでも安心して飲める真水を確保したいのだけど。
段階的に、と言うのであれば、面倒だが今ある井戸を深井戸にして、その後手押しポンプを設置する方法をとるか。
面倒だけど。
誰が掘るんやって言ったら、どうせ俺なんでしょ。
イヤ、俺がじゃないか。
精霊術で掘るんだし。
アレコレ考えて、しがらみが多い中行動するのって、面倒臭いね。
もっと自由気ままに行動したいよ。
この世界を壊したいわけじゃないし、自由に過ごすための前段階、下準備と思ってガマンするけどね〜。
折衷案を考えるカノンの方が余程大変だろうし!
自分より苦労している人がいると、仕方ないって思えるよね。
町では原因不明とされていた、世代を重ねる毎に寿命が短くなる“呪い“。
エルモ町で作られた塩を商人のオジサンが王都で売り、そのお金で回復薬を買って延命をする生活は、結構な年月繰り返されていたらしい。
その呪いの正体が塩だと聞いても、自分たちの生活を守るために売っていた、むしろ救世主的存在だ。
自分たちが外部に提供出来る数少ない品だからね。
ピンとは来ないご様子。
肉体を蝕んでいるものって、目に見えないしね。
致し方ない。
理解は出来なくても聞き入れろ、とカノンには少々強引に話を進めてもらった。
回復薬を作る、名高い“賢者様“が強弁するのだからと、一応渋々ながら町長さんは首を縦に振ってくれた。
井戸を掘り直して塩の含有量が少ない被圧地下水を使うこと。
霊玉付きの手押しポンプを設置するので、瘴気による汚染は確実に緩和すること。
土壌汚染を改善するために、海で貝を拾ってきて、ソレを焼いて砕いて畑に撒くこと。
また、水を撒いて除塩作業をすること。
カリウムの多い食材を積極的に摂るよう、街全体で食生活の改善を行うこと。
海が近いのだから、昆布でもワカメでも取ってこいと言っておいた。
お魚にもカリウムは豊富だしね。
あとは耐塩性の植物の苗と種を幾つか置いていくのでそれを育ててみるように勧めた。
ほうれん草は塩害にも強いしカリウムも豊富だし。
栄養スコアがかなり優秀なので頑張って育ててもらいたい。
ハーブは塩と併せた調味料としても使えるし、特産品になれば良いなと思う。
改善策を伝え、一通り話を終えたあと、町長さんが挙手してたずねてきた。
「……海に行ける強者がこの町にはいないのですが」
「…………海に行くのに、強さって関係あんの?」
「海は足場が悪い上に魔物も強いからな」
その言葉に思い出した。
この世界のお魚さん、魔物だった!
つまり貝も魔物か!!
ヒトデやカニも魔物だったもんな。
ウッカリしてた。
どうしよっか。
簡単なのは貝殻焼いて砕く作り方だったんだけど。
魔物となると、なんとなく防御力が高そうだし砕くの大変そう。
「あ、お前の王都の部屋!
漆喰があったってことはここら辺、石灰岩取れるんじゃないの?
白い岩!」
「漆喰の材料は取れるが……危険物指定されていて、国王の許可が無ければ採掘出来んぞ」
「じゃあ、魔物の肉食べたあと、骨はどうしてる?」
「骨か? うちはスライムがいないからな。
町の外に捨てている」
石と骨の共通点が見えずに皆眉を寄せているが、どれもカルシウムで出来ているものだ。
骨粉ならリン酸も含まれているし、植物の育成に調度良い。
煮込んで肉や脂肪などの不純物を取り除き、骨自体も柔らかくして、干して乾燥させる。
あとはハンマーでも何でも使ってなるべく細かく砕けば良いだけだ。
乾燥した状態ならば品質が劣化する心配もいらない。
まぁ、海町だと湿度は高い傾向にあるから、都度作った方が良いか。
石灰岩から消石灰作った方が効率良いんだけどな。
消石灰を作るために生石灰を二〇〇〇度の高温で焼くとなると、精霊術が使えないと難しい。
その生石灰は水と反応して発熱する。
取り扱いに注意が必要だから、採掘の許可が必要だというのは仕方がないのか。
手が溶けちゃうからねぇ。
ここでも俺は魚介をおあずけされるのか。
いつになったら食べられるのだろう。




