神さま、戒める。
この世界の文化レベルはどこか歪だ。
地球から転移してきた人達から授けられた知識や技術によって向上した部分は高めだが、その他の部分がすこぶる低い。
その地球からの転移組も、自分が持つ「スキル」を利用した技術の向上に特化するよう日々を過ごしていた。
「スキル」を持たないこの世界の人達に伝えられたことは、結構少ないだろう。
電気に頼った生活をしていたしね。
この世界独自の技術である精霊術に関しても、使えない人が多いので、カノンだけが特出しているように見える。
さすが世界規模の有名人。
畏れ崇められるに相応しい力を持っていると言える。
アルベルトたちのような冒険者でも、使える人と使えない人の落差は激しい。
精霊術を使えない冒険者も中には居るそうなので、冒険者の中でもまた格差が生まれる。
ヌリアさんたち母子がいた村とウヌモ町でも文化の差があった。
ウヌモ町と王都では、そこまで差を感じなかったので、名もなき村が特殊で、生活水準はこのレベルなのだろうと思っていた。
地元で育てた野菜と、たまに獲れる魔物の肉、あと主食に小麦と芋が出る食卓。
交易により調味料に種類こそあるが、お値段は少し高いので味付けは結構単純なものか、素材の味を活かしたものが多い。
手で織った布を身にまとい、生活に少し余裕がある者は革の加工品を身に付けることもある。
布地が染色されているのは稀で、階級の高い者だと目地の細かい布に刺繍が施されて豪華になっていたりする。
住居は雑多としていてこぢんまりとした作り。
ワンルームアパートみたいな建物が多い。
衛生概念はそこそこあるようだった。
地球からの入れ知恵なのだろう。
なにせ未知の土地で、抗生剤も数少ないのに病原菌に犯されれば死に至る可能性が高い。
手洗いうがいを徹底していたに違いない。
井戸の数は多く、汲みさえすれば使い放題。
水利権を国は主張していないようだ。
良いことである。
だが、俺は失念していたのである。
カノンの家の方が余程、生活水準が高かったから。
王都のソレが、他の町よりも高いものであることを。
順調過ぎるほどにトルモ町への旅路は、現時点で問題が起こっていない。
なにせ周辺の魔物は一掃したばかりだし。
俺のいる……今は半径何mくらいかな。
たまにコチラに向かってこようとする魔物も、気配察知に引っ掛かるとすぐに回れ右をしてどこかへ行ってしまう。
とても平和。
想定外だったのが、商人のオジサンが高所恐怖症だったせいで、空飛ぶ石板に乗ってトルモ町の場所を確認が出来なかったことだ。
“喰魔の森“から街へ街道を通したように、上空から確認して一気に通そうと思っていたのに。
海の近くだと言っていたし、海岸沿いにある町に向かって適当に通すことも考えたのだが、違ったらやり損だし。
大人しく馬車に揺られながら、馬が進む何歩か先に、その都度道を創っている。
馬車や人の行き来があるのだろう。
道を整備していなくても、草が生えず土が剥き出しになっているあぜ道が、はるか遠くまで伸びている。
因みにカノンは商人のオジサンの横に座り、アルベルトは後方からの敵に備えて馬車の荷台にいる。
そして俺はあぜ道を目印に街道を作るために幌の上を陣取っている。
分かれ道が見えたら、右か左か下に向かってたずねて、返答の方向に従って道を創るのだ。
道無き道を進むのではないし、決して遠回りではないのだろうが、この道が最短ではないだろう。
商人のオジサンは馬が慣れてる景色だから、と言うが、効率を考えるなら、森を突っ切った形に道を通せば良いのに。
つい考えてしまう。
森林破壊を趣味としている訳ではないが、どうしても効率を求めてしまう傾向にはある。
こののんびりとした馬車に揺られる旅も、一日ならまだ楽しめたのだが二日、三日と続くとメチャクチャひまだ。
手持ち無沙汰な状況が、より物騒な思考へと傾いていく要因になっていると思う。
街道を敷いていくためには外にいなければいけない。
気配察知の要領で周囲を立体スキャンさえしてしまえば、まだ見えない場所でも道を通すこと自体はできる。
だが、分かれ道の度に、どの方向に道を通すのか聞くために結局作業が中断してしまうのだ。
ひとつ先までなら商人のオジサンも答えてくれるが、それがふたつ、みっつ先々になっていくと混乱してしまい、答えが返ってこない。
下手をしたら間違える。
普段はそれぞれの道に目印にしているものがあり、その目印の先は右に、この目印はまっすぐ、と確認しながら進む。
なのでトルモ町への道案内を口頭でしようとしても出来ない。
経路案内標識でも設置するべきだろうか。
目的地の方向と、距離の目安が分かるだけでも、初めて通る人には便利だと思うんだよね。
迷子防止にもなるし。
視認性が高く、自然物にはあまりない明るい青色ベースで白抜き文字にする。
まんま、道路標識だね。
車を運転しながら見るような、猛スピードで通り過ぎても見やすいように大きな文字にしたり、高い位置に設置する必要はない。
目線程度の高さに枝分かれする道の真ん中に、看板を立てた。
流石に何km先に目的地があるかまでは分からないと言うので、仕方ないし矢印と町の名前だけ書き込んだものだ。
次の分岐点の先にあるものは何か聞けば、エルモ町があるそうだ。
子供向けの人形劇に出てくる好奇心旺盛な三歳半の赤い人形が瞬時に呼び起こされた。
青い焼き菓子の名前がついた魔物の町もあったりするのだろうか。
もし寄り道をしても大丈夫なら、そのエルモ町に行きたいと言われた。
どうしても今このタイミングで行かなければならないということはないが、叶うなら少しでも早く届けたいものがあるそうだ。
お届け物程度なら、さして時間も掛からないだろう。
今までの分かれ道の先には町や集落の類は、確認したらないと返答されたし、ついでだ。
その大きな鼻を持つポジティブモンスターの町にも道を通してやろうじゃないか。
アリアから生活水準の底上げを、全体的に分け隔てなくするなら是非に、と言われている。
重要度はソコソコ高く、緊急性は低い案件だね。
整備された道を通せば、人の往来が増えて発展しやすくなる。
町についたら手押しポンプの設置以外に、何をしようかな。
水汲みの時間って結構かかるから、その手間がひとつ楽になれば自由時間が増えて良いと思うんだ。
安全な水が飲めるのって結構重要だからね。
発展途上国の支援活動を参考にしてしまうと、ここに学校の設立が加わるんだよね。
だが、今その計画はストップが掛けられているし、街以外では出来ない。
街は既にこの世界の基準からズレまくっているから、今更制限するのもおかしな話だし、俺の好きなようにすれば良いと言われている。
王都を含めた他の町での参考にするために、青空教室を開いているはずなのだが、教会との関係が今後どうなるかで変わるからな。
今の段階で町には学校は設置しない。
バレなきゃ良いやと訪れた町全てに教育機関を設けていては、先になかなか進めないし。
教師役の教育に時間を取られるからね。
街では、基礎が出来ていた三バカや、ゴルカさんがいたし。
ヌリアさんやフリアンくんみたいに恩を押し売りした弱みにつけ込んで必至に学ぶ人もいたから、短期間でどうにかなった。
だが、他の町で同じようなレベルの人がいるかが、行ってみなければ分からない。
商人のオジサンみたいに四則計算が出来る人が一人でもいれば、教科書の見方と教え方をザッと教えれば良いが、いなかったらどうにもならないし。
分け隔てなく、等しく生活水準の底上げをするって、実は結構難しいのかも。
施せば良いってもんじゃないんだもんね。
施しを受けた側が、その状態を管理、維持しようとしてくれなければ意味が無い。
その監視までやれと言われてしまったら、とんでもない労力を要する。
ぶっちゃけ、そんな受け手のやる気次第で結果が左右されてしまう事案に関わるのは嫌だ。
いつの世にだって、一度施しを受けたら貰えるのが当たり前だと勘違いして、横柄な態度をとってくる輩が存在するのだから。
そしてそういう奴って大抵話が通じない。
思い込みも激しいし。
相手にしたくない。
今の「自分の身を守るため、正当防衛と見なされる殺しはOKです」みたいな世界にいると、「人間も資源だから若いうちはなるべく殺さず有効利用しましょうね」とされていた地球時代の掟が上書きされてしまう。
問答無用で風穴をあけたくなる衝動に駆られてしまう。
俺ってそんな物騒な人間だったのね。
イヤ、魔物殺して解体してってしていると、ちょっと倫理観崩れるよ。
ジャビルみたいにニヤニヤ気色の悪い笑みを浮かべながら生きた人間を解体したいとは思わないけど。
死への忌避感とか、屠ることへの後ろめたさというもののハードルが下がっている気がする。
自制しなきゃな。
別に生命を奪い取る行為に快楽を憶える性質ではない。
人と獣の違いは理性があるか否かと言う人がいたくらいだ。
道徳心をもって、この世界の倫理観に染まらないように気をつけよう。
時間にして一時間掛からないくらい。
距離としては五kmほど進んだ先に見えたエルモ町は、規模としてはウヌモ町よりも多少大きい、くらいだろうか。
だが、一部名もなき村よりも酷い所がある。
ぐるりと周囲を巡る柵の範囲は広いのだが、中には朽ちた小屋もあるし、あまり人の姿が見えない。
活気がないんだよね。
まだ日が暮れるまでに時間があるし、若い人たちはココには見えない畑に行っているとか、狩りに出ているとかなら良いんだけど。
「おぉ、トルエバ!
まちわびたぞ」
馬の足音でコチラに気が付いた男性が手を大きく振りながら声を掛けてきた。
商人のオジサンは急がない、後でも良いと言っていたけど、エルモ町の人はそうではなかったようだ。
小走りで向かってこられたせいで、道が途中で途切れてしまったが……まぁ、良いか。
この距離で目の前の町を見失うような方向音痴はいないだろう。
「そう言うな。
今回はすごいぞ」
「ほぅ、期待させるな」
ニヤリと笑いながら指をさす動作や肩を竦める動作を見ると、ボディランゲージが結構激しい文化なのかなと思う。
固く抱き合って互いの背中をバンバン叩きあっているし。
視線をコチラに向けて顎でさすのは、さすがに失礼だと思うのだけれど。
コッチの文化ではそれが普通なのか?
よく分からん。
……商人のオジサンがあわあわしながらカノンに詫びてる所を見るに、普通じゃないし失礼なことなんだろうな。
「お前が護衛を連れてるなんて珍しい」
「護衛じゃないよ!
重ね重ね申し訳ありません、賢者様」
自分が粗相をしたわけでもないのにペコペコ頭を下げる様子は、権力者に平身低頭の姿勢を貫く正に庶民の鑑。
まぁ、カノンが世間で認知されてる“賢者“だと認識したオッサンも土下座してゴメンなさいしているので、コレがカノンに対する世間の普通の態度なのだろう。
お代官様に対するように伏してへへ〜っと五体投地でもした方が良いのかしら。
「……俺もこういう態度取った方がいい?」
「気持ち悪いから辞めろ」
敬語で話すことすらなくなった今現状では、さすがに無いか。
雑談を交わしながら、商人のオジサンとオッサンの話が終わるのを待つ間も、町の中を観察していたのだが……気掛かりがある。
「カノン、この町、ヤバい」
「……お前が言うやばいは、多分な意味が含まれ過ぎていて反応に困る」
表情と声色で分かれよ!
元々の意味だよ。
矢場いのまんまだよ。
非常にまずい状態で危険が及ぶ可能性があるってことだよ!!
言葉遊びをしているヒマはない。
「ヘタしたらこの町、近いうちに全滅するぞ」
「……それは確かに、やばいな」
馬車にもたれかかっていたカノンは、町の中を調査をさせて欲しいとオッサン――この町の町長さんに申し出た。
寄り道は、思ったりよりも時間をくうことになりそうだ。




