神さま、別離を惜しむ。
「俺のこと、忘れないでね……」
うるりと涙が滲み、キラキラと反射する金の瞳は、月を思わせる儚さを伴って光り輝いて見える。
そんな目で見つめられたら男女問わずでコロリと心が傾いてしまいそうだ。
目の前のボディに反射し映し出されたその姿に、我ながら凶悪な相貌をしているなという自覚はある。
地球では食事時にお代わり待ちの列に並んでいたら、俺の二人前で残ったオカズの配布が終わってしまって悲愴感に打ちひしがれたことがあった。
その様子を見た、無事にオカズを獲得した人達がこぞって、俺に分けると申し出て、他に並んでいた人たちから非難が噴出したことがあったのだ。
俺は沢山食べれて嬉しかったんだけどね。
「お前の顔面は兵器よりタチが悪い」と言ってズタ袋被せられて、殴り合いにまで発展したその場から引きずり出されたことがあるのだよ。
お顔が整ってると、涙ひとつ流さなくても争いの火種になるのだね。
傾国顔とはこういう顔面のことを言うのだろう。
たぶん。
だが、相手は一国の王でも天下人となった覇者でもない。
あの時のように同僚でも上司でもない。
生後一日と経たない赤子同然のスライムである。
悲劇的な情緒溢れる別れの場面になることもなく「いい加減にしろ」とカノンに首根っこを掴まれた俺は、ズルズル引きずられながら街をあとにした。
せめてあともう一つつきさせて〜……
「いや〜、オルトゥスとは凄い所ですね!」
商人のオジサンは俺が見かけた時は畑の見学をしていたが、ちゃっかりその後も街中全体を見て回っていたらしい。
アスレチックで子供たちに遊び方を教わったり、教科書を読ませてもらったり。
サージが作った食事に舌鼓を打ち、冒険者用の宿泊施設でお布団にくるまり、充実した一日を過ごしたようだ。
街に着いてからの短時間で、よくもそれだけのことをこなしたなと、感心するよりも先に呆れる。
ゴルカさんが不在のため作物の売買は出来なかったが、どうしても手ぶらで帰路につくのは諦められなかったようで、俺とカノンに持たせるため、と理由をつけて色んな野菜を少しずつ貰っていた。
それらはしっかり馬車に積んである。
理由こそ俺たちだが、日持ちするものはトルモ町への土産にするのだろう。
酢漬けにしてあるキュウリとか、ピーマンやとうもろこしなら常温でもソコソコ保つ。
トマトやナスなんかも、少し収穫には早い若いモノを貰ってきていたし。
まぁ、トルモ町まで腐らないと良いね。
カタコト揺られて整備された街道を行く馬車は平和だ。
不都合などないか問えば、快適すぎる程だと答えが帰ってくる。
馬車を改造したのもあるし、街道が滑らかなのもあるし、とにかく快適だそうだ。
俺としては、この独得の上下に揺れる振動が、微妙に酔いそうなのだけど。
コレでもろくに整備されていない道を走るのとでは雲泥の差があるそうだ。
平らな道だから馬も疲れにくいし、王都からトルモ町までも同じように街道を敷いてくれるなら、それだけで旅程が短縮される。
商人のオジサンは良い取引をしたと喜んだ。
この後、街に派遣する革製品を加工する人員を厳選するのが大変だとホクホク顔で語る。
魅力を語れば派遣希望者が山ほど手を挙げるだろうし、町から出たいと考えている若者なんかだと、引越しも考えるだろう。
特に危険な遊牧を担当している男子の恋人なんかは、特にそういう考えに至るだろうと、少し寂しそうに笑った。
後世に伝えたい気持ちはあるのだろうが、危険と隣合わせの伝統となると、そこから抜けたい気持ちも分かるのだろう。
彼はその伝統の中で怪我をしている。
家族に心配も掛けただろうし、自分だって辛い思いを経験している。
当事者として痛みを経験しているのだ。
余計にだ。
街道沿いに創った休憩所には馬を休ませるための水場も用意してある。
汚染されていない安全な水を、馬にまで飲ませてあげられるのは、やはり嬉しいものだと、少し痩せて肉付きが落ちてきている馬を撫でた。
長年の相棒なのだろう。
その手つきはひどく優しい。
休憩所に設置した手押しポンプに感動したようで、自分と馬の分を確保するには出しすぎじゃないかと思うくらいにレバーを上下させている。
街の畑にも設置してあったんだけどな。
使わせて貰えなかったのかな。
しみじみと「ぽんぷって便利ですなぁ」とチラッチラ、コッチを見るので自分の町に設置したいならカノンに許可を貰うようにと丸投げしておいた。
水の確保ってやはり大変なんだな。
この辺は雨がしっかり降るようだし川もあるから、まだマシだろうけど。
旅をするのに持ち運ぶとなると重いし、街道沿いくらいには、ポンプの設置をしても良いんじゃないと思う。
イタズラされたり壊されたりしたら、まぁ〜、その時はその時かな。
直してやる義理まではないと思うので、使用中の不慮な事故以外で壊れた場合以外は知らぬ存ぜぬを決める。
あ、でも盗まれた時のために通し番号は付けておこう。
街道は元々森だから、この辺は馬の食料になりそうな草はあまり生えていない。
旅程を短縮しない、森の外側を通る道なら水の心配はあるが、なだらかな丘が続くので食料は確保出来る。
馬だって当然食事も休憩も必要だ。
魔物を品種改良していたとしても生命である以上、当然のことだ。
人間用のごくごく小さな畑は作ってあるのだ。
この街道を通る人達のために、もうひと仕事しておくか。
畑を食い荒らされない為にも、馬の食料確保もしておいた方が良い。
この森では、街道から外れた内部に立ち入ったとしても、食むための草は生えていないだろうし。
道の両脇に草でも生やすかな。
手入れの行き届いていない森では、日光が地面に届かず草がぜんぜん生えていない。
木の成長により土は痩せて固くなっているし、そうなると土砂災害の危険度も増す。
固いってことは、雨が降った時地面に吸水されていきにくいからね。
一部の吸水されていった所から地滑りが起きたり、地面が固くて根を上手く張れなかった木々が倒れたりして非常に危ない。
ついでだし、枝打ちするような時間は流石にないが、ついでに木の間引きもしておくか。
引っこ抜く方が俺には手間がかからない。
何haあるんだ、この森。
まぁ、適当で良いか。
街道周辺以外の樹木も伐採し、クロノスの力が付与されている入れ物に収納。
伐採した木を処分せずに、そのまま森の中に放置するのが問題になっていた時期が昔はあったようだけど、俺には四次元ポシェットがあるからね。
楽なもんだ。
木の根は「破壊」で消去して、地の精霊術で根が伸びやすいように土を耕す。
街道沿いも同様に不要な木を取り除いていく。
両サイド一m程度で良いかな。
……イヤ、唐辛子は馬も嫌がる。
馬の嗅覚って主嗅覚器系と副嗅覚器系の独立した2つのシステムで受容しているから、メチャクチャ鋭いんだよな。
人間も匂いで判断していると言うし。
オス馬は八〇〇m離れた発情期のメス馬の匂いすら感知する。
だからといってそんな幅をとってしまえば、街道幅よりも馬用の芝生の方が広くなってしまう。
見た目のバランスが良くない。
ソレなら、左右二m程度路肩代わりの芝生帯を作り、カプシカムは森の中に植えてしまおう。
森に手を入れたから、日照不足による成長の心配もあるまい。
色んな匂いが混ざるせいで忌避効果が薄れてしまうかもしれない。
当初の予定通り“喰魔の森“を抜けるまでの区間だけでも電気柵を設置する。
昨日は精霊の残滓でしばらく魔物は近寄らないって言っていたけど、今度いつこの道を通るのか分からないからね。
今のうちに設置してしまおう。
ここまで対策しても街道に現れる猛者がいるなら、その時はもう諦めて頑張って戦って。
そのための護衛だ。
危険が全くないと、冒険者のお仕事がなくなってしまうからね。
ある程度の抜けは残しておくべきだ。
街道沿いの掘り起こした土の上層部十五cm程は、砂壌土にした。
排水性が高くないと根腐れを起こしちゃうからね。
水はけが良すぎても、成長に必要な水分が無くなってしまうので、たっぷり栄養を含んだ培養土をその下層に敷く。
通気性が悪くなると、芝生は元気がなくなってしまう。
根が張りすぎるのも問題なんだよね。
土が酸欠になってしまうから。
病気にもなりやすくなるし。
芝生は美しく保とうとすると、かなり手入れに手間がかかるが、別に今回は景観のために取り入れたのではない。
馬の食料確保と、休憩所以外でも体調不良などにより腰を下ろす場所が必要になった時の避難スペースの確保のためだ。
馬車がすれ違える程度の道幅だから、不具合が起きた時に安全に避けられる場所があった方が良いからね。
万が一の時避難する人が街道に押し寄せた時に非常車線運用することもできる。
まさに路肩。
まぁ、もし芝生が生い茂りすぎて危険だと言うなら、その時は街の経費で冒険者を雇って草刈りをしてもらうでも良いし。
ヤギみたいな魔物がいるなら、ソイツらに食べてもらっても良いだろう。
みるみる変わっていく景色を見た商人のオジサンから「冒険者の方々は賢者様がやったと言ってましたが、やはりこの道を通したのは貴方ですよね?」と聞かれた。
勘違いしてくれるならそのままで良かったんだけどな。
面倒な質問の窓口は全部カノンに押し付けたい。
だが、宿屋で話を進めたのは俺だし、街道を創った時に商人のオジサンの隣にいたカノンは、特に何を詠唱するでも精霊を召喚するでもなく頭を抱えていただけだった。
それをバッチリ目撃されている。
誤魔化すことも出来ずに、否定の言葉を告げるより先に「やはり」と納得されてしまった。
街を作った時のことも、フリアン君から聞いていたそうだ。
子供は言っていいことと悪いことの判断が付かないから嫌になっちゃうね。
それを分かっているからこそ、この商人は子供から話を聞いたのだろうけど。
俺がソレを隠したいと思っていることもお見通しのようだ。
神妙な面持ちで頷いているので、理由が単に面倒臭いだけだとは見通せなかったようだが。
何を望んでいるのかと思えば、仕入れの際に融通をして欲しいそうだ。
コレから、きっとあの街は大きく……それこそ、王都よりも大きくなると予想される。
しかも、街道が通され安全に王都と行き来が一日足らずで出来るようになったのだ。
加速度的に発展するのは目に見えている。
それを考えると、まだあの街の存在すら知らない人が多いこの期を逃してしまえば、どれだけ金貨を積んだとしても、多少の融通すら願い出ることは難しくなる。
街の表向きの責任者がゴルカさんだろうと、創ったのは俺で、その土地の管理を任されているのはカノンだ。
もちろん後々ゴルカさんとも親睦を深めるつもりではいるそうだが、裏のトップである俺ら二人から、商売の優先取引相手として認めてもらいたいのだそうだ。
裏って。
別に悪の組織を牛耳っているんじゃないんだし、そんな物騒な物言いするなよ。
過大評価されていることは、悪い気はしないけど。
あそこ、世間では辺境って言われているんでしょ。
危険な魔物が山ほどいて、商人のオジサンなんてつい最近まで町があることすら知らなかったような地域なのに。
確かに立地としては国の片隅になるけれど、今までは何も無かったが、今、コレからは、物も人も集まる大都市になるのは確定だから、それは問題にならないそうだ。
大規模な工事をあっという間に完了させてしまう能力があれば、海路も拓けるだろうし川による貿易だって出来る。
そうすれば更に発展すると見ているそうだ。
俺、この後は世界中を旅する予定なんだけどな。
なんだか、盛り上がっているし、冷や水ぶっかけるのも気が引けるので言わんけど。
融通、ねぇ……
そうは言えども、豪商でもない、単なる自分の住む町と王都を行き来して小銭稼ぎをしている程度の商人が、一体どれ程の範囲で要求をしてくるのだろうか。
町一個丸々引っ越すから面倒見てや! って言われた方がまだ交換条件として分かりやすいんだけど。




