神さま、愛でる。
限られた空間と資源の中で生きていかなければならなかった。
日々の潤いは少なく、たまの贅沢に糖質が食事に加えられる程度。
施設では家畜を育てられる広大な敷地を確保できない。
密飼いに耐えられるとしてブロイラー――つまりは、食肉用に品種改良された食鶏は育てられていたが。
五〇日にも満たない短いサイクルで屠殺されていく食料に、感情移入をいちいちしていたら、精神的に参ってしまう。
明らかに成長異常をきたしている個体もいたからね。
ソレに構っていたら、生産性が落ちて人間が餓える。
壊れかけた地球をどうにか出来るのは人間しかいないのだから、人間は長生きしなければならない。
そう大義名分を掲げて、家禽も含めた他の生物をドンドン弄り回していった。
だから農作物をこの世界に植えた時に、成長速度が早いと言われてもピンと来なかったんだよね。
栄養を巡らせ発芽から結実までのサイクルを、いかに短縮し効率化を図るかに心血を注いでいたからね。
もちろん、すごいは凄いよ。
結実までの数時間短縮をさせるための労力は如何程か。
そうやって繰り返していた実験を、たった数時間で幾度も繰り返し行えたことも、結果として霊力さえあれば一、二日で発芽から収穫まで出来てしまえるようになったことも。
とんでもないと思う。
広大な敷地があって、未知のエネルギーがある。
それだけでこんなにも世界は変わるのかと、心から感動し賞賛している。
だが、それ以上に。
余裕がなかったからこそ施設では誰一人として叶わなかったことが、今できる喜びが何よりも勝る。
見た目は、アレだけど!
見てくれは、スイーツだけれども!!
ペットって飼ってみたかったんだよね〜!!!
ぽよんぽよんと跳ねる姿が想像以上に可愛い。
なにコレ。
なにこの生きもの。
自分が創り出した事実が、より一層悶える材料になる。
たまに着地に失敗してベチャッとインクをぶちまけたみたいに身体が地面に広がる様すら可愛いと思えてしまう。
なんだ、アレ。
語彙力消失する。
なんだ、あのかわいい生き物は。
目鼻立ちの造形の整い具合による美醜で下されるカワイイとはまるで違う。
なんか、こう、心の奥から湧き出てくる感情があるのだよ。
愛しさとか、そういう本能的なものに近い。
コレが萌えというものなのか!?
つついてみたら、意外と強く押し返される弾力があった。
防御力高くし過ぎたかな。
イヤ、でもコレはコレでなかなか……
ツンツンし過ぎてしまったのか、赤ん坊の把握反射のように、つついていた指をキュッと掴まれてしまった。
ナニコレ、かわいい。
中心に薄く見える核が、通常の丸い形からハートの形に変わっているのが更に可愛い。
なにこの生きもの。
自分が創ったから、自分の子供みたいに思えてるってことなのかな。
単に愛玩動物として思ってるってことなのかな。
感情の暴走がなかなか落ち着かないぞ。
抱き上げると、夏には嬉しいひんやり仕様。
肩や頭の上にも乗せてみる。
チョコンと手のように出した突起でバランスを取ってくれるが、流石にずっと乗られると重みで肩や首が凝りそうだな。
首の筋肉を鍛えるのに調度良いと思えばそんなもんだが。
あ〜も〜かぁわいぃ〜。
俺のスペックを参考にして「創った」ので、当たり前のように精霊が見えるらしい。
覗き込んできた皆に少し震えていた。
おどかすなよ。
可哀想だろうが。
俺は皆の性格を知っているから、自分に危害を加えることは余程のことがない限りないと思っているので脅威に感じない。
だが、単純な優劣で見るなら、今の皆は霊力の総量だけで言うなら俺より強いしね。
怖がるのは仕方ないか。
小さい目からポロポロ出てくる液体を見て「泣かすなよ!」とスライムを後ろ手に庇いつつ怒鳴ったら、理不尽だと嘆かれた。
大人は子供の要求に、多少の理不尽さを飲み込んででも対応するものだ。
受け入れろ。
霊力の塊そのものと言える精霊の身体では、怯えさせないように霊力の放出を抑えるのは難しいらしい。
肉体を持つテルモだけがソレをこなせると言い、実体化してスライムを抱っこしたり撫でたりしていた。
他のメンツからはさんざん「ズルい!」と非難されていたが、お構いなしで撫でまくっていた。
そう、ぷるぷるした見た目だし、スライムだし。
表面はちょっと粘着質なのかなと思っていたのだが、意外やスベスベしているんだよね。
磨りガラスの置物で似たような手触りのものがあったが、アレは固かったしな。
このスライムは柔らかいし、的確な例えが出てこない。
すべすべ、ふんわり、サラサラ、なめらか……
独特でクセになりそうな感触としか言い表しようがない。
あ〜。
一番近いのは、毛がないのにその例えはどうなのかと、我ながら疑問に思うが、レッキス毛布の手触りだな。
もふもふでとろける感じ。
その証拠と言わんばかりに、テルモは撫でまくっている。
核がハートの形を保っているので、本人――本スライム?――は嬉しそうだし良いけどね。
……撫ですぎて表面削れちゃったりしないかな。
どきどき。
あまりにも皆がテルモばかりズルいと非難するので、スライムに受け入れて貰うべく、怖くないよと皆と握手をしたりハグをしたり、仲良しアピールをしてみた。
そうしたら、小刻みに震えながらも人数分の触手を伸ばして、それを指と絡めようとしてくれた。
握手のつもりだろうか。
四本不規則な場所から伸ばされると、「あ、コイツ魔物だわ」と自覚させられるのでやめて欲しい。
実体を伴わないので、自分で霊力を表面に纏わせないと触れないよ、と手本を見せてやれば、すぐに体表を霊力でおおってみせた。
あら、ヤダ。
なにこの子、かしこいわ。
思わずオネェ口調になる程度には驚いた。
俺ですら、霊力を自在に扱えるようになるのに時間がかかったと言うのに。
まぁ、瘴気を含め、取り込んだものを霊力に変換する機構を組んであるのだ。
霊力の扱いが上手いに越したことはない。
コレで街の霊力不足は余程のことがない限りは起こらないね。
憲兵がいない街中の保安とゴミ収集がこの子のお仕事だ。
街中の様子を見がてら、散歩と言えば良いのか、巡回と言えば良いのか。
ともあれ、街へと繰り出した。
移動に不具合が生じないか調べるためにも、抱き抱えたままだったテルモから奪い取り自力で歩かせる。
ゴム毬のように弾みながら、時折立ち止まって周りをキョロキョロ見回しながら後を着いてくるので、完全に散歩だな。
リードでもつけるべきだろうか。
道端にポイ捨てがあった時にも回収して欲しいとは思うが、下手にゴミの回収箇所や範囲を増やすと間違いの元だ。
学習能力はあるのだし、まずは指定したゴミ箱の中身を回収してもらう所から始めよう。
他の人の霊力が混ざったり、混同しないために、皆の霊力と俺の霊力をブレンドした目印をゴミ箱の表面に施す。
親兄弟だと霊力の質が似ると言うが、コレなら似てるから間違えた、なんてことは起こりえない。
精霊と似た霊力を持ってる人がいるなら、是非とも見てみたいものだ。
まぁ、ワンチャン、テルモやイグニスとカノンたちが似てるかもしれないくらいだよね。
その程度なら、カノンの私物を間違えて取り込むなんてことは起きない。
他の精霊がイタズラでカノンの私物に霊力のマーキングをしたら、どうなるかは分からないが。
ゴミが入っていないマーキング済みのゴミ箱に、書き損じた紙を丸めて入れる。
「コレと同じ目印がついてる所の中身はゴミだから、食べてくれるかな?」と尋ねれば、核が感嘆符に変化した後、ゴミ箱の中に勢いよくジャンプした。
どうやって食べるのか確認をしたかったのだが、覗き込めば既に丸めた紙はなくなっていた。
とりあえず、消化するのがものすごく速いことは分かった。
フタ付きの共用ゴミ集積所なら、沢山ゴミが出ているかな。
そう思い村からの移民組が暮らす集合住宅地の区画に足を伸ばしたが、まぁ、見事に何もない。
肉はジャビルが不要部位を取り除いてくれたものを使うにしても、野菜は皮をむかないのだろうか。
食品ゴミさえ一切出ないなんてこと、有り得るのか?
イヤ、あるからこうして何もないのだろうけど。
ゴミ屋敷にしてるなんてことないよね。
街を汚屋敷まみれになんてしたら怒るぞ。
抜き打ちチェックをするべきだろうか。
畑こそ、現段階では何のゴミもないだろうとは思うが、今後必要になるかもしれないし。
様子を見がてら足を伸ばした。
東屋に置いておけば充分かな。
スライムに分かる目印を付けたゴミ箱を創り、「コレも中身入っていたら宜しくね」と頼んだ。
自分でフタを開けて覗き込んでいる様子がとても可愛らしい。
中身がないとわかった時、ちゃんと核が疑問符になっているところが、芸が細かくて良いね。
商人のオジサンは畑の様子を見ていたようで、村の人に案内をしてもらいながら、見たことのない野菜に目を輝かせ、試食しては雄叫びを上げている。
売り物として認めてもらえているのかな。
それなら嬉しいのだけれど。
来たついでなので、畑で昼寝をしているだけなのか、今日もまだ休眠中なのか、判断がつかない樹の妖精に霊力を補充してその場を後にした。
村の人たちはしっかり畑仕事をしているし、商人のオジサンは畑の野菜が交易するのに値するかの品定めをしている。
一生懸命仕事をしている人たちの邪魔はするべきではないからね。
公園に区画ごとの集積所、まだ誰もいない工房周辺。
全てのあらかじめ設置してあったゴミ箱にマーキングを施し、門を出て解体をしているジャビルとトニさんの所に顔を出す。
二人とも両手を血みどろにしているが、なかなかにいい笑顔で歓談している。
パッと見、とてもホラーな絵面である。
ジャビルの引きつったような気色の悪い笑い以外の笑顔なんて初めて見たよ。
確実に先入観のせいだが、コレはコレで気持ちが悪い。
解体屋同士、良い刺激を与えあっているのかな。
堀ポチャするといけないのでスライムを抱っこしている手とは、逆の手を挙げて挨拶をすれば、トニさんは手を挙げて返礼してくれ、ジャビルは上げた口角を元のへの字に戻して頭を微妙に下げた。
すぐに二人の視線は俺から下がり、手元のスライムへと向く。
「なんだそれは?」
「……煮こごり?」
ぷるんとした見た目からそう言ったのだろうが、ゼラチンみたいに汚い色はしてないでしょうが。
見よ! この透き通るような空色を!!
実際透き通っているしな!!!
「スライムもどき。
名前はまだない。
……あぁ、人間に害はないから、安心して」
さすが五歳程度の知能にしただけあって、好奇心旺盛だ。
先程精霊たちにしたように、みにょんと触手を伸ばして二人に握手を求めた。
そして一歩、二歩と後退された。
身振り手振りで握手をし返すようにお願いすれば、おっかなビックリと、ソッと伸ばされた触手を握った。
その二人の対応に、核をハートマークにして喜び腕の中で僅かに跳ねる様子はとても可愛いと思う。
テンション上がって飛び跳ね回らないように抑えている左手はなかなかに力が込められているが。
力強いな、オイ。
ペンナウルスの解体で出た要らない部位はどこにあるか尋ねると、前回と同様、大きなタライに入れられ隅に寄せられていたものを指さされた。
また住民が増えたので、サージがどれくらい暴走して料理を作りまくるのかも、それにあわせて肉をどれだけ確保すれば良いのかが分からないため、今回可食部の内臓はとっておいたそうだ。
皮はトニさんが防具に加工するのに欲しているので、今回捨てるのは骨と食べられない内臓くらい。
それでも何百kgもあるのだから、身体の大きな魔物というものは、廃棄量が凄まじい。
このスライムの何倍も体積があるのだが、一度にどれだけの量が食べられるのだろう。
「このタライの中身、食べられる?」
コクコク頷き俺の腕から元気に飛び降りると、グワッと口を開き……イヤ、どちらかと言うなら、身体全体を薄く伸ばして、タライごと骨やら内臓やらを包み込んでしまった。
不思議なもので、身体は透明なのに中に取り込んだ物質は透過されたように薄く、朧気にしかその姿を捉えられない。
シュワシュワと、炭酸が弾けるような音が聞こえる度に大きくなった身体が徐々に萎んでいく。
消化している音なのだろうか。
一分もかからないうちに元の大きさに戻り、最後にペッとタライを放った。
そこには血の一滴すら付いていない。
皿についたソースまで舐めまわしたイメージなのだろうか。
洗ったようにキレイである。
「……まだ食べられる?」
その言葉にパァッと目を輝かせて核をハートの形に変える様子はとても可愛いのだけれど……
自分の何倍もの大きさのモノを、こんな短時間で取り込んでしまうのか。
考えてみれば、王都の人口ですら一匹でまかなっているんだもんな。
スライムって不思議生物だ。
期待を裏切るのも可哀想なので、俺の携帯食のドライフルーツを一つあげた。
先程より多く身体を小刻みに震わせていたので、もしかしたら味覚があるのかもしれない。




