神さま、天敵と邂逅する。
騒がれると面倒臭いという理由もあり、ウィースさんは麻酔で強制的に眠って貰っている。
その旨の上で寝かせている赤ん坊は、体温が三六.五度を保てるよう、クベース――保育器代わりの保護膜の内部温度設定をしてもらっており、コチラも健やかに眠っている。
本来はチューブを通してミルクを与えるべきなのだろう。
だがさすがに医者でも看護師でもないのだ。
そこまでの面倒を精霊諸君にしてもらうのは違うだろうと思い、街に着くまでは人工呼吸器による呼吸の確保と、輸液ルートによる点滴を施している。
血圧や血液循環の状態を見るため、モニタを設置する代わりに俺が定期的に鑑定眼で確認はしている。
だが、もし脈が乱れたとか、呼吸が止まったとか。
何らかの異常が起きたとしても、これ以上の処置をするのも、どうかと思うんだよね。
たまたま母子ともに亡くなっていただろう現場に俺が居合わせて生命を拾った、二人は運が良かっただけ。
他の人たちに同等のことを求められても、断るし。
他の人に等しく施せない善意は、なるべく振りまかない方が良い。
争いの元になりかねないからね。
この世界には過ぎた医療器具になるので、街に着いて安全が確保されたら即外す。
妹の方はしっかり過ぎるほどに気を回していたのに、姉の方は気絶しているのを良いことに、ろくな対応を取っていなかった。
そのせいで目が覚めた途端、自分の置かれた現状に驚いたウィーレさんが、空飛ぶ石板から落ちそうになるトラブルが発生した。
無事に引き上げたけど、また落ちるといけないので、目を覚ましたなら馬車の方に移動してとお願いをした。
列を乱すといけないので、次の休憩所までは石板の上にいてもらうことになるが。
なるべく下が見えない位置でガクブルと縮こまっているのを見ると、少々申し訳なく思う。
ウィースさんみたいに、麻酔でも入れておけば良かっただろうか。
それ以外は問題なく、街道の歩き心地や馬車の跳ね具合、水汲み用のポンプや休憩所含め充分過ぎる位に快適であると、みんなから太鼓判をもらった。
……カノンが。
さすがは賢者様だと滅茶苦茶持ち上げられている。
ワイワイ盛り上がる地上組の言葉にぷークス笑っていると、真下から霊力の塊がズドンと石版を穿ち抜いた。
本気の一発じゃん!
当たったらさすがに痛いよ!?
一般人も同乗していたのに。
さっきコッソリ下ろしたけど、それを分かっててやったのだろうか。
知らずにやっていたのなら、照れ隠しにしては度が過ぎる。
まぁ、俺が大人しくしていれば八つ当たりもされないだろう。
黙って街までの道を通しますよ。
森を抜けた先が、上空を行く俺には見えている。
二時方向にはウヌモ町。
そのうち全員が移住して廃村になるのだから、そちらには街道を通す必要はないと、既に言われている。
十一時方向には街手前にある川に掛かっている大橋。
川をなぞり、よくよく見てみると、上流の方にも簡易的な橋が幾つか見える。
過去、村の人達がかけたのかな。
街までの地面を視線でなぞりながら街道を通して行くと、外壁から少し離れたところに人影が見えた。
体格的にアレは……ガルバとジャビルか。
魔物と戦っているようだ。
苦戦まではしていないが、決定打に足りず手こずっている感じだな。
サージが見当たらないので、そのせいだろう。
撹乱役のサージとジャビル、とどめ担当のガルバの三人で役割分担をしないと、余程のザコじゃない限りここら辺に住んでいる魔物の相手は三バカには荷が重い。
上空から見下ろしているにも関わらず、魔物一体とガルバ・ジャビル以外の影が見当たらない。
……アレ?
もしかしてサージ氏、既に殺られてる??
少々遠い方まで視線をズラしても、血溜まりらしきものは点在しているが、人の死体は見付けられない。
丸呑みでもされていない限り、サージの不在の理由はご臨終ではなさそうだ。
あ〜、良かった。
カノンに街道は敷き終わったので、魔物と戦っているガルバたちと先に合流したいと伝える。
許可が出たので、荷物が山盛り状態の石板の操縦を再びウェントスにお願いしないとだ。
快諾してくれたので、んじゃ行ってきますと挨拶をして、ヒョイと石板から空中飛行した。
ノーロープバンジーよりは、減速用のドローグシュートもパラシュートも使用しない、スカイダイビングの方がイメージとしては近いかも。
つまりは単なる落下。
風精霊の力を借りて減速と着地点の調整はモチロンするけどね。
「退いて〜」と上から声を掛けたにも関わらず、上を見上げる前にサッとその場から退いた二人はとても偉いと思う。
アチョーと自由落下による片脚蹴りを頭部に喰らわせた勢いで、ペンナウルスごと地面が抉れた。
俺の足の骨、頑丈だな。
「よぅ、数日ぶり」
メリ込んだ地面からヨイショと登れば、舞い上がった土埃で咳き込んでる二人の姿が。
ゴメンて。
「助かった……と言うのもしゃくだが。
ありがとう」
「……どこから出てきた?」
おぉ!?
なんだかちょっぴり穏やかになっている!!?
言葉から滲むトゲトゲ感がなくなっているぞ。
キレイなガルバとか気持ち悪いんだけど。
「どういたしまして。
王都から移り住む人たち連れてきた。
カノンのアルベルトは陸路で、もうじき着く。
俺は空飛んできた」
俺が上を指差したのにつられて「空……?」「飛ぶ……??」と見上げた顔を見合わせるが、思考を放棄したのか、フルフルと首を振って「そうか」とだけ返された。
認識阻害をしているから、上見ても何も見えないもんね。
近くに転がしてあった台車にペンナウルスを乗せ、ロープで括り付ける。
どうせなら一緒に行こうと、街までは徒歩になった。
この数日は、気持ち良い布団でグッスリ眠って、試食も兼ねた美味しい食事を腹がはち切れるほど食べて、畑仕事を手伝ったり今みたいに周辺の魔物を狩ったりとしていたそうだ。
滅茶苦茶スローライフを堪能してるね。
羨ましい。
穏やかになった印象だと指摘すると、自分でも自覚するほどに、性格が変わった……と言うよりは、心に余裕が出来たとガルバは語る。
切羽詰まって、生きるためにアレをしなければならない、コレをしなければならないと考えなくても良くなったのが大きいそうだ。
身体を冷やさない、魔物に襲われる可能性の低い寝床を探さなくても、自分の部屋に帰れば安心して熟睡しても問題ない温かな布団が待っている。
瘴気を充分に浄化し切れていなくて、食べたら体調不良を起こす可能性があっても、腹が減っては動けないしどっちみち死んでしまうと、焦げたり半生だったりする魔物の肉を何の味付けもせずに食べる必要もない。
死なないためにしたくもないがしていた冒険者稼業だが、今は生活に潤いをもたらすため、また街の住民の安全ために魔物を狩る。
やっていることは大差ないが、モチベーションが違うと目を輝かせて熱弁している。
……お前誰ダヨと言いたくなるレベルで変わってる。
中身誰かと入れ替わった?
イヤ、まぁ、常に緊張状態だった神経が緩んだお陰なのだろう。
良いことだ。
ジャビルに関しては、陰鬱な雰囲気はあまり変わらないが、顔色は良くなっているし、ヒョロヒョロだった肉体も少し肉が付いている。
少食だったが、味付けに工夫された肉を野菜と一緒になら食べられるようになったから、そのせいだろうとガルバが代わりに答える。
胃液だってタンパク質から作られているのだ。
食べなきゃ胃は弱いまま、どんどん弱っていく。
食べられるようになって体調が良くなっているなら、とても健康的で良いじゃないか。
「んで、サージの姿が見当たらないけど」
口にしたら、言いにくそうにサッと顔を逸らされた。
……まさかってことはないよな!?
遠くに見えた血溜まりが、今日出来たものではなく、昨日一昨日出来た彼の絶命場所とか言わないよな!!?
俺がアルベルト取り上げちゃったから、連携がうまくいかなくなってご臨終ってことはないよな!!!??
街に着けば分かると言葉を濁らせたが、まだしばらくは歩かないと街には着かない。
「引きずり回されるのと、今言うの、どっちが良い?」
「あ、はい。
言う、言います」
「ずっと飯、作り続けてる」
「……?
だから何だよ」
サージが料理にハマったのは知っている。
何を今更、そんな言い淀む必要があるんだ。
どうやらサージは、俺が置いていった料理のレシピを見て、作って、その料理工程と味にとても感動したそうだ。
感動しすぎて昼夜問わず、寝る間も惜しんで、自分オリジナルの料理を作りたいと厨房にこもり、作っては試食をねだり、作っては材料が足りなくなったと肉を提供するようせがむようになっている。
作りすぎても、捨てるのは今までの荒んだ生活を思い出すとどうしても出来ない。
村の人たちも巻き込み、皿ごとに塩の量が少々違う野菜炒めや、下処理の順番が違うチキンソテーなど、微妙に工程や味付けの違う料理を延々食べさせられているのだとか。
そして、味の評価を数値で残すように強要してくるんだって。
行き過ぎた料理研究家だな。
マッドな方の。
それじゃあ、街に移り住む人たちには天国だろうな。
メシ食べ放題状態な訳だし。
今はステーキの美味しい焼き加減や下処理の仕方を狂ったように確かめている最中で、肉が足りなくなったからとってくるように言われたんだって。
あぁ、だから少し門から離れた所まで出てきたのか。
ステーキを焼くだけと言っても、拘りだしたらその切って焼くだけの工程が幾つも細分化される。
肉の選び方ひとつ取っても、肉の色は濃い方が良いとか、サシが多く柔らかい部位を選ぶとか。
食べごたえが欲しいなら肉は大きく切るよりも厚みを優先しろとか、スジ切りは面倒臭がらずにしろとか。
焼き色を付けてメイラード反応を起こさせると良いとか、そのために表面は乾燥させた方が良いとか。
塩をふるタイミングは焼く直前片面だけが良いとか、焼いた肉は休ませると良いとか。
そういう細々したことも教えるべきだったか。
時間がなかったのもあるが、まさかそこまで拘ると思っていなかったから、本当に基本の部分しかレシピには書かなかったんだよね。
火の通り方は人それぞれ好みが別れる。
部位の食べ比べをしたいとか、火の通り方でどれだけ味に差があるのか調べたいなら、レア・ミディアムレア・ミディアム・ウェルダン、それぞれ親指の付け根の触り心地と比較して、中までどれだけ火が通っているかの目安があるのに。
わざわざ時間を測って、いちいち塊肉を焼いているそうだ。
ソレを食べて消費するのも、確かに大変そうだ。
皿にもフライパンにも数に限りがあるからね。
まぁ、俺が知ってるのは牛肉のステーキの話だし、クマだと違うかもしれないしね。
教えても無駄になる可能性は大いにある。
自分で実験して体験した方が身になるだろうし、決して無駄にはならない。
寄生虫がこの世界にも存在するのなら――生物のネットワークとして確実に存在しているだろうが――充分な加熱が食中毒予防に最も効果的だ。
その加熱に必要な時間も、まとめてもらえるとオレも助かるな。
野宿する時に使えるだろうし。
回復薬があるので、食前酒の代わりに回復薬を飲み、味を優先にしてしてしまう手もあるかもしれないが。
……ベニテングタケとか、旨み成分の塊だから味だけは美味しいそうなんだよね。
下手したら死ぬけど。
猛毒だからね。
それもこの世界なら食べられちゃうってことか。
食の楽しみが増えそうだ。
数日離れた程度では、再開の余韻に浸る必要はないのだろう。
アルベルトと三バカはアッサリ街の入口で合流し、アッサリと別れた。
ジャビルはペンナウルスの解体だ。
トニさんもすると言い出したので簡単に紹介し、あくまでこの街の先住はジャビルなので、ジャビルの邪魔はしないようにだけ注意をした。
やり方が違うというのなら、無理に共同作業なんてしなくて良い。
このペンナウルスはジャビルが狩った獲物なんだし。
トニさんはそこは心得ていると言い、ジャビルも先達から教えて貰えるなら嬉しいと返してきたので、問題はなさそうだ。
しっかりジャビルも、人間性が丸くなっている。
人を生きたまま切り刻んで悦っていたヤツと同一人物と思えない。
ガルバは初の依頼完了手続きの業務だね。
冒険者登録は、俺たちが去った後に村の男性が数人希望してきたので行ったそうで、慣れたもんさと胸を叩いた。
同行してくれた冒険者も、これで晴れてギルド所属となったわけだ。
クックックッ。
こき使ってやろ。
食堂の方に顔を出したが、サージの姿は見えない。
料理作りに没頭しているんじゃなかったのか。
なにやら、ココでは出来た料理を置く場所が限られているからと、調理実習室を使っているそうだ。
イヤ、今誰も使っていないし予定もないから良いんだけどね。
設備としてはココの方が整っているのに。
なんとなく、調理場を覗いてみたら、後片付けされずに山積みになっている調理器具と皿の山。
そしてそれに付随してくる、害虫たち。
「……とりあえず、アイツ、ぶっ飛ばして来るわ」
握り拳を作ってそう宣言したら「やばい、目が笑ってねぇ!」「賢者呼べ! 賢者!」と一同騒然となった。
俺の実力の片鱗を知っている人たちばかりなので、自分たちでは止められないと判断したのだろう。
賢明である。
だがしかし。
音速を超える俺の足には勝るまい。
カノンを呼びに行った人たちが事態の説明を終える頃には、サージの元へと付いていた俺は、彼の顔面に飛び蹴りを喰らわせていた。
即座に回復薬をドバドバかけて死なないようにしてやったのだ。
感謝しろ。
だってこの世界のGデカい!
こわい!!
何だよ、アレ!!?




