神さま、音を超える。
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呼び掛けには応じなかったけど、キチンと全身麻酔は効いていたのだろうか。
鑑定眼で確認をしておけば良かった。
テンパり過ぎてたせいで、喉頭鏡で喉を傷付けてるのは確実だ。
イヤ、だってアレ、かなり難しいよ。
コツとか書かれてても分からないって。
そして俺がテンパっていたせいで、ろくに麻酔が効いていないにも関わらず、お腹かっ捌かれて内臓抉り出されたとか言うなら酷すぎる。
俺、ちょうヒドい!
実際、胎児に影響出るといけないからって、帝王切開手術の場合麻酔の量を少なくして、母親が悲鳴を上げたくても上げられない、暴れたくても暴れられない、ということはあるそうだけれども。
沢山そういう術例があるからって、平気なわけじゃないじゃん!
強制切腹だよ!!?
おサムライさんもビックリだよ!!!
赤ん坊はウィーレさんが対応してくれた。
なんか、その、口の周りが赤黒いんですけどね。
吸引器を使った形跡がないので、多分口や喉に詰まっていた羊水を自分の口で吸い取ったのだろう。
ワイルドだ。
産湯につけ、血液を洗い流しても、赤ん坊と言うのは本当に赤い。
赤いのが正常だから良いのだけど。
むしろ青白かったら困る。
呼吸出来るようになってから、怪獣のような鳴き声を響かせているので更に赤い。
大丈夫なの? と心配になる。
泣く体力もないよりは良いのか??
アプガースコア――皮膚色、心拍数、反射、筋緊張、呼吸の五項目――の定期的な検診まではさすがにこの状況でしている余裕はない。
鑑定眼が異常なしって言っているのだ。
問題ないだろう。
抗生剤の点眼、ビタミンKのシロップ投与、あと母体が栄養失調状態だったので赤ん坊の栄養不足も著しい。
血糖値も低かったので点滴を投与した。
手術の最中も思ったが「万物創造」のスキルがあって良かったとつくづく思う。
切った貼ったが終わっても、出産の後はやることが多い。
人手が欲しいと切実に思う。
初乳を与えることもしなければならないし、感染症予防も徹底しなければ。
コレは確実に今日出発するのは無理だろ。
赤ん坊の状態もそうだが、産褥期の母体を長距離移動させるのなんて言語道断。
しかもウィースさんは内臓を丸々一個嫡出している。
その状態が当たり前になるまでは、下手に動かせない。
中で癒着してしまっても、この世界には治せる人がいないでしょ。
結果、俺がまた手術することになるとか嫌だよ。
もう当分、血みどろは見たくない。
母体のバイタルは安定している。
全体的に低いけど、それは栄養失調状態なのだから仕方ない。
低い状態で落ち着いているのだ。
問題ない。
麻酔が効いているので、目を覚ますのは何時間か後だろう。
彼女の手術に対する恨み辛みを聞く義務が俺にはあるので、やはり俺はココを動けない。
どうしようかな。
森を切り開いて街道を整備するのは、流石にカノンでも無理だと思うんだよね。
風の刃で必要な木々を伐採するまでは出来る。
だが、アイツは地属性の精霊術は苦手なわけで。
そうなると地中の根っこを掘り起こすのも、整地し石畳を敷くなりコンクリート作りにするなりするにしても、馬車の移動速度に合わせてしていくのは無理だ。
アルベルトは霊力そんなにないから、最初から期待していない。
根っこを掘り起こす作業ですら、何m分か進んだだけでギブアップしそうだ。
……下手したら、一mも進めないかも。
実力を抑える腕輪を外した状態のアイツの強さをまだ把握出来ていないんだよね。
街に行った時に霊力測らせて貰おうっと。
まぁ、まずは無事に新しい生命が誕生したことを喜ぼうじゃあないか。
テルモは特に頑張ってくれた。
彼も料理をするので肉を切っていく展開は慣れているだろうが、あくまでそれは切り分けられた精肉の状態。
解体する時は同席していなかったし、血みどろの展開には慣れていなかっただろう。
抱き合い労い合った。
精霊の皆にはお礼を言う。
手術着を含めた不要なものは「破壊」したいのだが、この取り出した子宮周りの内臓はどうすれば良いのだろうか。
医療廃棄物の処理収集施設なんてないし。
動物は栄養を摂るためにと、出産したあと自分の体内から出てきた胎盤とか食べるって言うけど……
さすがに、食べないよね。
迷った廃棄物はスライムにあげるのが、カノンの家での普通だったけど、王都にもスライムって飼っているのかな。
だがウィーレさんに聞けば、貧民層にはスライムゴミ箱が設置されていないので、共同ゴミ箱がいっぱいになり次第、まとめてスライムがいる収集場に持っていくことになっているそうだ。
え、つまり、臓物も……?
……スキルで破壊してしまうのと、時間が経って熟成された状態でスライムに食べさせるの、どっちの方が良いのだろう。
悩んでいたら、手術が終わった途端キビキビと動き出したウィーレさんが膿盆ごと外へ持って行ってしまった。
まだ薄暗いけど、一人で大丈夫かな。
何よりあの人も、今、見た目血みどろなんだけど。
通報されないと良いな。
無菌室と、防音室の状態は維持したい。
いつになるか分からないが、ウィースさんは街へと移住する。
そのことがバレるのは、なるべく移住してしばらく経ってからの方が良い。
コッソリ王都から脱出していることがバレて、噂にでもなったら動きにくくなる。
赤ん坊なんて毎時間何らかの理由でグズって泣くのだ。
それがある日突然ピタリとおさまったら、心配して部屋を訪れる人も居るだろう。
そうなれば、すぐバレる。
ウィースさんが妊娠後期なのはご近所さんは皆知っているが、産まれたことは内緒にしておきたい。
……ソレを考えると、子宮を捨てに行ってもらったのは早計だったな。
誰かに見られてたらどうしよう。
産褥期の母体が注意すべきことは、とにかく無理をしないこと。
ホルモンバランスが乱れ狂いまくっているから、体温調節すら上手くできない。
胎児の成長により追いやられた他の臓器が、あるべき場所に戻るまでの間、激しい運動はもちろん厳禁だ。
立ちっぱなしの状態が続けば重力により必要以上に内臓が落ちていく。
彼女の場合はお腹を開いたから、腹筋も落ちてる。
なにより子宮そのものを取ってしまっているので余計にだ。
体力も想像以上に落ちているから、なるべく寝ていた方が良い。
身体を動かしすぎないと、代謝不良でムクミが酷くなるので、それはそれで要注意なのだが。
まぁ、産後の肥立ちが悪くて死ぬよりはマシだろう。
ムクミは食事でケア出来る部分もあるが、身体の中身に一番必要なのは休養だ。
二ヶ月は最低ここから動かしてはならない。
……頭では分かっているのだが。
この部屋の状態を見ると、本当にそうなのかと不安になる。
すきま風は吹き、身体を休ませるべきベッドは不衛生な湿気を含んだ藁。
人差し指と親指で作った輪っかに余裕でおさまる手首に、母乳がろくに出ない貧弱な乳房。
しかも旦那は家に帰って来ない。
休養をするのにも、赤ん坊を育てるのにも、適してるとは世辞でも言えないこの状況。
「テルモは奥さんで産褥期がどんなんだったか知ってるじゃん?
ココに置いていくのと移動させるのドッチが良いと思う??」
「街に移動」
即答かよ。
安静に出来ない場所に留まらせるのは、単なる放置であり放棄である。
責任を持つことを理由に構うのなら、連れて行くべき。
そういうことらしい。
この世界には精霊術があるのだし、自分たちにもっと頼ってくれれば良いのだと頭を撫でられた。
頼っても良いのなら……そうだな。
空飛ぶ石板ベッドバージョンを用意して(地)母子ともに冷えないよう周囲の温度を常に24度に保ってもらって(火)浮かせて運んで(風)周囲にソレが見えないように認識阻害をかけてもらう(光)って感じになる。
……アクアだけ役立たずだな!
顔に出ていたようで顔面を叩かれた。
遠慮がない。
「鼻潰れたらどうすんじゃ、ボケェっ!」
『その方が親しみやすさが出て良いのではないか?』
「あ〜、俺ってば近寄りがたいって思わせちゃうレベルで顔整ってるもんね〜。
ごめんねごめんね〜!」
『いつのネタだよ!?
ちゃんと謝れ!』
キレ気味にでもノッてくれる所がイイヤツである。
『なぁんでアタシには聞いてくれないのよ〜』
鬱陶しく絡んで来るルーメンは、確かにこの中では唯一の女性だし、俺の母親でもある。
遺伝子学的に。
「アンタ一人も産んでないんだから分かんねぇだろうが」
いちいちツッコんであげる俺はとても優しいと思う。
下手をしたらセンシティブ過ぎると、腫れ物を扱うようにしなければならない話題だ。
この中で唯一ツッコミを入れられるとしたら、血の繋がり的には子供である俺くらいなものだろう。
繊細で前途洋洋な思春期真っ最中に死んだ人達が多いのだから、こういうネタは引っ張るべきではない。
コレだからボッチ生活を長年していたヤツは、人との距離感や話題のチョイスが微妙でいかん。
ウィースさんと赤ん坊の二人を包んだ、無菌状態の空間をコンパクトにまとめた。
隠蔽の術を施してもらえば、気配を探ればそこにいるのが分かるが、逆に言えば気配察知しなければ分からない。
コレを宙に浮かせたまま運ぶのか。
頑張れ、ウェントス。
精霊には、人一人の生命を贔屓している現状ってアリなのかな。
ナシなのかな。
聞けば皆口を揃えて『本来ならナシ』と言ったので、霊力を譲渡して、正式に依頼をした。
ソレに不満をあらわにした存在が若干名いたが、直接契約もしていない、今は一般人の俺の言うことをホイホイ聞いていたら示しが付かないだろう。
線引きは大事だ。
そうは言っても、皆のことを今後もこき使うことは目に見えているので、そんなラインはあってないようなものだけどね!
縫合の時間が要らなかったので、思っていたより手術は早く終わった。
滅茶苦茶長く感じたけどね。
コレが相対性理論というやつか。
ウィーレさんが戻ってきたので、壁向こうにウィースさん母子を運ぶのを精霊たちにお願いをして、俺とウィーレさんの二人は抜け道を利用して外に出ることにした。
ただでさえ時間が押しているのだ。
連絡を入れる時間があるなら一分一秒でも早く合流した方が良い。
なのでいらない揉め事が起きないように、俺とウィーレさんの姿も隠して行動した。
気配察知を発動させつつ移動し、見回りがいないこともご近所さんが起きてこないかも確認し、抜け穴へと急ぐ。
だが、二十年程世話になった街を離れるのだ。
多少なりとも感慨深さはあるのだろう。
ウィーレさんは穴をくぐる前、一度だけ振り返り目を細めた。
涙を瞳に浮かべたあと、しっかりと瞑り、その後はただひたすらにまっすぐ前を向いて外へと出た。
手術の時の頼りなさはどこへやら。
緊張を貼り付けた横顔は同じだが、あの時の血の気の引いた顔ではなく、明るい未来を見据えた顔はとてもキレイだ。
……足が非常に遅いので、置いていきたくなるが。
マジメに走ってその速さなの!?
並走するの逆にシンドいんですけど。
フォームもぐちゃぐちゃ。
頭はどんどん下を向いていく。
シンドくなってきたのか背中を丸めるし、腕は全然触れていない。
そりゃ遅い。
そうか、あんなゴチャゴチャした場所に住んでいたら、走る機会ってそうそうないのか。
だからと言って、人妻、しかも子持ちを旦那の許可なく抱き上げて良いものなのか。
速度を落として、呼吸するのも辛そうなウィーレさんに「抱き上げても宜しいですか?」と尋ねてみた。
返事も出来ないようで、かろうじて上下に振られた頭で了承を得たと言うことにする。
イヤ、だってマジで遅いんだもん。
こんなのに付き合っていたら日が明けてしまう。
上を見れば、障害物もなく、遠回りすることもなくウィースさんの家から直接空を飛んで出ていった精霊の皆は、はるか先を進んでいた。
やっぱ空を飛ぶと早いな。
アレに追いつこうとすれば、どれ位の速度で走らなきゃいけないかな。
ヘロヘロな、もう走ってるとは言えない状態のウィーレさんの足をすくい上げるように持ち上げた。
本人的には全力疾走した後だ。
首に手を回せと言うのも酷だろう。
軽いし華奢だしほっそいし。
全然余裕で持てるな。
“加速“の付与を施した靴の最高速度を試す良い機会だ。
全力で走ってみる。
景色がブレて音を置き去りにし、精霊たちをも追い越し、あっという間に馬車についた。
ちょっと物足りない。
抱き上げた瞬間こそ、乙女のように耳まで赤くしていたウィーレさんは、途中で気絶してしまったようで、腕の中でグッタリしていた。
……速度、出しすぎちゃった、かな?
ゴメンね。




