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もと神さま、新世界で気ままに2ndライフを堪能する  作者: 可燃物


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神さま、メスを握る。




「知識」がいくらあろうとも、伝記をいくら読んでいようとも。

実際に経験していなければ、その場の空気感や雰囲気は分からない。

文字に記されていはないが重要な部分だって、いくらでもあるだろう。


医術書なんて、その最たるものではないだろうか。

文字だけ見ても、癒着してる部分を切除ってどこやねんって話だし、静脈と動脈硬化ってどうやって見分けんのって感じじゃないですか。


女性の地位が低かったり、貧困や飢餓により社会全体の食べ物が少なかったり。

いわゆる栄養失調である上、それがまだ俺といくらも歳の変わらない、身体が未発達な状態。


そんな、女の子と言っても良い妊婦さんが、現在、目の前で産気づいております。

医学書を認めた偉人の皆さん、助けてください……


イヤ、え、も、まぢでですね、どうすれば宜しいのでしょうか!?



前日に回復薬を飲んでいたお陰もあり、カノンに聞いていたよりも、集まった人たちのかお色は随分と良い。

自力で歩けない人もいるかも、と聞いていたので、おんぶにだっこするの大変だぁとか思ってたんだけどね。


良かった、良かった。


回復薬ってマジで効果凄いんだね。

薄めて飲ませても、この劇的ビフォーアフター。

そりゃ高値でも売れるのも納得だ。

元は単なる草と水なのに。


だが、数えたら一人足りない。

一番重篤だと聞いていた、妊娠後期の女性だ。

まさか、お亡くなりになられているなんてことは……言わないよね?


その女性の家も知らないし、案内をしてくれる人を一人だけ募集したら、、挙手してくれた人がいた。

その人にはしばしの間待ってもらい、その他の子供たちをまず壁外に案内した。


カノンに一人来ないこと。

コレから案内してもらって向かうこと。

自分の手に負えないことがあったら手紙(シルフィード)を飛ばすことを約束し、壁の中へと戻った。


馬車まで一人で案内することを渋っていたが、先導だけすれば問題ない。

昨日のような大量の魔物が押し寄せてくるなんてことは、さすがに無いだろうから。


ここら辺一帯の魔物は、殲滅と野宿のおかげでだいぶ減っている。

野宿の時は、うるさいと嫌だったから半径一km以内に近付いて来ようとする魔物を自動で追い払うように防護壁を展開していたし。


誰も居ないのに、阻むものは見えないのに、何度チャレンジしても先に進めないどころか弾き飛ばされるのはなかなかの恐怖だろう。

得体の知れないものを怖がるのは当然だ。


そういうわけで、ここら辺一帯の魔物は散り散りになっている。


城郭に新しく設置した防護壁にも似たような効果を付けてある。

うまく稼働すれば城壁周辺では野宿する冒険者の安全も確保される。


だが、今回警戒しなければならないのは、そんな魔物ではなくこの街の憲兵諸君だ。

日々何も起こらず平和な毎日を過ごしていても、マジメに巡回をする人がいるかもしれない。


そんな人に見つかったら、見逃して貰えるわけがない。

マジメが鎧着て歩いてるような人物だぞ。

権力に屈するとは思えないので、カノンがいようと、確実に根掘り葉掘り効かれて取り締まられてとするだろう。


そうならないためにも常に認識阻害の術を展開できるカノンは、移動する子供たちに付いているべきだし、馬車の近くで待機していなければならない。


来ない女性が単に寝坊しちゃった、ってだけなら大騒ぎするだけ迷惑になるし。


万が一が起きたら……

……この世界のお葬式までの流れってどうなっているんだろ?

放置していくわけにもしかないし、警察代わりの憲兵に通報するのか??

それとも、教会で火葬して貰うって話だし、教会に直接連れていくのか???



そんなことを疑問に思いつつ、案内してくれたお姉さんと雑談を交わしながら、まだ薄暗い路地を歩いた。


何かの鳴き声のおかげで全くの無音ではないため、声のトーンを抑えていれば特に問題なく会話ができた。

施設では常に機械の不快な作動音が鳴り響いていたが……コレは虫系の魔物の羽音かなにかなのかな。

風流にすら感じる、遠くから聞こえる音が心地好い。


早朝は地表付近の大気汚染物質の濃度が最も濃い時間帯だから、施設外に出ること、窓の類を開けることは厳禁とされていた。

この世界の空気はキレイなんだね。

薄く白んではいるが、光化学スモッグの類ではなく、単なる水蒸気だ。


夏なのに冷たくすら感じる涼やかに通り過ぎる風も、肺いっぱいに吸い込む空気も、とても心地好い。


案内役を務めてくれているお姉さん――ウィーレさんは、迎えに行くウィースさんの姉上だそうだ。

二人とももう結婚もして家から出ているので家が別だし、真面目な子だから遅れてくることはないと思っていたのだけど、と首を傾げる。


ウィーレさんは旦那さんと王都(ディルクルム)を離れるつもりでいる。

旦那さんは仕事の関係上、すぐには移動できないけれど、子供の栄養状態を考えるとなるべく早く移動させた方が良い。

そうお姉さんの方には話が行っている。


実際は違う。

トニさんがウィースさんを王都(ディルクルム)から離すために、優先度はそれほど高くない、ウィーレさん母子も今回移動させることとなった。

お姉さん家族が一緒なら安心できるだろうと思ってのことだ。


ウィースさんの旦那さんは、畑の持ち回り当番なのでしばらく家には帰って来ていない。

朝から晩まで働くので、当番中は専用の宿舎で寝泊まりする人は確かに多い。

だが、多分アレはお腹が大きくなったウィースが醜くて見たくないから帰らないんだと怒りを顕にした。

そしてそんなヤツならそれを機に離婚してしまえとまで言っている。


妊婦は一度しか見たことがないが、アレを醜いと捉える人がいるのか。

俺は人の肉体に人が入っている、という状況がとても神秘的に見えたものだけど。


あと、面白かった。

触るとポコポコ反応を返してくるのが。

確かにこの中に居るんだと認識させられた時は驚きと共に感動したものだ。


しかもしばらくしたら、その腹にいたはずの赤子が目の前で泣いたり暴れたり乳を飲んだりしているんだよ。

生命としての営みを、人の手を借りながらではあるが自力でしていたのがとても興味深かった。

赤ん坊ってシワクチャで、文字通り赤いのに、どことなく両親に似てると思わせられる顔つきをしているのも面白かった。

不思議な体験をさせてもらったと思っている。



ウィースさんの家、と言うか、アパート? の部屋の前につくと、嫌な臭いがした。

ツンとくるような排泄物と、あと、血の臭い。


サッと青ざめたウィーレさんが扉を叩くが反応がない。

合鍵の類いはないのか聞いたら「なにそれ!?」と返された。

鍵はあるのに合鍵はないの!?


ディンプルキーや電気錠のような複雑なものではないのだ。

正規の方法で開けられないなら、力技で開ける。

小心者なので、ウィーレさんに開けても良いか確認は取るけどね。


言質を取って鑑定眼で解析すれば単純な打ち掛け錠だ。

こじ開けたり、扉や鍵を壊したりしなくても入れる。

扉の隙間から薄い金属を差し込み、掛け金を跳ね上げた。

掛け金部分にロック機能付いてなくて良かった。


開錠し扉を開ければ、寝藁の上でお腹を抱えてうずくまっている女性の姿。


ちょ、待って。

破水、してる?


尿の臭いも混ざってはいるけど、藁から滴り流れてくるこの量は、羊水、漏れ出てるよね。

羊水というものは、何の抵抗力もない腹の中の赤ん坊を無菌状態にして、守るためのものだ。


こんな不衛生な所になんの対応もせずに長く留まれば感染症を引き起こす。

だからと言って、こんな状態の妊婦を連れ回すわけにもいかない。


あばばばしてたら、ウィーレさんが突然妹の腹部を押さえつけようとしている。

何しとんじゃ!?

知育玩具と違うんだぞ!


押したら出てくるなんて単純なもんじゃないんだ。

イヤ、それくらい単純ならいくらでも押すんだけれども。


どっちみち、雑菌バイ菌まみれのこの部屋は駄目だ。

あぁ、でも、無菌室を作る前に、カノンに連絡取らなきゃ。

ウィースさんの状態を鑑定して――……


血の気が引いていくのが自分でも分かる。

そんな中でも、報連相は大事だ。

しなければ。


やや震える手を無理矢理動かし、手紙(シルフィード)を召喚した。


「……ぁ、…………ウィース、さんが胎盤早期剥離を起こしているので、手術(しゅじゅちゅ)……を、します。

一時間経過しても、何も連絡無かったら、察して……」


現状への混乱と、コレから立ち向かわなければならないことを言葉にした恐怖から、涙が滲んできた。

しかも大事な場面で噛むし。

なんだよ、しゅじゅちゅって。

バブちゃんか、俺は。


そのバブちゃんをコレから無事に取り出さなきゃなんだよ。

覚悟決めなきゃ。

胎盤早期剥離となると、母子ともに危険だ。

一刻も争う。


「スキル」と「知識」、それと鑑定眼もフルで使ってなんとかしなければ。

最悪……二人とも死ぬ。


「テルモ、アクア、イグニス、ウェントス、ルーメン。

 ……来て」


来てとお願いする前に来ていた精霊がいるけれども、まぁ、そこは置いておこう。

人の手が単純に足りない。


「ウィーレさん、手伝って」


言葉こそお願いをしているが、滅菌して服も上から手術着を着せて、両手には手術用の手袋も強制的に付けさせた。

手術台も創り出し、ウィースさんを浮かせてその上にソッと置く。

こんな力むばかりで呼吸を疎かにしていたら、胎児に酸素がいかなくなって死んでしまうぞ。


力を抜けと言ったとしても、胎盤剝離は想像を絶する痛みだと言うし。

陣痛の何倍もとか言うし。

鼻からスイカ出す方が余程楽だとか言わない!?

ホントにそんなこと出来るわけがないとは分かってるけどさ!!?

裂けちゃわない!!!??


麻酔は全身麻酔にするとして、酸素ボンベも必要だよね。

あと輸血。


「……テルモは奥さんの出産立ち会ったことあるでしょ。

 巻き込まれろよ」


ふわふわ他の精霊と一緒になって実体を伴わずにいるテルモにも手術着を強制的に着させる。


アクアは輸血用の血液作り続けて。

何mL必要なのかもオレには分からない。

とりあえず二リットル以上の出血があるとダメなんだよね。


バイタルサインの常時チェックは鑑定眼に頑張ってもらう。

頑張るのはどちらかと言うと、その情報を処理する脳ミソの方か?

まぁ、この際はどっちでも良いよ。


起動させておけば、どうすれば良いのかの指示も出るようにした。


全自動で俺の身体動かして手術までしてくれたら楽なのにな!

泣き言も言いたくなるが、そんな暇はない。


下手に治癒術を施せば、出血は止まるかもしれないが、切開した腹部の傷が閉じようとして赤ん坊は取り出せなくなる。

治癒術は使えない。


ウェントスとルーメンは部屋の浄化。

イグニスには室温の管理と、焼き切るべき箇所があったらレーザーメスの代わりになってもらおう。



術後傷跡が目立ちにくい横切開を希望する妊婦さんは多いらしい。

だが、縦切開なら傷跡が残ったとしても、血管の損傷や内臓損傷のリスクが減る。

手術中の視界確保も縦の方がしやすいそうだし。


母子ともに助けるために手術すると決めたのだ。

気合い入れていくぞ。


確実に麻酔が効いているのを確認して、メスを創り、握った。


十cm程度の最初の切開は、充分に真皮まで切り開いて置かないといけない。

真皮まであと何mmメスを入れなければならないか、あと何cm切開するのか。

鑑定眼の指示に従いながら動かす。


手術中、執刀医がなんで近くにあるメスや鉗子を助手の人に指示してわざわざ渡してもらうのか疑問だったけど、対峙して分かる。

コレは一瞬目を離すのも危ない。

力加減を少しでも間違えれば、視線をズラしてしまって切るところを間違えれば、大惨事になる。


ウィーレさんに言っても、この状況で動けないのは分かりきっている。

疲れはするが、毎度必要な道具を「スキル」で創り出し、別の物が必要になったらソレを分解して消して、また新しく創る。


「スキル」で作り出したケリー鉗子を筋膜下に挿入し、ソレをテルモに持ってもらう。

正中白線を意識しながら真っ直ぐ切って、錐体筋はそのまま温存……


腸管の付着確認や、癒着の有無を確認する時に思った。

俺、魔物の解体経験しておいて良かった!

イヤ、もう、マジで!!

こんな状況でなければ、カノンにお礼を叫びたい。


切れば当然出血する。

それに怯まずにいられるのは、解体で大量の血液が飛び散る様子も、肉の切断も経験していたからだ。


どれが肉で筋なのか、色の違いも教わった。

水で流していた血液はガーゼで抑えるという違いはあるし、後で縫合するのだから切り口は少なく小さい方が好ましいとかの差はあるけれど。


あの経験がなければ俺、多分失神してた!

心の余裕持てなくて意識手放してた!!



的確な判断は鑑定眼がしてくれる。

俺はそれに従って、慎重になり過ぎず、大胆にメスを動かす必要がある。

一秒でも早く終わらせるために。


……非常に申し訳ないが、ウィースさんには、二人目以降の子供は諦めて貰うしかない。


メスが大事な血管を傷付けたということはない。

だが血液が腹腔内に流れ出続けている上に血腫がアチコチに出来ている。

アクアが輸血をしてくれているのにも関わらず、子宮の血の巡りが悪くなっているようで、虚血性変化の表示も出ている。


重篤な合併症を引き起こす危険性もある。

子宮全摘術を行うべきだ。


虚血状態ということは、胎児が危ない。

一刻も早く胎児を取り出し、子宮摘出も行わなければなくなった。

泣きたい。

こんな状況では涙の一滴も、汗の一筋も流せないけど。


子宮筋層は横に切るのが良いとされる。

ぶっちゃけ、摘出してしまうのだから創部の形にこだわる必要なんてない。

切ったら即、胎児を娩出しなければ。

このまま呼吸出来ずに死んでしまう。


右手を頭の下に差し込んで、テコの原理で切開部から持ち上げる。

内回転させて挙上し、へその緒を挟鉗。


ボーッと立ち尽くしているウィーレさんを怒鳴るように呼んで、娩出した胎児を持って貰う。

自分だって子供を産んだ経験があると言っていたし、近所の助産をしたこともあると言っていた。

アンタが動かないでどうする。


本当はカンガルーケア? とかするべきなのだろうが、そんなこと考えてる心の余裕も手の余裕もない。


手術台から少し離れた邪魔にならない所に産湯を用意し、産声を上げないので呼吸をしてるのか確認をするように、また必要なら吸引器を使うように指示をした。



次は子宮の摘出をしなければ。


膀胱を傷付けないように。

そちらの剥離に気を取られすぎないように。


ダグラス窩を解放して子宮を両手で掴む。

引きずり出そうとするが、自分の腕が緊張して重いのか、何かが引っかかっているのかが分からない。


分からない時の鑑定眼。


特に異常はないので、俺の心の問題だ。

思っている以上の力を込めて持ち上げ、テルモに渡そうとする。

……が、そうだ、彼は他のサポートで忙しい。


本当に人の手が足りないな!

普通何人一チームでやるもんなの!?


ウェントスに風を起こして切除すべき臓器を持ち上げてもらう。

コイツらの肉体があったら良かったのにと切実に思ってしまった。


子宮動脈、静脈含めた切断するべき所を固定する。

遠藤鉗子で挟鉗。

尿管の位置に注意しながら切断。

この時の注意点は、基靱帯が長く、分厚いので無理をしないこと。

無理すんなって言うのだからもちろん一発でブシャーっと切るような真似はしない。

複数回に分けて行う。


必要箇所の切断と結紮(けっさつ)を繰り返し、癒着の少ない箇所から剥離していく。

腟管と子宮を切除したら、終わり……


……としたいが、残念ながら終わりではない。

子宮摘出手術は終わったが、腹を閉じねばウィースさんが出血多量で死んでしまう。


切った子宮を膿盆の上に置いて貰う。

ソラマメ型の、摘出した臓器を入れるための、アレだ。


ココからは精霊の力を借りて治癒術を片っ端から掛けていく。

切り開くのだって決して素人がやって良いものではないが、縫合に失敗したら大変なことになる。

結紮(けっさつ)した部分に次々治癒術をかけ、鉗子を弛め開いた腹部を戻していく。


ルーメンとウェントスに力を借りて傷を塞ぐ。

薄く痕は残ったが、さすが精霊様だね。

肥厚性瘢痕やケロイドが出来ることもなく治った。


それを確認した途端、気が抜けたのか、ため息ひとつと共にその場に崩れ落ちた。

今更だが膝が笑っている。


お医者さんって凄いね。

こんな体験を当たり前のようにこなしているんだもの。


俺はもう、二度とごめんだね。




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