神さま、正体を明かす。
正座という座り方はですね、日本の明治以降に広まった文化なのですよ。
畏まった場で徐々に使われるようになった座位でありまして、幼少期の頃から書や華の道を学び、武術を修めた者の専売特許のようなものなのですよ。
不慣れだと血流低下を起こすし、膝や足首に負担が掛かるから関節痛の原因にもなり得る。
だから無理に長時間同じ格好をさせるのは、体罰だとしても良くないと思うんです。
…………腕を組んだ長身に見下ろされるのは、なかなかの威圧感なので、マジで、勘弁して……
ダブルで辛い……
さすがにクロノスを“叔父さん“呼ばわりしたのはいけなかった。
精霊の皆の前世の名前を言いそうになったことくらいはあったけど、例えばルーメンを“母さん“、ウェントスを“兄さん“なんて呼んだことはなかった。
カノンなんかは、親しく話しているところを何度も目撃しているし、あけすけな関係であることは予想していたと思う。
知り合いなんだろう。
その程度には思っていたとしても、それが血縁関係にあるとはさすがに思っていなかったようだ。
顔、似てないかなぁ。
父親――今世ではテネブラエの方が似てるのかな。
嫌だな。
ルーメンに似てるよりも嫌だ。
霊力が多いのだから、精霊と知り合いでもおかしくない。
そう考えて、関係性を根掘り葉掘り聞くようなことはして来なかったのだろう。
魔王と同じ髪色をしていて、重罪人と同じ位置に深い傷を負っていた保護された時の俺の状態は、不審者にしか見えなかった。
だがそれも、精霊の加護があるなら傷が治るのが早いのも頷ける。
精霊が庇護するなら悪い奴ではない。
そう考え、無理矢理納得し、今までツッコむような無粋なマネはしなかった。
だが、さすがに“叔父さん“呼びはアカンかった。
「この際だから、隠し事全部吐いて楽になれ」
喜怒哀楽の表情を全部ストンと落とした顔を向けて言われた。
とても怖い。
アルベルトは完全に巻き込まれ事故の被害者だ。
何も悪いことをしていないのに、俺の隣で何故か同じように正座をしている。
正座っていうか、跪坐だけど。
鎧付けてたらムリだもんね。
膝当て壊れちゃう。
雰囲気にのまれたのかな。
損な性格してるね。
「えぇ〜……っとデスね。
何をどこまで聞いておりましたか」
「俺が、二人の会話を、どの程度、把握しているか。
それは関係ない。
全部、包み隠さず、話せ」
一言一言区切って言うなよぅ。
涙がちょちょぎれるくらいに怖いよぅ。
「May I speak in English, as I do not want Alberto to hear me?」
そこまで信用を置いていないアルベルトには聞かれたくない話題なので英語――精霊語って言えば良かったね――で話して良いか、挙手して尋ねてみる。
日常会話くらい出来るなら、なんとかならないかな〜って思ったんだけど。
「何を言ってるのかサッパリ分からん!」
「クロノスが謝ってたの通じてたデショ!?」
「そーりーが謝罪の言葉だということくらいは分かる」
そんなキメ顔で威張って言うなよ!
幼稚園児でもそれくらい分かるわ!!
両目を閉じて、さてどうしたもんかと悩んでみる。
イヤ、別にいいんだけどさ。
隠すつもりはないし。
でもさ、言って信じるの?
信じてくれるの??
「俺、魔王なんスよ〜」とか言って。
驚くか嘘と決めつけるか、バカも休み休み言えと窘められるか。
逆に罵られる可能性もある。
どれかの反応が返ってくるのが目に見えてんじゃん。
嘘偽りなくとか言ったって、信じて貰えないなら意味ないし。
だからと言って「俺、異世界から来た元神様だから敬え、崇め、奉りたまえ」なんて言ったらチョップで済まされないと思うんだよね。
事実だとしても。
事実なのに!
「話すのは良いケドさ、条件がある」
「……一応、聞いてやろう」
「アリア同席させて。
あの子の眼なら、俺が嘘ついてるか分かるでしょ」
眉間にシワを寄せに寄せ、クッキリと縦ジワを刻み逡巡したあと。
ゆっくり息を吐いて「分かった」と了承の言葉を口にした。
その後、足が痺れて動けないアルベルトがカノンに八つ当たりに散々蹴られた。
損な性分だ。
地上に戻りひとっ走りして王都に戻る。
街までの道中の護衛をお願いした冒険者の人と合流し、商人のオジサンの紹介までした後、許可を貰ってカノンの離宮にパッと移動をした。
いつ頃終わるか分からない中、商人のオジサンを外壁で一人取り残すのは申し訳ない。
安全確保は最低限しないとね。
一日に何度も封印を解きたくないのだが、と文句を言いながらも、カノンは離宮を解錠し中に招き入れてくれる。
突然招き入れられた王宮に、デカい身体を縮めて今の心境を表すように萎縮しまくっているアルベルトは直立不動で固まっている。
動いたら、鎧をアチコチぶつけそうだもんね。
置いてくる選択肢もあったのだが、思わず頭を垂れてしまう程の存在。
それが見たことも聞いたこともない精霊で、しかもその相手を身内呼ばわりし、目の前で親しげに話していたとなれば「お前何者だよ!?」 ってなるのも仕方ない。
気になるからついて行くと、良い年した兄ちゃんにダダを捏ねられては、世間の目も気になる。
連れていかない選択肢は選べなかった。
「帰って来て欲しい時には全く来ないのに、なぜお兄様は今日に限って二鐘前に別れたばかりなのに戻っていらっしゃるの!?」
般若の面を貼り付けているのかも見まごうばかりのお怒りの表情でアリアが突撃してきた。
呼んでもいないのに。
視線で「え? いつ呼んだ??」とカノンに尋ねたが首を振られた。
知らないうちに発信機でもつけられたのだろうか。
思わずカノンと二人で服のアチコチを触って確認してしまう。
当然、何もないが。
ブラコンセンサーでも働いたのかな。
それかクマやゾウ並に鼻が良いのだろう。
そういうことにしておこう。
……俺、香水でもつけた方が良いかな。
中身はどうであれ、外見が年頃の女の子に「臭う」とか鼻を押さえながら「近寄らないで」とか言われてしまったら、地面にめり込む勢いで落ち込む自信がある。
ぷりぷりしながらも、手ずからお茶を淹れてくれるのは、優しさからか、単なる趣味か。
腰を落ち着けて温かいお茶を飲めることって幸せだなぁとしみじみ思う。
縁側で日向ぼっこしたくなるね。
猫がこの世界にはいないのが残念だ。
猫型の魔物はいるのだし、小型化と無害化を繰り返せば、ワンチャン猫っぽい生き物は作れるだろうか。
「それで、わざわざこちらにいらした理由を伺っても宜しくて?」
どうぞどうぞと、お互いに押し付け合い、アリアに視線で指名されたカノンがことの流れを説明した。
急務とした、街への貧困層の一部受け入れの段取りが完了し、早ければ明日には第一弾が受け入れ遂行されること。
それに関しては仕事が早くて助かると褒められた。
移住を希望する職人も連れていくと言ったら渋い顔をされたが。
後続が育っているのなら、そして本人が希望しているなら止める理由はないと言ってくれた。
だが、アルベルトを紹介し、彼が俺とカノンの旅について行くことを希望していると言ったら、更に渋い顔をされた。
アリアは、王宮に留まらずに大好きな兄と共にアチコチ旅をしたいと思っている。
そんな彼女からしたら、ポっと出の素性も知らない、決して強いとは言えない、つまり同行に利のない人を連れていく、となれば面白くないだろう。
俺は利がないとは思わないけどね。
彼の強みは各地で築き上げた人脈だ。
人をなるべく避けて旅をするカノンにはないものである。
コミュニケーション能力にも長けているし、冒険者ギルドの周知に彼は欠かせない存在だ。
別々に行動をした方が効率は良い気はする。
だが同行するメリットとしては、ギルドのシステムを理解している俺がそばにいることで、勧誘がしやすくなること。
疑問に思ったことがあれば回答できるし、要望や要求があった時の可否をその場で下せる。
ある程度の裁量は任せるつもりでいたが、その判断にズレがあった時に苦労するのは、窓口にいるガルバだ。
彼のストレスを減らすためにも、勧誘時のトラブルは少なくするべきだ。
あとは、俺としてはその考え方ってどうよ? と思うのだが。
万が一の時、俺の盾になる人物は一人でも多い方が良いし、なるべく頑丈なヤツの方が好い。
そう思ったからクロノスはアルベルトを始末しなかったのだろうし。
約立たずで足を引っ張るだけの存在だと判断していたら、クロノスはあの場でアルベルトを殺していただろう。
生かされているってことは、価値があると思って貰えたと言うことだ。
良かったね、と言うべきか。
ご愁傷さま、と言うべきか。
アリアを説き伏せるのにこれ以上の理由はないと、カノンも判断したのだろう。
クロノスと会って、彼の存在が同行を許可した。
それに異を唱えれば、神にケンカを売る行為に等しいぞ、と若干の脅しを含んだ言葉で文句を封じ込めた。
代わりに、カノンばかり精霊と邂逅してズルい! とダダをこねはじめたが。
王様が一般人にそんな姿見せて良いのか。
続いてカノンが口にした「クロノス様はコイツの叔父だそうだ」という言葉に、ピタリとその挙動を止めたが。
それと同時に信じられないものを見る目で凝視された。
いたたまれない……
こんな注目を浴びる中で何からどう話せば良いのやら。
言葉で説明するよりも、見てもらった方が早いだろう。
襟元を緩め手袋を外す。
女性の前で脱ぐ訳にはいかないが……首と手のキズだけでは、何の証明にもならないだろうしな。
ウッカリ切っちゃった! てへっ!!
みたいなことがこの世界ならばありそうだ。
命の取り合いがあるのだから、首元を切られるとこも、手のひらを貫かれることも、まぁ、ないとは断言できないだろう。
一言断りを入れ、上の衣服を全て脱ぎ髪色も元に戻した。
真っ先に動揺して情けない悲鳴を上げたのは、アルベルトだ。
この世界で首元・手のひら・胸元の三箇所に傷がある銀髪と言えば、最上級の極悪人か、語り継がれている魔王のどちらかしかいない。
どちらだとしても、相手にして良い相手ではないし、もれなく死んでるはずなのに何で生きてるの!? と混乱もするだろう。
前者ならば斬首がセット。
後者ならば三英雄が倒したはずなのだから。
ガクブルしているアルベルトを他所に、アリアは俺の頭部に視線が釘付けになっている。
なして?
「これが……世界から祝福を受けたとされる虹色の髪なのですね」
「……はい?」
「お写真で拝見した際には色味が分かりにくかったのですが光の加減でここまで色が変わるのは不思議ですね。薄く青みがかった髪が基本色なのに反対色である桃色や山吹色もとても美しく輝いて見えるなんて……! 神々や世界そのものから祝服を受けたと言われるのを納得してしまいます。むしろしない方がおかしいでしょう!」
ちょ、圧。
圧が酷い。
語り出すと呼吸忘れて畳み掛けてくるのは兄妹共通か。
「てか、ちょっと待って。
写真?」
「えぇ。
お父様の日記に挟まっている物を拝見したことがございます」
「小さかったし、顔は分かりにくかったがな」
「今はどちらにあるんですの?」
「……遺言に従って隠してある」
まぁ、と口元に手を持って行き呆れた顔をするアリア。
どの言葉がかは判断できないが、ウソなのだろう。
カノンはウソをつく時や言いにくいことがある時、後ろめたいことがある時も顔を背けるからな。
目立つ頭だからと、施設にいた時も俺は大抵髪色を変えていた。
絡んでくる連中の相手をするのが面倒臭くて。
だが、過去に一度だけ。
たった一回だけだが、集合写真を撮ったことがある。
アレは……テルモが番いを得た時だったか。
子を成すのに遺伝子情報的に最も適した相手が見つかったタイミングだ。
結婚をしてしまえば、コレからは今までのように会えなくなるからと理由を付けて。
交流のあった仲間連中で撮ったのだ。
紙が勿体ないからと、現像したのは一枚限り。
データは消した。
その一枚を、遺品として継いだ二人の父親が遺していたのか。
さすが紙媒体。
何百年経過しても残ってしまっているのか。
一枚だけと許可したのが間違いだった。
データだったら今ごろ跡形もなくなくなっていただろうに。
選択をミスった。
地球時代の話は、両親はあまり口にしなかったそうだ。
だから死後、日記に書かれていることを知っているだけだと言いながらも、俺が今伝説として語り継がれているような絶対悪ではないことは知っていると微笑んだ。
「悪口は散々書き殴られていたがな」
「お兄様っ!」
言わなくて良いことまで言うなと注意をする様が、いつかの姿と重なる。
アイツらの命が次の世代に受け継がれていること。
本人たちがいない現実を突きつけられるたび、確かに哀しいと感じるが……それでも、嬉しく思う。
「あの……さ。
もし良ければ、二人の都合が良い時で良いんだ。
アイツらの墓参りだけでもさせて欲しいんだけど……」
正体を明かしてからの要望が早急過ぎただろうか。
二人とも、顔を合わせて困った表情を浮かべた。
「あ、や。
ダメなら良いんだけどさ。
出来たら教えて欲しいな〜って……」
「駄目、と言いますか……」
「無理なんだ。
俺達も、両親の墓の場所は知らない」
野生動物か!? とツッコミたくなるが、二人とも、自分の死期を悟るや否や、姿を消したそうだ。
自分たちがいなくなっても滞りなく公務が遂行されるように段取りが組まれていたこと。
異世界から来たことが外部に漏れそうな物は全て処分してあったこと。
両親が死んだ現実味はないが、精霊が知らせてくれたから、間違いは無いだろうと結論づけた。
唯一手元に遺った日記も、先程言ったように遺言により、カノン自身も所在が分からないよう精霊に隠して貰った。
あぁ、さっき顔を逸らしたのは、自分が隠したのではないから所在が分からないことが後ろめたかったのか。
多分、精霊、特に両親と契約をしていたウェントスに聞けば分かるだろうと言われた。
アイツが教えてくれるとは思えないけどね。
混乱し続けているアルベルトが可哀想だったので「絵本でも有名な魔王本人だけど、別に世界滅ぼしたりなんて考えてないよ」と言ったら納得され受け入れられた。
俺がそんなことするような人間には見えないからだそうだ。
単純バカってこういう時、楽で良いな。




